学位論文要旨



No 215146
著者(漢字) 佐藤,公信
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,キミノブ
標題(和) 公共的内部空間における音情報の提出方法の違いが情報伝達の有効性に与える影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 215146
報告番号 乙15146
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15146号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、公共的性格を持つ内部空間を対象に、空間の特性を、利用者に対するアンケート調査、実際の空間における実地調査によって導き出した。同時に、それぞれの空間で聞かれる音情報に対する利用者の意識と評価、具体的にそれらの空間で、各種音情報がどのように聞こえているかを、建築空間における音情報の提示方法という観点から調査し、利用者評価との関連を明らかにした。その中で、特に利用者の音情報に対する「待ち受け」行動に着目し、脳反応との関連から、各種公共内部空間の空間特性と音情報の望ましい提示方法を明らかにした。

以下、各章を追って概説する。

第1章では、研究の背景、目的を述べ、関連する既往研究における本研究の位置づけを述べた。また、本論文中で扱う用語の定義を行った。

第2章では、一般の人々が日常的に利用すると思われる公共性の高い施設内部空間及びその周辺内部空間を対象とし、利用者の求める空間特性と利用者行動、各空間における音情報に対する評価、及び必要とされる音情報の種類を調査し、それぞれの空間の利用者に対する望ましい音環境のあり方を明らかにするための基礎データを得た。

 公共的内部空間に求められる空間特性としては、駅や利用に際して手続きを必要とする役所などでは、「わかりやすさ」が重視され、日常的に利用頻度が高い商業施設では、「親しみやすさ」を、滞在時間の比較的長い施設では、「落ち着ける」空間が求められている。また、各施設・空間の音環境に不満を持っている回答者の割合と、「音の種類が多すぎて必要とする音が聞き取りにくい」回答には、相関が認められた。このことから対象とした公共的内部空間の音環境の善し悪しは、音情報の複雑さと関連する可能性があり、音情報の整備の必要性が示唆された。

 音情報の評価と施設・空間の性質及び利用者行動としては、「賑やかさ−静けさ」「滞留−移動」が関連していることが分かった。

 賑やかな施設・空間、利用者の移動頻度が高い施設・空間では、音量が大きすぎること、音の種類が多すぎて必要とする音が聞き取りにくいこと、静かな空間では、必要な音情報の音量が小さいことや、利用者の居る場所によって音情報の聞き取り易さの差が生じていることが指摘された。

 滞留空間では、呼び出しやお知らせの音量が小さい、音の種類が多いなどの理由で、聞き取りにくいこと、BGMや施設の利用案内や広告、注意を喚起する電子音やアナウンスが空間に相応しくないと指摘する回答が多かった。

 これらは、音環境を整備する上での検討項目として取り入れることができると思われる。

第3章では、前章のアンケート調査で対象とした、13箇所の公共的内部空間について実地調査を行い、公共的内部空間の音環境の評価と、利用者の行動並びに実際の施設・空間における音情報の提示され方との関連を明らかにした。

 各種音情報によって形成される音環境の善し悪しには、「音情報の種類の数」と「等価騒音レベルの変動」「提示頻度」「空間全体の音量」が関係していることが示唆された。

 また、各種公共的内部空間を、それぞれの施設・空間で聞かれる音情報のうち、利用者の利用目的に即した情報伝達様態によって、以下の4つのタイプに分類した。

1.利用者は、待ち受け状態にあり、予め報知される内容が分かっているため、特に詳細な「内容」は必要とされず、報知のみで利用目的に対する情報伝達が完了する施設・空間

2.利用者は、待ち受け状態にあり、予め報知されることが分かっているが、報知と同時に、具体的な「内容」によって、利用目的に対する情報伝達が完了する施設・空間

3.利用者は、提示されることを予期していないが、「内容」をできるだけ正確に伝達することが求められる施設・空間

4.特に明確さは求められていないが、音楽など聞こえている必要がある施設・空間

 これらの分類に基づき、現状の音情報の提示状況の問題点を明らかにした。

第4章では、音による情報が提供されている施設・空間における、利用者行動をふまえ、音情報の受け止め方として、利用者の「待ち受けの状態」に着目し、どのような呈示方法が効果的か、注意を反映した脳波電位と考えられる早期CNV並びに、動機付けなどの心理状態や運動の準備状態を反映する電位と考えられる後期CNVを指標とし、情報認知に与える影響を明らかにする実験を行った。また、呈示音に対する反応時間(RT)及び、主観評価を併せて行い考察した。呈示条件としては、前章の音情報評価に関連する項目として相関が見られた以下の条件、呈示音と環境音のレベル差について2水準(L,Q)、呈示音の音像定位の違い2水準(C,D)、呈示音の種類の数2水準(S,R)とした。

