学位論文要旨



No 215111
著者(漢字) 浅井,孝弘
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,タカヒロ
標題(和) 窓函数を用いた高精度補間法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215111
報告番号 乙15111
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15111号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

 1 序論

 (研究の背景)

 ディジタル音声,映像メディアはそれぞれが異なったサンプリング周波数を有している.これらのメディアをレート変換により自由に相互変換することができるなら,メディア全体の効用が飛躍的に向上するであろう.

 (研究の目的)

 レート変換の基本技術は「補間」である.本研究の目的は新規な高精度補間法「窓函数法」を提案するとともに,これをレート変換に応用することである.

 (本研究で取り上げた補間法の位置づけ)

 補間法には大きく分けて,A.帯域制限条件を使わない応用数学的な方法とB.帯域制限条件を有効に活用する通信工学的な方法の2種がある.多項式補間はAに属する.一方,本研究で提案する「窓函数法」はよく知られている「フィルタ法」とともにBに属し,最適設計することにより理論限界に近い補間精度が得られる.

 2 窓函数の概要と補間法への適用

 窓函数という考え方はいろいろな分野で使われてきた.まず,スペクトル解析分野では,スペクトル分解と推定値の分散を共に最適化する窓についての研究が数多く知られている.また,フィルタ分野では簡易設計法として理想LPFのインパルス応答に窓を乗ずる方法がある.信号処理と異なる分野であるが,アンテナアレーの設計において,メインローブ巾を固定したとき,サイドローブレベルを最小にする電流分布(窓函数)がDolph-Chebyshev窓ということも周知である.

 これらに対して本研究と関係深い研究に,東大・高橋の函数近似法がある.サンプリング定理に窓函数を導入した函数近似において,複素函数論の視点から近似誤差を改善する方法であるが,アイディアの提案のみにとどまっている一方,サンプリング定理における無限級数の収束を加速する窓として「オイラー窓」がある.本研究の前駆的な研究であるが,この窓はメインローブ巾を調整するパラメータを持たないため,信号帯域に合わせた窓の最適化が不可能という欠陥があった.

 窓函数はすべての目的に対して最適なものは存在せず,用途に応じた使い分けが必要である.本研究は以上のようにさまざまな窓函数に関する知見を活用した上で補間に最適な窓を追究するものである.

 3 従来から知られている補間法とそのRMS相対補間誤差の評価

 従来から知られている補間方式の要点とその欠点は次の通りである.

 A.多項式補間法

 積和計算により実行できるので動作は速く,かつ,非同期レート変換にも適用出来る.しかし補間精度を確保するためには取り扱う信号の帯域は狭いものに限定される.

 B.フィルタ法

 データ間に必要な数の"0"データを挿入してからフィルタにより不要スペクトルを除去することによって補間値を得る方法である.この方法の欠点は,補間タイミングが有理数(D/U; D,U整数)の場合にしか適用できないことやフィルタ設計(しばしばRemez法による係数計算が必要)が面倒,さらにUが大きいときは長大なインパルス応答が必要となるといった点である.

 C.最小RMS誤差法

 RMS誤差を最小にするように補間係数を決定する方法である.極端に悪条件の連立一次方程式を解かなくてはならないのが難点である.Bより先に発表されたが研究は進んでいない.

 本研究においては以上に述べた既知の補間法の難点を解消するために新たな補間法「窓函数法」を提案する.なお,各補間法の補間誤差を他の方式と比較して図1に示す.Ndは補間に使用するデータ数,εは信号と補間誤差のそれぞれのRMS値の比,すなわち「RMS相対補間誤差」である.

 4 連続窓による補間

 (連続窓の定義と補間式)

 帯域制限された連続信号g(t)をサンプリングした離散信号g(k)(k:整数)を与え,|k|〓Nなる区間のNd(=2N+1)個の信号より次式を用いてt=τ(0〓τ〓1)における補間値g*w(τ)を求める.N,Ndをそれぞれ窓の半巾,使用信号データ数と呼ぶ.w0(k)は窓函数,h0(t)は理想LPFのインパルス応答である.窓函数として連続函数w0(t)をt=kにおいてサンプリングしたものを用いるのが「連続窓」である.w0(k)→1(矩形窓)のときはサンプリング定理による補間式に他ならない.

 (高精度補間条件)

 まず,帯域制限された平坦スペクトルの信号に対するRMS相対補間誤差を窓函数とそのフーリェスペクトルで表現した.次に,これを用いると高精度補間を可能にする条件は,

 A. サイドローブにおけるスペクトル減衰の大きな窓を用いる.

 B. 補間時点における窓函数値が1となるように規格化する.

 C. メインローブ巾を最適化する.

の3条件であることが導かれる.

 (補間誤差の評価結果と他法との比較)

 窓としてKaiser-Bessl窓を選択し,上記B,Cのような設計を行った上で補間誤差を評価した結果を図1に示す.矩形窓(単にサンプリング定理の級数を有限項で打ち切る方式)の場合,補間誤差は大きい.Kaiser-Bessel窓を用いた窓函数法の場合,フィルタ法とほとんど同じ補間精度が得られるが,最小RMS誤差法(理論限界)と比べやや精度が落ちる.しかし,所望の補間精度を得るためのデータ数は最小RMS誤差法より約10%多い程度である.ただし,「規格化」しないと補間精度は矩形窓の場合とあまり変わらない.

