学位論文要旨



No 215159
著者(漢字) 領家,邦泰
著者(英字)
著者(カナ) リョウケ,クニヤス
標題(和) 圧砕方式を採用した硬岩自由断面掘削機の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 215159
報告番号 乙15159
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15159号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 佐藤,光三
 東京大学 助教授 加藤,泰浩
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

 近年、トンネル施工が都市部近郊において行われる場合や、既設構造物に近接あるいは隣接・交差するなどの施工条件が増加してきている。また、エネルギー資源や放射性廃棄物などを岩盤を利用して地下貯蔵する施設などの検討が行われ、掘削工法として空洞周辺地山のゆるみ・損傷を最小限に抑えることが要求されるようになってきている。

 硬岩トンネルの掘削は通常、発破工法により施工されている。上記のような条件下では、発破により生じる振動、騒音、低周波の影響が環境問題上あるいは構造物の損傷、供用施設の運用妨害等として問題となることがあり、発破の使用が厳しく制限を受ける。こうした場合の対策工法には、制限・制御発破や無発破工法として割岩工法、機械掘削が用いられてきた。各工法には、施工条件に対する適応性と硬岩対応性において次のような課題がある。

 制限・制御発破による振動低減度合は20〜50%程度、騒音・低周波低減は30dB程度であり制約条件をクリアできない場合がある。また発破工法そのものが採用できないこともある。割岩工法は、岩盤の一次破砕に用いられる。硬岩対応性はあるが自由断面形成に多大な時間を要し、掘進速度が遅く掘削コストが高い。ブーム式掘削機は、実用的適用範囲が岩盤一軸圧縮強度100MPa程度であり、100MPa以上の亀裂の少ない岩盤では掘削能率が低下し、ピック消費量、掘削コストが増大する。TBMは、硬岩対応性は十分であるが掘削断面形状が円形に限定され、かつ機械費が高く、運搬・組立・解体コストが高いため延長の短いトンネルでは掘削コストが高くなり経済的に適用が困難となる。また掘削径変更の自由度が小さい。油圧ブレーカは、単独掘削における地質適用範囲が狭く、亀裂の少ない岩盤では一軸圧縮強度50〜60MPaが限界である。モービルマイナーは、硬岩対応能力は高いが掘削断面は天端と底盤がフラットで角の丸い長方形のみであり、カッタホイールのスウィングブームジャッキの制御技術や振動吸収技術が確立していない。Bouygues式TBMは、中硬岩〜硬岩の掘削能力はブーム式掘削機程度であり、掘削断面は円形断面のみで大断面掘削に適さない。Undercutting Methodは、結晶質の硬岩での掘削効率が課題であり、非円形断面を掘削できるが限定された断面形状のみであり大断面トンネルへの適用は困難である。以上から、次の結論が得られた。

 「中硬岩〜硬岩(一軸圧縮強度=50〜250MPa程度)からなる地山に高速道路トンネルクラス(約50〜80m2程度)の断面を、経済的かつ効率的に自由な断面形状で掘削できるトンネル掘削機が存在しない」。

 また、トンネル施工は特殊な労働条件であり、危険を多く伴う作業であるとの認識があり、今後の技術者不足への対応上から、作業の安全性、坑内作業環境良化、省力化、危険・苦渋作業の根絶のため、トンネル施工は高度な機械化と自動化が要求されている。

 所定の掘削能力と掘削精度を確保できる硬岩自由断面掘削機を実現するためには、硬岩対応性の高い掘削機構、掘削時の掘削反力の取り方、マシンの剛性・強度、カッター部の移動制御と振動吸収等の問題点を克服する必要があった。

 今回の研究により、以下の特徴と性能を持つ硬岩自由断面掘削機を完成させた。

(1)クローラ式レンジングヘッド型式でディスクカッタによる圧砕方式を採用し、一軸圧縮強度50〜250MPa程度の岩盤を掘削断面積約50〜80m2の自由な断面形状で全断面掘削が可能である。純掘削能力は、一軸圧縮強度150MPaの花崗岩の場合で24.3m3/hr(最大掘削能力試験結果では31.35m3/hr)である。従来のブーム式掘削機の実用的適用範囲が一軸圧縮強度100MPa程度であるのに対し、開発機ではその掘削機構から考えて範囲を250MPa程度まで拡大し、さらに300MPa程度でもカッタ貫入量とカーフ間隔を調節することで対応可能である。掘進速度は、一軸圧縮強度100〜150MPaの範囲では割岩工法やブーム式掘削機に比べ3倍以上となる。

(2)PLC(Programmable Logic Controllers)による自動掘削制御により、掘削時のカッタホイール移動制御と振動吸収システムにより所定の掘削精度と掘削能力を保ちながら、一掘進中のグリッパの盛替えを含むマシンの移動・セットの繰り返し、カッタホイールの移動・停止、方向・姿勢制御、ずり積込み等、一連の掘削運転操作を無人運転可能とした。

