学位論文要旨



No 215151
著者(漢字) 佐久田,茂
著者(英字)
著者(カナ) サクタ,シゲル
標題(和) DVD原盤露光装置用ステージ位置制御に関する研究 : 粗微動による超精密軌跡制御と次世代姿勢センシング要素技術
標題(洋)
報告番号 215151
報告番号 乙15151
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15151号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 教授 堀,洋一
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 高精度なピット群をガラス原盤上に高精度に露光する装置が光ディスク原盤露光装置である。原盤露光装置へ摩擦駆動、粗微動制御を適用して高精度露光を達成するとともに精密制御の今後の多自由度化を見据えたSTMを用いた超精密姿勢センサを考案し、基礎性能を実証した。以下の三点に重点をおいて議論を進めた。

(1)光ディスク原盤露光装置ステージ送り系に対して摩擦駆動機構を初めて展開した。

(2)粗動・微動制御の干渉現出の理論的・実験的検証を踏まえて、粗動・微動連動制御をDVD原盤露光装置へ展開した。

(3)STMを用いた超精密角度センサを考案し、基本性能を実証した。

2.摩擦駆動

 光ディスク原盤露光装置ステージ送り系に対して摩擦駆動機構を初めて展開した。図1

は、摩擦駆動の概観である。駆動軸と駆動ロッドの接触状態を大ストロークにわたって一定状態に確保できるように駆動ロッドを左右対称に配置された駆動軸、サポートローラ、予圧ローラによって三点支持する基本構成である。図2は、ステージ微小変位応答である。位置決め分解能は5nmであった。光ディスク原盤露光装置に対して高精度位置センサとの組み合わせで適用が可能である。

3.粗動・微動連動制御

 図3は、筆者等が提案した尺取虫方式粗微動連動の制御原理図である。微動が粗動と同期をとりながら伸縮を繰り返しつつ連続的に位置決めさせる。連動時の粗動・微動間の干渉は、対象周波数が高い場合位置決め誤差として顕在化する。干渉の軽減には、(1)粗動対象周波数を下げることが可能な場合は、粗動対象周波数を下げる(2)同じステップ指令の繰返しのPTP制御のような場合は、微動指令プロファイルを予見的に変形させる、ことが有効であることを尺取虫方式粗動・微動連動を用いた装置設計・試作・実験を通して実証した。また根本的な干渉軽減には(3)微動共振周波数を上げる、ことが必要であることをモデル解析より明確にした。

4.DVD原盤露光装置の開発

 摩擦駆動要素試験、および粗動・微動制御の干渉現出の理論的・実験的検証を踏まえて、粗動(摩擦駆動)・微動連動制御をDVD原盤露光装置へ展開した。DVD原盤露光装置ではステージ指令軌跡が時間軸に対して非常に滑らかなプロファイルとなるため、粗動・微動間の干渉は無視できる。図4は、DVD原盤露光装置のモデルである。粗動・微動連動制御は、図4に示す内含する励振源などに対するロバスト性向上(外乱抑圧)に対して有効である。図5は、原盤露光装置ステージ送り系ブロック線図である。図6は開発したDVD原盤露光装置ステージ系の外観である。表1は、粗動・微動連動制御によるステージ位置制御のロバスト性向上効果をまとめたものである。図7は開発した装置による原盤のAFM像である。DVD原盤仕様トラックピッチ0.74μm±0.03μmを満たす原盤を製作できた。

 今後の位置制御では、『誤差の補正』が性能、コストの両面からみて実用的である。粗動・微動連動制御は、装置の長時間安定性、内含する励振源対策、周囲環境に左右されない位置制御などに関連して、光ディスク原盤露光装置のみならず他の超精密装置に対しても今後一層適用範囲が広がると考えられる。

5.STMを用いた角度センサ

 高精度化の一方、多自由度化の傾向にある超精密位置制御は、次世代以降の光ディスク原盤露光装置においても同様のことが言える。多自由度化のキーテクノロジーである姿勢センサとして、筆者等は複数のSTM探針を用いた角度センサを考案した。図8は、角度センサの概観である。3本のSTM探針が対象物上の参照原子を追跡することによって対象物の3つ角度変化を同時に測定できる。図9は、2本のSTM探針を用いた要素試験装置の制御ブロック線図である。図10は、ピッチング測定結果である。STMを用いた角度センサがnradの分解能を有すことを設計、試作、実験を通して実証した。

6.まとめ

 本論文の結論は以下である。

(1)DVD原盤露光装置に対して摩擦駆動機構は有効である。次世代以降の光ディスク原盤露光装置に対しても高精度位置センサとの組み合わせで展開が可能である。

(2)DVD原盤露光装置において粗動・微動連動制御は、ロバスト性向上(外乱抑圧)に対して有効である。今後の位置制御では、『誤差の補正』が性能、コストの両面からみて実用的である。光ディスク原盤露光装置のみならず他の超精密装置に対しても粗動・微動連動制御は今後一層適用範囲が広がると考えられる。

(3)DVD原盤露光装置ではステージ指令軌跡が時間に対して非常に滑らかなプロファイルとなるため、粗動・微動間の干渉は問題とならない。粗動が高い周波数領域で運動する際は問題が顕在化する。干渉の軽減には、(1)微動共振周波数を上げる(2)粗動対象周波数を下げる(3)微動指令プロファイルを予見的に変形させる(同じステップ指令の繰返しのPTP制御の場合)、ことが有効であることをモデル解析・試作・実験を通して実証した。

