学位論文要旨



No 215109
著者(漢字) 岡部,洋二
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,ヨウジ
標題(和) 超音波による長繊維強化複合材料の機械的特性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 215109
報告番号 乙15109
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15109号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨 要旨を表示する

 近年,複合材料は航空宇宙分野を始め,幅広い領域で応用されるようになってきた.これらの複合材料は,分散強化材と母材から直接最終形状の部品を製作するため,その破壊過程を理解するには,構成要素の巨視的または微視的な物性値を正確に把握しておかなければならない.

しかし,異方性材の全ての弾性係数を静的試験で測定することは困難である.そこで本研究では,測定対象を長繊維強化複合材料とし,その巨視的または局所的な領域における機械的特性を,超音波伝播特性から同定する手法を確立することを目的とする.特に,異方性の強い複合材料の全弾性係数を局所領域において全て同定可能にすることは,非常に有用である.また,バルク材だけではなく,反射率の周波数依存性を生かして薄膜の弾性係数の同定手法を確立することも試みる.特に,減衰の大きな高分子薄膜にも適用可能になれば,層間に樹脂層を有する複合材料積層板の全ての構成材料を定量的に評価でき,その力学的挙動の解析等に大きく貢献することができる.

 本論文は,以下の全6章から構成される.

 第1章「序論」においては,超音波による巨視的な材料評価と局所領域での材料評価に関して,従来の評価手法を概説すると共に,本研究で用いる手法の有用性について述べた.さらに,本研究の目的と構成について説明した.

 第2章「機械的特性の同定手法」では,異方性のある材料に対する,巨視的な領域での全弾性係数と粘性係数,および局所的な領域での全弾性係数を得るための測定方法と同定手法について説明した.本研究で最も特徴的な点は,試験片の局所領域で超音波反射率を測定し,その反射率の入射角や周波数への依存性を利用しながら,入射平面と剛性マトリックス成分の関係をうまく利用することで,多数の剛性マトリックス成分を分割して同定でき,それによって異方性の複雑な材料についても精度良く弾性係数を求められるようになった点である.この同定手法に関して,どのような情報を利用することでどのような範囲に適用できるかについて考察した.

 第3章「長繊維強化複合材料の巨視的な機械的特性の評価」においては,水浸二回透過法を炭素繊維強化プラスチック(CFRP)一方向材に適用し,面外等方性と仮定した上での巨視的な弾性係数および粘性係数を定量的に評価した.水浸二回透過法などの巨視的な弾性係数を評価する手法は古くから研究されているが,本研究ではこの測定法を応用し,CFRPの実用上大きな問題となる,吸湿によるそれらの物性の変化を定量的に評価することを試みた.その結果,吸湿率が大きくなるほど弾性率は低下し,ポアソン比は増加しており,マトリックス樹脂が吸湿によって軟化していることを示していた.次に粘性係数については,2成分のみ適切な値が得られ,どちらも吸湿率が大きくなるほど増大しており,吸湿によってマトリックス樹脂の粘弾性効果が大きくなることがわかった.また,吸湿が平衡状態に達する前までの範囲では,弾性率・ポアソン比・粘性係数ともに可逆的変化であることが確認された.このように,水浸二回透過法の再現性と精度の高さから,吸湿による弾性係数と粘性係数のわずかな変化でさえも定量的に評価することができた.

 第4章「長繊維強化複合材料の局所的領域における全弾性係数の評価」においては,長繊維強化複合材料の表面における,局所領域での全弾性係数の定量的な評価手法を,超音波反射率測定に基づいて確立した.対象とする複合材料はセラミック基複合材料(CMC)一方向材で,超音波スペクトラム顕微鏡(UMSM)を用い,試験片表面の局所領域(表面上で直径約1mmの円形,深さ方向には約0.15mm)において超音波反射率を測定した.得られた反射率の位相には漏洩弾性表面波の影響が現れており,明らかに材料の弾性的特性を反映していた.そこで,その位相から適切な情報を抽出して,面外等方性と仮定した上での全弾性係数の同定を行う際,2種類の方法を提案し,試みた.一つは,反射率の位相曲線に理論値を直接適合させる方法で,これは全部で5個の独立な剛性マトリックス成分を2成分と3成分に分け,それぞれ異なった入射平面での位相曲線から同定することができる.もう一つは,反射率の位相曲線から表面波速度を算出し,その伝播方向への依存性から5成分全てを同定する.どちらも,水浸二回透過法で測定した巨視的な値とほぼ一致しており,局所的領域での弾性係数が適切に得られることがわかった.ただし,表面波速度の伝播方向依存性から弾性係数を同定する手法は,従来からV(z)曲線法による表面波速度測定によって行われてきた方法である.しかし,本試験材料では独立な剛性マトリックス成分が5個存在し,その5成分全てを同時に決定するため,得られる精度と安定性は低い.その一方で,位相曲線から直接同定する手法は,反射率が測定できることで初めて可能になる方法で,入射平面を主軸方向にとることで剛性マトリックス成分を分割できるので,収束性と精度が高い.これは,超音波反射率測定の利点が生かされた方法である.