(3)カッタホイールによる掘削で円滑な掘削断面が得られ、かつ形成される球面形状切羽の地山安定効果により、地山のゆるみと損傷を最小限に抑えることができ、一次支保の低減化が可能となる。

(4)掘削時の粉じん対策にダストシールドと集じん機の組合せが用いられ坑内環境が良化し、さらに自動掘削と支保低減化により切羽作業が減少し、安全性が大幅に向上するなど、施工環境が改善される。

 次に、完成した開発機の特性を基に、掘削効率をより向上させる研究を行った。第一は、岩盤物性評価と掘削効率向上化である。開発機の掘削データから求めた掘削体積比エネルギー分布が切羽で調査した岩盤物性分布と一致し、岩盤の硬軟特性変化を良く反映することを示した。掘削体積比エネルギーを指標とする岩盤物性評価をリアルタイムに行い切羽岩盤の硬軟分布を求め、その分布に合わせた切り込み深さとカーフ間隔を最適な組合せに自動設定することで掘削効率向上化を可能とする方策を確立した。また、掘削体積比エネルギーのトンネル進行方向分布を求めることで機械的方法による地質構造の可視化が可能となり、外挿的に切羽前方岩盤の変化を予知し、事前に軟弱部に対する補助工法や一掘進長の短縮化などの対処により、地質的トラブルによる掘削効率低下の最小限化も可能となることを示した。こうした手法は、TBMでは困難であり、ブーム式掘削機においては実施されていない当開発機特有のものであり、今後の機械掘削工法の方向性を示すものである。

 第二に、通常のトンネル掘削機ではごく稀にしか実施されていない振動測定を開発機において実施した。設計段階より使用してきたマシン性能と掘削時挙動を分析するシミュレーションプログラムについて、測定結果により得たマシンパラメータを用いて、開発機の特性に合わせたコードの変更を行い、今後のマシンに新たに構造的設計変更を検討する場合や異なる岩盤の掘削を行う場合の予測ツールとした。同プログラムを用いて、トンネル形状、岩盤強度と岩質、最大カッタ貫入力等を入力して、最適運転ポイントとなる貫入量とカーフ間隔の組合せを求める方法を提案し、岩盤強度別に最適な組合せを求めた。岩盤強度と掘削効率最適化との関係では、貫入量の影響は小さく、カーフ間隔を岩盤強度に合わせて変化させることが効果的であることを指摘した。

 最後に、開発機のカッタホイールによる掘削では、切羽形状が球面の一部を組合わせたこれまでにない形であることから、球面切羽の切羽安定効果と機械掘削では発破工法に比べ地山の緩み、損傷が少ないことの検証を試みた。軸対象モデルによる逐次掘削弾塑性有限要素法解析結果からは、球面切羽形状は通常の平面形に対し切羽の押し出し変形量で約18%、Druker-Pragerの破壊基準から想定した地山のゆるみ範囲は約59%各々減少する結果が得られた。掘削時に行った切羽前方弾性波速度検層の結果からは、地山ゆるみ領域判定深度は約1.5mであり、発破工法に比べ半分以下であることが検証された。この結果に基づき一次支保低減化を試み、計測によりその妥当性を確認した。トンネル掘削後の地山と支保の変形、支保部材断面力ともに許容範囲内に収まり、支保構造として適切であることが確認された。

 以上、開発した掘削機の硬岩対応性と自動運転制御、岩盤物性評価手法などの技術は、一般のトンネル施工においても応用可能なものである。

審査要旨 要旨を表示する

 領家邦泰氏により提出された論文には,比較的強度の高い岩石を対象として,任意形状の岩盤内構造物に適用できる,圧砕方式を採用した硬岩自由断面掘削機の開発経緯と同機の使用実績,さらに将来展望がまとめられている.

 本論文の序論では,無発破工法技術が必要とされる背景,および従来技術の現状と課題を踏まえて,硬岩自由断面掘削機の開発に取り組む目的が述べられている.

 第2章では,まず発破工法の周辺に及ぼす影響と規制の実態をまとめ,次に従来工法を分類し,各工法の開発の歴史や機構,施工方法,特徴,硬岩対応に関する掘削能力の実績を調べ各々の問題点と課題を整理している.そして従来工法の硬岩掘削に対する適用性と問題点を,岩盤一軸圧縮強度を尺度とした比較表にまとめ,この結果,中硬岩〜硬岩(一軸圧縮強度50〜250MPa程度)からなる地山に高速道路トンネルクラス(約80m2)の断面を,経済的かつ効率的に自由な形状で掘削できるトンネル掘削機が存在しないことを示している.

 第3章では,掘削機構としてディスクカッタによる圧砕方式を採用することにした理由,硬岩に自由断面形状を掘削できる掘削機の開発には基本構造が最重要課題であることが述べられている.さらに開発目標の設定,開発方法と実施内容が述べられている.

