学位論文要旨



No 215145
著者(漢字) 北尾,靖雅
著者(英字)
著者(カナ) キタオ,ヤスノリ
標題(和) マスターアーキテクト方式を用いた建築集合体の環境設計方法
標題(洋) THE THEORY OF MASTER ARCHITECT ENVIRONMENTAL DESIGN COORDINATION METHOD FOR COLLECTIVE FORM CREATION
報告番号 215145
報告番号 乙15145
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15145号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 伊藤,毅
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

 21世紀を迎えた現在、社会や産業とともに巨大化したシステムとして出現した「都市」を制御するために、専ら硬直した法令、マニュアルに頼って都市空間の均質化をすすめ、制御が利かない場合には無秩序な開発を見過ごしてきた傾向が見られる。その結果、都市設計は画一化もしくは混乱の方向へ誘導され、没個性的な環境空間で埋め尽くされる状況となっている。この「都市」において人間と自然の調和が可能な環境を形成するために、「都市の中の都市」スケールの建築集合体の設計が考えられる。建築集合体を構成する建築物と都市基盤が夫々に個性を持つと同時にある一定の設計思想を認め。一定規模を形成する場合に一つの構想をもつ全体性(Wholeness)のある質を保つことができよう。一方、古来より存在する都市や集落をみれば、歴史的時間をかけて形成された全体性があることに気づく。現代の建築集合体は古来からの都市や集落の生成期間に比べて、極めて短期間で建設する状況となるので、歴史的時間によりはじめて得られる多様と秩序の自然な調和をこの短期間は望めない。そこで人間同士の交渉を現代の建築集合体設計において意図的に行うことで、建築集合体の自然な生成過程のプロセスを実現できるので、全体性のある建築集合体の設計が可能となると考えられる。

 しかし複数設計者の参加だけでは、個々が無関係に設計を行うことになる。そこで建築集合体の全体性を保つためには、全体の設計に対して専門的な知識や技術を持つ職能者が設計内容を調整する必要が出てくる。これがマスターアーキテクト(以下、MA)と呼ばれる調整職能者である。MAには設計内容を環境形成の観点から調整する役割が期待されている。しかし現在、設計に必要と考えられる設計者(ブロックアーキテクト、以下、BA)同士の連携、調整者の立場・役割、などのあり方が未だ明らかになっているとはいえない。

 そこで、本研究では、(1)建築集合体の設計問題をまとめ、建築集合体設計を歴史的に展望した。そして建築集合体の設計プロセスを対象に、(2)設計調整の方法、(3)設計連携の方法、(3)設計展開の方法を考察して、MA方式による建築集合体の設計に必要な知見の提供を本研究の目的とする。

 なお本研究は序論、結論、及びその他の4部9章から構成されている。以下各章の要旨を述べる。

「序章:設計問題の所在」

 本章では、先ずMA方式の研究の背景を環境設計のための設計問題としてとらえ、用語の定義を行い論文の構成を挙げた。そして研究目標を建築集合体の設計方法の解明とさだめ、関連既往研究を設計プロセス等から取り上げて本研究の意義と視点を位置づけた。そのうえで、建築集合体の現在の問題点を明らかにして複数設計者の参加による建築集合体設計の現代的意義を論じ、またその設計の価値が多様性の混在にあることを示した。さらにMA方式に対する環境形成の専門家の認識状況を把握した。そしてMA方式がこれまでにどのように成立していったのか、その系譜を具体的事例に基づき明らかにしていった。

「第1部:設計調整方法の考察」

「第1章:設計調整の枠組み」

 本章では、建築集合体を構成する建築物や都市基盤を統合して、複数の設計者が一体的に建築集合体を設計するために、必要と考えられる設計調整方法を明らかにする。そのためにMAと類似する協働設計方式の設計事例29を対象に設計プロセスの構成を調べ、それらの事例に中で本論において考察する4事例(南大沢15住区、滋賀県立大学、阪南スカイタウン、さいたま新都心)の特色を比較検討した。分析は類似例の(1)建築集合体の<集合モデル>と<建築集合体の構想>の内容、(2)協働設計の枠組、(3)設計内容決定の仕組み、(4)設計内容の誘導方法、(5)誘導方法の構成を考察した。

 その結果、<建築集合体の構想>や<集合モデル>を実現するために、これらと一体になった設計手法をプロセスとして設定する事で、建築集合体の統合が可能である事が明らかになった。さらに4事例のMA方式の基本形態の特色を明らかにすることができた。

「第2章:設計調整行為」

 本章では、MA方式において設計調整の実施者の調整行為が重要と考えられるので、MAが行った調整行為の内容を考察するために阪南スカイタウンを対象として、設計プロセスでのMAとBAの協議を記録した議事録から(1)MAの立場、(2)設計調整の対象、(3)調整行為と調整項目の関連、(4)調整行為の内容を調べた。

