学位論文要旨



No 215108
著者(漢字) 鈴木,昌彦
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサヒコ
標題(和) パワーモジュール用高性能冷媒自然循環制御式小型沸騰冷却器の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 215108
報告番号 乙15108
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15108号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学   西尾,茂文
 東京大学   庄司,正弘
 東京大学   松本,洋一郎
 東京大学   飛原,英治
 東京大学   丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

 半導体電力制御素子を用いたパワーモジュール(PM)はますます高集積化,高容量化の傾向にあり、PM用冷却器に対して、1)体格・重量の低減、2)PM制御素子間の温度ばらつき低減、3)電力制御機器としてのメンテナンスの容易化(PMの縦置き・多段取付け)、4)低コスト化、に関して強い要望がある。

 そこで、本研究では、図1に示す開発コンセプトである、自動車用の高性能積層型放熱コアと、PMを多段取付け可能で簡素な平面一体構造の縦置き薄型冷媒槽とを組み合せた密閉型多管式二相熱サイフォン構造からなる高性能冷媒自然循環制御式小型沸騰冷却器を開発することを目的とした。

 開発コンセプトを実現するための主要課題は、少ない冷媒量で放熱性能を確保できる薄型冷媒槽の開発である。図2に示すように冷媒槽内で冷媒を自然循環させることにより放熱性能の低下を回避しつつ薄幅化できるが、本研究の対象とする簡素な平面一体構造の薄型冷媒槽で放熱性能を改善し具体的な冷却器として設計した報告例は見当らない。

 そこで、開発コンセプトの設計指針を得るために、図3の平面一体構造の冷媒自然循環モデルにより、冷媒自然循環が形成される条件は、熱入力部の内壁が冷媒液と熱的に接触(h3<h2)しており、かつ、冷媒循環流路の総圧損ΣΔPiが冷媒封入量からきまる最大ヘッド差Δho以下(ΣΔPi<ρ・g・Δho)であることを明確にした。さらに、図4に示す試作品の実験結果から、冷媒循環流路の総圧損を支配する冷媒蒸気流路の最小面積Sminが小さくなるとΣΔPi>ρ・g・Δhoとなり、冷媒自然循環が阻害されバーンアウトに到ることを検証した。

 つぎに、門出ら1)が提案している加熱面長さkと冷媒槽幅sとの比k/sを変数とする循環系の限界熱流束整理式の実効性を本研究の実システムにおいて確認し、この整理式でもとめた限界熱流束qCHFと図4の各Sminに対応するバーンアウト熱流束を図5で比較した。この結果、1)冷媒循環流路の抵抗が小さい場合、バーンアウト熱流束は整理式のqCHFとほぼ一致する,2)冷媒循環流路の抵抗が大きい場合、バーンアウト熱流束はqCHFよりも小さくなり、ΣΔPiの影響が支配的になる,ことがわかった。

 以上の知見に基づき、バーンアウトを回避する設計限界が、最大ヘド差Δho以下、限界熱流束qCHF以下の領域であることを明らかにした。

 つぎに、PM単段取付けと目的とするPM多段取付けの挙動の違いを実験的に調べ、PM多段取付けでは冷媒槽を薄くすると、図6に示すようにPM重力方向の過熱度ΔTBとばらつきが大きくなるが、冷媒自然循環制御により改善が可能であることと、熱負荷急減時に沸騰部からの伝熱により冷媒戻り通路内で気泡が合体成長・逆流し再負荷時に自然循環流が停止することを明らかにした。改善策として図7に示す発泡を利用した熱遮断通路を提案し、冷媒戻り通路への伝熱を抑制することにより自然循環流の停止を回避できることを実証した。

 さらに、上記の改善策を適用し最適化したPM多段取付け冷媒槽を用いた実システムにおいても、門出ら1)の限界熱熱流束整理式に実効性があることを確認した。

 以上で得た設計指針に基づき、PM2列3段(12個)取付け、定格総入力熱量2kW(2.2W/cm2)、PM取付け面の最高温度上昇38K以下を仕様とする図8に示す小型沸騰冷却器を設計・評価した。この結果、開発目標である体格11l(対実用ヒートパイプ1/2)・重量10kg(1/2)・PM取付け面の温度ばらつき5K(1/3)以下に対して、それぞれ5.5l・5.3kg・2.5Kを達成できた。

 さらに、開発した小型沸騰冷却器の性能限界を把握するために、PM間の発熱量の比率を変えて冷媒戻り通路壁面の過熱度ΔTwの測定と可視化実験をおこない、循環流の安定限界を求めた。図9より、冷媒戻り通路側の発熱量の比率が93%以上と極端に片寄り、かつ、総入力熱量が定格の2倍(4kW、平均熱流束4.4/cm2)以上の条件で、冷媒戻り通路内の発泡により限界熱流束以下でも冷媒自然循環が停止しバーンアウトに到ることがわかった。今後より厳しくなる熱的要求に対して、本研究で提案した沸騰部から冷媒戻り通路への伝熱を抑制する熱遮断通路の適用や、冷媒槽内の伝熱性能を向上する冷媒整流板の最適化などにより、さらなる改善が期待される。

