学位論文要旨



No 215115
著者(漢字) 安達,毅
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ツヨシ
標題(和) 鉱物資源開発の持続可能性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 215115
報告番号 乙15115
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15115号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 縄田,和満
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨 要旨を表示する

 1990年代に入り、地球環境問題がクローズアップされるなかで、鉱物資源に関しての認識は変化を遂げてきた。つまり、それまでの資源枯渇を主な問題として扱ってきたものが、まず環境の有限性を確認し、この環境資源の枯渇を防ぐという意味で、環境を主体として鉱物資源の使用に制約をかけるという問題に変化してきた。現在では環境問題への意識の高まりから、大量生産・大量消費・大量廃棄の循環からなる資源浪費型社会からの脱却を目指す持続可能な社会が重要なキーワードとなってきている。

 資源問題の捕らえ方が変化するなかで、鉱物資源そのものの枯渇性や持続性といった議論は最近ではむしろ減少傾向にある。しかしながら、古典的な資源問題は解決したわけではなく、鉱物資源の消費量も増大し続けている事実と、鉱物資源が枯渇性資源であることを考え合わすとより差し迫った重要な問題となっている。資源・環境の制約なしに資源の採掘を将来的にも続けることは不可能であるとの認識の上で本論文は議論を進める。

 本論文の目的は、古典的な資源枯渇問題も考慮した上で、今後の鉱物資源開発の持続可能性を評価する際に必要となる2つの新しい視点を加えたモデル・ツールを提案することにある。本論文では、持続可能性を狭義の意味でとらえる。つまり、社会全体の持続可能性を扱うのではなく、鉱物資源開発およびその供給に限定した持続可能性を扱う。これは、社会全体の持続可能性を考察するためには、まず個々の条件を詳しく検討する必要があり、鉱物資源に関しては、将来世代に渡って現状の開発を続けることで、人類に必要とされる鉱物資源の量を将来の世代にわたり確保できるのか、また、鉱物資源を開発する際にどれほど環境に負荷を与えるのか調査・研究が必要であると考えるからである。しかしながら、現在のところ国内外において鉱物資源に対するこの種の研究は大変少ないのが現状である。地球温暖化問題への意識の高まりからエネルギー資源を対象とした研究・モデル例に比べ、鉱物資源枯渇に対する研究・モデルは少なく、この点でも本論文のオリジナリティがある。

 本論文の構成は、まず初めに、鉱物資源の現状理解と研究の位置付けを明確にするため、資源経済に関する先行研究のレビューと鉱物資源の現状分析を行っている。その上で、これまでに述べた、鉱物資源開発の持続可能性を評価する際に必要となるモデル・ツールを開発し、検討を行った。以下では、各章の内容と結果をまとめる。

 まず、第2章では、本論文の主題に沿った形で、先行研究のレビューを行った。初めに、枯渇性資源の経済学を、ホテリングの理論を中心に理論の派生方向と実証的な検証分析に主眼をおいて整理した。次に、枯渇性資源を扱ったマクロ経済モデルについて、これまでの研究成果をまとめた。先行研究では計量経済モデルによるモデル構造が多くなされているが、ここではさらにシミュレーション手法と最適化手法を用いた最近の先行研究についても概観することで、本研究で作成したモデルの位置付けを明確した。

 第3章は、鉱物資源の基本的な経済的特徴を把握することを目的とし、鉱物資源の現状およびトレンドについて、統計データを用いた概観と基礎的な経済指標についての分析を行った。この章では初めに、これまでの国内における資源経済学の成果を基に、生産量・消費量・価格などの基礎データをまとめ、主要な鉱物資源についての経済的特長を述べている。また、そこで得られたデータを用いて鉱物資源の国内および世界での、価格弾力性・使用強度などといった経済指標を算出し、過去30年間での需要と供給の特徴を明らかにする。次に、世界の鉱山の現状を概観するために、鉱山データベースを用いた分析を行った。ここ数年でその種類と範囲が充実してきている商用鉱山データベースからデータを得て、費用、品位、設備容量など、鉱山独自のデータについての特徴をまとめた。

