学位論文要旨



No 215149
著者(漢字) 浅見,真理
著者(英字)
著者(カナ) アサミ,マリ
標題(和) 浄水における臭素酸のリスク評価と生成の制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 215149
報告番号 乙15149
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15149号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨 要旨を表示する

 浄水処理における酸化処理において生じる副生成物の中で、発ガン性が問題となっている臭素酸(BrO3-)について、リスクの評価手法及び制御手法について検討を行った。原水中に臭化物イオンを含む場合のオゾン処理で生ずる臭素酸イオンは、臭素を含む無機のイオンであり、高い発ガン性や遺伝子毒性、変異原性、酸化傷害性、免疫毒性が指摘されているが、これまで研究が少なく、毒性学的な重要性も高いと考えられたため、この臭素酸イオンについて、電子スピン共鳴(ESR)を用いた物性の把握と毒性メカニズムとの関連、起源となる臭化物イオンの実態や測定方法の開発、浄水過程における実態調査、生成特性の把握、発ガン性リスクを用いた評価手法、プロセスにおける制御に関する検討などを行った。特に、イオン性で酸化性の物質の特性に基づくリスクの性質に着目し、対象物質の物性を考慮したリスク評価の一助となることを目指した。

 水道水質に関わるリスクとして病原性微生物による感染症のリスクや化学物質による健康影響などのリスクがあるが、それらのリスクを蓋然性と頻度等により類型化を行った。その中で、酸化処理副生成物は、蓋然性の証明が困難であるが、経常的なリスクとなると考えられた。酸化処理副生成物は、浄水処理の重要なプロセスの一つである酸化処理の処理条件により生成が大きく変化するものであり、水道における内因性のリスクであり、制御が困難なリスクの要因となりうる。

 浄水処理における酸化処理の目的は、異臭味物質の分解や有害物質の分解、処理性の向上等であるが、酸化剤ごとに特徴が異なり、また生じる副生成物も多岐にわたる。水道水の水質管理に係るリスクの中で、酸化処理副生成物、特にオゾン処理で生成する臭素酸は発がん性が高く、水質管理の基準となる10-5の発がんリスクを有する濃度は3μg/lに相当する。このため原水中の臭化物イオン濃度が高い場合は、リスクが10-4レベルに達し、酸化処理における水質管理の重大な要件となり得る。臭素酸は、食品添加物として使用されていたが現在では食品からの摂取はほとんどなく、浄水処理の条件によっては飲料水からの臭素酸の摂取が主要な摂取経路となる可能性がある。また、パーマネント剤を起源とすると見られる臭素酸イオンが環境水から検出されているほか、塩素剤や海外のボトル水からも検出されている。浄水過程のオゾン処理における生成機構を図1に示す。臭素酸は解離性・酸化性が強く濃縮性が低い物質であり、生体に摂取された場合もそれ自体の毒性よりむしろ還元されるときに生じるラジカルによる影響があると考えられた。

 臭素酸は水中ではイオンとして存在する解離性の物質であるが、高い酸化力を持ち、毒性発現の機構において、酸化障害性を示す。本研究においては臭素酸の特異的な物性を把握するため、ラジカル生成の検出について検討を行った。臭素酸は単独ではラジカルを生成しないが、生体内物質である還元型グルタチオンを還元剤として用い、スピントラップ剤DMPOと反応させたところ、直ちにヒドロキシラジカルの付加体がESRにより検出された(図2)。これは、臭素酸が還元される場合にヒドロキシラジカルが生成することを示すものである。臭素酸からのラジカル生成量は、酸化消毒副生成物であるヨウ素酸やハロ酢酸類よりも大きく、特異性を示した。臭素酸の分子内の電子配置から、臭素酸は親電子性の分子で、周辺から電子を引き抜き、ヒドロキシラジカルを生成することが推察された。臭素酸のリスクは還元剤との反応によるラジカルの産生によっており、生体内の低濃度領域においても酸化障害を示す可能性があると考えられた。

 浄水管理のための水中の微量な臭素酸の測定法として、イオンクロマトグラフィーを用いた臭素酸イオンの分析方法について最適化を行った。汎用性の高い方法として、銀カートリッジを用いて塩類を除去した後、ほう酸系溶離液で分離し、紫外部吸光度検出器を用いて検出する方法を開発し定量下限2μg/lまで計測する測定条件を確立した。また、浄水処理過程における試料を計測するには、残留オゾンを消去する必要などがあるため、試料採取・前処理・保存等に関する基礎的検討を行い測定方法を確立した。

