学位論文要旨



No 215137
著者(漢字) 須澤,美幸
著者(英字)
著者(カナ) スザワ,ミユキ
標題(和) 骨芽細胞分化調節因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 215137
報告番号 乙15137
学位授与日 2001.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15137号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 後藤,由季子
内容要旨 要旨を表示する

目的

 骨芽細胞、軟骨細胞、筋芽細胞、脂肪細胞は共通の未分化間様系細胞(関葉系肝細胞)に由来し、それぞれ数多くの分化促進因子や、抑制因子等による複雑なバランスによりそれぞれの細胞への分化能を獲得するものと考えられる(図1)。分子生物学的手法の発達により現在様々な分化促進因子がクローニングされ、更に遺伝子欠失マウスを用いる事で、飛躍的に骨芽細胞、脂肪細胞に重要な因子が明らかとなってきた。

 しかしながら現在までの検討では、増殖、分化に係わる因子の取得、解析は進歩したものの細胞本来の持つ細胞分化機序、それぞれの分化振り分けのメカニズムに関しては今だ不明な点が多い。上記背景をふまえ、本研究では骨芽細胞、脂肪細胞分化に着目し、これら細胞分化がどのように制御されているか解明する事を目的とし、骨芽細胞、未分化間葉系細胞を用い1)骨芽細胞自身が産生する内因性BMP-2/4の骨芽細胞分化に及ぼす役割とその重要性2)骨芽細胞により産生されるI型コラーゲンと、細胞接着因子α2β1インテグリンとの結合により活性化されるfocal adhesion kinase (FAK)とBMP-2シグナルとのクロストーク3)脂肪細胞分化において負のレギュレーターであるTGFβ、IL-1、TNFαシグナルがPPARγの転写制御機構に及ぼす影響の以上3点を分子生物学的手法を用いて解析した。

1)内因性に発現するBMP-2の骨芽細胞分化に及ぼす影響

 骨芽細胞は骨形成に関与する主要な細胞であり、骨基質蛋白を産生し類骨を形成する事により骨基質を増加していく。in vitroの系で前骨芽細胞様細胞を骨形成促進因子としてクローニングされたBMPとともに長期培養すると、骨芽細胞としての機能を保持する細胞へと分化する。しかしながら、本来細胞自身が保持している成熟した骨芽細胞分化のメカニズムは不明確な部分が多い。そこで、マウス頭蓋骨由来前骨芽細胞様細胞MC3T3-E1細胞を用い1)BMPが発現しているか否か、また分化によって発現に差が認められるかどうか、2)BMPのたんぱくの局在、3)細胞内キナーゼ領域を欠失させたBMP I型レセプターを恒常的に発現させたMC3T3-E1細胞をクローニングし、骨芽細胞分化に及ぼす影響を検討した。結果としてMC3T3-E1細胞においてmRNAレベルでの発現を確認し、更にその発現は分化段階による影響は認められない事がRT-PCR法を用い明らかにした。またBMPは細胞外基質に強く局在していることを確認した。分化によって基質蓄積能が多くなる事から、MC3T3-E1細胞は自ら産生したBMPを基質に貯える事により自信の分化を促進させるオートクリン的な働きをする事が確認された。またBMPのシグナルを遮断する為、BMPレセプタードミナントネガティブ体stable MC3T3-E1細胞(ΔBMPRI MC3T3-E1)を取得し機能解析を行った。その結果ΔBMPRI MC3T3-E1細胞は骨芽細胞への分化能を持たなかった。今回の検討により細胞外基質中に蓄積された内因性BMP-2/4が骨芽細胞分化において不可欠である事を明らかにした。

