学位論文要旨



No 215114
著者(漢字) じぇりー・はろるど・ふぃりっぷす
著者(英字) Jerry Harold Philips
著者(カナ) ジェリー・ハロルド・フィリップス
標題(和) 原子力発電プラントにおける経年化静的機器のリスク重要度
標題(洋) Risk Significance of Time-Dependent Aged Passive Components in Nuclear Power Plants
報告番号 215114
報告番号 乙15114
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15114号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 曽根田,直樹
内容要旨 要旨を表示する

 ほとんどの原子力発電プラントにおいて用いられる確率論的リスク評(Probabilistic Risk Assessment:以下PRA)は機器の経年劣化を考慮しておらず、PRAの起因事象を除けば、配管等のような静的機器が対象になっていない。これは、静的機器の破損確率が動的機器よりも低いため、PRAの結果には大きな影響を与えないと考えられているからである。しかしながら、経年劣化に伴い静的機器の破損確率が著しく増加するようであれば、その影響をPRAにおいても考慮しなければならなくなると考えられる。

 以上のような動機に基づき、本研究では、静的機器の経年劣化をPRAに取り入れた研究を実施した。より具体的には、まず確率論的構造解析を用いて静的機器の経年劣化を評価し、その成果を用いてPRAを改良した。本研究の目的は、本手法の実用性を示し、同時に適用困難な点を明らかにし、静的機器の経年劣化速度を把握し、プラントリスクに対するその影響を定量的に評価することである。本解析は、以下の6段階に分かれる:(a)解析に用いる静的機器の選定、(b)経年劣化を引き起こす応力の特定、(c)確率論的構造解析コードの選定、(d)確率論的構造解析の実行、(e)既存のPRAの改良、(f)プラントリスクへの影響を把握するためのPRAの実施。

 現実の原子力発電プラントにおいて、非常に多数の静的機器が存在するため、全機器を対象として詳細な評価を実施することは不可能である。そこで本解析では、まずリスクに基づいたスクリーニングプロセスを採用した。「破損に伴う影響」にその「破損の生じる確率」を乗じることでリスクを評価し、経年劣化メカニズムが顕著な静的機器を把握する。このような静的機器がPRAの結果に大きく影響する可能性を持つ。このスクリーニングの結果、「破損に伴う影響」が非常に大きく、しかも熱疲労という経年劣化メカニズムが存在することから、補助給水システムの溶接部を評価対象とした。

 この溶接部の破断による影響としては、次の2つが存在する。1つはデマンド発生時の破断に伴う影響である。これにより本来は事故時の緩和系として機能する必要のある予備給水器の機能が喪失する。もう1つは定常運転中の破断に伴う影響であり、これにより補助給水器の機能が喪失するだけでなく、主給水系の機能も喪失してしまう。1つの事象が他の事象を引き起こすため、このような事象はリンク型起因事象と呼ばれる。

 本解析では、溶接部に初期き裂を想定し、このき裂の成長を解析することで配管の破断確率等を得る。本研究で扱ったき裂進展メカニズムは疲労であり、拘束条件下の熱膨張による応力サイクルや、スクラムやチェックバルブからの漏洩によって生じる半径方向熱勾配による応力サイクルの影響をうける。解析には、米国ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)で開発され、過去の適用実績から信頼性が確立してきている確率論的破壊力学解析コードpc-PRAISEを用いた。本コードでは、確率計算にモンテカルロ法を使用しており、本研究においては、対象とする応力サイクルと物性値の時間変化を考慮できるように改良して使用した。

 確率論的構造解析を行う際には、配管寸法、物性値、初期き裂寸法、応力サイクル(運転履歴)の詳細を把握する必要がある。これらのパラメータのいくつかは確率変数として取り扱うため、統計的分布も必要になる。本解析では、3インチ スケジュール40の配管にある溶接部を対象とし、配管寸法は内径1.534インチ(38.96mm)、肉厚0.216インチ(5.486mm)とした。材質はASTM A106 GradeBで、疲労に鋭敏なフェライト鋼材である。原理的には溶接等によりひずみ時効が生じる可能性もあるが、本解析ではひずみ時効を考慮しない物性値を用いた。比較のために、ひずみ時効の影響を考慮した評価も実施したが、40、50年という長期にわたる部材劣化情報は、ほとんど存在しないというのが現状である。応力としては、自重、内圧、残留熱膨張応力が必要である。自重は代表的な支持長を用いて算出し、熱膨張応力にはクラス3配管の熱膨張応力範囲の95%を用いた。スクラムやチェックバルブからの漏洩による応力サイクルについては、既存の事例情報に基づいて評価し、無次元化応力拡大係数に変換したうえでpc-PRAISEに入力した。pc-PRAISEコードでは、初期き裂寸法を確率変数として扱う。き裂深さ、き裂アスペクト比ともに指数分布を用い、溶接部ルートパスの厚さである0.06インチ(1.524mm)をき裂深さの平均値とした。アスペクト比はフィールドデータに基づくSchomburgとSchmidtの値を用いた。

