学位論文要旨



No 215148
著者(漢字) 横堀,肇
著者(英字)
著者(カナ) ヨコボリ,ハジメ
標題(和) インドネシアにおける密集住宅地再開発事業の成立と展開 : 日本・シンガボールの実態との比較を通して
標題(洋) Formetion and Development of Congested Residential Area Renewalin Indonesia : A Comparison of Renewal Cases of Indonesia, Japan and Singapore
報告番号 215148
報告番号 乙15148
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15148号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 第1章:目的

 高密劣悪カンポンの生活インフラを改善するため、カンポン改良事業(K.I.P.)と呼ばれる事業が1969年からジャカルタで始められた。しかし超高密カンポンは、この平面的手法では対応できない。そこで1970年代の末からインドネシア政府はプルムナス(国家住宅公団)に命じて低層密集カンポンをクリアランスし、中層住宅へ建替える再開発事業を進めてきている。最近ではkIPに建物修復を加えるなどに事業も始められたが、本論では、この中層住宅型カンポン再開発に焦点をあて、その在り方考えるものである。

 研究の目的は、1)インドネシアと日本の公団再開発事業を比較する、2)プルムナスの再開発を円滑に推進する方策を提案する、ことである。その手法として再開発の中から4要素を取り出し構造分析する。比較をより明確にするためにシンガポールの再開発制度の分析も加えた。

 分析の作業仮説として、再開発の動機を「動機主体」(4レベル)、効果を「波及効果」(4レベル)としY軸に表示する。これは事業の社会性を表わし事業費の回収程度を「事業採算」(4レベル)、土地利用を「建物用途」(4レベル)としX軸上に表示する。これは事業採算の主体性を表わす。これらをレーダーチャートの形式を借りて表現する。また比較の為に日本の再開発の典型事例のチャートを作成する。

 第2章:インドネシアの都市居住政策の経緯と動向

 地方からの流入住民は計画開発地の隙間を埋めたカンポンを増殖させる。カンポンは、非計画的な市街地で、日本の木造住宅密集地区に対応している。1974年に国家住宅公団(プルムナス)が設立され、低所得者向け低層戸建の住宅供給が開始した。カンポンを除却し中層住宅へ建て替える再開発事業は、1981年に開始したクブンカチャン地区(1.8ha.ジャカルタ市)がプルムナスによる第一号である。プルムナスは設立から1995年までに26.5万戸の住宅を供給した。この内中層住宅は約1万戸で全体の3.6%を占める。

 第3章、事例研究1:クブンカチャン地区再開発事業

 1970年代末から、住宅大臣は低層高密カンポンの環境改善を目的に中層住宅型再開発をプルムナスに命じ、第一号が1981年に開始され、1984年に完成した。その裏には、近づいた大統領選に向けての政治的パフォーマンスも存在した。このようにタテマエとホンネが共存していた。そのクブンカチャン地区1.8haには700世帯強が住んおり人口密度は1,500人/haを越える。再開発法のない中で試行的に中央政府、ジャカルタ市、プルムナスの3者が役割を分担し実施した。再開発ビルは4階建てH型住棟8棟、合計600戸、18m2/戸を中心に42m2、36m2からなる中層住宅であった。

 入居5年後の1989年に実施された住民アンケートから5年の間に低所得者層が都市中堅階層であるコントラ(年払い賃貸)階層に相当入れ替わったこと、などが明らかになった。

再開発の構造チャートからもクブンカチャン再開発は政府主導、住宅主体であることが確認出来る。事業後に、政府が出資の形でプルムナスへの補助を行っている。後で帳尻を合わせる帰納法的手法である。地区残留割合は世帯収入に比例しており、住民は相応の収入があれば中層住宅に残留する意志を有することが明らかになった。