 第5章「直交異方性高分子薄膜の全弾性係数の評価」においては,2軸延伸によって作成されたために異方性を有する厚さ12μmの高分子薄膜に対し,直交異方性としての全弾性係数を同定する手法を確立した.第4章では,試験材料がほぼ均質なバルク材であったため,反射率の周波数依存性が弱く,特定の周波数成分のみを用いていた.しかし,反射率の周波数依存性を利用すれば,長さの次元を持った固体の情報をより的確に得ることができる.そこで,第5章では反射率の入射角と周波数への依存性を生かし,"厚さ"という長さの次元を持った薄膜の全弾性係数の同定を試みた.この高分子薄膜に対して測定した反射率の強度には,漏洩ラム波が励起されることによって明確な極小点から成る曲線が複数現れていた.この入射角と周波数に依存した極小点が薄膜の弾性的特性を反映するため,その極小点曲線に理論値を適合させることで,弾性係数を同定した.その結果,2軸延伸によって成形されたPETフィルムは直交異方性であることがわかった.そのため,全部で9個の独立な剛性マトリックス成分が存在するが,そのうち1成分は垂直反射率から求め,2方向の主軸面での反射率からそれぞれ3成分ずつ求め,1方向の非主軸面における反射率から2成分を決定した.さらに,得られた値を用いて計算した反射率は測定結果と非常に良く一致しており,剛性マトリックスが適切に得られたことが確認できた.このように,反射率の情報を適切に切り分けていくことで,全部で9個もの成分を精度良く求めることが可能となった.さらに,超音波反射率測定の測定精度と再現性の高さから,PETフィルムに引張応力を掛けて塑性変形させた場合,面内の異方性が変化することも定性的に確認された.

 第6章「層間靱性強化CFRPの全弾性係数の評価」においては,第5章での薄膜の定量評価法を応用することによって,層間靱性強化CFRP T800H/3900-2の定量評価を試みた.これは,一層が約160μmのCFRP積層板の各層間に約30μmの樹脂層を形成することで,層間破壊靱性値を向上させた材料系であるが,その樹脂層は単体で成形することが不可能であるため,静的試験でその弾性係数を測定することが困難である.そこで本章では,そのCFRP層と樹脂層の両者の機械的特性を測定対象とした.まず,CFRP層については,プリプレグシート1枚から単層板を成形し,その両面の樹脂層を除去することによってCFRP一層の薄板を作製した.その後,その試験片に対し,第5章での方法を適用して弾性係数の同定を試みた.このCFRP薄板を面外等方性と仮定すると,引張試験によって得た繊維方向の弾性率を用いることによって,全弾性係数を特定の値に同定することができた.CFRPのバルク材では,繊維に垂直な方向には表面波が励起されないため,反射率から弾性係数を同定することが困難であるが,このように薄板状にして周波数依存性を持たせることで,測定が可能となることがわかった.次に層間樹脂層については,T800H/3900-2のクロスプライ積層板から最外CFRP層を研磨によって除去し,層間樹脂層の片面を表出させ,その表面で反射率測定を行った.そして,その反射率上の極小点に理論値を適合させることで,樹脂層のヤング率・ポアソン比・密度・厚さを同定した.その結果,全物性が特定の範囲内に収束した.

 第7章「結言」では,本研究で得られた結果をまとめ,さらに第3章,第5章,第6章で現れた,周波数に依存した粘弾性効果による動的弾性係数と静的弾性係数の差について考察を加えた.また,今後の課題と展望についても述べた.

 以上,本研究により,異方性を有する複合材料の巨視的または局所的な領域における弾性的特性を,超音波伝播特性から同定する手法を確立することができた.特に,超音波定量評価法の中でも比較的新しい超音波反射率測定を行えば,様々な弾性波の情報が直接得られるため,そこからうまく情報を切り分けることで,今までの手法では不可能であった測定も可能となった.中でも,独立な弾性係数が5個以上存在する材料に対して,約1mm程度のオーダーの局所領域における全ての弾性係数が同定可能になったことは,大きな成果である.材料形状に関しても,バルク材だけではなく,薄いフィルム状や層状の材料に対しても適用でき,しかも,減衰の大きな材料についても可能となった.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)岡部洋二提出の論文は、「超音波による長繊維強化複合材料の機械的特性評価に関する研究」と題し、7章よりなる。