(4)多自由度化の傾向にある超精密位置制御は、次世代以降の光ディスク原盤露光装置についても同様のことが言える。多自由度化のキーテクノロジーである姿勢センサとして、STMを用いた角度センサを考案した。STMを用いた角度センサがnradの分解能を有することを設計、試作、実験を通して実証した。

 本研究成果の工業界への貢献として、摩擦駆動、および粗動・微動連動制御を光ディスク原盤露光装置へ適用し、1996年のDVDの発売に先立って、東芝からのDVD提案および規格統一化用のサンプルディスクの原盤製造に本装置は大きく寄与した。さらに、DVD発売以降はDVDビデオの原盤製造に本装置が用いられ、DVDの普及に威力を発揮した。

図1 摩擦駆動機構の概観

図2 ステージ微小変位応答

図3 尺取虫方式粗微動連動原理

図4 DVD原盤露光装置モデル

図5 DVD原盤露光装置送り系ブロック線図

図6 DVD原盤露光装置外観

表1 粗微動連動制御によるステージ位置制御ロバスト効果

図7 DVDピットAFM像

図8 STMを用いた角度センサ概観

図9 要素試験装置ブロック線図

図10 2本のSTM探針を用いたピッチング測定

審査要旨 要旨を表示する

 提出された論文の題目は「DVD原盤露光装置用ステージ位置制御に関する研究−粗微動による超精密軌跡制御と次世代姿勢センシング要素技術−」である.

 本論文は,DVD原盤露光装置用ステージに摩擦駆動による粗動と圧電素子による微動を連動させた高精度のPTP制御およびCP制御法を確立するとともに次世代の超精密位置決めの要素技術としてSTMを応用した姿勢センサの開発に関する研究をまとめたものである.

 第1章「序論」においては,まず情報機器における記憶装置の技術動向,社会的ニーズ,などに基づき要素技術の課題について概観し,特に超精密軌跡制御の概要を述べ,さらにDVD原盤露光装置の位置付けおよび装置概要を解説し,本研究の目的を述べている.

 第2章「DVD原盤露光装置と超精密位置制御の現状」においては光ディスク原盤露光装置の位置制御について,精度,速度,ストローク,剛性,耐久性・信頼性・環境対応性,コスト,について既存の装置の仕様を比較して目標仕様を設定し,技術的課題を明確にしている.

 第3章「DVD原盤露光装置の概要」においてはDVD原盤露光装置について,機構の構成と各部の機械的仕様,さらに要求される位置決め精度,軌跡精度,安定性などについて詳細な解説を行い,本研究の目的を明確に設定している.

 第4章「摩擦駆動の設計と要素試験」においては本研究の主要な研究成果である摩擦駆動による大ストローク駆動機構について述べている.駆動軸と駆動ロッドの接触状態を大ストロークにわたって一定状態に確保できるように,駆動ロッドを左右対称に配置し,サポートローラと予圧ローラによって三点支持する機構を設計し,位置決め分解能5nmを実現している.これは超精密位置決め技術における大きな成果であり,本論文の重要な成果の一つである.

 第5章「粗動・微動による超精密軌跡制御設計論」においては粗動アクチュエータと微動アクチュエータを組み合わせた粗動・微動連動制御について粗動機構と微動機構の質量比,固有振動数比の観点から論じ,粗動・微動連動制御による超精密位置決めに関する設計論としてまとめている.さらに,新しい制御手法として尺取り虫方式粗微動連動制御方式を提案している.この制御方式は,微動が粗動と同期をとりながら伸縮を繰り返しつつ連続的に位置決めするものである.連動時の粗動・微動間の干渉は,対象周波数が高い場合に位置決め誤差として顕在化することに着目し,干渉の軽減のために,1)粗動の位置あるいは速度指令の周波数成分を下げる,2)同じステップ指令の繰り返しのPTP制御のような場合は微動指令プロファイルを予見的に変形させる,という方式を提案し,理論解析と実験の両面からその有効性を示している.

 第6章「センサ −STMを用いた姿勢(角度)センサの設計と要素試験−」においては,超精密位置決めの次世代の要素技術として走査型プローブ顕微鏡(STM)に用いられる探針を利用した姿勢センサの設計と実験について述べている.次世代の超精密位置装置においては並進移動だけではなく,ステージの姿勢変化も高い精度で測定できることが要求される.本センサは,原子レベルの位置分解能を持つSTMの探針を3つ用い,それぞれが参照原子を追跡することにより姿勢変化を検出するものである.本センサがnradの分解能を持つことを実験により示している.

 第7章「DVD原盤露光装置の開発」においては摩擦駆動と粗動・微動連動制御の実機への応用例としてDVD原盤露光装置の開発を行い,摩擦駆動の超精密位置決めにおける優位性と粗動・微動連動制御によるロバスト性向上を実証している.摩擦駆動はサイクリックエラーが原理的に存在しない特徴があり,さらに3本の支持ローラの配置の工夫により支持剛性を高めたことにより,摩擦駆動単体での送り誤差を25nmという小さな誤差に抑えることに成功している.さらに粗動・微動連動制御により総合的な送り誤差を10nmまで小さくした。

 第8章「結論」においては本論文の成果,特に超精密軌跡制御における摩擦駆動の有効性,尺取り虫方式の粗微動連動制御の効果,STM探針を利用した姿勢センシングの成果を整理している.これらの成果は今後のDVD原盤露光装置をはじめ,各種超精密位置決め装置における重要な技術である.

 以上のように本論文はDVD原盤露光装置を具体的な対象として超精密軌跡制御の機構,制御,計測に関して新たな手法を展開しており,それらの成果は工学の進展に大きく寄与するものである.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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