学位論文要旨



No 215156
著者(漢字) 大石,浩
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,ヒロシ
標題(和) ポリスチレン−ポリエステルブロック共重合体による多成分高分子のモルフォロジーと物性制御
標題(洋) Control of Morphology and Properties in Multicomponent Polymers Based on Polystyrene-Polyester Block Copolymers
報告番号 215156
報告番号 乙15156
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15156号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 教授 早川,禮之助
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 伊藤,耕三
内容要旨 要旨を表示する

 異なる高分子鎖が化学的に結合したブロック共重合体は、構成高分子の加性的な物性のみならず、独自のミクロ相分離構造に起因する相乗的な物性をも発現することができる。さらに添加剤として応用すると、高分子材料の表面改質機能や、非相溶な多成分高分子の相溶化機能を発現できる。著者らは、ブロック共重合体のかかる機能に着目し、ポリスチレン−ポリエステル(PS-PAr)ブロック共重合体を研究開発してきた。本論文は、PS-PArブロック共重合体の機能設計から、重合設計、高次構造制御による機能発現、非相溶多成分高分子系への添加剤としての応用提案に至る包括研究に関する。

 本論文は、2部構成される。第1部(第2-5章)ではPS-PArブロック共重合体の光学機能を設計し、新規な重合法を提案した。そして本ブロック共重合体の幾何学構造(タイプ、各セグメント長、純度)、モルフォロジーと光学特性および機械特性との相関を解析し、透明で光学異方性が低く、かつ機械特性に優れたPS-PArブロック共重合体の開発に成功した。第2部(第6-8章)ではブロック共重合体の1つのセグメントをリアクティブプロセシングでの反応基として応用する新規コンセプトを提案した。PS-PArブロック共重合体のPAr鎖を反応基として利用し、複数のエンジニアリングプラスチック(EP)ブレンド系の物性改善を試みた。この結果、本ブロック共重合体を少量添加することにより、これらの系の高次構造制御を微細化して物性を改善できることが実証され、産業応用ポテンシャルを有する新規高機能ポリマーブレンド材料を複数提案した。

<第1部 PS-PArブロック共重合体の高次構造コントロールによる物性制御研究>

 精密光学部品での要求特性(透明かつ低複屈折)に対応するため、図1-1に示すポリスチレン(PS)−ポリアリレート(PAr)ブロック共重合体を設計した。PS(付加重合ポリマー)とPAr(縮重合ポリマー)とは重合機構が異なるため、PSとPArとをブロック共重合化する一般手法は確立していなかった。第2章では、以下の3ステップからなるPS-PArブロック共重合体の新規な合成法を確立し、PS-PArブロック共重合体を高反応率(HO-PS-Oの反応率>70%)で、安定して重合することに成功した。

 Step 1両末端カルボン酸ポリスチレン(HOOC-PS-COOH)の重合、

 Step 2カルボキシル基のフェノール基への変換(HO-PS-OH)、

 Step 3HO-PS-OHとPArとのブロック共重合化反応。

 さらに、本反応系では、Step 1からStep 3まで1ポット(中間生成物の単離なく)でPS-PArブロック共重合体を重合することも可能で、産業への高い応用ポテンシャルを有する。また、本反応設計コンセプトは、他の付加重合ポリマーと縮重合ポリマーとのブロック共重合化にも一般化できる。

 PS,PArともに透明で、各々側鎖と主鎖にフェニル基を有するため逆符号の配向複屈折を示す。従ってPSとPArとを複合化すると、透明でかつ双方の複屈折を相殺した低複屈折材料が期待できる。しかし、PSとPArは非相溶なので、透明材料をうるためにはブロック体のように両セグメント間にを化学的に結合し、相分離構造をミクロに制御することが必要である。

 第3章では、PS-PArブロック共重合体の幾何学構造を考察した。付加重合ポリマーと縮重合ポリマーとからなるブロック共重合体では、重合過程が確率に支配されるため、種々の幾何学構造を有するブロック共重合体が生成していると予想される。しかしながら、これらのブロック共重合体を分別精製することは実験上不可能であるため、これらは物性の重要支配因子であるにも関わらず、十分に議論した研究例はなかった。本研究では重合動力学シミュレーションモデルを構築し、PS-PArブロック共重合体の幾何学構造を予想した。シミュレーションの結果、PS-PArブロック共重合体のPArセグメントの鎖長は副反応で生成するホモPArの鎖長にほぼ等しいこと、80wt%以上がマルチタイプのブロック共重合体であることが判明した。本結果に基づき、第4章でPS-PArブロック共重合体の幾何学構造とモルフォロジーおよび光学特性との相関を明確にした。