 臭素酸イオンの生成特性としては、原水中の臭化物イオン濃度とオゾン処理条件が基礎的な因子となるが、このほかに、オゾン処理時のpHや共存有機物濃度、アンモニア、りん酸なども影響を及ぼすことが分かった。臭素酸イオンは、臭化物イオン濃度が高く、オゾン注入率が高く、接触時間が長く、水温が高く、pHが高いほど高濃度で生成し、オゾン処理を継続しても分解せず水中に残留する。共存有機物、アンモニア、りん酸等は阻害因子として働くことが分かった。

 浄水過程における実態調査では、国内におけるオゾン処理を導入している比較的規模の大きい浄水場の処理過程水中の臭素酸分析を行い、オゾン処理水から0〜20μg/lレベルの臭素酸を検出した。最高濃度を示したのは、臭化物イオン濃度が高い原水のオゾン処理水であり、その後の活性炭処理後においても低減せず、24μg/lが検出された。

 次に臭化物イオン濃度が高い実験プラントを用いて浄水プロセスにおける臭素酸の挙動を解析した。図3に、臭素酸濃度の変動を示す。実験プラントにおける生成特性を把握するため、他の水質項目との関連について多変量解析を行い、臭素酸を生成しやすい水質要因を抽出した。プラントでは、臭気物質の分解やTHMの前駆物質の低減化を目的としてオゾン処理を行っているが、オゾン注入率に比例して、臭素酸が高濃度で生成されることが分かった。残留オゾン濃度一定の条件で制御を行うと、夏期に、水質が悪化し有機物が増加するほか、高温のためオゾンが分解されやすく、オゾン注入率が増えるため、臭素酸の生成濃度が大幅に上昇することが分かった。

 浄水処理における臭素酸の生成を予測するため、実際の原水を用いたオゾン処理実験を行い、臭素酸の生成量を予測する手法について検討を行い、臭化物イオン濃度とpH、溶存オゾン濃度と時間の積(CT値)により臭素酸の生成予測式を導出した。

 臭素酸の除去技術に関して、連続実験プラントと実験室内の実験で、臭素酸の活性炭処理による除去に関する検討を行った。一般的に、高度処理においては、粒状活性炭及び生物活性炭処理がオゾン処理の後段に付置されるため、実験プラントを用いて、臭素酸の除去性に関する実験を行った。新しい活性炭では、極初期の活性炭の還元作用により臭素酸イオンが臭化物イオン等に還元されたが、経時的に還元作用が減少した(図4)。

 生物活性炭においても同様の傾向であり、生物活性炭による臭素酸の除去は困難であることが明らかとなった。オゾン処理の後段の粒状活性炭は、処理を継続して行うと、生物が付着し、通常生物活性炭になるが、臭素酸イオンは新しい粒状活性炭では還元及び微量ながら吸着されて濃度が減少したものの、生物活性炭の状態ではほとんど還元されず、臭素酸イオンの長期的な除去は行えないことが明らかとなった。

 臭素酸の分解及び生成抑制に関しては、粒状活性炭の交換による還元やオゾン処理時に過酸化水素を添加することなどの手法があるが、実際には、発生時にオゾン注入率を低くし生成を抑制することが最も望ましい。

 臭素酸イオンによる発ガン性のリスクを既知の酸化処理における有機副生成物などによるリスクと比較したところ、臭素酸イオンによる発がんリスクは非常に大きく、処理条件によっては生涯発がんリスクで10-4レベル以上となる可能性があった(図5)。この場合には、オゾン処理本来の目的である、臭気物質の分解やTHM前駆物質の低減化、その他の有害物質の分解そして、消毒効果などを処理システム全体で担保した上で、オゾン注入率を下げ、臭素酸の生成を抑制しなければならない。水道統計の水質項目から、水質が基準値に近い原水について高度処理が導入された場合を想定してオゾン処理を行った場合の臭素酸生成濃度を予測したところ、THM濃度が高い地点で、処理時の溶存オゾン濃度が高い場合は、臭素酸を生成しやすいことが推察された(図6)。原水中の有機物濃度、無機物濃度、微生物学的な汚染指標、色度、臭気物質、臭化物イオン濃度から、一定レベルより高い原水である場合は、高度処理の導入のみならず、取水口位置の変更や抜本的な水源対策をとる必要がある。