 第4章から第6章では、鉱物資源の持続性という観点から、3種のモデルを提案した。鉱物資源の諸問題は、これまで枯渇性資源の問題の一部分として扱われることが多く、鉱物資源の特徴を考慮した分析は少なかった。同じ枯渇性資源に分類されるエネルギー資源とは、いくつかの点で異なることに鉱物資源問題の特質があると考える。すなわち、1)耐久財としての性格を持ち合わせているためにリサイクルされ得る点、2)絶対的に供給可能量が多い代替物が比較的安価に存在する点、3)多種多様な金属種と合金が存在する点、である。本論文ではこれらの特性それぞれに対して、1)のリサイクルについては、リサイクルが経済活動に及ぼす影響を考察するモデルの提案を行い、2)の代替性については、主要非鉄金属間での代替モデルの開発を行った。また、これらの特徴を考慮した超長期のグローバルモデルを提案し、鉱物資源の持続可能性について言及する。

 第4章では、銅・鉛・亜鉛のベースメタル3種について、供給構造を詳細に記述した超長期を扱う鉱物資源供給グローバルモデルを作成した。このモデルでは金属の生産からリサイクル・廃棄までの一連の流れをシステムダイナミクス手法を用いてモデル化し、超長期での資源の枯渇パターンをシミュレートした。分析結果から、金属種による持続可能性の違いと対策について次の見解が得られた。現状の生産量・リサイクル率の増加では、いずれの金属も供給が需要を満たせなくなる時期が来るとの結果を得た。供給不足を回避する対策としては、銅では、リサイクルを促進させ、二次供給によって総供給を安定させることが必要である。鉛では、リサイクル率の低い用途に対して代替を進めることが重要である。亜鉛では、リサイクル率の伸びが期待できないため、早期の代替技術開発が必要であるとの結果を得た。

 続いて、第5章では金属材料間での代替の過程をより詳細に検討するために、代替関係を主に扱った最適化モデルを提案を行った。これは、ある非鉄金属の生産費用が上昇することで、使用用途ごとに他の金属・プラスティックなどの原材料がその金属の用途に変わって使用される推移を表現する非鉄金属代替モデルである。被代替の対象とした金属種は銅・鉛・亜鉛で、線形計画法を用いた計算から全体の生産費用が最小になるように各原材料の消費量の最適化を試みた。50年を期間とした計算の結果、銅・亜鉛については、プラスティック・アルミニウム・鉄が将来的にも有効な代替物として需要されることが示された。また、需要の伸び率が現在の半分程度まで減少するとした感度分析では、代替物が必要のないレベルとなった。鉛については、資源量が少ないことと有効な代替物が少ないためリサイクルを充実させる必要があるとの結果を得た。

 第3のモデルは、リサイクル過程に特化したものである。長期的な視点からの対策としてリサイクルは資源枯渇を緩和させるに有効であるが、それに加えて、より逼迫した問題として最終処分場へ運び込まれるゴミ量を減量化させられる点にリサイクルの利点がある。第6章ではわが国の一般廃棄物を対象として、リサイクルによる最終処分量の減量効果と国内経済への影響を評価し、目標とする基準に対して産業間にどのようにリサイクル義務を課すのが最適な配分となるのかを提案するリサイクル負担配分モデルを開発した。このモデルを用いることで、あるリサイクル量を目標としたとき、どの産業からリサイクルを負担するのが効率的かの判断材料となる。いくつかの評価基準のもとで計算を行ったところ、単位最終処分量減少量当たりGDP減少額が最小になるような評価基準を用いることで、費用対効果に優れた負担配分が行われることが確かめられた。

 次に、鉱物資源開発における環境負荷の問題を取り上げる。他の経済活動と同様に、鉱物資源の生産・抽出時には環境に対してさまざまな影響を与える。鉱山開発における環境負荷には、鉱山開発自体による直接的な森林伐採、地下水汚染、生態系の破壊など、鉱山周辺環境への多大な影響が指摘されており、無視してはならない点である。これからの地球環境問題への意識の高まりを鑑みると、鉱物資源生産における環境負荷を定量的に評価することが望まれてくるであろう。