2)I型コラーゲンーα2β1インテグリンからのシグナル伝達系とBMP-2下流シグナル伝達因子Smad1のクロストーク

 骨芽細胞は細胞外基質産生能の高い細胞である。中でもI型コラーゲンは主要骨基質タンパクであり、I型コラーゲンを中心として秩序だった配列により類骨を形成し骨量の増大とともに骨の形態を適切に保持することに寄与している。つまり、成熟したコラーゲンの合成が個築地においで重要であると言える。成熟したコラーゲン繊維を形成する為には補酵素としてアスコルビン酸が必須であり、アスコルビン酸非存在下でMC3T3-E1細胞を培養すると骨芽細胞への分化の進展が認められなくなる。I型コラーゲンは細胞接着因子α2β1インテグリンと結合しFAK (Focal adhesion kinase)を介しMAP kinaseを活性化する。またこのMAP kinaseの活性化機構はEGFによる活性化と異なり、EGFによるERKの活性化が15分程度から比較的早い速度で活性化されるのに対しFAK*によるERKの活性化は1時間後から開始され、その活性化が比較的長い時間起こる事が報告されている。(ref)このFAKを介するMAP kinaseの活性化が骨芽細胞の分化に重要である事が報告された。(ref)そこで1)に示したBMPのシグナルとI型コラーゲン−α2β1インテグリンからのシグナル伝達系のどちらが分化において重要か、またこれら両者の間にクロストークが認められるか検討した。BMPシグナル伝達因子として1997年にMasageらによりクローニングされたされた下流シグナル伝達因子Smad1タンパクを用い検討した。1)FAK anti sense DNAを恒常的に発現させ、FAKのシグナルを遮断したMC3T3-E1細胞(FAK antisense細胞)をクローニングしその分化に及ぼす影響を検討した。2)長期MAP kinaseを活性化させるモデル系として活性化型Rasの発現ベクターを用い細胞にco-transfectしSmad1の転写活性化に影響を及ぼすか検討した。3)Smad1のMAP kinaseリン酸化領域を欠失したSmad1 (ΔSmad1)、もしくはserineをalanineに置換しリン酸化されないSmad1発現ベクター(mut Smad1)を作成し活性型Rasによる影響が認められるか否か検討した。その結果FAK antisense MC3T3-E1細胞は骨芽細胞分化能を保持しなかった。Smad1の転写は活性型Rasにより活性化された。ΔSmad1、もしくはmut Smad1では活性化が認められなかった。以上の結果より、FAKのシグナルBMPのシグナル共に、骨芽細胞の分化において重要であり、更に協調的に働く事が示唆された。

3)PPARγの転写制御機構に及ぼす脂肪細胞の負のレギュレーターであるTGFβ、IL-1、TNFαの機構解析

 脂肪細胞は未分化間葉系細胞より分化し、TGFβ、IL-1、TNFαの存在によりその分化は抑制される。その抑制機序は不明な点が多い。PPARγは、グルココルチコイド、エストロゲン、甲状腺ホルモンおよび脂溶性ビタミンなどをリガンドとするレセプター群と同族の核内受容体型転写因子であり、現在γ1、γ2、γ3の三種類のアイソフォームが報告されている。中でもPPARγ2は脂肪細胞特異的に発現しており脂肪細胞分化の中核的な役割を担っている。そこで、TGFβ、IL-1、TNFαの脂肪細胞分化抑制機構がPPARγと関係するか否か分子生物学的手法を用い検討した。まずTGFβ、IL-1、TNFα及びその下流シグナル伝達因子群がPPARγの転写活性化に影響を与えるかLuciferase assayを用い検討した。その結果PPARγの転写活性化に対しTGFβ、IL-1、TNFα抑制的に作用する事が明らかとなった。更にその下流シグナル伝達因子群の中でTAK1 (TGF-beta-activating kinase 1)/TAB1, NIK (NF κB-inducing kinase), NF-κBのpathwayが負のクロストークに関与することが明らかとなった。しかしながら今回の検討ではTGFβによる負のクロストークがどのように行われているか確認することができなかった。次に、この負のクロストークがどの様な機序で行われているか検討した。最初にNF-κBによる抑制機序がダイレクトなのか、インダイレクトなのかin vitroの結合実験(GST-pull down法、gel shift法)を用いて解析した。更に、実際にPPARγにより制御される遺伝子がTGFβ、IL-1、TNFαにより抑制されるかNorthern blotting法、ChIP assayを用いて解析した。その結果、NF-κBがこの抑制に強く関与し、その抑制機序はPPARγのDNA結合阻害である事を発見した。更にPPARにより発現が制御されるCAP (c-Cbl-associating protein)の発現をTNFα、IL-1は抑制した。以上の結果より脂肪細胞分化の抑制機序の一つにNIKを介したNF-κBが関与する事を示すものである。