 第4章、事例研究2:イリール・バラット地区再開発/

 イリール・バラット地区(22ha、パレンバン市)で大火事をきっかけに再開発が実施された。18m2の住戸を中心に約3,600戸が建設された。しかし4年間経過しても30%しか売却出来なかった。インドネシアには中層住宅は合わないなどの居住文化論争が繰り広げられた。政府の助成で半分近くに値下げし、現在は落ち着いた団地を形成している。文化より経済性が重要であることが実証された。

 第5章、事例研究3:クマヨラン地区再開発

 クマヨラン地区再開発(30ha、ジャカルタ)は、旧国内飛行場跡地内にあるカンポンを除却し「ころがし手法」による居住者の再収容を目指した。払い下げ土地30haの半分は約5,000世帯が居住するカンポン地区である。ここでは、初めて賃貸住宅が導入された。また、更地の一部を民間ディベロッパーヘ売却し、その収益を低所得者向け住宅へ廻す「組織内調整」で採算を確保する予定である。

 第6章、ジャカルタ首都圏における賃貸住宅事情

 カンポン再開発には公的賃貸住宅が欠かせない。そこで1994年5月に日本とインドネシア政府と共同でカンポンにおける民間の賃貸住宅の供給実態調査を行った。全体として持家→コントラ→セワの順で住宅の規模は小さくなる。家賃負担率はおおむね25%で、セワ世帯はコントラ世帯よりやや若い。特にコントラ階層はジャカルタの新しい中堅勤労階層である、などが明らかになった。

 第7章:土地制度にみるインドネシアの特性

 カンポンをスクワッターと呼ぶ場合があるが、それは西欧的概念である。東部ジャワにある伝統的カンポン・ナガ村では、今でも集落の居住地は集落の共有物という規則を守っている。オランダ時代の西欧型土地制度を払拭するために1960年に土地基本法が成立された。しかし法制定後も民族・文化の多様性から土地問題は一層複雑になった面もある。

 第8章、日本の再開発事業の実態と特質

 日本の再開発は採算性から見た「再開発の可能性」が先行している。都市公団の施行地区は全体約700haの5%を占める。タイプは、A)一部跡地利用型、B)公共施設整備型、C)土地集合有効利用型に分けられる。動機主体は時系列的に見ると、「政府」「自治体」を経て「地権者」へと移ってきた。また「建物用途」は、基本的に"複合建物"であった。これらはインドネシアと異なる。バブルが崩壊し低成長経済の中でも実施可能な新しい形の再開発手法を探ることが求められている。

日本には再開発の法はあるが「法的強制力は使わない」「法手続に先行して実質的合意を得る」「法律の力よりも近隣の目を使った」「事実行為を先行させた」「弱小権利者は法と別に自治体の制度を活用した」。これらは3事例に共通している。最後の自治体の協力を除いて、これらの社会文化的現象はインドネシアとも共通している。

 第9章:西新宿6丁目東地区再開発

 西新宿地区2.9haは副都心の北側に位置した木造密集住商混合地区である。浄水場移転と合わせて1971年頃から地元の活動が始まった。土地の集合化によるメリットの享受が再開発の動機である。西新宿は44階の事務所、クブンカチャンは4階の住宅中心と多いに異なる。しかし「話し合い中心の合意形成」「任意同意で除却開始」など「事実行為を先行」させた点でインドネシアと共通している。

 第10章:インドネシアと日本の再開発事例比較

 プルムナス(クブンカチャン)は大臣の指示の下での調整役を、一方、都市公団(西新宿)は都市計画と地権者利益とのバランスの中で関係機関との調整を行った。

クブンカチャンと立花は、政府が「動機主体」、住宅中心で「事業採算」性が低いことで共通している。

 インドネシアは「政治的パフォーマンス」が背景に、日本の立花も法制定直後で、「法を早く活用したい」という政府の意図があり、補助金の準備が曖昧のままの政治先行により開始した。インドネシアの場合はその後も「政府」が「動機主体」で「住宅中心」のままであったため事業費の回収は苦しい。日本は、その後、「動機主体」が自治体や地権者へ「建物用途」が店舗や事務所との複合化へと変化していった。

