学位論文要旨



No 215138
著者(漢字) 大篭,幸治
著者(英字)
著者(カナ) オオコモリ,コウジ
標題(和) 塗工適性および塗工紙品質の評価方法と制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 215138
報告番号 乙15138
学位授与日 2001.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15138号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 助教授 磯貝,明
内容要旨 要旨を表示する

第一章 緒言

 印刷用塗工紙の需要の伸びは他の非塗工印刷用紙等と比較して顕著である。需要に対応するために生産性を上げる必要があり、塗工紙製造設備の高速化および広幅化がひとつのトレンドになっている。また、低坪量化の傾向も著しく、これにともない低坪量かつ高品質の製品が市場で要求されている。

 一般的な塗工方式であるブレード塗工において、原紙坪量を下げ、塗工量を下げて塗工した場合、様々な問題が発生する。そのひとつがコーターにおける断紙である。原紙坪量を下げることにより原紙の強度は弱くなり、加えて、低塗工量を得るために原紙に対するブレードの押し圧を高くする必要があるためである。ブレードの押し圧を必要以上に高くして塗工した場合、(1)ストーリーク、ストラグマイト等の発生、(2)塗料が原紙内部まで押し込まれること(塗工紙物性に寄与する有効塗工層厚さが小さくなる)により、塗工紙物性も低下する。

 市場要求である高速化、広幅化、低坪量化および高品質化に対応することが塗工紙製造におけるひとつの大きな課題であり、本研究における主目的である。

第二章 塗料物性が塗工紙物性に与える影響

 塗工適性を評価する方法として、ブレード圧の変化量に対する塗工量の変化量に着目した。低塗工量領域では、低塗工量塗工時にブレード加圧が低い塗料(高速流動性が良好な塗料)が望ましいと考えられる。また高塗工量領域では、同一のブレード加圧下において、塗工量の低下が容易に得られる塗料が望ましいと考えられる。この2つの条件を満たす塗料は、一定の加圧の範囲で、塗工量コントロールに対するレスポンス(反応性)が良好な塗料である。

 本研究では、ブレード圧と塗工量の関係が実用範囲内で直線関係にあると定義し、ブレード圧と塗工量の関係を直線で近似した。この近似直線の傾きがおおきな塗料は、塗工適性が良好な塗料である。この傾きの絶対値を「ブレード圧追従性」と定義し、数式の切片とともに塗工適性評価に用いた。

 ブレード圧追従性を用いて、塗料の保水性、ハイシア粘度、塗工時のドゥェルタイム、および塗工原紙の吸水性等の個々の因子が、塗工適性に及ぼす影響を検討した。塗工適性を良好にするには、塗料が原紙に転写されてからブレードの刃先までに塗料から原紙に水分の移動が少なくし、ブレード下におけるハイシア粘度を低く押さえることが重要であった。

 また、塗工適性と原紙被覆性の間に密接な相関が見られた。塗工時にブレードの押し圧を高くする必要がある場合、塗料はブレード圧のために原紙に押し込まれ、原紙被覆性は低下する。原紙被覆性は、印刷適性に大きく影響を及ぼすため、塗工適性の最適化(塗料物性の最適化)は重要課題のひとつである。

 ブレード圧追従性が劣る場合、高速塗工実験において、ブレードの刃先でストラグマイトおよびウィーピングが発生した。塗工時の塗工適性は、最終製品の品質にも大きな影響を与えるため、塗工速度、アプリケーション、原紙、塗料等の最適化は常に重要であると思われる。

 通常、塗工時に塗料中のバインダーは、原紙中に浸透する。しかし、乾燥過程におけるZ方向のバインダマイグレーションについては多くの議論がなされているが、バインダの浸透挙動が塗工紙物性に影響を与えるにも関わらず、その浸透挙動は明らかにされていない。

 本論文で用いた加圧脱水方式で測定する場合、水と共に塗料中のバインダー成分もフィルターを通過し、塗工原紙に浸透する。塗料の脱水量測定とともに、そのバインダー成分(ラテックス)の原紙への浸透挙動を、クロマトスキャナを使用して測定した。このクロマトスキャナ信号値から計算される塗工原紙中へ浸透するラテックス量を総ラテックス損失量、総ラテックス損失量中の塗工原紙表層にとどまらず原紙内部まで浸透するラテックス量をラテックス浸透量と定義した。

 本方法により、塗料中のラテックスは、塗料中水分の原紙への浸透とともに、原紙へ浸透していることが確認できた。塗料の総ラテックス損失量およびラテックス浸透量は、加圧力が大きくなるにともない大きくなったが、上昇傾向は、個々の塗料により異なっていた。

