学位論文要旨



No 215110
著者(漢字) 島崎,勇一
著者(英字)
著者(カナ) シマサキ,ユウイチ
標題(和) 自動車用ガソリンエンジンの燃焼診断法の確立と制御技術への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215110
報告番号 乙15110
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15110号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、従来のエンジンシステムでは、制御が難しかった燃焼状態の悪化による出力、燃費、排出ガス、ドライバビリティの低下を極力抑え、エンジン本来の性能を充分に引き出すための次世代エンジン制御技術の研究に関するものである。

 従来の制御システムは、燃焼状態に基づきエンジン制御を行なうのではなく、回転数と吸入空気量より、一義的に全気筒同一の点火時期や燃料噴射量を与えていた。したがって、インジェクタの流量特性や吸気管形状、バルブタイミング、EGR導入時の配分率による気筒間の燃料噴射量や吸入空気量の較差が生じ、更には、大気条件の変化により燃焼が悪化する気筒が発生し、その気筒が制御上の律速となり、エンジンの性能を低下させていた。

 本研究は、これらの課題を解決すべく気筒別に燃焼状態を検出し、その情報を基にエンジンを制御するものである。燃焼状態の検出には、これまで研究室で用いられていた解析手法を基礎に、以下の3種類を開発し、これらをオンボード化(車載化)に適したものとした。

(1)スパークプラグ放電電圧解析法(イオン電流)、

(2)クランクシャフト角速度解析法、

(3)筒内圧解析法

(1)スパークプラグ放電電圧解析法は、イオン電流に起因する放電電圧の挙動を解析する手法である。この方法は、比較的高精度な検出が可能なため、多気筒高回転型エンジンの失火検出用に開発した。(2)クランクシャフト角速度解析法は、安価にシステムが組める特徴があり、当初は、4気筒低回転型エンジンの失火検出用に開発し、リーンバーン制御用にも用いた。

(3)筒内圧解析法は、図示平均有効圧やノックなど、燃焼により発生する複数の現象を精度良く検出することができるため、より高性能で高機能な制御システムを目指して開発した。

 これらのシステムは、今後増加していくであろう筒内直噴やリーンバーン、大量にEGRを導入するエンジンなど、ともすれば不安定となる燃焼状態を多用する次世代の省燃費型エンジンには、特に有効な制御技術である。このシステムの一部は、既に発売された車両に採用され、燃費、排出ガス、ドライバビリティ向上に大きな効果があることが確認されている。

 また、これらの応用技術として、米国で装着が義務化されている失火検出装置やエンジン開発時の調整に役立つテスタを開発したので、これについても述べた。

 本論文は、8章から構成されている。

第1章 緒論では、自動車用ガソリンエンジン制御技術の歴史と環境問題対策などの時代のニーズに対する現状の課題について調査した。次に、本研究の目的である気筒別燃焼状態検出制御の必要性について述べ、本論文の位置付けを明確にした。

(調査内容の『自動車用ガソリンエンジン制御技術の歴史』は、補足資料とした。)

第2章 新システムの提案では、従来システムと新しく提案した燃焼状態制御のコンセプトの違いについての述べる。更に、燃焼状態の検出法として、(1)スパークプラグ放電電圧解析法(2)クランクシャフト角速度解析法(3)筒内圧解析法を開発したので、この検出概念についても説明する。

 本研究のシステム

第3章 スパークプラグ放電電圧解析法では、燃焼火炎内で熱解離やラジカル反応により生成されるイオンが、スパークプラグの放電を促進させていることを解明し、このイオン電流に起因するスパークプラグ放電電圧の挙動を解析することで燃焼状態が検出可能であることを明らかにした。

第4章 クランクシャフト角速度解析法では、不安定燃焼に起因するクランクシャフト角速度の変動現象を回転0.5次の周波数に着目して解析することで燃焼状態が検出可能であることを明らかにした。更に、解析手法の核となるディジタルフィルタによるノイズ除去技術などについても述べた。