 5 離散窓による補間

 (連続窓法の難点と離散窓法の提案)

 連続窓法においては窓として試行錯誤的に選んだ連続函数を用い,補間誤差特性の良いものを選択する方法を採ってきた.しかしこの方法は見通しが悪く,より理想に近い窓函数が得にくかった.そこでまず,補間に適した離散時間フーリエスペクトルを定め,次にこれを逆変換して窓函数を決める方法「離散窓法」を新たに提案する.補間式は連続窓のときと同一である.

 (高精度補間条件)

 連続窓のときと同様な補間誤差の解析を行った結果,高精度補間条件は連続窓の場合と同じ3条件であることが分かった.さらに窓のスペクトル形状と補間誤差の関係について詳細に検討し,Dolph-Chebyshev窓(等リプル窓,サイドローブにおけるスペクトル振幅が等リプル特性)が近似的に最適な窓であることを明らかにした.

 (補間誤差の評価と他法との比較)

 この窓を用い連続窓の場合と同じく規格化とメインローブ巾の最適化を行った上で,補間誤差を評価した結果を図1に示す.補間誤差特性は理論限界に近く,Kaiser-Bessel窓を用いた連続窓法より優れている.

 (窓函数法の利点)

 連続窓法,離散窓法いずれもフイルタの設計は必要ない.窓函数の導出は函数への変数の代入計算のみで済み容易である.また,特に離散窓の場合,理論限界に近い補間精度が得られる.

 6 同期式レート変換への応用

 (同期式レート変換の定義)

 入力,出力のサンプリング周波数比(レート変換比)が厳密に有理数D/U(D,Uは整数)になっているものをいう.レート変換器としては基本的なものである.

 (変換方式と構成)

 本研究では汎用性を狙い,主としてレート変換比D/Uが複雑な有理数で与えられるケースを取り扱うこととする.この場合,必然的に補間倍率Uが大きくなるので,多段構成の必要性が生ずる.そこで,図2に示したようにDolph-Chebyshev窓を用いた窓函数法による補間回路を多段縦続する構成をとる.後段に行くほど,見かけの信号帯域が狭くなるので,小さい窓巾で済む.

 (最適設計結果)

 変換誤差の累積則として電力和,信号は平坦スペクトルを仮定し,信号帯域と所要変換誤差を与え,1点の再サンプルに要する計算回数(以後,計算回数と略す)とストアすべき補間係数総数(以後,係数総数と略す)を最小化する条件(各段の窓の半巾と補間倍率)を求めた.設計法としては簡易設計法(解析的な近似設計法.変換誤差は初段においてのみ発生と仮定)と汎用設計法(数値計算による厳密設計法)の2つを取り上げた.本研究においては前者に対しては詳細データを求めたが,後者に対しては帯域の広い信号(0.92π)に対する設計例のみ示している.

 簡易設計法は信号帯域が比較的狭い場合(おおよそ0.5π以下)に対して成立する.この場合,係数総数の最小化条件は計算回数の最小化条件をも満たし,係数総数最適化条件がレート変換器の最適化条件となる.この場合,段数を増やすと計算回数は少し増えるものの,係数総数は指数函数的に改善される.段数を固定して全補間倍率を大きくすると,係数総数は対数函数的に増加する.以上のような設計を行うことによって十分少ない計算回数と少ない係数総数の変換器が実現できる.

 7 非同期式レート変換への応用

 (非同期式レート変換の定義)

 入出力のレート変換比が実数となっているものである.変換比が公称では有理数になっているが,実際は許容範囲内で変動するようなケースもあり,この場合は非同期式としての扱いが必要である.このタイプの変換回路は原理的には同期式の変換器としても動作するので汎用性が高い.

 (変換方式と構成)

 非同期式のレート変換方式は大きく分類して,

 A. 補間係数の更新を回避する方法

 B. 毎回補間係数を更新する方法に分けられる.Aの中では一旦アナログ信号に戻してから再サンプルする方法が単純であるが,回路が複雑となり変換精度も必ずしもよくない.

 本研究では図3に示したように,窓函数法を用いた中間的な同期式の補間(補間倍率U1,窓の半巾N1)の後にNp次の多項式補間(非同期式補間)を行うBの方法を採用した.初段の窓としてDolph-Chebyshev窓を用い,第2段の多項式補間においては再サンプルのつど,補間タイミングτが変わるので,そのつど補間係数を算出する方式としてる.