 第4章ではPS-PArブロック共重合体の高次構造と光学特性との関係を研究した。PS-PArブロック共重合体の透明性は分散相による散乱に支配され、分散相の粒径はPS-PArブロック共重合体の純度に依存することを見出した。一方、複屈折はPS/PAr組成のみならず各々の鎖長、成形条件に依存した。本結果は、PS-PArブロック共重合体が相分離構造を形成するため、射出成形時に各セグメントが異なる応力、冷却履歴を受けている故と推論でき、複屈折を低減するためには成形条件に応じてPS/PAr組成および各々の鎖長を最適化しなければならないことが判明した。以上の結果に基づき、重合条件設計によりブロック共重合体純度、セグメント長および組成比を最適域に制御し、透明かつ複屈折を低減したPS-PArブロック共重合体の重合に成功した。さらに、従来研究では、非相溶ポリマー系での複屈折挙動は実験的に殆ど検証されていなかったが、本研究によりその挙動が明確になった。

 第5章では、PS-PArブロック共重合体のセグメント間の相溶性をコントロールして機械強度を制御する新規コンセプトを提案した。セグメント間の相溶性を改善する手法としてランダム共重合体の排斥効果コンセプトが応用され、アクリルニトリル(AN)をPS鎖に導入したSAN-PArブロック共重合体を重合した。SAN/PAr間の相溶性およびブロック共重合体の機械特性との相関解析の結果、セグメント間の相溶性の増加とともに機械特性が増加すること、相溶性が最大になるS/AN組成近傍で、破壊メカニズムも脆性破壊から靭性破壊に変化することが実証された。さらに、DMAおよびパーコレーションモデルの結果により本変化の理由を考察した結果、界面層体積率の増加によりマトリックスがPS相(脆性相)からSANとPAr(靭性相)の共連続相に変化したことに起因する可能性が高いことが判明した。ランダム共重合体の排斥効果コンセプトはブレンド系では数多くの応用例があったが、ブロック共重合体のセグメント間の相溶性制御に応用した例はなかった。本研究により本コンセプトがブロック体の物性改質に有効であることが示された。

<第2部 PS-PArブロック共重合体の応用研究>

 第6章では、PS-PArブロック共重合体をポリカーボネート(PC)の成形改質剤として応用した。PS-PArブロック共重合体とポリカーボネート(PC)とを溶融混練すると、PAr鎖/PC間のIn-situでのエステル交換反応が進行し、PS分子とPC分子とが化学的に結合した。この結果、PS分散相径を完全に可視光波長以下に制御でき、PCと同レベルの透明性を発現した。さらにPS相により溶融粘度および100℃近傍でのヤング率を低減できた。この結果、PS-PArブロック共重合体/PCブレンドは、PCよりも低い溶融・金型温度で射出成形しても低残留複屈折と精密なグルーブ転写が達成できた。本ブレンド系は、より厳密な複屈折制御と加工精度が要求される高記録密度光ディスク基板への応用ポテンシャルを有する。

 第7章では、PS-PArブロック共重合体をHIPS(High Impact Polystyrene)/PCブレンドの相溶化剤として応用し、上述のIn-situ反応により有効に当該ブレンドの相溶化剤機能を発現することを実証した。当該ブレンドは流れ方向と垂直断面とで異方的なストリング状の相を形成した。流れ方向にはアスペクト比36以上の高度に伸長した相を形成したのに対し、垂直断面では規則正しい共連続相を形成した。当該ブレンドの引張特性を解析した結果、各々の相の並列モデルで説明できることを見出した。一方、衝撃特性は、ストリング状相のサイズに依存し、1μm以下に制御したときにPCと同等以上の衝撃強度を達成した。ストリング状相のサイズは、添加するPS-PArブロック共重合体の重量比、せん断応力、HIPS内のゴム粒径により制御でき、PCと同等以上の衝撃強度を得るための制御条件を見出した(重量比:3-5wt%,せん断応力:675/s,ゴム粒径<1μm)。