 第4章では,開発機の掘削性能試験と実施工を行った高取山(北行)トンネルの工事概要,地質概要,施工概要が述べられている.性能確認試験の結果をまとめるに当り,まず実施工程と岩盤状況が示され,次に初期掘進段階で発生したトラブルと改造内容が述べられている.掘削性能のまとめから,純掘削能力は,平均一軸圧縮強度150MPaの花崗岩において24.2m3/hrと設計時想定値を上回る能力が確認でき,その他の機能も目標をクリアし従来のブーム式掘削機との比較において優れた結果を得たことが示されている.

 第5章では,掘削体積比エネルギーが,岩盤物性評価の指標となり得る可能性が示されている.次にこれを用いて開発機の掘削効率を向上させる方策の提案と,開発機の振動測定結果とコンピュータシミュレーションプログラムのキャリブレーション経過がまとめられている.さらに,球面形状切羽安定化効果と地山のゆるみ領域について,数値解析結果と切羽前方弾性波速度検層による検証結果が示されている.

 硬岩トンネルの掘削は通常,発破工法により施工されてきた.近年,発破により生じる振動・騒音・低周波が周辺環境や近接構造物,周辺地山への影響が問題とされ,発破工法の使用が厳しく制限される場合が多くなっている.従来用いられてきた対策工法では,こうした条件のトンネルを効率的かつ経済的に掘削するには課題が多く残されていた.特に,機械掘削では硬岩を自由な断面形状で効率よく掘削できる技術が確立されていなかった.本論文は,この技術の空白部分を埋めるべく,硬岩自由断面掘削機の開発とその性能を確認することを目的としており,今回の研究成果として,以下の特徴を持つ硬岩自由断面掘削機を開発した.

1) クローラ式レンジングヘッド型式でディスクカッタによる圧砕方式を採用し,一軸圧縮強度50〜250MPa程度の岩盤を掘削断面約50〜80m2の自由な断面形状で全断面掘削できる.純掘削能力は,一軸圧縮強度150MPaの花崗岩の場合で24.2m3/hr(最大掘削能力試験結果では31.35m3/hr)である.従来のブーム式掘削機の実用的適用範囲が一軸圧縮強度100MPa程度であるのに対し,開発機ではその掘削機構から考えて範囲を250MPa程度まで拡大し,さらに300MPa程度でもカッタ貫入量とカーフ間隔を調節することで対応可能と考えられる.掘進速度は,一軸圧縮強度100〜150MPaの範囲では割岩工法やブーム式掘削機に比べ3倍以上となる.

2) PLC(Programmable Logic Controllers)による自動掘削制御により,所定の掘削能力と精度を保ちながら自動(無人)運転が可能である.従来のブーム式掘削機の自動制御機能は,切削ドラムの移動制御のみであるが,開発機ではこれに加えて掘削時の振動を吸収し掘削精度を向上させる機能と,一掘進長掘削中のグリッパの盛替を含むマシンの移動・セットの繰り返し,カッタホイールの移動・停止,方向・姿勢制御,ずり積込み等,一連の掘削運転操作を無人運転可能とした.

3) 円滑な掘削断面が得られ,かつカッタホイールによって形成される球面形状切羽の地山安定効果により,他工法に比べ地山のゆるみと損傷を小さくする.この結果,一次支保低減化が可能となる.切羽前方弾性波速度検層の結果,切羽鏡面の地山ゆるみ領域は深度約1.5m程度であり,発破工法の半分以下である.トンネル変位量,支保部材力測定結果から,一次支保低減の妥当性が確認された.

4) 掘削時の粉じん対策にダストシールドと集じん機の組合せが用いられ,施工環境が良化する.自動掘削と支保低減化により切羽作業が減少し,安全性が大幅に向上する.クローラ走行により坑内移動が容易で機動性があり,地質変化に対応しやすい.

 本研究では,開発機の特性を活かしてさらなる掘削効率向上化のための研究として,掘削体積比エネルギが岩盤物性評価の指標となり得ることを示し,この手法を用いた開発機の掘削効率向上化の方策を提案している.以上,開発した掘削機の硬岩対応性と自動運転制御,岩盤評価手法などの技術は,一般のトンネル施工においても応用できると考えられる.なお,今回の性能確認試験により得られた成果は,六甲花崗岩の平均一軸圧縮強度150MPa(最大で175MPa)までの地山によるものである.このように,本研究で開発された掘削機の硬岩対応性や自動掘削運転技術,岩盤評価手法,等の研究成果は優れたものであり,今後のトンネル機械掘削工法発展に寄与するものと考える.

 領家邦泰氏は,岩盤掘削の効率化を目指してこれまでと一線を画する掘削機械を開発するとともに,原位置での試験と施工を通じて,圧砕方式を採用した硬岩掘削に関する新しい知見を得たといえる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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