 主観評価では、「聞き取り易さ」「明瞭さ」「賑やかさ」「反応のし易さ」について評価してもらい、各項目と呈示条件の違いについて考察を行った。

 周囲の環境音と呈示情報音とのレベルの差は、「賑やかさ」と「明瞭さ」の項目に対して有意であり、レベル差の大きい(Q)場合、「聞き取り易さ」「明瞭さ」「反応し易さ」の項目において、QCS(レベル変動 大・音像定位 明瞭・音の種類 単)の評価が最も高かった。

 先に行った実地調査やアンケート調査の回答を見ると、利用者が改善を必要としている施設・空間の多くが、環境音の騒音レベルが高い傾向が伺え、単純にレベル差を大きくすることで、問題の解決が図れるものではないことから、レベル差以外の、有効な提示方法を見いだす必要が示唆された。これらの可能性について、RT並びに事象関連電位を測定し、検討を行った。

RTに関する実験

 環境音と呈示音のレベル差の小さい状況(L)とレベル差の大きい状況(Q)では、差が大きい状況下で、RTが短くなる結果が得られた。

CNVに関する実験

 早期CNVに関しては、Fz部位、Cz部位共に、QCS(レベル変動 大・音像定位 明瞭・音の種類 単)条件の時に電位が最も高い値を示した。

 各水準間で、有意な差が見られたのは、Fz部位で、音の種類の多少(R,S)であり、Cz部位において、有意な差が見られたのは、環境音と刺激音のレベル差の大小(L,Q)であった。

 これらは、提示される音刺激が単一の音声の場合、複数の音声が混在する場合と比較して、覚醒水準が高く、被験者の注意が向けられ易いことを示している。

 また、背景となる環境音と刺激音の音量差が大きい場合、差が小さい場合と比較して、被験者の注意が向けられる度合いが高いことを示している。

 レベル差の小さい条件(L)では、音の種類の多少(R,S)に有意な差が認められ、複数の音声の場合、覚醒水準が高い値を示した。これは、混在する音情報から必要な情報を得るために、被験者の覚醒水準が高まり、注意を向ける度合いが高まったものと解釈した。

 後期CNVに関しては、早期CNVと同様に、Fz部位、Cz部位共に、QCS(レベル変動 大・音像定位 明瞭・音の種類 単)条件の時に電位が最も高い値を示した。

 各水準間で、有意な差が見られたのは、Fz部位においては、音像の広がりの大小(C,D)、音の種類の多少(R,S)、環境音と刺激音のレベル差の大小(L,Q)で、Cz部位においては、環境音と刺激音のレベル差の大小(L,Q)であった。

 音像の広がりにの大小よる呈示の違いでは、単一の音源の場合(S)高い値を示し、レベル差では、差の大きい状況(Q)で、高い値を示した。

 また、レベル差の小さい条件(L)では、複数音声が高い値を示し、レベル差が小さい条件(Q)では、単一の音声が、高い値を示していることから、環境音が大きく、刺激が分別しにくい状況では、毎回異なった音声が呈示されることで、必要とする音情報をより強く弁別しようとする選択的注意機構が増大しているのではないかと解釈した。また、レベル差が大きい(Q)場合は、環境音による干渉が少なく、単一の音声の主観評価による「聞き取り易さ」の評価が高いことから、動機付けの度合いの大小として現れたものと解釈した。

第5章では、各章の結果から総合考察を行い、以下の結論を導き出した。

・公共的内部空間において、利用者が求める空間特性と、各種音情報によって形成される音環境の善し悪しには、施設・空間の様態に関しては、「賑やかさ−静けさ」が、利用者行動に関しては、「滞留−移動」が、また、実際の施設・空間における音情報の提示状況の調査から「音情報の種類の数」「等価騒音レベルの変動」「提示頻度」「空間全体の騒音レベル」が関連している。

・公共的内部空間における利用者行動のうち、滞留行動には、音による情報を待ち受ける状況が生じること、移動が主となる施設・空間では、特定の音情報より、むしろ総体的な音環境の善し悪しが、満足度につながることを考慮し、上記の指標に基づいた音情報に対する的確な提示方法を行う必要がある。

・公共的内部空間において、提供される音情報は、それら音情報の形成する、総体としての音環境を複雑にしてはならない。提供される音情報の頻度や継続時間、種類などの施設の特性や伝達内容は、当然、分かり易さについて考慮されるべきことであるが、本研究で明らかになった、音情報の音像定位の明確さに関連する情報認知の差異は、周囲の環境音の騒音レベルが高い空間や、多種類の音情報が混在せざるをえない空間における、音情報の提示方法として有効であると考える。

 一方で、音像定位をコントロールするためには、音源の数や配置などに綿密な計画が必要であり、よりよい音環境デザインを行うためには、物理的な建築空間を設計する段階から、音情報の提示方法を配慮した計画がされるべきである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、公共的内部空間を対象に、利用者へのアンケート調査および実地調査によって空間の特性を導き出し、それぞれの空間で、音情報に対する利用者の意識と評価、各種音情報が具体的にどのように聞こえているかを、建築空間における音情報の提示方法という観点から調査し、利用者評価との関連を明らかにした。さらに利用者の音情報に対する「待ち受け」行動に着目し、脳反応との関連から、空間特性と音情報の望ましい提示方法を明らかにした。