まとめ

 骨芽細胞、脂肪細胞は同種の未分化間様系細胞由来である。一つの細胞が多種多様な細胞へ分化する上で多くの分化促進因子、分化抑制因子がクローニングされている。しかしながら、どのような機序において来細胞自身が保持している細胞分化のメカニズムは不明確な部分が多い。本実験において1)骨芽細胞における分化制御が、自ら産生するBMPを骨基質中に蓄える事でそのシグナルを伝え、更に骨基質主要構成たんぱくであるI型コラーゲンがα2β1インテグリンを介し活性化されるMAPKが分化において必要条件である事を明らかにした。更に、脂肪細胞分化においては、その分化抑制機序を解析した。今後更に基礎的な検討を行い、分化の振り分けがどのように行われているか明確にする事が、最終的に臨床応用につながって行くものと考えられる。今回の検討により、骨芽細胞骨芽細胞分化、脂肪細胞分化に着目し研究をすすめ、これら細胞分化がどのような因子により制御されているか、一部明らかにできたものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 人が生体の恒常性を維持するメカニズムが細胞にプログラミングされている。このプログラムが崩れると疾患に結びつく原因になる。これを未然に防ぐために、どの様にプログラムされているか理解することが重要であると考えられる。

 本研究は支持組織"骨"に着目しその骨形成に関わる骨芽細胞またその起源である骨髄間葉系細胞を材料に骨芽細胞分化、また同種細胞から分化する脂肪細胞の分化制御及び骨芽細胞分化との関連に着目し、骨芽細胞分化の分子機序解明を試みたものである。

 まず第1章において骨芽細胞自身が産生する内因性BMP-2/4の骨芽細胞分化に及ぼす役割とその重要性について検討した。その結果、MC3T3-E1細胞でBMP-2/4、BMPR-IA、BMPR-IIの発現が認められ、アスコルビン酸、培養日数(細胞の分化状態)等の条件で発現に差は認められなかった。またBMP-2/4は細胞外基質(ECM)に局在していた。BMP I型レセプターの細胞内キナーゼ領域を恒常的に欠失したMC3T3-E1細胞(ΔBMPR-IA)をクローニングし、BMP-2/4のシグナルを遮断すると骨芽細胞へ分化しなくなった。以上の検討から、骨芽細胞分化においてBMP-2/4のシグナルは必須であり、更にBMP-2/4がECMに蓄積することが骨芽細胞分化において重要であることを明らかにした。今回初めて内因性骨芽細胞分化におけるBMP-2/4の重要性を報告し、更にECMの実験を取り入れることによりBMP-2/4の経路だけでなく、ECMの存在も必要でありどちらの存在も骨芽細胞分化において必要であることを証明した。

 第2章では骨芽細胞により産生されるI型コラーゲンと、細胞接着因子α2β1インテグリンとの結合により活性化されるfocal adhesion kinase (FAK)とBMP-2/4シグナルとのクロストークについて実験を行った。その結果、MC3T3-E1細胞における骨芽細胞分化において、コラーゲン−インテグリンによる持続的なMAP kinaseの活性化が必要であること事を明らかにした。Smad1の転写活性化に対しRasは転写活性化を増強した。以上の検討から、Smad1とMAP kinaseにはポジティブなクロストークがあることを見出した。

 第3章では骨髄脂肪細胞分化において負のレギュレーターであるTGFβ、IL-1、TNFαシグナルが、脂肪細胞分化促進因子であるPPARγの転写制御機構に及ぼす影響について検討した。その結果、IL-1、TNFα、TGFβは脂肪細胞分化を抑制し、更にこの時骨芽細胞分化が促進される事が明らかになった。TGFβによるPPARγの転写抑制機序は不明である。IL-1、TNFαによるPPARγの転写抑制は、TAK1/TAB1、NIK、NF-κBを介するものであり、その抑制機序はPPARγのDNA結合をNF-κBが阻害することにあることを解明した。更にPPARγにより転写制御を受けるCAP遺伝子発現もIL-1、TNFαによって抑制された。以上の検討から、脂肪細胞分化におけるIL-1、TNFαによる抑制のメカニズム、骨芽細胞における分化促進機序の一端を解明できた。

 本実験において骨髄間葉系幹細胞からの骨芽細胞、脂肪細胞の分化促進・抑制の分子機序の一端をを解明することができた。従来より解析が困難であった骨細胞種群の増殖、分化の分子機序は、他の器官を構成する細胞種群同様、精密かつ厳密な制御を受けている事を分子レベルで明らかにすることができた。しかしながら骨髄中では、骨芽細胞に加え、破骨細胞、筋芽細胞、軟骨細胞など様々な細胞の分化が制御されており、今回得られた知見を基に、更に詳細な骨細胞種の分化制御機構が明らかになるものと期待される。以上の本研究は学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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