学位論文要旨



No 215153
著者(漢字) 藤田,重人
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,シゲト
標題(和) 変圧器巻線の急峻波による電位振動に関する研究
標題(洋)
報告番号 215153
報告番号 乙15153
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15153号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

 Very Fast Transient(VFT)はGas Insulated Switchgear(GIS)中の断路器等を操作する際に発生する急峻波サージで、急峻な立ち上がりと振動波形を特徴とする。その典型的な波形は立ち上がりが0.1μs以下で、数MHzの周波数の振動波形が数十μs続く。変圧器にVFTが侵入すると、特に変圧器がGISに直結する場合、巻線内に高周波電位振動が発生する。VFTにより、変圧器やGIS等の変電機器に発生する高電圧をVery Fast Transient Overvoltage(VFTO)と呼ぶ。

 変圧器巻線内の電位振動、特に雷サージによる電位振動はかねてより変圧器にとって重要な問題の一つであり、多くの研究と対策がなされてきた。雷サージは、電圧の立ち上がりが1.2μsで、波尾長が50μsの単極性パルスの試験電圧波形で代表される。VFTは雷サージと比較して高周波であり、変圧器巻線に引き起こす電位振動の周波数もMHz程度とより高周波になる。このような変圧器巻線内の高周波電位振動の振る舞いについては十分に知られていない。

 本論文は、高電圧巻線が静電板と鉄心で囲まれる構造をもつ外鉄形変圧器の巻線内の高周波電位振動に関するものである。更に変電所においてVFTが外鉄形変圧器に侵入した際の巻線に対する影響について議論する。

 第一に、実変圧器巻線と比較して構成が単純な、静電板に挟まれた2枚と4枚のモデルコイルを用いて、変圧器巻線内の高周波電位振動現象について調べた。実験では、これらのモデルコイルに1周期の正弦波パルスと連続正弦波を正弦波成分の周波数を5MHzまで変化させて印加し、コイル接続部電圧とターン間発生電圧の測定を行った。これらの測定には、ターン間発生電圧の直接測定を可能にする光ファイバ・アイソレーション・システム(Sony-Tektronix A6904S)を用いた。

 正弦波パルスを印加した場合、測定されたコイル接続部の電圧は、容量性電位分布の計算から得られた両端のコイルの電圧の中間の値となる。このことからコイルの電位は容量性電位分布に従うと考えられる。

 一方、コイルの巻始めと終りでは、コイルとコイル接続部の電位差により進行波が発生し、コイルターン間を伝搬する。これらの進行波はターン間の絶縁物を伝搬する電磁波と解釈できる。実験から得られた進行波の伝搬速度は184m/μsで、伝搬する媒体の比誘電率はε=2.6となる。この値は、ターン間の絶縁物の比誘電率と一致する。

 連続正弦波を印加して得られるターン間発生電圧の周波数特性には、いくつかのピークが見られる。これらのピークは、ターン間を伝搬する進行波の重ね合せにより発生すると考えられる。

 第二に変圧器巻線内の高周波電位振動の解析方法を提案した。変圧器巻線内の高周波電位振動は、パルス印加の際に容量性電位分布となるコイルの電位と、コイルとコイル接続部の電位差により発生し、コイルターン間を伝搬する進行波から構成される。伝送線路モデルは、これら二つの要素を考慮する。単導体伝送線路モデルは計算が単純であるという特徴をもつ。多導体伝送線路モデルは計算が複雑になるが、より詳細で正確な解析を可能とする。これらの特徴を生かし、第一に容量性電位分布を考慮する単導体伝送線路で巻線全体を模擬して、各々のコイルに侵入するサージ電圧を計算する。次に注目するコイルを多導体伝送線路で模擬して、これに先に得られたサージ電圧を印加することによりコイル内の詳細な電位振動を解析する方法を提案した。この方法により先に述べたモデルコイルの電位振動を解析した結果、正弦波パルス印加の場合、ターン間発生電圧波形は、形と大きさが実験結果と一致した。しかし、周波数領域の解析では実験と完全な一致は得られなかった。

 第三に油を抜いた状態の500kV級外鉄形実変圧器巻線を用いて電位振動の実測と単導体伝送線路と多導体伝送線路を併用する解析を行った。

 実変圧器巻線内の電位振動は、モデルコイルの場合と同じく、パルス印加の際に容量性電位分布となるコイルの電圧と、コイルの巻始めと終りに発生し、ターン間を伝搬する進行波から構成される。図1に2MHzの正弦波パルスを印加した場合のターン間発生電圧波形を示す。この図から波形"a"が、コイルの巻始めに発生して巻終りに向かって伝搬していき、波形"b"が、コイルの巻終りに発生して巻始めに向かって伝搬していく様子が見られる。この二つの進行波の伝搬速度は177m/μsであり、これらを電磁波と考えた場合の伝搬媒体の比誘電率はε=2.87となる。この値は油が染み込んだ紙の比誘電率と一致する。

 図2に2MHzの正弦波パルスを印加した場合のターン間発生電圧波形の解析結果を示す。ターン間発生電圧波形の形と大きさが、図1の実験結果と一致していることがわかる。

 この変圧器巻線に連続正弦波を印加して得られた1-2ターン間発生電圧の周波数特性には、モデルコイルの場合と同様、いくつかのピークが見られた。これらのピークの中で最大のものは、4.2MHzに現れるピークで、大きさは印加電圧の0.27倍であった。