 生産活動が環境に及ぼす影響を評価する手法としては、現在のところ、製品の原料調達から廃棄されるまでの環境負荷物を計量し、積み上げる方法(LCI(Life Cycle Inventory))が用いられることが多く、なかでもCO2排出量を調査する研究が主流となっている。最終製品や基礎素材に関するLCAもしくはLCIの研究事例はここ数年、増加してきているが、ライフサイクルの出発点である資源の採掘や選鉱といった鉱山内で発生するCO2排出量までを計算に含んでいる事例は少ない。しかし、鉱物資源は多くの製品の原材料となることから、より正確で現実的なLCAのためには、採掘時のLCIから系統的に整える必要がある。

 第7章では、鉱物資源生産時に排出されるCO2量を調査した結果を報告した。鉱石採掘時におけるCO2排出量に重点を置き、海外露天掘銅鉱山と国内非金属露天掘鉱山での聞き取り調査および統計資料調査から排出量の算定を行った。その結果、日本国内の石灰石鉱山での単位生産あたりのCO2排出量は、この18年間で2.1〜2.3kg-CO2/tの間で推移しており、1991年以降は若干の増加傾向にあることがわかった。また、石灰石鉱山での軽油消費原単位の下限は0.25l/t付近にあることが明らかになった。チリの銅露天掘鉱山について、銅生産のLCI調査を行ったところ、乾式製錬での単位金属生産あたりのCO2排出量は2.4kg/kg-Cu程度であった。そのうち、約60%が採掘・選鉱工程からの排出であり、無視できない大きさであることを示した。今後もこの種の調査が多く行なわれることで、鉱物資源を原材料とする製品のLCIをより正確に算定する上で基礎的な資料となることを期待する。

 金属資源の多くは国際商品であることから、前章のようなLCI調査を行うときは世界の鉱山を対象とするのが理想的である。しかし、現実には鉱山でのエネルギー消費統計が整っていない国が多く、統計書に頼らずに個々の鉱山の調査を数多くこなすことは現実的でない。そこで、第8章では、鉱山開発のフィージビリティスタディの際に用いられる既存の費用算出式をデータベースにまとめ、これを応用することで簡易的に鉱山でのCO2排出量が推定できるアプリケーションを開発した。このモデルは、操業中の鉱山から発生する大気汚染物質量を推定するだけでなく、採鉱法や設備を変更した場合にどのように排出量が変化するかのシミュレーションも行える点に特徴がある。モデルの精度を検証するために、実際のLCI調査結果と比較を行ったところ、データベースからの推定結果は3%程度の誤差であった。また、坑内掘銅鉱山でのケーススタディを行い、工法を変更した際のCO2排出量を推定するような用い方もできることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 論文提出者は,鉱物資源開発の持続可能性について,経済理論に基づいた枯渇の可能性,長期的な需給関係,リサイクリングと代替による需給環境の変化,リサイクリングによる最終廃棄物処分場の減容化の可能性など,いくつかの複眼的視点から研究を行った。さらに,環境制約による鉱物資源開発の持続可能性を評価するために,鉱物資源開発に関連したCO2排出のLCI(ライフサイクルインベントリ)を実際の鉱山の調査に基づいて作成し,LCIを簡易的に評価できるソフトウェアの開発を行った。データが整っていなかった鉱物資源生産時に排出されるCO2量の評価を行ったことが特に注目される。

 序論では,鉱物資源開発あるいは資源問題について,大量消費時代の幕が上がった1960年代から,石油危機によって資源枯渇が注目された1970年代,原油・鉱産物価格低迷によって資源枯渇に対する危機意識が薄れた1980年代,地球環境問題がクローズアップされ始めた1990年代に至るまでの過程を振り返り,大量生産・大量消費・大量廃棄に依存する資源浪費型社会から脱却し,持続可能な発展を目指す潮流の中で,鉱物資源開発の持続可能性を評価する重要性を明らかにした。

 第2章では,先行研究のレビューを行っている。枯渇性資源の経済学をホテリングの理論を中心に整理し,枯渇性資源を扱った経済モデルについて,これまでの研究成果をまとめた。先行研究では計量経済モデルによる研究が多いが,シミュレーション手法と最適化手法を用いた最近の先行研究についても注目し,本研究で作成したモデルの位置付けを明らかにしている。

 第3章では,鉱物資源開発の経済的特徴を把握するために,鉱物資源の生産量・消費量・埋蔵量などの基礎データをまとめ,主要鉱物資源について,その経済的な特長を明らかにした。また,世界の鉱山の現状を見るために,鉱山データベースを用いた分析を行っている。コスト,品位,生産容量などの動向を明らかにし,4章以降の研究に必要な基礎データを得ている。