 本論文は全5章からなる。

第1章では、研究の背景、目的、本研究の位置づけ、用語の定義を述べている。

第2章では、公共的内部空間を対象とし、利用者の求める空間特性と行動、音情報に対する評価、必要とされる音情報の種類を調査し、それぞれの空間の利用者に対する望ましい音環境のあり方を明らかにした。

 駅や役所などでは「わかりやすさ」、商業施設では「親しみやすさ」、滞在時間の比較的長い施設では「落ち着ける」空間が求められること、音環境の善し悪しは、音情報の複雑さと関連する可能性があること、音情報の整備の必要性を指摘した。

第3章では、実地調査を行い、公共的内部空間の音環境の評価と、利用者の行動並びに実際の音情報の提示され方との関連を明らかにした。

 各種音情報によって形成される音環境の善し悪しには、「音情報の種類の数」と「等価騒音レベルの変化」「提示頻度」「空間全体の音量」が関係していることを指摘した。

 また、各種公共的内部空間を、それぞれの施設・空間で、利用者の利用目的に即した情報伝達様態によって、以下の4つのタイプに分類した。

1.利用者は待ち受け状態にあり、予め報知される内容が分かっているため、特に詳細な「内容」は必要とされず、報知のみで利用目的に対する情報伝達が完了する施設・空間

2.利用者は待ち受け状態にあり、予め報知されることが分かっているが、報知と同時に、具体的な「内容」によって、利用目的に対する情報伝達が完了する施設・空間

3.利用者は提示されることを予期していないが、「内容」をできるだけ正確に伝達することが求められる施設・空間

4.特に明確さは求められていないが、音楽など聞こえている必要がある施設・空間

 これらの分類に基づき、現状の音情報の提示状況の問題点を明らかにした。

第4章では、音情報の受け止め方として、利用者の「待ち受けの状態」に着目し、どのような呈示方法が効果的か、注意を反映した脳波電位と考えられる早期CNV並びに、動機付けなどの心理状態や運動の準備状態を反映すると考えられる後期CNVを指標とし、情報認知に与える影響を明らかにする実験を行った。また、呈示音に対する反応時間及び、主観評価を併せて行った。呈示条件は、呈示音と環境音のレベル差、呈示音の音像定位の違い、呈示音の種類の数とした。主観評価では、「聞き取り易さ」「明瞭さ」「賑やかさ」「反応のし易さ」について、各項目と呈示条件の違いについて考察している。

 呈示音と環境音のレベル差の小さい条件では、複数の音声の場合、覚醒水準が高い値を示し、混在する音情報から必要な情報を得るために被験者の覚醒水準が高まり、注意を向ける度合いが高まっていると解釈できる結果などを得ている。

第5章では、各章の結果から総合考察を行い、以下の結論を導き出している。

・公共的内部空間において、利用者が求める空間特性と、各種音情報によって形成される音環境の善し悪しには、施設・空間の様態として「賑やかさ−静けさ」が、利用者行動として「滞留−移動」が、また、実際の音情報の提示状況の調査から「音情報の種類の数」「等価騒音レベルの差」「提示頻度」「空間全体の騒音レベル」が関連している。

 滞留行動では、音による情報を待ち受ける状況が生じ、利用者が求める情報が的確に伝達されるためには、提供する音情報の種類の数や周囲の環境音と提示音のレベル差、情報の提示頻度が、情報内容や空間の特性と適合するように計画されることが重要である。

 移動が主体となる施設・空間では、特定の音情報より総体的な音環境が満足度につながり、音情報の賑やかさや空間全体の騒音レベルに焦点を当てた音環境整備が有効である。

・音情報の提示方法の違いと、情報の認知の度合いに関しては、提供される音情報の種類の数や、周囲の環境音とのレベル差(S/N比)、音情報の音像定位が、主観評価や、覚醒水準、意識の集中度、情報の選択的注意、期待や動機付けの反応に対して、関連しながら影響を与えている。これらの知見は、各公共的内部空間における伝達様態に応じた情報伝達効果を高めるものとして有用である。

 公共的内部空間において、提供される音情報の伝達内容は、分かり易くなるよう考慮されるべきであり、本論文で明らかになった音情報の音像定位の明確さに関連する情報認知の差異は、周囲の環境音の騒音レベルが高い空間や、多種類の音情報が混在せざるをえない空間における音情報の提示方法として有効であると考える。

 以上のように本論文は、公共的内部空間における音情報に対する評価・伝達の有効性には、それぞれの音情報の提供のされ方や、利用者行動が関連していることを明らかにした。特にその中で、利用者の音情報に対する「待ち受け」行動に着目し、空間特性に応じた音情報の望ましい提示方法を明らかにした。本論文は、建築空間において、分かりやすい情報伝達が可能な音情報の提示方法を配慮するための、また、音も含めた豊かで生活の質の向上につながる環境を創出するための有用な考え方と資料を提供したものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行っている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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