 確率論的き裂進展解析を実施することにより、以下の3種類の初期き裂寸法領域を把握することができる。(a)供用前静水圧試験によりただちに破壊する領域、(b)き裂成長により破断に至る領域、(c)漏洩段階で検知できるため破断に至らない領域。本研究で対象とした条件で解析した結果、深くて長いき裂のみが破断を引き起こすことが明らかになった。他の初期き裂は、漏洩段階で検知することが可能である。

 pc-PRAISEコードは、累積破断確率、つまり時間t以前に破断する確率を出力する。しかし、PRAでは、デマンド時やリンク型起因事象発生時の破断確率が必要になる。この確率を得るために、ハザード率関数を定義し、これと累積破断確率を用いて、各年毎の破断確率を評価した。その結果、ハザード率は最初の15年間は増加したが、その後は減少するという結果が得られた。全てのき裂は時間と共に進展し、破壊確率も増加すると予想されるため、従来はハザード率も増加し続けると予想されるが、本解析結果によれば、ある初期き裂、物性、荷重サイクル下では、破断が最も発生しやすい時期が存在するのである。これは従来全く予想していない結果であった。今回の解析では、ハザード率のピークは15年目で生じ、その値は4.9×10-6回/年であった。年数が経過するとともにハザード率が減少する挙動は、いわゆる動的機器のハザード率の挙動として有名なバスタブカーブの初期減少期に相当すると思われる。

 補助給水系溶接部の破断を考慮するため、既存のPRAを改良する必要がある。解析にはNUREG-1150PRAを選択し、6つのフォールトツリーに対して、補助給水系喪失を引き起こす単一溶接部破断事象を追加した。また、イベントツリーに補助給水の喪失およびリンク型起因事象を追加した。このような修正を加えたPRAの結果を用いて、次式のような炉心損傷頻度評価式を作成した。

 CDF=0.17q+0.14+3.3×10-5

 ここで、qはデマンド事象に対する溶接部破断確率、tはリンク型起因事象に対する破断頻度である。3.3×10-5は、考慮した溶接部の破断以外の事象に対する炉心損傷頻度である。

 ハザード率曲線から得られる値を、炉心損傷頻度評価式に用いた。この際、溶接部のき裂存在確率を考慮する必要がある。ここでは、小口径Class3配管の複数パス溶接を想定し、10溶接部に1つという安全側の存在確率を用いた。ハザード率としては、同曲線のピーク値である4.9×10-6を採用した。この際、デマンドと初期事象の項、qとtの分布を定める必要があるが、これには安全側の仮定を使用した。その結果、PRAにおける炉心損傷頻度の最大増加量は7.0×10-8/年となった。この値は、考慮した溶接部の破断以外の事象に対する炉心損傷頻度3.3×10-5/年と比較した場合、大きな値ではない。

 本研究では、ここで開発された方法が、影響の高い特殊なケースの評価において実用的であることを明らかにした。この方法では、部材物性に関する情報、初期き裂寸法に関する知識、き裂進展速度に関する知識が必要であり、疲労応力サイクルを決定するための広範囲な解析、PRAの本質的な改良が含まれる。それゆえ、この方法は多数の機器の影響を評価するには適さない。この方法を用いる際には、影響の大きい機器を選択するスクリーニング手法を使用し、選択された機器のみを評価対象とする必要がある。

 解析中に明らかになった問題としては、部材物性値の特定、応力サイクルの計算、初期き裂寸法分布の特定が挙げられる。上記のように、解析は最良の評価を実施したパラメータを用いて行った。結果として得られた破断確率は、PRAの結果に大きな影響を与えるほどの値ではなかった。

 この研究の重要な点は、ハザード率が減少するという予想しなかった現象が示されたことであり、バスタブカーブが静的機器の破壊率についても良く表現していることが確認できたことにある。静的機器の破壊を引き起こすハザード率の減少については、従来学術的な仮説も存在していなかった。このような現実が明らかになったことにより、今後配管の設計基準は改良されるであろう。実際に、本研究は米国の原子力発電プラントで現在使用されているリスクインフォームドインスペクションの改良に大きな影響を及ぼした。その他の重要事項としては、き裂軌跡曲線の開発を行ったことである。これにより、多くの場合、配管が破壊するよりむしろ漏洩してしまうということが示された。さらに、今回得られたハザード率曲線から静水圧試験の効果も把握できる。配管に作用する応力によって破壊が生じる前に、配管からの漏洩が生じるような特定区域を検査することが必要である。また、他のプラントに関しても、最もリスクが大きい配管セグメントの調査を行い、これをPRAに取り入れる必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 原子力発電プラントにおいて用いられる従来の確率論的リスク評価(Probabilistic Risk Assessment:以下PRA)には機器の経年変化が考慮されておらず、PRAの起因事象となっていることを除けば、配管等のような静的機器の影響はほとんど検討されてこなかった。

