学位論文要旨



No 215126
著者(漢字) 高見沢,勝
著者(英字)
著者(カナ) タカミザワ,マサル
標題(和) ヒト末梢血樹状細胞とその前駆細胞の研究
標題(洋)
報告番号 215126
報告番号 乙15126
学位授与日 2001.09.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15126号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学医科学研究所 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 菊池,かな子
 東京大学 助教授 平井,浩一
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨 要旨を表示する

「研究の目的、および背景」

ヒト末梢血樹状細胞(Dendritic cells;以下DCと略す)の性状については、未だ統一した見解が得られていないのが実情である。組織学的検討で明らかにされてきたように、種々の臓器組織には樹状様の形態を示しながら、異なる表面抗原をもつ複数のDCが存在すること、その数が極めて少ないこと(0.5%以下),他の免疫細胞と異なりヒトDCに特異的な抗原が同定されていないことなどが、この細胞の研究を困難なものとしてきた。ヒトDCは、1980年代始め頃から多くの研究者によって精製分離が行なわれてきたが、マウスDCと同様に、CD3,CD19,CD16,CD14といったT,B,NK細胞や単球に特異的な表面分子をもたないこと、HLA抗原を豊富に発現していることなどが明かにされた。また、末梢血単核球から、T,B,NK細胞や単球を除いた細胞をIL-4とGM-CSFで培養することによって、大量に樹状様の形態を示す細胞を誘導できること、さらに、TNFとGM-CSFの存在下で培養した骨髄および臍帯血由来のCD34陽性細胞は、樹状様の形態へと変化することが示された。報告されたいずれのDCも一次リンパ球混合培養(primary mixed lymphocyte culture ; MLC)ではT細胞の増殖を誘導するが、マウス脾DCと異なり、未感作の蛋白抗原をナイーブT細胞に対し提示する機能は証明されなかった。ヒトにおいてなんらかの病原体による初感染が生じた場合、どのように一次免疫応答が誘導されるかを検討するために、本研究ではヒト末梢血から一次免疫応答の誘導を担う抗原提示細胞とその前駆細胞の分離精製を試み、その性状を明かにするとともに、従来報告されてきたDCおよび前駆細胞(Dendritic cell precursors;以下DCpと略す)と比較検討した。

「研究方法」

DCの分離:既知の方法(1)と、本研究において新たに開発した方法(2)により末梢血DCを分離した。健常者から白血球濃厚液を採取後、フィコール比重遠心法にて単核球を分離した。

(1)パニング法により単核球からCD2陽性細胞を除いた後、36時間培養した。培養細胞から硝子付着法およびFcパニング法で単球を除去した後、14.5%メトリザマイド比重遠心法を行ない、集めた低比重細胞から、パニング法によりT,B,NK細胞を除去してDCを精製した。

(2)パーコール比重遠心法により、単核球から低比重細胞(主に単球)を除いた後、高比重細胞を24時間培養した。次いで15%メトリザマイド比重遠心法後の低比重細胞をさらに12-16時間培養し、Fcパニング法によってFcガンマリセプター陽性細胞を除いた後、14%と13%のメトリザマイド比重遠心法によってDCを精製した。

単球の分離:パーコール比重遠心法をおこなった単核球の低比重細胞(CD14,70-85%)を、ガラス付着法により精製した(CD14,>97%)。

DCpの分離:新鮮末梢血単核球からパーコール比重遠心法により低比重細胞を除いた後、高比重細胞からパニング法でT,B,NK細胞を除去した。残りの細胞を、抗HLA-DR抗体、抗CD2抗体および抗CD3,CD14,CD21,CD56抗体による三重染色を行ない、DR強陽性でCD3,14,56,21陰性、かつCD2陽性または陰性の分画をセルソーターにより分離した。