 塗工紙の物性を決定する要素のひとつである塗料中のバインダーの原紙への浸透は、バインダーの浸透性と塗工適性(ブレード圧追従性)と密接な関係があり、最終的に塗工紙表面のラテックス量に影響を及ぼしていることが明らかになった。

第三章 塗工層構造が塗工紙強度に与える影響

 第三章では、第二章で検討した塗工適性およびバインダの浸透以外に、原紙被覆性および塗工層強度に影響を与える塗工層を構成する顔料の影響を検討した。

 塗工層強度に与える顔料粒度分布、平均粒径および粒子形状の影響を検討した結果、塗工層のZ方向強度は、塗工層の空隙率に依存していることが明らかになった。また、一定のバインダ配合で比較した場合、塗工層内空隙率は、使用した塗料中の顔料粒度分布が広くなるにともない減少した。また、粒子形状が球形に近くなるに伴い減少した。

 また、バインダの浸透以外に、塗工層強度(剛度)に影響を与える因子として、塗工層を構成する顔料およびバインダに着目し検討をおこなった。塗工シート及びベース(原紙等)だけの曲げこわさ、厚さから、片面塗工した塗工層のヤング率を計算する式を導き、塗工層のこわさ評価に用いた。

 ダブル塗工において、デンプンを多く配合したヤング率の高い層を外側に配することによって塗工フィルム全体の曲げこわさを向上させることができた。この結果は、ヤング率の高い塗料を中立軸から遠ざけることにより、塗工紙全体の曲げこわさを大きくすることができること示唆する。デンプンを過剰に多く含む塗料を外側に配することは印刷適性を低下させる可能性があるので、実際には、原紙を低密度化させて中立軸から塗工層までの距離を長くすることが効果的であると考えられる。

 本検討に用いた塗工層のヤング率は、バインダー配合、バインダーの量、塗工層密度等に依存し、約0.1〜2.0GPaであった。一方、原紙自体のヤング率はパルプ配合、フリーネス、繊維配向性、サイズプレスにより異なるが、約0.5〜3.0GPaであり、塗工層とほぼ同等であった。しかし、塗工層と原紙のヤング率が同等な場合においても、塗工層は曲げ応力を受ける際の中立軸からの距離が原紙と比較して長いため、塗工紙全体のこしに対する塗工層の寄与は原紙と比較して大きいと考えられる。

第四章 フィルム転写塗工

 フィルム転写塗工は、同時に両面塗工が可能で、ストリーク発生問題が無いため、生産性と品質を両立させるための塗工機として、一般的になりつつある。しかし、高速フィルム転写塗工において、(1)オレンジピールと呼ばれる塗工むらが発生する品質上の問題、(2)アプリケータロールから原紙に塗料が転写される際に塗料が飛散する(ミストが発生する)操業上の問題、という2つのおおきな課題がある。塗工速度をあげる(生産性をあげる)ためには、ミスト発生量の抑制が最大の課題である。ミスト発生量を評価する方法として、今までいくつかの方法が提案されているが、白色顔料を含まない澱粉塗工におけるミストを評価することは困難であること、また安全性の面から最適な方法とは考えにくく、評価方法の標準法はないのが現状である。ミスト問題を解決し、生産性を向上させるには、評価方法の確立が急務である。本章では、高速フィルム転写塗工におけるミストの定量方法を確立し、塗工速度および塗料物性がミスト発生量に与える影響を検討した。

 ミストの発生量を降水量と同じ単位である"mm/hour"であらわすこと試みた。(1)波長620nmにおける吸光度が1.0以下の領域において、濃度と吸光度の間に直線関係があること、(2)塗料の白色度と波長620nmにおける吸光度には直線関係があることがわかった。よって、塗料の各構成材料の白色度をもとに、"吸光度−固形分濃度"検量線をつくることにより、採取されたミスト量を定量する方法を確立した。

 顔料を含まない澱粉溶液の塗工時に発生するミストは、ヨウ素で染色し、波長580nmにおける吸光度を測定することにより、顔料塗工と同様の方法で定量可能である。本報告で提案するミストの定量方法の特徴のひとつは、今まで測定が困難であった澱粉塗工におけるミストを定量することが可能であることである。また、試作した測定機器は全て空気圧で稼働し、遠隔操作が可能であるため、安全面でも優れている。

 塗工速度が増加するにともないミスト発生量は顕著に増加した。ミスト発生量を抑制するためには塗料の保水性を低くすることが効果的であった。しかし、塗料の保水性を低くした場合、第二章で議論したように塗料中のバインダーも原紙中に浸透しやすくなるため、バインダーの浸透性を考慮した塗料配合にする必要があると思われる。