 第4章から第6章では,鉱物資源の持続性を議論するための3種のモデルを提案している。同じ枯渇性資源に分類されるエネルギー資源と鉱物資源は,いくつかの点で異なっている。すなわち,1)耐久財としての性格を持ち合わせているためにリサイクリングが可能なこと,2)供給可能量が大きい代替物が比較的安価に存在すること,3)多種多様な金属種と合金が存在することなどである。そのため,鉱物資源が有するこれらの特性を考慮したモデルの構築を行っている。

 第4章では,銅・鉛・亜鉛のベースメタル3種について,供給構造を詳細に記述した超長期鉱物資源供給グローバルモデルを作成した。この中には,金属の生産からリサイクル・廃棄までの一連の流れが組み込まれ,資源の枯渇パターンのシミュレートが可能となっている。その結果,現状の生産量・リサイクル率の増加では,銅と亜鉛については供給が需要を満たせなくなる時期が来るとの結果が得られている。供給不足を回避する対策として,銅では,リサイクルを促進させて二次供給によって総供給を安定させることが必要であること。亜鉛では,リサイクル率の伸びが期待できないため,早期に代替物の技術開発が必要であるとの提言を行っている。また鉛では,蓄電池以外での用途での需要量を減少させることが,持続的な供給に必要な条件であるとの結果が得られている。

 第5章では,金属間あるいは非金属材料との代替関係を扱った最適化モデルの提案を行っている。これは,非鉄金属の生産費用が上昇することで,利用用途ごとに代替材料がその金属の用途に変わって使用される推移を表現する非鉄金属代替モデルである。被代替材の対象とした金属は銅・鉛・亜鉛で,線形計画法を用いた計算から全体の生産費用が最小になるように各材料の消費量の最適化を試みた。50年を期間とした計算の結果,銅・亜鉛については,プラスティック・アルミニウム・鉄が将来的にも有効な代替物として需要されることが示された。また,需要の伸び率が現在の半分程度まで減少するとした感度分析では,代替物が必要のないレベルとなった。鉛については,資源量が少ないことと有効な代替物が少ないためリサイクルを充実させる必要があるとの結果が得られている。

 第6章では,わが国の一般廃棄物を対象として,リサイクルによる最終処分量の減量効果と国内経済への影響を評価し,目標とする基準に対して産業間にどのようにリサイクル義務を課すのが最適な配分となるのかを明らかにするリサイクル負担配分モデルを開発している。このモデルを用いることで,あるリサイクル量を目標としたとき,どの産業からリサイクルを負担するのが効率的かの判断材料を提供することができ,費用対効果に優れた負担配分が行われることが確かめられた。

 第7章と第8章では,鉱物資源開発による環境負荷(CO2排出)が取り上げられている。最終製品や基礎素材に関するLCIの研究事例がここ数年増加してきているが,ライフサイクルの出発点である資源の採掘や選鉱といった鉱山内で発生するCO2排出量までを計算に含んでいる事例は少ない。しかし,鉱物資源は多くの製品の原材料となることから,より正確で現実的なLCAのためには,採掘時のLCIから系統的に整える必要がある。

 第7章では,鉱物資源生産時に排出されるCO2量を調査した結果が報告されている。海外の大規模露天掘銅鉱山と国内の石灰石露天掘鉱山での聞き取り調査および統計資料調査からCO2排出量の算定を行った。

 第8章では,鉱山開発のフィージビリティスタディの際に用いられる既存の費用算出式をデータベースにまとめ,これを応用することで簡易的に鉱山でのCO2排出量が推定できるアプリケーションを開発した。精度を検証するために,実際のLCI調査結果と比較を行ったところ,データベースからの推定結果は3%程度の誤差であることがわかった。また,坑内掘銅鉱山でのケーススタディを行い,採鉱法を変更した際のCO2排出量を推定するような用い方もできることが示されている。

 本論文では,鉱物資源開発の持続可能性を,枯渇資源の特性だけではなく,リサイクリングや代替,環境制約も含めた複眼的な評価を可能とするモデル開発が行われており,従来の研究と一線を画す知見を得ている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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