 最後に変圧器に侵入するVFTの急峻な立ち上がりと振動波形について、変電所の回路構成をパラメータとしてラプラス変換を用いた解析を行った。更に、VFTが変圧器に侵入した際の巻線に対する影響について、先に述べた500kV級外鉄形実変圧器巻線についてケーススタディを行った。

 変圧器に侵入するVFT波形の電圧の立ち上がりの大きさは最大で2p.u.となる。パルス印加の際にコイルターン間に発生する電圧は、図1から印加電圧の0.04倍である。よって、VFTの立ち上がりによりターン間に発生する電圧は、最大で0.08p.u.になると予想される。これを実電圧に直すと32.7kVとなる。

 VFTの振動波形を構成する高調波の周波数は、GIS母線の長さと変圧器の静電容量で決まる。ここでは、第1高調波を基本波と呼ぶことにする。変圧器に侵入するVFTの高次の高調波の振幅は、基本波と比較して十分に小さく変圧器巻線に与える影響は限定される。

 VFTの振動波形により変圧器巻線に発生する電圧について、偶然にもVFTの振動波形の基本波の周波数が、先に示した500kV級外鉄形実変圧器巻線のターン間発生電圧の周波数特性に現れるピークの周波数と一致した場合について考える。この場合、ターン間に発生する電圧が最大になるのは、VFTの振動波形の基本波の周波数が4.2MHzのピークの周波数と一致した場合で、発生する電圧は0.133p.u.となる。これを実電圧に直すと54.3kVとなる。

 典型的な500kV変圧器のターン間の耐電圧は、雷インパルスに対して100kVで、急峻な振動波形に対しては絶縁耐力が25%向上する。そのため、この変圧器の場合、VFTの侵入に対してターン間の絶縁には問題は生じない。この例のように通常は、外鉄形変圧器の場合、VFTの振動波形の基本波の周波数がターン間発生電圧のピークの周波数と一致した場合でも問題はないと考える。

 ただし、VFTの基本波の振幅は周波数が低くなると大きくなる。そのため、低周波領域にターン間発生電圧の大きなピークがある変圧器の場合は注意を要する。

図1 500kV実変圧器巻線のターン間発生電圧の測定結果

図2 500kV実変圧器巻線のターン間発生電圧の解析結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「変圧器巻線の急峻波による電位振動に関する研究」と題し、ガス絶縁変電設備における断路器操作の際などに発生する、急峻な立ち上がりと数MHzに及ぶ高い周波数の振動成分をもつサージ(VFT)が、変電設備内の外鉄形変圧器に侵入した際に生じる現象についてとりまとめたもので、6章より構成される。

 第1章は緒言で、電力用大型変圧器の巻線構造から説き起こし、巻線内電位振動の基本的な考え方と外鉄形変圧器が電位振動対策において有利な理由を述べ、これまでの内外での研究経過と本研究の意義を明らかにしている。

 第2章は「変圧器コイルの高周波電位振動現象について」と題し、外鉄形大型変圧器のコイルの一部をほぼ忠実に再現した実物大のモデルを用いて、数MHzに至る周波数領域におけるコイルの対地電圧、隣り合う導体間に生じる電圧の周波数特性、パルス入力に対する時間領域の応答を実測し、この周波数領域において生じうる電位振動の発生機構を提案している。

 第3章は「変圧器巻線内高周波電位振動の解析」と題し、前章で提示した電位振動の発生機構にもとづいた巻線の詳細な回路モデルを提案し、実験結果の計算による再現を試みている。その結果、パルス入力に対する時間領域の応答を忠実に再現することに成功した。

 第4章は「500kV級実変圧器巻線の高周波電位振動」と題し、実物の外鉄形500kV単巻変圧器の巻線に生じる電位振動について、第2章と同様な測定を行い、現象がモデルコイルの場合と同じ機構で説明できることを確認した。また第3章で提案した回路モデルを用いて計算した結果を実測結果と比較し、パルス入力に対する時間領域の応答は両者がよく一致することを示した。さらに、周波数応答の計算結果がモデルコイルでの場合と同様、実測とややずれる理由について考察している。

 第5章は「変電所におけるVFTOの変圧器巻線に対する影響について」と題し、ガス絶縁変電設備におけるVFTの発生機構について解説し、低損失の同軸ケーブルで模擬される母線と断路器からなるガス絶縁開閉装置(GIS)と、変圧器が組み合わされた構成でのVFTの波形を解析し、GISの母線長、断路器位置が変圧器に侵入するVFTの波形、大きさ、高周波振動周波数に及ぼす影響を定量的に明らかにし、波形の急峻な立ち上がり部分よりも、持続する高周波振動の方が変圧器巻線の絶縁に脅威になりうることを示して、GISの構成に関する注意を喚起している。

 第6章は「結言」で,本論文の成果を総括している。

 以上これを要するに本論文は、断路器等の動作によって生じる数MHzに及ぶ基本周波数をもつ振動性サージにより生じる外鉄形変圧器巻線内電位振動の発生機構を解明し、回路モデルによる電位振動の解析方法を提案してその有効性を実証したもので、大型変圧器の絶縁信頼性向上に寄与し、電気工学、特に電力工学上、貢献するところが少なくない。

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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