 その結果、MAには「理念」を軸にBAとの応答を行い、建築集合体設計での協働を推進する役割がある事が明らかになった。またMAの役割は「アーキテクトコーディネイター」と「アーキテクチャーコーディネイター」に分けることができ、これらの役割が環境形成に関わる設計内容の展開を誘導したことが明らかになった。

「第2部:設計連携形成の考察」

「第3章:誘導調整型の場合」

 本章では、誘導と調整が行われた事例を対象に設計者同士の連携形成を考察する。このプロセスは一括敷地型のMA方式に適用され、この場合複数のBAはひとつの設計者集団として設計展開をする状況となる。そこで南大沢15住区の設計事例を対象に、設計報告書と設計調整の議事録を用いて、設計連携の形成を以下の手順で考察した。(1)調整要素、調整項目、意図、調整背景の抽出、(2)設計調整の内容設計調整の背景、(3)環境形成の内容、(4)設計連携のプロセスを調べた。

 その結果、設計プロセスではBA同士が街路、広場の設計で連続的に相互に影響を及ぼし合いMAが示す構想や素材によって建築集合体の統合が行われ、環境を形成する設計内容が連続的に組み立てられてゆく連携の形成のプロセスが明らかになった。

「第4章:調整型の場合」

 本章では、調整型のMA方式での設計連携を考察する。この形態は分割敷地型のMA方式に適用された。この場合では事業者が複数存在して事業者の違いを越えてBAが一体的に建築集合体を設計する状況となる。そこで、さいたま新都心を対象として設計連携の形成を考察した。分析はBAが作成した設計提案書を用いて、(1)BAの設計調整作業、(2)設計調整作業の順序とパターン、(3)設計決定での「制約」の発生状況、(4)設計調整作業による設計内容、を調べた。

 その結果、BAの設計調整は「展開」「基準設定」「協議」の作業より構成され、「制約」が設計プロセスの短縮化を担うことが明らかになった、MAが提示する「制約」が設計初期段階で機能した事、そして、隣接するBA同士による設計調整で発生する他律的な「制約」が、様々な設計連携の形成に役割を担った事が明らかになった。

「第3部:設計展開プロセスの考察」

「第5章:設計指針の役割」

 本章では、設計内容を調整するために用いるデザインコードやマスタープランと呼ばれる設計指針の、運用方法とその設計結果に対する役割を考察するために、滋賀県立大学の事例を対象に、(1)設計指針に対するBAの解釈内容をヒアリング調査で把握し、(2)BAが設計した建築集合体の設計内容、(3)設計結果と解釈との関連、を調べた。

 その結果、BAが設計展開する時に、設計指針の内容をBAが独自に解釈してその解釈内容をMAが認める事で、BAは多様性と個別性のある設計展開ができる事が明らかになった。

「第6章:合意形成」

 本章では、MAとBA同士の間で設計内容に関する意見の「相違」を乗り越える合意形成をする方法を考察するために、滋賀県立大学の設計プロセスの議事録を用いて、(1)相違の発生状況、(2)相違の解決のタイプ、(3)相違解決の方法、(4)相違解決の根拠、を調べた。

 その結果、合意形成にはMAの設計技術、MAの設計の掌握による社会的勢力が役割を担い、MAとBAの間で社会的交換理論が作用した事が明らかになった。また<構想の合意><建築形状の合意><設計の実施>からなるプロセスにより設計展開で合意形成が実施された事も明らかになった。

「第7章:設計展開の背景」

 本章では、BAが設計展開をしてそれを建築集合体に統合するプロセスにおいて、設計の根拠を考察するために、滋賀県立大学でBAが作成した設計図を用いて、(1)「形態」の展開傾向、(2)「形態」の確定方法、(3)「形態」確定の根拠、を調べた。

 その結果、MAの個人的な創造の源泉、MAの疑似設計などによって「形態」が決定される事や、物体形態の原理により「形態」が統合される事が明らかになると同時に、集合形態のモデルである<建築集合体の構想>があることにより、設計展開においてMAとBAが「形態」を軸として、協働的に設計展開できる事が明らかになった。

「結論」

 結論では、MA方式によってどのような建築集合体を設計する事が可能なのかを、様々な協働設計事例の中で位置づけて明らかにし、その基本的な構成が多様と秩序を同時に内包する混在型であることを示した。そしてこの混在型の建築集合体を設計する際に必要な、「個」の類似性と等質性の設計展開方法、「個」の個別性の設計展開方法、「個」の関連性の設計展開方法、統合の設計展開方法に関する知見を提示した。さらに混在型の建築集合体を設計するために必要な環境設計プロセスの構造を分析して、プロセスの様々な局面で<建築集合体の構想>と関連した設計展開の諸技術が存在し、これらの技術を用いてマスターアーキテクトとブロックアーキテクトが、それぞれの<かかわり合いの程度>に基づく協働的な設計展開をすることによりマスターアーキテクト方式が成立し、混在型の建築集合体の設計が可能になることを明らかにした。