表面分子の解析:分離したDC、単球、DCpの表面抗原は単一3重染色をおこない、フローサイトメトリーによって解析した。

また、DCpは単核球のPHA刺激下の培養上清(PHA上清と略す)で24時間培養した後、同様に表面抗原の分析を行なった。

形態:DCpおよびその培養細胞について、光学顕微鏡、電子顕微鏡を使い形態を評価した。

機能検査:DCと単球は、25Gy放射線照射後、アロのT細胞と6日間培養し、増殖反応を3H-thymidineの取り込みによって測定した(MLC)。また、各々の抗原提示細胞は、一次抗原(keyhole limpet hemocianin ; KLH又はhuman immunodeficiency virus gp160 ; HIVgp160)、二次抗原(tetanus toxoid ; TT)の存在又は、非存在化で自己T細胞と7日間培養し、その増殖を測定した。ソーテイングによって得られたDCp(CD2+,DR強陽性細胞とCD2-,DR強陽性細胞)と、それらをPHA上清で24時間培養した細胞の抗原提示能も上記と同様に検討した。また、一次免疫応答におけるDCとT細胞の相互作用に関与する分子を知るために、培養初期に種々の表面分子に対する抗体を添加し増殖抑制の程度を検討した。

「結果」

1.一次免疫応答における2種類のDCと単球の機能。

方法の(2)によって分離したDCは、MLCのみならずHIVgp160に対する反応においても有意のCD4T細胞の増殖を誘導した。既知の方法(1)によって分離したDCおよび単球は、MLCにおいてのみT細胞の増殖を誘導した。

2.一次免疫応答を担うDCpの同定。

単核球からT,B,NK細胞と単球を除いた細胞を三重染色でフローサイトメトリーにより解析すると、HLA-DR抗原強陽性でCD3,CD14,CD21,CD56陰性の細胞(末梢血単核球の0.1〜0.5%)には、大きく分けてCD2+,CD1+(CD2+DCp)と、CD2-,CD1-(CD2-DCp)の2つの分画が存在し、60-80%はCD2+DCpであった。これらの細胞は、光学顕微鏡下で形態学的にはともに円形で、若干大型である以外にリンパ球と区別することはできなかった。PHA上清で24時間培養すると、両細胞ともに樹状様の形態へ変化した。ソーテイングによって精製した各々の分画の機能を検討したところ、CD2+およびCD2-DCpともに、MLCにおいてT細胞の増殖を誘導したが、一次抗原であるKLHやHIVgp160、二次抗原であるTTをT細胞に提示することはできなかった。さらに、培養によって樹状様の形態に変化した各々の分画の培養細胞の抗原提示能を検討した。培養CD2+DCpは、MLCのみならず、KLH,HIVgp160,TTいずれの反応系においても有意の増殖を誘導した。培養CD2-DCpはMLRと二次抗原であるTTに対してT細胞の増殖を誘導した。単球は、培養の如何にかかわらずMLCとTTの反応系においてT細胞の増殖を誘導した。

3.成熟に伴うCD2+DCp,CD2-DCpの表面分子、形態の変化。

CD2+DCpはCD4を弱く発現しており、CD1a,CD1c,CD33,CD40,CD54,CD86も陽性、CD25,CD80は陰性であった。PHA上清で24時間培養すると樹状様の形態へと変化した。CD2,CD4,CD33分子の発現が低下する一方、CD40,CD54,CD86の発現は著しく増強しCD25,CD80は陽性となった。一方、CD2-DCpはCD4,CD33,CD86は一部陽性、CD40,CD54,陽性でCD1a,CD1c,CD25,CD80は陰性であった。培養によって、CD40,CD54,CD86の軽度の増強とCD25,CD80の弱い発現が見られた。電顕下では、両者のDCに著しい差異は認められなかった。

4.抗体による一次免疫応答の抑制。

培養CD2+DCpを抗原提示細胞として、KLH反応系に関与する接着分子を検討した。抗CD2,CD4,CD11a,CD28,CD86抗体は、顕著な増殖抑制活性を示した。抗CD80抗体による抑制は軽微であった。