第5章 筒内圧解析法では、エンジンの改修を必要としないスパークプラグ一体型の筒内圧センサを用い、気筒別の燃焼状態を様々な視点から解析することで、以下の複数の制御が可能となり、次世代の制御に適用できることを明らかにした。

 制御内容は、(1)ノック抑制制御 (2)MBT制御 (3)失火検出 (4)リーンバーン制御 (5)EGR制御 (6)NOX抑制制御 (7)気筒判別 (8)始動燃焼判定 (9)騒音・振動抑制制御 (10)RVP(ガソリン蒸気圧)補正 (11)吸入管燃料付着補正 (12)トランスミッション、電動スロットルなどに用いるトルクディマンド制御用エンジン出力算出など12制御に及び、これらの制御アルゴリズムを本研究で確立した。また、核となる筒内圧センサの開発については、素子選定、ヒステリシス除去技術について述べる。

第6章 システムの実用化例では、1995年から世界で初めて、米国法規制OBD-II失火検出用として量産実用化したシステムについて述べる。このシステムは、スパークプラグ放電電圧解析法、クランクシャフト角速度解析法を利用したものである。

 また、同1995年には、リーンバーンエンジン制御用に、クランクシャフト角速度解析法を応用したシステムが量産車に採用され、燃費、排出ガス、ドライバビリティの三者の成立が図れ、5%の燃費向上を達成した。

第7章 結論では、本論文のまとめとして、次世代のガソリンエンジンに求められる制御技術は、気筒別に燃焼状態を検出し、制御する技術であると考え、燃焼状態検出制御を開発したことについて述べた。

 また、燃焼状態の検出は、(1)スパークプラグ放電電圧(2)クランクシャフト角速度(3)筒内圧の3種類から行い、それぞれの特徴に合わせて使い分けた。その中でも、筒内圧解析法は、精度、情報量、現象の意味付けの点で優れていることが判った。

 この技術は、既に失火検出装置やリーンバーン制御システムとして量産実用化され、その高い性能、信頼性から高い評価が得られていることについても述べた。

Appendix燃焼状態検出テスタの開発では、エンジン本体やシステム開発時の時間短縮、精度向上を目的とした燃焼状態検出テスタの開発について述べた。このテスタの検出原理には、先に述べたスパークプラグ放電電圧解析法とクランクシャフト角速度解析法の2方式が用いられ、この両者を比較しながらセッティングすることで、燃焼状態を正確に把握することができるようになっている。

 また、このテスタは、波形表示、FFT演算、ディジタルフィルタ設計、統計処理機能も有しており、既に量産車の開発に使用され、その有用性が明らかになっている。

 最後に、本研究より生まれたエンジンの燃焼状態を検出しながら、燃料噴射、点火時期等のパラメータを制御する技術は、一部量産化され市場でその価値を確固たるものにしつつあるが、まだまだ、研究の余地が多く残された分野であり、多くの課題も残されている。

『時代は電気を動力源とする自動車へ進化して行く。』と言う人も多いが、今後、開発されていくであろう燃料電池車は、アルコールやガソリンを改質し水素を作る必要があり、車載を考えると大掛かりな機構となり、安定化するまでの時間もかかるなどの問題を持っている。また、電気自動車も同様の問題から挫折しているが、インフラストラクチャの整備やバッテリー技術の問題からも近い将来のこれらの普及には課題が多い。

 したがって、我々は、インフラストラクチャが整い、技術が確立されている既存のエンジンを更に改良し、21世紀も使い続けることを前提にしなくてはならない。著者は、この燃焼状態検出制御技術がガソリンエンジンの多くの欠点を払拭する次世代のエンジン制御技術であり、エンジンの燃費向上、排出ガス低減、出力向上が可能な技術であると信じている。そして、今以上にガソリンエンジンが社会に受け入れられ、貢献できるようになることが著者の希望であり、これを実現すべく、今後も精力的に研究を続けて行くべきと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 理学士島崎勇一提出の論文は,「自動車用ガソリンエンジンの燃焼診断法の確立と制御技術への応用に関する研究」と題し,7章から成っている.