 本論文は、経年変化を受ける静的機器の破損確率評価と原子力プラントのPRA評価を統合化し、これを用いて行ったリスク解析研究の成果をまとめたものであり、全部で8章から構成されている。

 第1章では研究目的と用いた手法について述べている。

 第2章では解析対象の選定方法について述べている。破損確率の大きさと損傷時の影響度の大きさ、及び溶接部の応力発生要因を総合的に勘案して、予備給水系のチェックバルブ下流部の溶接部位を選定した。

 第3章では、本研究で破損確率評価に用いた確率論的破壊力学プログラムの機能について述べている。本研究では、オリジナルのコードを諸物性値の経年変化挙動と繰り返し荷重条件を適用できるように改良して用いた。また、設計基準に準拠した漏洩検知基準などの破損基準もコードに組み込んだ。

 第4章では確率論的破壊力学解析コードの入力データ、特に溶接部の応力発生要因と物性値について述べている。ここでは経年変化した溶接部の物性値に関する大規模な調査研究を実施した。

 第5章では、破損確率解析の結果とその解釈について述べている。従来確率論的破壊力学解析の研究では、累積破損確率が計算され、時間とともに漸増する傾向が得られていた。一方、PRAの入力としては、毎年の破損確率レート(ハザードレート)の経時変化が重要である。そこで、静的構造機器の破損確率に関してもハザードレートを計算したところ、初期に増大した後に、次第に減少することを確認した。経年変化する配管系のハザードレートが時間とともに減少するというのは、予想とは大きく異なるものであった。その原因を探るために、半楕円形き裂が時系列的にどのように発達するかを調査し、き裂の深さ−アスペクト比空間上の軌跡をプロットした。この軌跡図より、本配管の荷重環境では時間進展に伴い、き裂長手方向よりも深さ方向に進展し、結果的に破断領域から漏洩領域に向うことが確認された。ハザードレートの減少は、ポンプやバルブ等の動的機器で観察されるいわゆるバスタブカーブの一部と推定できる。バスタブカーブは、動的機器の破損確率の経年変化現象として広く受け入れられている考え方であるが、これまで静的機器において議論されたことはなかった。

 第6章では確率論的破壊力学解析に関する不確実性の評価について述べている。破損確率評価結果は用いる入力データに影響を受ける。そこで各種物性値や応力サイクル、初期き裂サイズを様々に変化させた感度解析を行なったが、いずれのケースにおいて、ハザードレートは第5章で述べたものと同様の傾向を持つことが示された。

 第7章では、静的機器のPRAへの適用について述べている。ここでは、静的機器を含められるようにPRAにいくつかの変更を行なった。本PRAを用いて、予備給水系溶接部の破損確率に対する炉心損傷確率(Core Damage Frequency)が求められた。今回の結果から、もし予備給水系の破損確率が1に近づくならCDFは0.1に近づくことが示された。一方、本溶接部の破損確率の変化の範囲では、CDFに増加はみられなかった。

 第8章では、本研究で得られた結論について述べている。本研究では、き裂が破断領域から漏洩領域へと進展するために、時間とともに減少するハザードレートが得られた。これは動的機器において広く受け入れられている破損率に関するバスタブカーブの一部が静的機器にも当てはまることを示しており、重要な発見である。ただし、万が一、漏洩領域から破断領域にき裂が進展するようなプラント運転モードが存在する場合には、ハザードレートが時間とともに増大する可能性もあり、こうした視点からの継続的な検討が必要である。次に、経年変化を受ける静的機器が炉心損傷確率に与える影響も定量的に明らかとなり、リスク重要度の高い静的機器が存在するものの、そのハザードレートを勘案するとその影響はかなり小さいことがわかった。

 以上を要するに、本論文は、経年変化を受ける静的機器の破損確率と原子力プラントの確率論的リスク評価を、綿密なデータ収集とモデル構築のもとに具体的に統合化した研究であり、静的機器のリスク重要度及びその経年変化がリスクに与える影響をはじめて定量的に明らかにした研究成果をまとめたものであり、原子力プラントをはじめとする複雑巨大システムのリスク工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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