「考察」

 結果の1で示したように、既知の方法によって分離したDCにはタンパク抗原に対して一次免疫応答を誘導する機能がなく、本研究の方法で分離したDCが、ヒトの一次応答を担う抗原提示細胞であることが初めて明らかとなった。両者の方法論の比較検討から、一次免疫応答を誘導するDCはT,NK細胞同様、CD2分子を発現しているDCpから分化してくることが推定され、その分離をおこなった。T,B,NK細胞や単球に特異的なマーカーを欠き、HLA-DR抗原が強陽性を示す末梢血単核球分画(全単核球の0.5%以下)は、約70%がCD2陽性、約30%がCD2陰性であった。ソーテイングによって分離したばかりのDCpはともに円形で、抗原提示細胞としての機能をほとんどもたないが、PHA上清で培養すると12-48時間ほどで樹状様の形態へと変化し、機能的な抗原提示細胞となった。破傷風トキソイドのような二次抗原にに対しては、どちらの細胞もT細胞に抗原提示できるが、KLH,HIV gp160などの未感作抗原に対しては、CD2+DCp由来のDCだけがT細胞の増殖を誘導した。単球は培養の如何にかかわらずTTにたいする二次免疫応答を誘導するが、分離したばかりのDCpは一次、二次応答ともに誘導できないことから、樹状形態をしめす成熟型になってはじめて、蛋白抗原をプロセスする能力を獲得すると考えられた。

 CD2+DCp由来のDCが一次応答を誘導でき、CD2-DCp由来のDCや単球ができない理由については、本研究では十分な検討ができなかった。各々のDCpの表面分子の解析と抗体による抑制試験の結果から、一次免疫応答の誘導には、CD2+DCp由来のDCでみられるように、CD54,CD86などの接着分子の強い発現が重要であると考えられた。

 DCは単球と同様、CD33陽性の骨髄系幹細胞から分化して来ると想定され、多くの研究者が、GM-CSFなどを使って幹細胞からの誘導を試みてきたが、本研究で初めて明らかになったように、一次免疫応答を担うDCのDCpはCD2およびCD33といった、各々リンパ系と骨髄系の細胞に特異的な分子を併せ持つことから、骨髄、リンパ系とは異なる特殊な幹細胞系を有している可能性がある。また、CD1分子の発現は、通常、胸腺細胞などに限局しており、末梢血の他の細胞では見出されないことから、CD1a,1c抗原は末梢血の一次免疫応答を担うDCpを同定する特異抗原として重要であると考えられた。

また、近年、本研究で開発した方法によって分離されたDCが、B細胞悪性リンパ腫の患者のワクチン療法に応用され、腫瘍抗原にたいする一次免疫応答の誘導と腫瘍の著しい縮少がみとめられたことから、今後広く臨床へ応用されることが期待される。

「結語」

ヒト末梢血から一次免疫応答の誘導を担うDCの分離法を開発し、この細胞がCD1+CD2+CD33+DCpから分化してくることを初めて明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

ヒト組織中には複数の樹状形態を示す細胞が存在する。そのなかで、未感作の蛋白抗原をナイーブT細胞に提示する機能をもつ抗原提示細胞の性状については不明であった。本研究では、末梢血からこのような機能をもつ樹状細胞を分離する方法を確立するとともに、その由来となる前駆細胞について解析し次の結果を得ている。

1)末梢血からフィコール比重遠心法で単核球を分離後パーコール比重遠心法により単球を除去した後、血清加培養液にて36時間培養した。培養細胞からメトリザマイド比重遠心法により樹状細胞を精製した。

2)これらの樹状細胞の表面抗原をフローサイトメトリーで解析しHLA-A,B,C bright,HLA-DR,DQ,DP bright,CD1a dull,CD1b(−),CD1c(+)lineage(−)であった。

3)この樹状細胞とナイーブCD4(+)T細胞を未感作抗原(HIV蛋白、KLH)の存在下で培養すると有意の増殖を誘導した。

4)この細胞の由来となる前駆細胞を同定するためにHLA-DR bright, lineage(−)の細胞分画をセルソーターにより精製した。さらに、これらをCD2(+)とCD2(−)の分画にわけ培養したところ、どちらも樹状形態を示したが、CD2(+)分画のみ2)に示した表面形質を示すと共に、一次免疫応答を誘導した。

以上、本論文は極めて機能の高い樹状細胞が末梢血中の未知の前駆細胞から誘導されてくることを明らかにした。また、極めて少量の樹状細胞を比較的単純な方法で分離するすることを可能にしたことは、癌のワクチン療法など臨床にも貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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