 自動車用ガソリンエンジンの制御に関する研究は,出力,燃費,排出ガスを改善する上で不可欠なものであり,従来より多くの研究が行なわれてきた.また,近年はその膨大な生産量から,ガソリンエンジンに対して地球温暖化の主要因とされる二酸化炭素,酸性雨および光化学スモッグの原因物質である未燃炭化水素,窒素酸化物などの排出ガスの大幅低減が求められ,エンジン出力向上の要求と相まってその改善が急務となっている.

 しかしながら,従来のエンジン制御では,燃焼状態に基づき制御を行うのではなく,回転数と吸入空気量より一義的に点火時期や燃料噴射量を決定している.そのため,インジェクタ流量特性,吸入管形状,バルブタイミング,EGR導入時の各気筒間配分率,さらには大気条件の変化などにより,各気筒間に燃焼状態の相違が生じると,燃焼の悪化した気筒が制御に対し支配的となり,これがエンジン性能を低下させる要因となってきた.

 このような背景から,本研究ではこれらの課題を解決すべく,各気筒別に燃焼状態を検出し,その情報を基にエンジンをフィードバック制御する方法を提案している.スパークプラグ放電電圧(イオン電流),クランクシャフト角速度および筒内圧を計測し,それらの計測結果と燃焼状態との相関を明らかにした上で,これら3種類の計測法を燃焼状態検出法として採用している.さらに,検出装置の開発において,オンボード化に適するようにレイアウト性,耐久信頼性などの考慮がなされている.

 これらの技術は,既に量産リーンバーン制御エンジンに採用され,ドライバビリティや燃費の向上と排出ガス低減を両立できる技術として,その効果が確認されている.また,オンボード故障診断システムとして世界で初めて採用され,その有用性が実市場において認められている.

 第1章は緒論であり,本研究の背景を述べ,従来のエンジン制御の問題点を検討し,本研究の意義とその目的を明確にしている.

 第2章では,燃焼状態検出に基づいた新エンジン制御システムの概要を示すとともに,従来システムとの相違を明らかにしている.また,3種類の燃焼状態検出法の概略について説明を加えている.

 第3章では,スパークプラグ放電電圧からエンジンの燃焼状態を検出する方法について述べている.まず,放電電圧とイオン電流の関係について説明がなされ,次に,検出精度を向上させるための改良点が示されている.さらに,空燃比やEGR導入量を変化させた場合の図示平均有効圧と放電電圧の関係を明らかにすることにより,これらの相関関係を検証している.

 第4章では,クランクシャフト角速度からエンジンの燃焼状態を検出する方法について述べている.まず,クランクシャフト角速度の物理的な意味を明確にし,回転0.5次の周波数に着目することにより燃焼状態が検出可能であることを,周波数解析から説明している.また,クランクシャフト角速度を効率良く演算処理するために,デジタルフィルタが有効であることを明らかにしている.

 第5章では,筒内圧からエンジンの燃焼状態を検出する方法について述べている.まず,これまでに行われた関連する研究の成果と問題点を調査し,オンボード使用を考慮した筒内圧センサシステムの要求項目を明確にしている.これらの要求項目について検討を加えた結果,単結晶ニオブ酸リチウムを圧電素子としたスパークプラグ一体型の筒内圧センサが最適であると結論づけている.さらに,この筒内圧センサを用いたノック制御,失火検出など12項目の新しい高精度制御技術を提案している.

 第6章では,本研究で提案したエンジン制御手法に基づく,3種類のシステム実用化例について説明している.いずれも既に量産車に採用されており,スパークプラグ放電電圧とクランクシャフト角速度解析法を用いたOBD-II故障診断失火検出システム,およびクランクシャフト角速度解析法によるリーンバーン制御システムについて,それらの有用性を明らかにしている.

 第7章は,結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文は,自動車用ガソリンエンジンの燃焼状態をスパークプラグ放電電圧,クランクシャフト角速度および筒内圧を用いて検出し,得られた情報を用いてエンジンを各気筒別にフィードバック制御する手法を提案し,エンジンの性能向上に資する技術として,その有効性を実機において実証したものであり,内燃機関工学上およびシステム工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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