学位論文要旨



No 215133
著者(漢字) 常川,豊吉
著者(英字)
著者(カナ) ツネカワ,ブンキチ
標題(和) 分泌生産による20kDaヒト成長ホルモンの各種受容体を介した細胞応答と結合解析
標題(洋)
報告番号 215133
報告番号 乙15133
学位授与日 2001.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15133号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 1970年代に急速に発展した遺伝子組換え技術は、多くの生物の遺伝子構造の解明に役立つと共に、その遺伝子を適当なベクターに組み込んで細胞に導入することにより種々のタンパク質の大量生産を可能にした。大腸菌は増殖が早く手軽に扱えることから、糖鎖を必要としないタンパク質の発現に古くから使用され、その発現機構に関してもこれまで多くの研究がなされている。

 大腸菌を用いて目的タンパク質を生産する方法は、大きく菌体内発現法と分泌生産法とに分類することができる。菌体内発現法では、生産されたタンパク質が菌体内で活性型のタンパク質として本来の形に折りたたまれないことも多い。また、N末端にはほとんどの場合メチオニンが付加されたアミノ酸配列となり、1次配列自体が天然型のものと異なってしまう。一方、分泌生産法では、目的タンパク質はN末端にシグナル配列が付加された前駆体としてまず菌体内に発現される。その後、この前駆体はペリプラズムへの分泌過程においてシグナルペプチドが切断されることにより成熟体となり、天然型と同一のアミノ酸配列となる。ペリプラズム中ではフォールディングが正しく行われ、天然型と同じ高次構造を形成することが出来る。

 分泌生産法により大量調製が可能となったタンパク質の一つに分子量が22kDaのヒト成長ホルモン(human growth hormone : 22K-hGH)がある。BeckerやChangらによりOmpAやST-IIなどのシグナル配列が22K-hGHの分泌生産に適していることが見出され、天然型の高次構造を有する22K-hGHの調製が可能となった。これにより22K-hGHの分子特性に関する詳細な解析が可能となり、hGH受容体との結合に関する検討がなされている。一方、この22K-hGHが下垂体前葉にて発現される際に、これと共に分子サイズ20kDaのアイソフォーム(20K-hGH)が分泌されることが知られている。20K-hGHはオルターナティブスプライシングにより22K-hGHの32〜46番目に相当する15アミノ酸を欠失した構造をとっており、下垂体の全hGHの5〜10%の割合で存在している。

 これまで、20K-hGHに関しては、22K-hGHとの構造上の違いから、22K-hGHと異なる性質を有することも示唆されていたが、高純度の天然型試料を充分に入手することが困難であったことから、生理作用や作用機序に関する確証のある知見は充分には得られていなかった。筆者らのグループでは、B.amyloliquefaciensの中性プロテアーゼ由来のシグナル配列を使用し、グルタチオンリダクターゼを共発現させた大腸菌を用いて、分泌生産法による高純度、天然型20K-hGHの大量調製に成功した。

 本研究は、高純度調製が可能となった20K-hGHを用いて、20K-hGHのin vitroでの生物活性、各種受容体との会合様式を詳細に検討することを目的としている。これまで筆者らのグループにより20K-hGHは22K-hGHと比較し同等の成長促進活性を有することがラットを用いた実験により確認されている。今回は特に20K-hGHの臨床使用を考えた場合に検討が重要と思われる3つの受容体との相互作用、即ちhGHが結合しその主作用を発揮するhGH受容体、副作用との関与が懸念されているヒトプロラクチン(hPRL)受容体、及びhGHのin vivoでの評価用動物として使用されるラットのGH受容体を介した細胞応用及び会合様式に関する解析を実施した。