図1.開発コンセプト

図2.冷媒自然循環による冷媒槽の薄幅化

図3.平面一体構造の冷媒自然循環モデル

図4.冷媒自然流路の最小面積がバーンアウト熱流束に及ぼす影響

図5.最小面積Sminがバーンアウト熱流束に及ぼす影響

図6.PM多段取付けと単段取付けの過熱度と分布の違い

図7.発泡を利用した熱遮断通路

図8.開発した小型沸騰冷却器

図9.冷媒自然循環の安定限界

審査要旨 要旨を表示する

 発熱量や発熱密度が増大しているIGBT (Insulated Gate Bipolar Transistor)などの半導体電力制御素子を用いたパワーモジュール(PMと略記)に対して、温度分散・体積・重量がともに小さな冷却装置が要求されている。本論文は、こうしたニーズを背景として、「パワーモジュール用高性能冷媒循環式小型沸騰冷却器の開発に関する研究」と題し、信頼性・放熱性能に優れた自動車用積層型放熱コアを空冷凝縮器として転用し、これと均一冷却性能に優れた薄型沸騰冷却器とを自然循環系で結んだ「密閉型多管式二相熱サイフォン構造」(Closed Multi-Tube Thermo siphon、CMTSと略記)を提案し、薄型沸騰冷却器における伝熱促進および限界熱流束条件等に関して得られた知見を基に、CMTSに関する設計指針を構築し、最終的に従来方式(例えばヒートパイプ冷却方式)に比べて温度分散で1/6、体積で1/4、重量で1/4の冷却装置を開発した経緯をまとめたものである。

 論文は6章よりなる。第1章の「緒論」では、上記PMの冷却に関するニーズおよび開発目標(従来の冷却期に比べて温度分散で1/3、体積・重量ともに1/2)をまとめるとともに、関連する知見を整理している。

 第2章は「開発する小型沸騰冷却器のコンセプトと新冷媒槽構造」と題し、まずPMの多段取付けも可能な上記CMTSのコンセプトを提案している。そして、PMの単段取付けを対象に薄型沸騰冷却器実験を行い、冷媒槽内に整流板を設けることにより(沸騰冷却面での熱伝達を劣化させる)発生蒸気の内部循環を抑制できること、熱伝達を最大にする整流板ピッチが発生気泡径近くに存在すること、沸騰冷却器と空冷凝縮器間に設置する冷媒流制御版の傾斜角にも最適値が存在することを示した。

 第3章は「研究した冷媒自然循環制御技術」と題し、まず冷媒自然循環の駆動力を解析し、これに基づくドライアウト発生条件を定式化している。次いで、両端開の自然循環流路における限界熱流束の既存整理式と本系により得られた限界熱流束実験値とを比較し、良好な一致が得られることを示し、限界熱流束と(循環力に基づく)ドライアウトとの両者を下回る範囲がCMTS系の設計可能領域であることを示している。

 第4章は「PM多段取付け時の課題抽出と小型沸騰冷却器の設計指針」と題し、多段取付け時とPM非定常発熱時の冷却特性とについて実験的に検討している。まず、多段取付け時でも、第2章で提案されたCMTSは温度分散が小さいこと、および第3章で指摘した設計可能領域条件が成立することを確認している。次いで、非定常発熱時(矩形波状発熱の繰り返し時)には、負荷急減時にドライアウトが発生することを見出し、これは負荷急減時に生じる自然循環力低下により冷媒戻り通路で発泡・逆流が起こることに起因することを示し、これを抑制する簡便な方法を提案している。

 第5章は「開発した小型沸騰冷却器の性能と限界」と題し、第2章〜第4章で得られた知見を基に、製造コスト的にも見合うCMTSを設計し、その評価を行い、開発目標を大きく上回る性能(従来のヒートパイプ冷却方式に比べて温度分散で1/6、体積で1/4、重量で1/4)が達成されたことを報告している。また、併せて、将来のニーズとして、複数列・多段のPMが設置された場合の不均一発熱の影響を取り上げ、2列の場合には、冷媒戻り通路側のPMに全ての発熱が偏った場合に、戻り通路内での発泡によりドライアウトが発生することを示し、PMと戻り通路との間の熱遮断技術が重要となることを示している。

 第6章は、以上をまとめた「結論」である。

 以上要するに、本論文は半導体電力制御素子を用いたパワーモジュールの冷却制御に関し、従来に比べて温度分散・体積・重量ともに遥かに小さい冷却装置を提案し、設計指針を得るとともに、それに基づき実機を開発したものであり、パワーモジュールの適用範囲の広さを含めて、機械工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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