 (最適設計結果)

 誤差累積則として電力和,信号スペクトルは平坦とそれぞれ仮定し,信号帯域,変換誤差を与えて2段にわたる計算回数と係数総数を最小にする条件を求めた.まず,多項式補間の次数を固定し,初段補間倍率を可変とすると計算回数はほぼ一定であるが,係数総数を最小にする初段の窓の半巾と初段補間倍率が存在する.次にこの条件下で多項式次数を可変にすると計算回数と係数総数の間にはトレードオフ関係が生ずる.しかし,多項式次数の比較的広い範囲において,十分少ない計算回数と少ない係数総数の変換器が実現できる.

 8 結論

 (1)サンプリング定理と窓函数を組み合わせ,簡単な設計法でありながら,ほとんど理論限界に近い補間精度を有する補間法を実現した.

 (2)この補間法を用いて高精度でリアルタイム動作の可能な同期式の多段レート変換器の実現の見通しを得た.

 (3)同様にこの補間法と多項式補間法を組み合わせて,高精度でリアルタイム動作の可能な非同期式の2段レート変換器の実現の見通しを得た.

図1 補間誤差の比較

図2 多段同期式レート変換器の構成(窓函数法による補間回路の縦続)

図3 2段非同期式レート変換器の構成

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「窓関数を用いた高精度補間法に関する研究」と題し、8章よりなる。本論文では、デジタル信号に対し窓関数をかけてからサンプリング定理を適用して補間を行う窓関数法を体系的に論じ、窓の最適設計により理論限界に近い補間精度をえられることを示したものである。さらに、本補間法のレート変換処理への応用を行っている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、動機について論じ、メディア間のレート変換のために高精度な補間法が必要であることを述べている。さらに既存の補間法を帯域制限の有無に応じて、通信工学的手法、応用数学的手法に大分類し、それらに属する様々な手法の得失を論じ、本論文で扱う窓関数法の位置付けを明らかとしている。

 第2章は「窓関数法の概要と補間法への適用」と題する。窓関数は、様々な分野で用いられており、それらを紹介している。特に、窓関数を用いる補間法の先駆けである「Euler窓」について詳述している。

 第3章は「従来から知られている補間法とそのRMS相対補間評価誤差の評価」と題し、従来知られている補間法である多項式補間法、フィルタ法についての比較評価を帯域制限信号に対して行っている。本論文で提案する窓関数法との比較のために、これらの既存手法に関してRMS相対補間誤差(補間誤差の対信号比)を明示している。また、これら既存方式の実用上の長短所を述べている。

 第4章は「連続窓による補間」と題し、帯域制限信号に対して適度の複雑さで、かなり理論限界に近い補間性能をうることができる手法を提案している。まず、窓関数を用いる場合のRMS相対補間誤差を理論的に導き、次に高精度補間を実現するための条件として、窓関数の規格化、サイドローブのスペクトル減衰、メインローブ巾の調整を導き近似的に定式化している。この結果に基づき、Kaiser-Bessel窓のパラメータを最適設計し窓関数を導き、補間誤差の評価を行った。その窓関数は最小RMSで与えられる理論限界にわずかに劣るほどの補間性能を実現できることを検証している。フィルタ法と同等の性能であるが、窓関数法はフィルタ法に比べ設計が容易である。

 第5章は「離散窓による補間」と題する。連続窓の場合には、既知の窓関数を選び、補間特性を調整していた。このため、理想に近い窓関数の見通しが得にくい。これに対し、本章にて論じる離散窓による補間では、補間に適した周波数スペクトルを定め、その逆変換により窓関数を定める。離散時間フーリエスペクトルにより、RMS相対補間誤差を表現し、連続窓と同じく高精度補間条件を導く。窓のスペクトル形状の補間誤差について検討を行い、等リプル特性を有するDolph-Chebyshev窓がほぼ最適であることを明らかにした。RMS相対補間誤差の検証を行い、4章でのKaiser-Bessel窓をしのぐ性能を有し、ほぼ理論限界特性が実現できたことを確認した。

 6章は「同期式レート変換への応用」と題し、前章までの理論的な検討のレート変換への応用を論じている。まず、本章では、入出力サンプリング周波数の比が有理数である同期式レート変換について論じる。窓関数法による補間を多段縦続する構成を提案し、各段が信号帯域に対して最適化される。所望の変換誤差に対し、計算回数と記憶すべき補間係数総数を最小化する条件を求め、簡易設計法、汎用設計法の2つの設計法を提示した。デジタル音声信号に対してリアルタイムで高精度のレート変換が可能であることを示した。

 7章は「非同期式レート変換への応用」と題し、入出力のサンプリング周波数の比が非有理数となるような任意時点での補間が必要とされる汎用なレート変換を論じている。本研究では、窓関数による補間と多項式による補間との縦続接続により非同期式レート変換を実現している。この際、多段構成の変換誤差を与え、計算回数と係数総数を最小にする条件を求め、効率よく非同期式レート変換が実現できることを示している。

 8章は「結論」であり、本論文の成果をまとめている。

 以上を要するに、本論文は、帯域制限を有する信号に対して、窓関数を用いる補間法を体系的に論じ、高精度補間条件を導き、理論限界とほぼ同等な補間特性を実現しており、さらに異種メディア間の信号変換で必要とされるレート変換への応用を行ったものであり、電子情報工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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