 第11章、シンガポール再開発事業の仕組みと背景

 シンガポールでは、1974年にHDBの再開発部門が再開発公団(URA)として独立した。

 シンガポールの再開発の仕組みは、1)事業は都市の全体計画に位置づけられ、2)都市計画制度はURAを最大限バックアップし、3)住宅公団(HDB)の事業とも有機的に組み合わせている。また再開発公団(URA)の組織の中で、地上権処分による収益事業と再収容建物の非収益事業とを組み合わせ「組織内調整」により事業バランスを取っている。シンガポールは国として生き残るために、まず安全な都市の存在が必要条件という背景が存在する。インドネシアは制度が無くても人間関係を駆逐し、試行錯誤で事業を進める。

第12章、各国の再開発とインドネシア

 日本は再開発制度は存在するものの人間関係を重視し、任意の合意を取り付け進める。シンガポールは国の全体計画の下で採算的自立を確保し、URA主導で強力に再開発を進める。インドネシアも日本も事実行為先行型で事業を進める。住民の参加意識の喚起手法、プルムナスの事業に対する執行責任の向上の仕組みが求められる。中層住宅再開発は都市中堅層の居場所を提供した。しかし再開発後は当初の目的に反し、零細権利者が中間階層に入替わった結果でもある。また、本調査で明らかになったインドネシアと日本に共通するアジア的特性を如何に生かすかもこれからの課題である。

 第13章、インドネシア再開発への提言

 (カンポン再開発の成果、課題、提言)中層型再開発は、多く存在する再開発の中の一手法ではある。しかし、本研究の結論として、この種の再開発の方向を考えるにあたり、次の点を提言する。

1、成果:法律無しで再開発を開始、継続してきた。これに習い、市でもカンポン再開発が実施された。

2、課題:1)経済ポテンシャルを有する地区が選定されていない。

2)シンガポールのように側面から事業を採算的支援する仕組みが存在しない。

3)街路事業等の公共施設整備と再開発とを組み合わせるなどの都市計画的視点が欠如している。

4)プルムナスの自立を図り支援していく明確なルールが存在しない。結果として政府依存になっている

3、インドネシアの再開発への提言:

1)「事業採算」回復努力を促すよう助成内容を明確にすべき。

2)広場、道路などの公共施設整備と一体的に行う再開発手法を導入すべき。

3)民間が地上げで行っている再開発地区もプルムナス再開発対象とし採算自立型事業も実施すべき。

4)再開発を推進する住民参加方策として、NPO、大学、伝統的コミュニティなど既存組織を活用すべき。

5)プルムナスが主体性を持ち自立出来るよう再開発制度やバックアップの仕組みを整えるべき。

<図1、再開発構造分析レーダーチャート>

<図2、比較の為の日本の典型事例チャート>

<図3、クブンカチャンのチャート>

<図5、イリール・バラットのチャート>

<図6、クマヨランのチャート>

<図9、立花、赤羽、西新宿のチャート>

<表1、インドネシア・日本の再開発事例の比較>

<表2、事業のターニング・ポイント>

<図13、ブキット・アナック>

<図15、インドネシア3事例のチャート>

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、5編13章に加えて、補論からなり、インドネシアにおける調査分析を中心に、その理解を助けるために、日本及びシンガポールを比較対象として論じたものである。審査では、自らインドネシアの密集市街地再開発事業の計画立案に参画した貴重な体験を基礎に分析を行い、かつ同じく自ら体験した日本における再開発事業や、詳細な調査を行ったシンガポールの事例と比較したものであり、まさに実証的研究として条件の整ったものであり、分析、評価も客観的に行われ、きわめて有用な結果が導かれている。

