学位論文要旨



No 215143
著者(漢字) 筒井,啓徳
著者(英字)
著者(カナ) ツツイ,ヒロノリ
標題(和) オキシム誘導体を用いる第一級アミンおよび含窒素環状化合物の合成法
標題(洋)
報告番号 215143
報告番号 乙15143
学位授与日 2001.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15143号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

 1)ベンゾフェノンO−スルホニルオキシム誘導体と有機金属試薬の反応による第一級アミンの合成

 窒素求電子剤と炭素求核剤の反応は求電子的アミノ化法とよばれ,現在広く用いられている求核的アミノ化法とは対照的なアミン類の合成法である.しかし,これまで報告されている求電子的アミノ化法は,安定性や安全性に問題があり,また反応の一般性に乏しく,実用的な第一級アミン合成法になっていない.そこで,筆者はトリフルオロメチル基で置換されたベンゾフェノンO−スルホニルオキシムをアミノ化剤として選び,これと有機金属試薬との反応による求電子的アミノ化法の開発を検討した.

 4,4'−ビス(トリフルオロメチル)ベンゾフェノンO−メチルスルホニルオキシム(1a)にエーテル中,-78℃で1.7倍モル量のジブチルクプラートを反応させた後,N,N,N',N'−テトラメチルエチレンジアミン(TMEDA)共存下酸素を作用させると,N−アルキル化が進行してN−ブチルイミン2aが生成した.イミンを加水分解後ベンゾイル化することによって,N−ブチルベンズアミド(3a)が65%の収率で得られた.しかし,同時に副生成物としてアジン4も33%得られた.一方,1aにブチル銅を反応させた場合は,酸素による酸化を行わなくてもN−アルキル化が進行することを見出した.すなわち,1aにエーテルまたはテトラヒドロフラン(THF)中,ヘキサメチルリン酸トリアミド(HMPA)共存下-23℃で1.7倍モル量のブチル銅を反応させると,アジン4はまったく生成せず,N−ブチルベンズアミド(3a)がほぼ定量的に得られた(Scheme 1).

 また,触媒量のシアン化第一銅塩化リチウム錯体(CuCN・2LiCl)存在下,O−メチルスルホニルオキシム1aにTHF-HMPA中,0℃で小過剰量のアルキルGrignard試薬を反応させることにより,第一級,第二級および第三級アルキル基を有する脂肪族第一級アミン3を高収率で合成することができた(式1).さらに,本反応を利用して第三級アルキル基を有する1−アダマンチルアミン5aや1−ノルボルニルアミン5bを高収率で合成することができた(式2).

 前述した方法では,アリールGrignard試薬の反応によるアニリン誘導体の合成は困難であったが,3,3',5,5'−テトラキス(トリフルオロメチル)ベンゾフェノンO−p−トリルスルホニルオキシム(6)にトルエン中,エーテル中で調製した1.5倍モル量のGrignard試薬を室温で反応させることにより,銅触媒を用いることなく脂肪族第一級アミンやアニリン誘導体3を高収率で合成することができた(式3).一般に,イミンは不安定であるが,ここで生成するN−アリールイミン誘導体7はシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて単離精製できることもわかった.

 以上のように,トリフルオロメチル基を有するベンゾフェノンO−スルホニルオキシム誘導体を求電子的アミノ化剤に用いることによって,有機金属試薬との反応により,第一級,第二級および第三級アルキル基を有する脂肪族第一級アミンやアニリン誘導体の合成法を開発することができた.

 2)パラジウム触媒を用いる不飽和ケトンO−ペンタフルオロベンゾイルオキシム誘導体の分子内Mizoroki-Heck型反応による含窒素ヘテロ環化合物の合成

 前述したO−メチルスルホニルオキシム1aに等モル量のテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)を作用させると,速やかに反応が進行し,加水分解後イミン8が得られることがわかった(式4).この結果より,O−スルホニルオキシムが0価パラジウム化合物に酸化的付加し,アルキリデンアミノパラジウム(II)種Aが生成することが示唆された.

 このようなオキシム誘導体の低原子価遷移金属化合物への酸化的付加は,これまでほとんど報告されていない.そこで,筆者は生じるアルキリデンアミノパラジウム(II)種を合成反応に利用することを考え,分子内に不飽和結合を有するオキシム誘導体のMizoroki-Heck型反応によって,種々の含窒素環状化合物を合成することを検討した.

 γ,δ−不飽和ケトンO−ペンタフルオロベンゾイルオキシム誘導体9を触媒量のテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)で処理すると,Beckmann転位を起こすことなく分子内環化反応が進行して,様々な二および三置換ピロール誘導体10を好収率で合成することができた(式5).さらに,本反応はオキシムのシン体およびアンチ体の両異性体ともに,ほぼ同じ反応性を示すことも明らかになった.

 また,β位にメトキシ基を有するオキシム誘導体11とパラジウム触媒の環化反応では,上述した方法によってピロール誘導体12が生成するのに対し,塩化テトラブチルアンモニウムを共存させることにより,6−エンド型環化が優先的に進行して,ピリジン誘導体13が良好な収率で得られることを見出した(Scheme 2).

 さらに,o−アリルアセトフェノンオキシム誘導体14もパラジウム触媒によって分子内環化し,イソキノリン誘導体15を与えることもわかった.

 以上のように,オキシム誘導体が0価パラジウム化合物に酸化的付加してアルキリデンアミノパラジウム種(II)が生成することを見出し,この活性種を利用して,分子内に不飽和結合を有するケトンO−ペンタフルオロベンゾイルオキシム誘導体の分子内環化反応によって,ピロール誘導体,ピリジン誘導体およびイソキノリン誘導体の新しい触媒的な合成法を開発することができた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、オキシム誘導体の窒素原子上での置換反応を利用する第一級アミンおよび含窒素環状化合物の合成法を開発した結果について、二章にわたって述べたものである。

 第一章では、ベンゾフェノンO−スルホニルオキシム誘導体と有機金属試薬の反応により、第一級アミンを合成する方法について述べている。

 窒素求電子剤と炭素求核剤の反応は求電子的アミノ化法とよばれるが、現在広く用いられている求核的アミノ化法とは対照的に、これまで報告されている求電子的アミノ化法は安全性に問題があり、また反応の一般性にも乏しく、第一級アミンの実用的な合成法とは言えなかった。著者は、トリフルオロメチル基で置換されたベンゾフェノンO−スルホニルオキシムをアミノ化剤として選び、有機金属試薬との反応によって新しい求電子的アミノ化法を開発した.

 即ち、触媒量のシアン化第一銅塩化リチウム錯体(CuCN・2LiCl)の存在下、4,4'−ビス(トリフルオロメチル)ベンゾフェノンO−メチルスルホニルオキシムにアルキルGrignard試薬を反応させることにより、第一級および第二級アルキル基を有する脂肪族第一級アミンが高収率で合成できることを見出した。さらに本反応が、求核的アミノ化法では困難とされる第三級アルキル基を有するアミンの合成にも適用できることを示した。

 また、前述の方法でもアリールGrignard試薬の反応によるアニリン誘導体の合成は困難であったが、用いるオキシムを3,3',5,5'−テトラキス(トリフルオロメチル)ベンゾフェノンO−p−トリルスルホニルオキシムとすることによって、Grignard試薬との反応が銅触媒を用いることなく進行し、脂肪族第一級アミンだけでなくアニリン誘導体も高収率で合成できることを明らかにした。

 第二章では、パラジウム触媒を用いる不飽和ケトンO−ペンタフルオロベンゾイルオキシム誘導体の分子内Mizoroki-Heck型反応により、含窒素ヘテロ環化合物を合成する方法について述べている。

 著者は、前出の4,4'−ビス(トリフルオロメチル)ベンゾフェノンO−メチルスルホニルオキシムにテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)を作用させると、O−スルホニルオキシムが0価パラジウム化合物に酸化的付加し、アルキリデンアミノパラジウム(II)種が生成することを見出した。こうしたオキシム誘導体の低原子価遷移金属化合物への酸化的付加は、これまで報告されていなかったものである。

 ここで著者は、生じるアルキリデンアミノパラジウム(II)種を合成反応に利用し、分子内に不飽和結合を有するオキシム誘導体のMizoroki-Heck型反応によって、種々の含窒素環状化合物の合成に成功した。即ち、γ,δ−不飽和ケトンO−ペンタフルオロベンゾイルオキシム誘導体を触媒量のテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)で処理すると、Beckmann転位を起こすことなく分子内環化反応が進行し、様々な二および三置換ピロール誘導体が好収率で合成できることを明らかにした。

 また,β位にメトキシ基を有する同様のオキシム誘導体とパラジウム触媒の環化反応では、上述の方法によってピロール誘導体が生成するのに対し、塩化テトラブチルアンモニウムを共存させることにより6−エンド型環化が優先的に進行し、ピリジン誘導体が良好な収率で得られることを見出した。

 さらに、パラジウム触媒による同様の分子内環化反応は、o−アリルアセトフェノンオキシム誘導体からも進行し、イソキノリン誘導体の合成にも適用できることを示した。

 以上述べたように、オキシム誘導体と有機金属試薬による求電子的アミノ化反応、およびオキシム誘導体のパラジウム触媒による含窒素ヘテロ環形成反応に関する本研究業績は、有機合成化学の分野に貢献するところ大である。なお、本研究は林雄二郎、市川智子、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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