学位論文要旨



No 215139
著者(漢字) 望月,隆
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,タカシ
標題(和) エンドトキシンアンタゴニストの探索を指向したピランカルボン酸誘導体の合成と生物活性
標題(洋)
報告番号 215139
報告番号 乙15139
学位授与日 2001.09.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15139号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

 敗血症は、重度の細菌感染に対する全身の反応であり、異常体温、頻呼吸、臓器の血流低下、機能不全等を呈する疾患である。毎年欧米にて80〜90万人の症例があり、その死亡率は40〜50%、米国での死者は約10万人に上っている。敗血症の大半は、グラム陰性菌によるエンドトキシンショックに起因している。

 一方LPS(リポポリサッカリド)は、グラム陰性菌の細胞表層の構成成分の一つであり、宿主細胞の免疫系を活性化することが知られている。グラム陰性菌の大量感染や感染時における抗生物質の投与などによりLPSが体内に放出されると、マクロファージの活性化により種々のサイトカインの誘導が行われ、発熱、炎症などを伴いエンドトキシンショックに至る。LPSのマクロファージ活性化の本体は、LPS末端に存在するリピドA(1)と呼ばれるリン酸化糖脂質が担っていることが知られている。そこで、LPSアンタゴニスト(エンドトキシンアンタゴニスト)活性を示すリピドA誘導体を見い出すことができれば、抗敗血症薬としての開発が期待できる。

 これまで、多くのリピドA誘導体が合成され生物活性が調べられてきた。その中で筆者は、単糖の誘導体である、長谷川らにより合成されたGLA-60(2)に着目し、これの誘導化を行った。リピドAの還元末端糖の1位リン酸基を配慮して、1位にα配置でカルボキシ基を有するピランカルボン酸3を合成した。化合物3の生物活性をヒトU937細胞を用いて調べたところ、顕著なLPSアンタゴニスト活性が観測された。さらに、化合物3の1位カルボキシ基を足がかりにして、その二量体型化合物4を合成したが、LPSアンタゴニスト活性は低下することがわかった。

 次に、さらなるLPSアンタゴニスト活性の向上を期待して、リピドA型ピランカルボン酸誘導体の合成を行った。その際、化合物中二糖骨格に結合する脂肪酸の数に着目し、長鎖脂肪酸鎖を6つ有する化合物5a-c、4つ有する化合物6a-cをそれぞれ合成した。一連の化合物のヒトU937細胞における生物活性を調べたところ、化合物5a-cはLPSアゴニスト活性を、化合物6a-cは強いLPSアンタゴニスト活性を示すことがわかった。また一連の化合物中、6'位の効果についても水酸基、メトキシ基、フルオロ基について検討したが、有意な差異は見られなかった。

 以上の結果より、リピドA誘導体のLPSアンタゴニストを見い出す上で重要な知見を得ることができた。すなわち、リピドAの1位リン酸エステル基をα配置のカルボキシ基に変換してもLPSに関する活性の消失、転換は起こらないこと、リピドA誘導体中の脂肪酸の数がLPSアゴニスト、LPSアンタゴニストいずれの活性を示すかについて重要な役割を果たしていること、などがわかった。

 化合物6a-cは、ヒト由来のU937細胞を用いた試験においては強いLPSアンタゴニスト活性を示すものの、マウス由来の細胞を用いた場合には、長時間放置するとLPSアゴニスト活性を示すことがわかった。このことは、一連の化合物が水中において分解して、LPSアゴニスト活性を示す形に変換されていることを示唆するものと考えた。そこで、加水分解が進行しやすいと考えられるエステル結合を、エーテル結合に変換した化合物の合成を行った。

 まず、3,3'−O−エーテル結合型誘導体7a-c,8a-cを合成した。これらの化合物の生物活性は、7a,cがヒトU937細胞においてLPSアゴニスト活性を示す一方、8a-cは強いLPSアンタゴニスト活性を示した。このことは、先述の化合物5a-c,6a-cにおいて長鎖脂肪酸の数が生物活性に及ぼす影響とほぼ一致し、3, 3'位をエーテル結合に変換してもU937細胞についての生物活性には影響がないことがわかった。またマウス由来の細胞について、ヒト細胞においてLPSアンタゴニスト活性を示した8a-cの影響を調べた。その結果、8a,8cにはLPSアゴニスト活性が認められたが、8bには認められないことがわかった。マウス由来の細胞におけるLPSアンタゴニスト活性については、8bにおいて弱いながらもアンタゴニスト作用を認めた。

 次に、8a-cの3'位に結合する長鎖脂肪酸中に存在するエステル結合を、エーテル結合に変換することとした。3,3'-O-[3'-O-(3-O)]−エーテル結合型誘導体9a-cを合成し、それらの生物活性を調べたところ、ヒトU937細胞においては強いLPSアンタゴニスト活性を認めた。しかしながら、マウス由来の細胞においてはいずれの化合物もLPSアゴニスト活性を示した。

 以上の研究から、リピドA型ピランカルボン酸誘導体について以下の重要な知見を明らかにすることができた。まず、ヒト由来の細胞においてはエステル結合、エーテル結合に関わらず、2糖骨格に結合する長鎖脂肪酸の数がLPSアゴニスト、LPSアンタゴニストいずれの活性を示すかについて決定的な役割を果たしていることを明らかにした。また、マウス由来の細胞に対する作用は、化合物の加水分解過程を防ぐ設計のみではヒト由来の細胞と同様の効果は得られないことを見い出した。さらに一連の研究を通して、加水分解過程に抵抗性のあるリピドA型ピランカルボン酸誘導体の一般的な合成手法を確立した。

E.coli lipid A (1)

GLA-60(2):LPS-agonist(human)

3:LPS-antagonist(human)

4:weak LPS-antagonist(human)

LPS-agonist(human)

LPS-antagonist(human)

LPS-agonist(mouse)

LPS-agonist(human)

LPS-antagonist(human)

LPS-antagonist(human)

LPS-agonist(mouse)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、難治性重篤疾患である敗血症に対する治療薬として期待されている、LPS(エンドトキシン)アンタゴニストの開発を目的として行った研究について述べたものである。

 敗血症は、重度の細菌感染に対する全身の反応であり、その大半はグラム陰性菌によるエンドトキシンショックに起因していることが知られている。一方、LPS(リポポリサッカリド)は、グラム陰性菌の細胞表層の構成成分の一つであり、宿主細胞の免疫系を活性化する。グラム陰性菌の大量感染や感染時における抗生物質の投与などによりLPSが体内に放出されると、マクロファージの活性化により種々のサイトカインの誘導が行われ、発熱、炎症などを伴いエンドトキシンショックに至る。LPSのマクロファージ活性化の本体は、LPS末端に存在するリピドAと呼ばれるリン酸化糖脂質が担っていることが知られている。そこで本論文では、LPSアンタゴニスト(エンドトキシンアンタゴニスト)活性を示すリピドA誘導体を見い出すことにより、抗敗血症薬を開発することを目指している。

 まず第一章では、単糖の構造を有するリピドAの誘導体に着目し、長谷川らにより合成されたGLA−60の誘導化を行っている。その際、リピドAの還元末端糖の1位リン酸基を配慮して、1位にα配置でカルボキシル基を有するピランカルボン酸を設計し、合成している。さらにこの化合物の生物活性をヒトU937細胞を用いて調べ、顕著なLPSアンタゴニスト活性を有することを明らかにしている。一方、この化合物の1位カルボキシル基を足がかりにしてその二量体型化合物を合成し、この化合物のLPSアンタゴニスト活性が低下することも示している。

 続いて第二章では、さらなるLPSアンタゴニスト活性の向上を期待して、リピドA型ピランカルボン酸誘導体の合成を行っている。その際、化合物中の二糖骨格に結合する脂肪酸の数に着目し、長鎖脂肪酸鎖を6つ有する化合物、4つ有する化合物をそれぞれ合成し、一連の化合物のヒトU937細胞における生物活性を調べ、前者はLPSアゴニスト活性を、後者は強いLPSアンタゴニスト活性をそれぞれ示すことを明らかにしている。また一連の化合物中、6位の置換基効果はあまり大きくないことも見い出している。これらの結果より、リピドA誘導体のLPSアンタゴニスト活性発現のための重要な知見を得ている。すなわち、リピドAの1位リン酸エステル基をα配置のカルボキシ基に変換してもLPSに関する活性の消失、転換は起こらないこと、リピドA誘導体中の脂肪酸の数が、LPSアゴニスト、LPSアンタゴニストいずれの活性を示すかについて重要な役割を果たしていること、などである。

 同時に上記の化合物は、ヒト由来のU937細胞を用いた試験においては強いLPSアンタゴニスト活性を示すものの、マウス由来の細胞を用いた場合には、長時間放置するとLPSアゴニスト活性を示すことを明らかにした。このことは、一連の化合物が水中において分解して、LPSアゴニスト活性を示す形に変換されていることを示唆するものと考察し、続いて第三章では、加水分解が進行しやすいと考えられるエステル結合を、エーテル結合に変換した化合物の合成を行っている。

 リピドA型ピランカルボン酸誘導体のエステル結合をエーテル結合に変換することにより、化合物の加水分解に対する抵抗性を付与するとともに、生物活性についてもいくつかの興味深い知見を得ている。まず、糖部位と脂肪酸部位の結合をエーテル結合に変換しても、生物活性に関する影響はほとんどないこと、生物活性は分子中の脂肪酸の数ないし置換様式に依存することを明らかにしている。また、リピドA型ピランカルボン酸誘導体分子中の脂肪鎖と分岐側鎖との結合も、エーテル結合に変換しても化合物の生物活性に関する影響は少ないことを見い出している。これにより、加水分解反応に抵抗性のある安定なLPSアンタゴニスト活性化合物が見い出されたことになる。さらに、リピドA型ピランカルボン酸誘導体中のエステル結合をエーテル結合に変換しても、マウスに対するLPSアンタゴニスト活性を獲得するに至らないことも明らかにしている。

 以上、本論文は、リピドA型ピランカルボン酸誘導体について、多くの重要な知見を得ている。まず、ヒト由来の細胞においては、エステル結合、エーテル結合に関わらず、2糖骨格に結合する長鎖脂肪酸の数がLPSアゴニスト、LPSアンタゴニストいずれの活性を示すかについて決定的な役割を果たしていることを明らかにしている。また、マウス由来の細胞に対する作用は、化合物の加水分解過程を防ぐ設計のみではヒト由来の細胞と同様の効果は得られないことを見い出している。さらに一連の研究を通して、加水分解過程に抵抗性のあるリピドA型ピランカルボン酸誘導体の一般的な合成手法を確立している。これらの成果は、医薬品化学、有機化学の分野に貢献するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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