 以上のように、環境設計プロセスの基本構造が解明できた。最後にMA方式の設計プロセスに存在する集団創作に関わる創造性についての知見を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は巨大システムである都市で人間と自然の調和が可能な環境を形成するために「都市の中の都市」スケールの建築集合体の設計を可能とする一つの方法として、専門的な知識や技術を持ち設計内容を調整するマスターアーキテクト(MA)方式に着目して、(1)建築集合体設計上の問題の所在、設計プロセスでの(2)調整、(3)連携、(3)展開の方法の考察を通じて、MA方式による建築集合体設計プロセスに関わる知見を得ることを目的としている。 本論文は、序論、結論、及びその他の3部7章から構成される。

「序論」では、研究の背景、用語の定義、研究目標、関連既往研究、研究の意義・視点、現在の問題点を挙げ、複数設計者参加による設計の現代的意義を論じている。そして、MA方式の系譜を具体的事例に基づいて明らかにし、その方式に対する専門家の認識状況の把握をしている。

「第1部:設計調整方法の考察」 第1章では、複数設計者が一体的に建築集合体を設計できるための必要な調整方法を明らかにするために類似の協働設計方式事例を調べ、本論で考察する4事例(南大沢15住区、滋賀県立大学、阪南スカイタウン、さいたま新都心)の(1)<集合モデル>と<建築集合体の構想>、(2)協働設計枠組、(3)設計内容決定の仕組、(4)設計内容誘導方法、(5)誘導方法の構成を比較検討している。 第2章では、MAの調整行為を考察するために阪南スカイタウンを対象として、設計プロセスでのMAとブロックアーキテクト(BA)の協議記録から(1)MAの立場、(2)調整の対象、(3)調整行為と項目の関連、(4)調整行為内容を調べ、MA役割は「アーキテクトコーディネイター」と「アーキテクチャーコーディネイター」に分けることができ、「理念」を軸にBAとの応答を行い協働を推進する役割がある事を明らかにしている。

「第2部:設計連携形成の考察」 第3章では、一括敷地型に適用され複数BAがひとつの設計者集団となった設計プロセスで誘導と調整が行われた誘導調整型MA方式を、南大沢15住区の設計事例を対象に、設計報告書と設計調整議事録を用いて、設計者の連携形成を(1)要素・項目・意図・背景の抽出、設計調整の(2)内容・背景、(3)環境形成の内容、(4)設計連携プロセスについて考察し、BA同士が街路・広場の設計で継続的な相互影響を受け、MAが示す構想・素材により統合と環境形成が組み立てられていったプロセスを明らかにしている。 第4章では、分割敷地に適用され複数事業者の違いを越えてBAが一体的に建築集合体を設計する調整型MA方式を<さいたま新都心>を対象にBA作成の設計提案書を用いて、BAの設計調整(1)作業、(2)順序・パターン、設計決定での(3)「制約」発生状況、BAの設計調整(4)内容について考察し、設計調整は「展開」「基準設定」「協議」作業より構成され「制約」が設計プロセス短縮化を担うことを明らかにしている。

「第3部:設計展開プロセスの考察」 第5章では設計内容調整用のデザインコードやマスタープラン運用方法と設計に対する役割を考察するために滋賀県立大学の事例を対象に(1)設計指針に対するBAの解釈、(2)BAの建築集合体設計内容、(3)その解釈と関連を考察し、設計展開の際に設計指針をBAが独自解釈し、それをMAが認める事で多様性・個別性のある設計展開ができる事が明らかにしている。 第6章ではMAとBA間で設計内容に関する意見の「相違」を乗り越え合意形成をはかる方法を考察するために滋賀県立大学の設計プロセス議事録を用いて、相違の(1)発生状況、(2)解決のタイプ、(3)解決方法、(4)その根拠を考察し、合意形成にはMAの設計技術と社会的勢力が影響した事を明らかにしている。 第7章ではBAの設計展開を建築集合体に統合するプロセスでの設計根拠を考察するために滋賀県立大学でBAが作成した設計図を用いて「形態」の(1)展開傾向、確定(2)方法、(3)根拠を考察し、MAの個人的創造の源泉や疑似設計などにより「形態」が決定される事や物体形態原理により「形態」が統合される事を明らかにし、集合形態モデル<構想>の存在により設計展開でMAとBAが「形態」を軸として協働的設計が展開できる事を示している。

 「結論」では以上の考察を総括して、MA方式が多様と秩序をあわせ持つ混在型建築集合体を設計できる方法であることを示し、2つの相異なる方向の設計展開を同時に実現する具体的な設計方法、設計プロセスでの変化に対する柔軟性や集団創作の仕組みが<かかわり合いの程度>の問題である事を明らかにし、MA環境設計プロセスの基本構造を解明している。

 以上のように、本論文は21世紀を迎えた現在、無秩序な開発を見過ごした「都市」の計画設計において、人間同士の交渉を取り入れた設計プロセスを建築集合体設計において意図的に行うことで、全体性のある建築集合体の設計が可能にするためのMA方式について、詳細な事例分析を通して設計プロセスを解明したものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行っっている。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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