図1 オゾンとラジカル経路における臭素酸の生成

図2 臭素酸イオンの還元より生成したDMPO-OHのESRスペクトル

図3 実験プラントのオゾン処理・活性炭処理における臭素酸濃度の変化

図4 臭素酸イオンの還元と吸着におけるGACとBACの比較

図5 オゾン注入率と副生成物のリスク積み上げ値

図6 各水質項目条件時のオゾン処理条件と臭素酸予測濃度の累積超過件数

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「浄水における臭素酸のリスク評価と生成の制御に関する研究」と題し、浄水処理により生成される酸化処理副生成物の水供給におけるリスクの評価手法及びその制御手法を研究したものである。10章で構成されている。

 第1章「水道に関わるリスクの類型化と臭素酸のリスク」では、浄水処理の水質管理におけるリスクの考え方を整理し、その中で、酸化処理副生成物の占める位置づけを明らかにしている。特にオゾン処理での生成する臭素酸の発ガンリスクが非常に高く、酸化処理における水質管理の重大な要件となりうることを示している。

 第2章「酸化処理の役割と酸化処理副生成物」では、浄水処理における酸化処理の役割を述べ、その中で生成する酸化処理副生成物の種類や生成機構、および、原水中の臭化物イオンの存在状況とそれに伴う水質特性について整理してある。

 第3章「臭素酸の毒性情報、規制状況及び検出状況」では、オゾン処理で生成する副生成物である臭素酸について、その毒性、検出状況について文献調査を行い、浄水処理の条件によっては飲料水からの臭素酸イオンの摂取が多くなる可能性があることを示している。また、臭素の汚染源についても知見を解析している。

 第4章は「臭素酸の毒性機構とラジカル検出による特性評価」についてである。臭素酸は水中ではイオンとして存在する解離性の物質であるが、高い酸化力を持ち、毒性発現の機構において、酸化障害性を示す。生体に摂取された場合もそれ自体の毒性よりむしろ還元されるときに生じるラジカルによる影響があると考えられる。この章では、臭素酸の特異的な物性を把握するため、ラジカル生成の検出について検討を行い、選択的なラジカル検出法としてスピントラップ法と電子スピン共鳴(ESR)装置を用いて臭素酸からの有害性の高い活性酸素種であるヒドロキシラジカルの生成を検出している。

 第5章「浄化管理のための臭素酸測定方法の最適化」では、イオンクロマトグラフィーを用いた臭素酸イオンの分析方法について検討を行っている。夾雑物の影響を受けやすい浄水中の分析を行うため、汎用性の高い方法として、共存する塩化物イオンを銀カートリッジを用いて除去し、ほう酸系溶離液で分離し、紫外部吸光度検出器を用いて検出する方法を開発している。また、浄水処理過程における試料を計測するには、残留オゾンを消去する必要などがあるため、試料採取・前処理・保存等、測定方法も確立している。その結果、実試料における感度差を考慮した標準添加法により、臭素酸イオンを定量下限2μg/lで計測する測定条件を確立している。

 第6章「水中の臭素酸の生成特性と影響因子の解明」では、臭素酸の生成特性について、オゾン注入量、処理時間、pHの影響、共存有機物に関する影響、共存無機物による影響を調べている。臭素酸イオンの生成特性としては、原水中の臭化物イオン濃度とオゾン処理条件が基礎的な因子となるが、このほかに、オゾン処理時のpHや共存有機物濃度、アンモニア、りん酸なども影響を及ぼすことを明らかにしている。

 第7章「浄水処理過程における臭素酸の生成と生成特性の解明」では、実際の原水を用いたオゾン処理実験を行い、臭化物濃度、pH、オゾン処理条件から臭素酸の生成量を予測する手法を確立している。また、原水中の臭化物イオンの高い実験プラントにおける臭素酸生成量の解析から、臭素酸の挙動と水質要因との関連性を明らかにしている。

 第8章「粒状活性炭および生物活性炭による臭素酸の除去機構の解明」では、連続実験プラントと室内実験により、臭素酸イオンの活性炭処理による除去に関する検討を行い、臭素酸イオンは新しい粒状活性炭では還元及び微量ながら吸着されて濃度が減少するものの、生物活性炭の状態ではほとんど還元されず、臭素酸イオンの長期的な除去を行うことはできないことを明らかにしている。すなわち、浄水処理においては、オゾン処理時における臭素酸イオンの生成抑制が肝要であることを示している。

 第9章「臭素酸の低減化対策とリスク評価を組み込んだプロセスの選択」では、本論文における知見を元にした考察により、臭素酸の制御に関する手法をまとめ、リスク評価の視点からプロセス管理の手法を論じている。

 第10章は「総括」であり、本論文の成果を取りまとめて示してある。

 以上のように本論文は、浄水における臭素酸のリスクを評価し、その生成制御の方法を明らかにしたものであり、都市環境工学の学術分野に大いに貢献する成果である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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