 第1章では、20K-hGHのhPRL受容体を介した作用に関する検討を行った。hGHはGH受容体に結合し主作用を発揮すると同時に、PRL受容体にも結合することが知られており、22K-hGHをヒトに投与した場合に、乳癌や男性の乳房女性化等の副作用発症とhPRL受容体との関与が懸念されていた。しかしながら、これまでhPRL受容体に対する20K-hGHの作用に関する詳細な報告は無く、20K-hGHのヒト生体内での作用メカニズムを考察する上ではhPRL受容体との結合様式や22K-hGHとの作用強度の違いに関する知見が必須であった。本研究では、hPRL受容体を発現させたBa/F3細胞を用いた細胞増殖実験、及び同じくhPRL受容体を発現させたCHO細胞とSpi2.1遺伝子プロモーター領域を用いた遺伝子転写活性化実験において、20K-hGHの作用は22K-hGHよりも弱いことを示した。また、hPRL受容体を介した細胞内シグナル伝達物質(JAK2-STAT5)のチロシン残基リン酸化検討においても、20K-hGHのリン酸化能は22K-hGHよりも低いことを示した。本結果により、20K-hGHはヒトに投与した場合において副作用等のリスクが低いと考えられる。

 第2章では、20K-hGHとhGH受容体との複合体形成メカニズムに関する検討を行った。20K-hGHは22K-hGHと同じくシークエンシャルバインディングモデルに従い連続的に2つのhGH受容体と結合し、1 : 1複合体を経由して、最終的に1 : 2(hGH : hGH受容体)複合体を形成する。1つめのhGH受容体に対する20K-hGHの親和性は22K-hGHよりも約10倍低いことが報告されているにも関わらず、20K-hGHが22K-hGHと比較し同等以上のhGH受容体を介した作用を示すメカニズムがこれまで不明であった。20K-hGHが1 : 2複合体を形成する際には、hGH受容体同士の結合が20K-hGHとhGH受容体間での結合親和性の低さを補っている可能性が示唆されていたが実験的な確証は得られていなかった。本研究では、hGH受容体同士の結合領域に存在すると考えられる15個のアミノ酸を各々アラニンへ置換した変異型hGH受容体発現プラスミドを作製した。これらをBa/F3細胞株へ導入し、各変異型hGH受容体を介した20K-hGHの作用(細胞増殖活性)を解析した。その結果、hGH受容体上のアミノ酸Thr-147、Ile-149、His-150、Tyr-200をアラニンへ置換した際に20K-hGHの細胞増殖活性は22K-hGHと比較し、特異的に低下することが判明した。これらの結果は、20K-hGHとhGH受容体との1 : 2複合体形成においては、hGH受容体同士の結合が、20K-hGHとhGH受容体間での結合親和性の低さを補っていることを示している。

 第3章では、20K-hGHのラットGH(rGH)受容体を介した作用及び結合様式に関する検討を行った。ラットはhGHのin vivoでの作用評価動物として頻繁に使用されており、hGHの成長促進活性、浮腫誘発性などに関する検討がなされている。20K-hGHのヒトでの作用を類推する上で、rGH受容体に対する20K-hGHの作用に関する解析は非常に重要である。特に、rGH受容体に対する20K-hGHの親和性は22K-hGHの3〜10%であるという報告がある一方で、下垂体摘出ラットにおける体重増加作用は同等であり、それらの相関に関する検討が必要とされていた。本研究では、分泌生産法により大腸菌を用いて作製したrGH受容体細胞外領域と20K−及び22K-hGHとの複合体形成を検討し、20K-hGHのrGH受容体に対する親和性は22K-hGHよりも低いことを確認した。また、rGH受容体を発現させた培養細胞株を用いて、rGH受容体を介した細胞増殖活性は20K-GHの方が低く、ラットのGH受容体に対する親和性と相関すること、一方、遺伝子転写活性化能は20K-hGHと22K-hGHとで等しく、rGH受容体親和性と相関しないことを見出した。このような違いはhGH受容体やhPRL受容体には見られないことから、rGH受容体に特異的な現象である可能性がある。

 結論として本研究において、大腸菌を用いた分泌生産系により多量且つ高純度にその製造が可能となった天然型20K-hGHを使用することによって、これまでは不明であった20K-hGHの生物活性と受容体に対する会合様式を解析し、20K-hGHの生体内における多様な作用のメカニズムを明らかにした。20K-hGHは22K-hGHの15アミノ酸を欠失することにより、hGH受容体やhPRL受容体に対して異なる作用を有することが示された。これらの知見は今後の20K-hGHの臨床的有用性を検討する際の土台となるものであり、医薬品としての応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌を用いて分泌生産法により大量調製が可能となったタンパク質の一つに22kDaヒト成長ホルモン(22K-hGH)がある。天然型の高次構造を有する22K-hGHの大量調製が可能となり、22K-hGHとhGH受容体との結合が詳細に解析されている。一方、22K-hGHと共に20kDaのアイソフォーム(20K-hGH)が下垂体前葉にて発現する。20K-hGHはオルターナティブスプライシングにより22K-hGHの32〜46番目に相当する15アミノ酸を欠失しており、下垂体の全hGHの5〜10%の割合で存在している。20K-hGHに関しては、高純度の天然型試料の入手が困難であることから、生理作用や作用機序に関する詳細な知見は得られていない。本論文は、大腸菌に分泌生産させた高純度の天然型20K-hGHを用いて、in vitroでの生物活性、各種受容体との会合様式を詳細に解析したものである。

 第1章では、20K-hGHのヒトプロラクチン(hPRL)受容体を介した作用が検討されている。hGHはPRL受容体にも結合するため、22K-hGHをヒトに投与した場合、乳癌や男性の乳房女性化等の副作用に、hPRL受容体が関与していることが示唆されていた。しかし、hPRL受容体を介した20K-hGHの作用に関する詳細な報告は無かった。hPRL受容体を発現させたBa/F3細胞を用いた細胞増殖実験、及びhPRL受容体を発現させたCHO細胞とSpi2.1遺伝子プロモーター領域を用いた遺伝子転写活性化実験において、20K-hGHの作用は22K-hGHよりも弱いことを明らかにした。また、hPRL受容体を介した細胞内シグナル伝達物質(JAK2-STAT5)のチロシン残基リン酸化においても、20K-hGHの活性は22K-hGHよりも低いことを明らかにした。従って、20K-hGHはヒトに投与した場合、副作用の可能性が低いことが期待される。

 第2章では、20K-hGHとhGH受容体との複合体形成機構に関し解析されている。22K-hGHと同じく、20K-hGHは受容体との1 : 1複合体を経由して、1 : 2(hGH : hGH受容体)複合体が形成される。1つめの受容体に対する20K-hGHの親和性は、22K-hGHの10分の1程度であるにも関わらず、20K-hGHが22K-hGHと同等以上のhGH受容体を介した生理作用を示す理由は不明であった。受容体同士の結合領域に存在すると考えられる15個のアミノ酸を各々アラニンへ置換した変異型受容体をBa/F3細胞株で発現し、変異型受容体を介したhGHの作用(細胞増殖活性)を解析した。その結果、受容体上のアミノ酸Thr-147、lle-149、His-150、Tyr-200は、20K-hGHの細胞増殖活性に、特異的に重要であることが判明した。これは、20K-hGHとhGH受容体が1 : 2複合体を形成する際には、受容体同士の結合親和性が特異的に上昇するため、20K-hGHとhGH受容体間での結合親和性を補っていることを示している。

 第3章では、20K-hGHのラットGH(rGH)受容体を介した作用及び結合様式に関する検討を行った。ラットはhGHのin vivoでの作用評価動物として頻繁に使用されており、hGHの成長促進活性、浮腫誘発性などに関する検討がなされている。rGH受容体細胞外領域と20K-及び22K-hGHとの複合体形成を検討し、20K-hGHのrGH受容体に対する親和性は22K-hGHよりも低いことを確認した。また、rGH受容体を発現する培養細胞株を用いて、rGH受容体を介した細胞増殖活性は20K-hGHの方が低く、ラットのGH受容体に対する親和性と相関すること、一方、遺伝子転写活性化能は20K-hGHと22K-hGHとで等しく、rGH受容体親和性と相関しないことを見出した。このような違いはhGH受容体やhPRL受容体には見られないことから、rGH受容体に特異的な現象である可能性がある。

 以上本論文は、大腸菌を用いた分泌生産系により多量かつ高純度にその製造が可能となった天然型20K-hGHを使用することによって、これまで不明であった20K-hGHの生理作用について検討したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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