 第8章では、SAN-PArブロック共重合体をポリアミド(PA-6)/ABS(Acrylonytryl-Butadiene-Styrene共重合体)の相溶化剤として応用し、有効に相溶化剤機能を発現することを実証した。3-5wt%のSAN-PArブロック共重合体を添加することにより、分散ABS相径を1μm以下のに制御できた。この結果、PA-6/ABSブレンドの耐衝撃強度は4倍以上に増加した。溶媒抽出および低分子とのモデル実験の結果、SAN-PArブロック共重合体のPAr鎖がPA-6の末端−NH2基と混練中にIn-situで交換反応し、SAN-PAr/PA-6共重合体が生成することが判明した。本結果より、SAN-PArブロック共重合体は、SAN鎖、PAr/PA-6鎖(元来PA-6とPArとは非相溶であるが)を各々ABSのSANマトリックス相およびPA-6相のアンカーとして機能して、PA-6/ABSブレンドを相溶化していると推定される。

 以上、本研究はポリスチレン−ポリエステルブロック共重体の機能設計から応用研究に至る包括的研究である。本研究を通じて、重合形態の異なるポリマー間の新規な共重合化手法、重合動力学モデルによるブロック共重体の構造予想、不均一ポリマー系での光学挙動の明確化、セグメント間の相溶性コントロールによるブロック共重合体の物性制御、さらにブロック共重合体の一つのセグメントを反応基として応用する新規なリアクティフプロセシングなどの新規コンセプトを提案した。さらに、本新規コンセプトに基づき、透明で光学異方性の小さく、かつ機械特性に優れたPS-PArブロック共重合体や新規高性能ポリマーブレンドが複数開発した。これらの結果は、多成分高分子をはじめとした高分子材料の物性発現メカニズムの解明や新規材料開発研究に応用展開できるものと期待できる。

Fig.1-1.Molecular design for PS-PAr block copolymer

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ポリスチレン−ポリエステルブロック共重体の機能設計から、重合手法の確立、高次構造コントロールによる物性制御、応用研究に至る包括研究に関して報告している。

 本論文は9章よりなる。

 第1章は緒言であり、多成分高分子の重要性、その中でもブロック共重合体の機能面での優位性が述べられ、「ポリスチレン(PS)とポリアリレート(PAr)とをブロック共重合化することにより、透明で光学異方性の小さいポリマーを開発する、さらに本ブロック共重合体を非相溶な多成分高分子の反応型相溶化剤に応用し、新規な高性能高分子材料を提示する」という本研究の目的と、全体の構成が述べられている。

 第2章では、3ステップからなるPSとPArとの新規なブロック共重合化手法が提案されている。従来のPS-PArブロック共重合化手法では、重合素過程での中間生成物が不安定であり、純度の高いブロック共重合体を得る事が困難であった。本重合法では中間生成が非常に安定であり、かつ比較的マイルドな条件下で重合できる。この結果、中間生成物を単離精製することなくワンポットでも純度の高いブロック共重合体を重合でき、産業応用にも高いポテンシャルを有する。さらに本法は付加重合型と縮重合型ポリマーからなる他のブロック共重合体の重合にも応用展開できる。

 第3章では、第2章で重合したブロック共重合体の幾何学構造(タイプ、セグメント長、純度)を考察している。付加重合ポリマーと縮重合ポリマーとからなるブロック共重合体では、重合過程が確率に支配されるため、種々の幾何学構造を有するブロック共重合体が生成していると予想される。しかしながら、これらのブロック共重合体を分別精製することは実験上不可能であるため、十分に議論した研究例はなかった。本章では、重合動力学シミュレーションモデルを構築し、シミュレーション結果によりPS-PArブロック共重合体の幾何学構造を予想している。さらに、本結果に基づき、PS-PArブロック共重合体の幾何学構造と光学特性の相関を第4章で考察している。

 第4章では、PS-PArブロック共重合体の高次構造と光学特性との相関を研究し、透明で光学異方性の低いPS-PArブロック共重合体の重合条件を設計している。PS-PArブロック共重合体の透明性は分散ドメインによる散乱に支配されること、分散ドメインの粒径はブロック共重合体の純度に依存することを見出した。さらにPS-PArブロック共重合体の複屈折挙動を解析し、PS-PArブロック共重合体のような相分離系では、出成形時に各セグメントが異なる応力、冷却履歴を受けていること、この結果、複屈折を低減するためには成形条件に応じてPS/PAr組成および各々の鎖長を最適化しなければならないことを見出した。本結果に基づき、当該研究系に対応した鎖長および組成の最適化し、かつ高純度を達成できる重合条件を設計し、透明かつ光学異方性の低いPS-PArブロック共重合体の重合することに成功している。従来研究では、非相溶ポリマー系での複屈折挙動は実験的に殆ど検証されていなかったが、本研究によりこの挙動が明確になった。

 第5章ではPS-PArブロック共重合体のセグメント間の相溶性をコントロールして機械強度を制御する新規コンセプトが提案されている。セグメント間の相溶性を改善する手法としてランダム共重合体の排斥効果コンセプトが応用され、アクリルニトリル(AN)をPS鎖に導入したSAN-PArブロック共重合体を重合した。SAN/PAr間の相溶性およびブロック共重合体の機械特性との相関解析の結果、セグメント間の相溶性の増加とともに機械特性が増加すること、相溶性が最大になるS/AN組成近傍で、破壊メカニズムも脆性破壊から靭性破壊に変化することを実証した。さらに、著者はこの理由を考察し、相溶性の増加によるマトリックスの変化(PS相(脆性相)からSANとPAr(靭性相)の共連続相に変化)に起因する可能性が高いことを示した。

 第6-8章では、PS-PArブロック共重合体のPAr鎖を反応基として応用する新規リアクティブプロセシング概念による応用研究が記述されている。第6章では、PS-PArブロック共重合体をポリカーボネート(PC)の成形改質剤に応用している。PS-PArブロック共重合体とポリカーボネート(PC)とを溶融混練すると、PAr鎖/PC間のIn-situでのエステル交換反応が進行し、PS分子とPC分子とが化学的に結合する。この結果、PS分散相径を完全に可視光波長以下に制御でき、PCと同レベルの透明性を発現した。さらにPS相により溶融粘度および100℃近傍でのヤング率を低減できた。PS-PArブロック共重合体/PCブレンドの射出成形特性を解析し、PCよりも低い溶融・金型温度で射出成形しても低残留複屈折と精密なグルーブ転写が達成できることを見出した。

 第7章では、HIPS(High Impact Polystyrene)/PCブレンドの相溶化剤に応用している。上述のIn-situ反応により、PS-PArブロック共重合体が当該ブレンドの相溶化剤として有効であることを実証した。さらに、当該ブレンドの高次構造を解析し、流れ方向に強く配向したストリング状相を形成していること、ストリング状相のサイズは添加するPS-PArブロック共重合体の重量比、せん断応力、HIPS内のゴム粒径により制御できることを示した。次に機械特性との相関を解析し、引張特性はストリング状相のサイズに依存せず、相の並列モデルで挙動を説明できることを示した。一方、衝撃特性はストリング状相のサイズに依存することを見出し、上記条件の最適化によりPCと同等以上の衝撃強度を達成した。

 第8章では、ポリアミド(PA-6)/ABS(Acrylonytryl-Butadiene-Styrene共重合体)の相溶化剤として応用し、少量の添加で当該ブレンドの衝撃特性を大幅に増加できることを実証した。さらに本ブロック共重合体による当該ブレンドの相溶化メカニズムをモデル実験により解明した。

 第9章は本論文の結言であり、本研究で得られた新規コンセプトと新規高機能ポリマーを総括し、今後の応用展開についての展望が述べられている。

 以上を要するに、本研究ではポリスチレン−ポリエステルブロック共重体の機能設計から応用研究に至る包括的研究を通じて、重合形態の異なるポリマー間の新規な共重合化手法、重合動力学モデルによるブロック共重体の構造予想、不均一ポリマー系での光学挙動の明確化、セグメント間の相溶性コントロールによる物性制御法、さらにブロック共重合体のセグメントを反応基として応用する新規なリアクティフプロセシングなどの新規コンセプトが提案されている。さらに、本新規コンセプトに基づき、透明で光学異方性の小さく、かつ機械特性に優れたPS-PArブロック共重合体や新規高性能ポリマーブレンドが複数開発されている。これらの業績は、多成分高分子をはじめとした高分子材料の物性発現メカニズムの解明や新規材料開発研究に貢献でき、物理工学、高分子工学に寄与することが大きいものと評価できる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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