第五章 総括

 以上のように本研究では、ブレード塗工時における個々の要素(塗料物性、ドゥェルタイム、原紙の吸水性)が塗工時にどのように塗工適性に影響を与えているかを個々に検討し、あきらかにした。塗工適性は、塗工紙品質に大きな影響を与える。また、塗工紙の品質に影響を与えるラテックスの浸透性を評価する方法を確立した。塗工紙の物性を決定する要素のひとつである塗料中のバインダーの原紙への浸透は、バインダーの浸透性と塗工適性と密接な関係があり、最終的に塗工紙表面のラテックス量に影響を及ぼしていることが明らかになった。

 また、塗工適性およびバインダの浸透以外に、原紙被覆性および塗工層強度に影響を与える塗工層を構成する顔料の影響等を明らかにすることができた。

審査要旨 要旨を表示する

 高度情報化社会といわれる今日、メディアとしての紙の重要性は益々増大しつつあるが、特に印刷用塗工紙の需要の急激な増加と市場からの多様な要求が顕著である。このような動きに対応して塗工技術としては高速化、広幅化、低坪量化、高品質化が大幅に進みつつあるが、そこでは新たな技術的諸問題が発生する。

 本論文ではこれらの問題の解決のための基本的な手法を理論的な解析と実験法から示しているが、具体的にはブレード塗工における原紙坪量の低下と塗工量の低下における断紙や塗工紙物性の低下問題への新たな対処法である。

 本論文は5章からなる。第1章は緒論であり、塗工技術の歴史的進展と現状における諸問題、市場の問題、さらにそれらに関わる研究の概要を示し、この研究の開始に至った経緯と問題の提起および本研究の目的を総括している。第2章から第5章までが論文の本題である。

 第2章は<塗料物性が塗工紙物性に与える影響>を扱い、塗工適性の評価法を比較検討しているが、特に塗料の保水性、高速塗工時の粘度およびブレード圧の変化量に対する塗工量の変化量(ブレード圧追従性)に主眼を置いた。良好な塗工適性を得るには特に塗料から原紙への水分移動とブレード下でのハイシェア粘度を低いレベルに維持する制御が必要なことが、また塗工適性と原紙被覆性の間には強い相関があることが判った。更に塗工行程における塗料中のバインダの移動の機構をクロマトスキャナを用いて明らかにした。すなわち塗料中のラテックスは塗料中の水分の原紙への浸透と共に原紙に浸透して行き、ブレードの加圧力に大きく影響され、またその挙動は塗料の組成により異なることが明らかになった。またこれらの挙動は最終的には塗工紙表面のラテックス量に影響を及ぼすことが判明した。

 第3章は<塗工層構造が塗工紙強度に与える影響>を扱い、特に原紙被覆性および塗工層を構成する顔料の影響を塗工紙強度から検討した。顔料の粒度分布、平均粒径、形状のデータから塗工層のZ方向(厚さ)強度は塗工層の空隙率に依存し、また空隙率はバインダの浸透に影響することが判明した。また塗工層をモデル化した実験から塗工層のこわさの評価法を考案した。この評価法の応用からデンプンの配合量の高い層を塗工層内に配置することにより曲げこわさを制御可能なことが分かった。

 第4章は<フィルム転写塗工>を扱い、両面塗工が可能で、生産性と品質維持を両立させることが出来るといわれているフィルム転写型の塗工機をブレード塗工機との比較の目的で多面的に検討した。特に本塗工法の問題点といわれるアプリケータロールから原紙に塗料が転写される場合に生じる塗料の飛散(ミスト)の評価法を考案した。すなわち降雨量測定法の応用として、ミストの吸光度と固形分濃度の直線関係を利用して採取されたミストの量を定量する方法を確立した。さらに本方法をヨウ素デンプン反応と組合せ、デンプン溶液から発生するミストの定量法にまで拡張した。今後塗工速度の上昇に伴いミストの発生量は増大するため、特に高速塗工時のミスト発生の抑制が重要であり、本測定法の確立は生産現場において重要性を増す。またミストの定量から、ミスト発生の抑制には塗料の保水性を低く維持することが重要であることが明らかとなった。

 第5章は本論文の内容を<総括>しており、ブレード塗工時の個々の要素、すなわち塗料物性、ドゥエルタイム、原紙の吸水性などが塗工適性に与える影響を多面的に検討し、明らかにした。塗工適性は製造される塗工紙の品質に大きな影響を与える。特に顔料の接着の役目を担っているラテックスの原紙への浸透は重要であり、その評価法を確立した。さらに原紙被覆性と塗工層強度に影響する顔料の影響を明らかにした。

 以上、本論文は実験室および工場における塗工のデータから、今後の高速塗工の進展に伴い発現し、重要性を増す諸問題を明らかにし、さらにその解決法を実験と理論から明示した。これらの基礎的データは今後の情報化の進展に伴う印刷用塗工紙の生産性向上と品質向上の目的に対処する際に重要性をもつものと思われる。

 よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

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