 複合材料は航空宇宙分野を始め、幅広い領域で応用されるようになってきており、構成要素の巨視的または微視的な物性値を正確に把握する必要がある。しかし、異方性材のすべての弾性係数を静的試験で測定することは困難である。本研究では、長繊維強化複合材料について、巨視的または局所的な領域における機械的特性を、超音波伝播特性から同定する手法を確立することを目的としている。とくに、異方性の強い複合材料の全弾性係数を局所領域においてすべて同定可能にすることは極めて有用である。また、バルク材だけではなく、反射率の周波数依存性を生かして薄膜の弾性係数の同定手法を確立する。とくに、減衰の大きな高分子薄膜にも適用可能になれば、層間に樹脂層を有する複合材料積層板のすべての構成材料を定量的に評価可能となり、力学的挙動の解析に大きく貢献できる。

 第1章は「序論」であり、超音波による巨視的な材料評価と局所領域での材料評価に関して、従来の評価手法を概説し、本研究で用いる手法の有用性について述べるとともに、本研究の目的と構成を述べている。

 第2章は「機械的特性の同定手法」であり、異方性のある材料に対する、巨視的な領域での全弾性係数と粘性係数、および局所的な領域での全弾性係数を得るための、本論文で提案している測定方法と同定手法について説明している。本研究で最も特徴的な点は、試験片の局所領域で超音波反射率を測定し、その反射率の入射角や周波数への依存性を利用しながら、入射平面と剛性マトリックス成分の関係を効果的に利用することで、多数の剛性マトリックス成分を分割して同定し、それにより異方性材料についても精度良く弾性係数を求められるようになったことである。

 第3章は「長繊維強化複合材料の巨視的な機械的特性の評価」であり、水浸二回透過法を炭素繊維強化プラスチック(CFRP)一方向材に適用し、面外等方性と仮定した上での巨視的な弾性係数および粘性係数に及ぼす吸湿の効果を定量的に評価している。その結果、吸湿率が大きくなるほど弾性率は低下し、ポアソン比は増加し、マトリックス樹脂が吸湿によって軟化すること、また粘性係数については、2成分のみ適切な値が得られ、どちらも吸湿率が大きくなるほど増大し、吸湿によってマトリックス樹脂の粘弾性効果が大きくなることを明らかにしている。また、吸湿が平衡状態に達する前までの範囲では、弾性率、ポアソン比、粘性係数ともに可逆的変化であることを示している。

 第4章は「長繊維強化複合材料の局所的領域における全弾性係数の評価」であり、長繊維強化複合材料の表面における、局所領域での全弾性係数の定量的な評価手法を、超音波反射率測定に基づいて確立している。対象とする複合材料はセラミック基複合材料(CMC)一方向材で、超音波スペクトラム顕微鏡を用い、試験片表面の局所領域(表面上で直径約1mmの円形、深さ方向には約0.15mm)において超音波反射率を測定している。その位相から適切な情報を抽出して、面外等方性と仮定した上での全弾性係数の同定を行う2種類の方法を提案し、その収束性と精度を議論している。

 第5章は「直交異方性高分子薄膜の全弾性係数の評価」であり、2軸延伸によって作成された異方性を有する厚さ12ミクロンの高分子薄膜に対し、直交異方性としての全弾性係数を同定する手法を確立している。前章では、試験材料がほぼ均質なバルク材であったため、反射率の周波数依存性が弱く、特定の周波数成分のみを用いていたが、反射率の周波数依存性を利用すれば、長さの次元を持った固体の情報をより的確に得ることができる。そこで、反射率の入射角と周波数への依存性を生かし、厚さという長さの次元を持った薄膜の全弾性係数の同定を試み、これに成功している。

 第6章は「層間靱性強化CFRPの全弾性係数の評価」であり、前章の薄膜の定量評価法を応用することによって、層間樹脂層をもつCFRP板の定量評価を行っている。これは、一層が約160ミクロンのCFRP積層板の各層間に約30ミクロンの樹脂層が形成されたもので、CFRP層の全弾性係数と樹脂層のヤング率、ポアソン比、密度、厚さを同定し、全物性が特定の範囲内に収束することを示している。

 第7章は「結言」であり、本研究で得られた結果をまとめるとともに、今後の課題と展望について述べている。

 以上要するに、本論文は、異方性を有する複合材料の巨視的または局所的な領域における弾性的特性を、超音波伝播特性から同定する手法を提案し、またバルク材だけではなく、薄いフィルム状や層状の材料、さらに減衰の大きな材料に対しても適用できる方法として確立しており、複合構造・材料工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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