 1章で、論文の構成を整理した後、2章から5章までが、筆者が参画した事業を含めた事例研究及び対象とするカンポンの分析に当てられている。事例研究1のクブンカチャン地区再開発事業では、低層高密カンポンの環境改善を目的とした中層住宅型再開発が行われた。分析で用いた再開発の構造チャートからはクブンカチャン再開発は政府主導、住宅主体であることが確認された。地区残留割合は世帯収入に比例しており、住民は相応の収入があれば中層住宅に残留する意志を有することが明らかになった。

 事例研究2は、イリール・バラット地区(22ha、パレンバン市)で大火事をきっかけに実施された再開発である。しかし、完成後4年間経過しても30%しか売却出来なかったため、インドネシアには中層住宅は合わないなどの居住文化論争が繰り広げられた。政府の助成で半値近くに値下げし、現在は落ち着いた団地を形成している。文化より経済性が重要であることが実証された。

 事例研究3は、クマヨラン地区再開発(30ha、ジャカルタ)で、旧国内飛行場跡地内にあるカンポンを除却し「ころがし手法」による居住者の再収容を目指したものである。ここでは、初めて賃貸住宅が導入された。また、更地の一部を民間ディベロッパーへ売却し、その収益を低所得者向け住宅へ廻す「組織内調整」で採算を確保する計画になっている。

 これらの事例は、低所得住宅地区を対象としているがそれぞれ異なる手法が組み合わされており、インドネシア行政プランナーの意欲がくみ取れると同時に、問題の構造が浮かび上がった。カンポン再開発には公的賃貸住宅が欠かせない。民間の賃貸住宅の供給実態調査では、全体として持家→コントラ→セワの順で規模は小さくなることが分かった。

 第8章から10章では日本の再開発事業が分析されている。日本の再開発は採算性から見た「再開発の可能性」が先行している。動機主体は時系列的に見ると、「政府」「自治体」を経て「地権者」へと移ってきた。日本には再開発の法はあるが「法的強制力は使わない」「法手続に先行して実質的合意を得る」「法律の力よりも近隣の目を使った」「事実行為を先行させた」「弱小権利者は法と別に自治体の制度を活用した」。これらは日本の3事例に共通している。最後の自治体の協力を除いて、これらの社会文化的現象はインドネシアとも共通している。

 シンガポールでは、1974年にHDBの再開発部門が再開発公団(URA)として独立した。シンガポールの再開発の仕組みは、1)事業は都市の全体計画に位置づけられ、2)都市計画制度はURAを最大限バックアップし、3)住宅公団(HDB)の事業とも有機的に組み合わせている。

 これらの事例分析を通じて、筆者は以下のような興味深い総括を行う。インドネシアは制度が無くても人間関係を駆逐し、試行錯誤で事業を進める。日本では再開発制度は存在するものの人間関係を重視し、任意の合意を取り付け進める。シンガポールは国の全体計画の下で採算的自立を確保し、URA主導で強力に再開発を進める。インドネシアでは、事実行為先行型で事業を進める。プルムナスも、地区に住む居住者も常に受け身である。そして結論として、インドネシアでは、法律無しで再開発を開始、継続してきた。これに習い、市でもカンポン再開発が実施された。しかし、経済ポテンシャルを有する地区が選定されていないのは大きな問題であり、シンガポールのように側面から事業を採算的支援する仕組みが存在しないこと、街路事業等の公共施設整備と再開発とを組み合わせるなどの都市計画的視点が欠如していることは改善の必要がある。

 また、結論を踏まえたインドネシアの再開発への提言は、「事業採算」回復努力を促すよう助成内容を明確にすべき、広場、道路などの公共施設整備と一体的に行う再開発手法を導入すべき、民間が地上げで行っている再開発地区もプルムナス再開発対象とし採算自立型事業も実施すべき、再開発を推進する住民参加方策として、NPO、大学、伝統的コミュニティなど既存組織を活用すべき、プルムナスが主体性を持ち自立出来るよう再開発制度やバックアップの仕組みを整えるべき、となっており、インドネシアの政治体制が流動的であることを考慮しても、今後のインドネシアへの日本の都市開発分野における協力のあり方を考える上できわめて示唆的である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク