学位論文要旨



No 215161
著者(漢字) 松居,成和
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,シゲカズ
標題(和) 配位子志向型触媒設計に基づく新規なオレフィン重合触媒の開発
標題(洋) Development of Novel Olefin Polymerization Catalysts Based on "Ligand-Oriented Catalyst Design"
報告番号 215161
報告番号 乙15161
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15161号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 石井,洋一
内容要旨 要旨を表示する

 ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂は、安価で環境に優しく、しかも物性・加工性に優れることから、自動車、電化製品、食品包装等の幅広い分野に用いられており、今や我々の生活に欠くことのできない材料になっている。ポリオレフィンの大半は遷移金属を用いる触媒重合により生産されており、この工業生産を支えているのがZiegler-Natta触媒、及びメタロセン触媒に代表されるオレフィン重合触媒である。オレフィン重合触媒には、活性、連鎖移動性(分子量、分子量分布)、共重合性、規則重合性(立体選択性、位置選択性)等、多種多様の触媒性能が要求される。しかしながら、"高活性触媒の発見が新触媒、新ポリマー誕生のトリガー"となっているこれまでのオレフィン重合触媒の発見と展開の歴史から、高活性な触媒が見つかれば、連鎖移動性、共重合性などは触媒設計により制御できると考え、"高活性オレフィン重合触媒の発見"を目標に研究を行った。

 著者らは、高活性発現のキーポイントは中心金属との間の電子移動をフレキシブルに行なえる『適度な電子供与性』を有する配位子にあるという考えをを基に、"配位子志向型触媒設計(Ligand-Oriented Catalyst Design)"を行った。その結果、高いエチレン重合活性を示す下記の触媒系(AI触媒、PI触媒、FI触媒)を見出した。

 中でも、フェノキシーイミン配位子を2つ持つジルコニウム錯体(ZFI-2)は、常圧、25℃という温和な条件で550kg-PE/mmol-cat・hという著者らの予想をはるかに超えた高活性を示した。これは、同条件でのKaminskyが見出した最初のメタロセン触媒(Cp2ZrCl2)の20倍を越える高い活性である。

 X線構造解析から、ZFI-2はZrを中心とした八面体構造であり、2つのフェノキシーイミン配位子のフェノキシ酸素原子がトランス、イミン窒素原子はシス、また重合サイトになると考えられる2つの塩素原子はシスの配置であることが分かった。この2つの塩素原子がシスの配置を保ったまま重合サイトに変換されると過程すると、ZFI-2由来の重合活性種はオレフィン重合に使えるシス2座を持つことになる。そこで、DFT計算によりエチレン存在下での重合活性種の構造解析を行った。その結果、ZFI-2は配位原子の空間配置を保持したまま活性種となり、アルキル鎖と配位したエチレンがシスに配置する構造をとることがわかった。これはオレフィンの重合を効率よく起こすのに好都合な立体構造である。さらに、重合反応の種々の状態での活性種であるカチオン錯体の構造を解析したところ、フェノキシ酸素とZrの結合距離がエチレンの配位していないカチオン錯体とエチレンが配位したカチオン錯体で変化しないのに対し、イミン窒素とZrの結合距離は、エチレンが配位するとポリマー鎖のトランス位の窒素とZrとの結合距離が長くなることが示唆された。この窒素とZrの結合距離を窒素からZrへの電子供与の度合いとみなすと、重合の過程で窒素からZrへの電子供与の度合いが変化していることになる。ゆえに、重合サイトのトランス位に位置するイミンの窒素が積極的に重合反応に関与している可能性が示唆されていると考えている。

精密な配位子設計による触媒性能の向上

 FI触媒の大きな特徴として、原料が安価でその誘導体が豊富なことから、配位子構造変換の容易であることが挙げられる。そこで次に、精密な配位子設計によるジルコニウムFI触媒の性能向上を図った。特に、中心金属の立体的and/or電子的な環境を変えることが期待できる、フェノキシ酸素のオルト位(R1)、パラ位(R2)及び、イミン部(R3)、の置換基に焦点を当て、各々の重合性能に与える影響を調べた。

(A)重合活性の向上

 フェノキシーイミン配位子の置換基R1の立体因子がエチレン重合活性に与える影響は顕著であることがわかった。R1がt-ブチル基であるZFI-2の重合活性が、25℃、常圧で550kg-PE/mmol-cat・hであるのに比べ、t−ブチル基を立体的に小さいメチル基もしくはイソプロピル基に変換した錯体では重合活性が極端に低下した。一方、置換基R1をt−ブチル基より立体的により嵩高いアダマンチル基やクミル基に変換した錯体では、重合活性が飛躍的に向上した。これは、フェノキシ酸素のオルト位への嵩高い置換基の導入により、活性種であるカチオン錯体と助触媒MAOがより効果的に分離され、その結果カチオン錯体の配位不飽和度が大きくなりエチレンとの反応性が高まったためと推定している。

 高温で高活性を発揮する触媒の開発は工業的見地から特に重要である。そこで、加圧条件下、50℃及び75℃でのFI触媒の重合活性を調べた。ZFI-2は、1192kg-PE/mmol-cat・h(50℃)、209kg-PE/mmol-cat・h(75℃)と、重合温度が上がるに従い活性が低下した。ZFI-2の高温における活性低下の原因は、重合活性種が熱に不安定であり、高温では活性種の分解が起こっているためと推定し、配位子から中心金属への電子供与を強めることにより金属−配位子間の結合を強化すれば活性種の熱安定性が向上して高温での高活性が実現できるのではないかと考え、配位子に電子供与性の置換基を導入した錯体の重合活性を調べた。まず、R3にフェニル基より電子供与性の高い脂肪族置換基を導入したところ、50℃に比べ75℃での活性は低いものの活性低下の度合いはZFI-2と比較し改善されることがわかった。また、R2に電子供与性基であるメトキシ基を導入しても同様の効果があることも明らかとなった。さらに、R2とR3に電子供与性置換基を同時に導入することを検討した結果、R2にメトキシ基、及びR3に脂肪族置換基を組み合せるとその効果が相乗的に作用し、それぞれを単独で導入した場合よりも飛躍的に高い効果が発現することがわかった。

(B)生成ポリマーの分子量・分子量分布のコントロール

 FI触媒は配位子の構造や助触媒を変えることにより連鎖移動反応のコントロールが可能である。すなわち、重合活性点に近いR1およびR3の置換基の立体的大きさに対応して分子量は変化し、MAO助触媒では0.3万から200万を超える分子量までコントロールすることができた。これはR1およびR3の置換基がβ水素脱離をコントロールするためと考えられる。DFT計算による解析結果もこの考えを支持している。

 また、助触媒をMAOからボレートに変えると分子量が500万を超える世界最高レベルの超高分子量体が得られる。このような、助触媒による全く異なる重合性能の発現(MAO:超高活性、ボレート/TIBA:超高分子量)は他の触媒系では見られない、FI触媒のユニークな特長である。

T図3.FI触媒による生成ポリエチレンの分子量制御

 また、R2にメトキシ基を導入したFI触媒から生成するポリエチレンは、ZFI-2から得られるポリエチレンと異なり、分子量分布が広がる現象が認められた。このように、FI触媒の置換基導入により、分子量分布をコントロールしたポリマーの新しい製造方法となる可能性を見出した。

 本研究により開発されたFI触媒を中心とする新規オレフィン重合触媒群は、その高活性を活かした製造プロセス革新に加え、生成ポリマーの分子量や分子量分布コントロールによる精密なポリマー構造制御が期待でき、次世代のオレフィン重合触媒として有望である。

図1.ZFI-2のX線構造解析

図2.置換基変換によるエチレン重合活性の向上

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,高活性オレフィン重合触媒の設計指針の提案とそれに基づく新規オレフィン触媒の開発研究について述べたものであり,8章より構成されている。

 第1章は序論であり,高分子科学・高分子工業におけるポリオレフィン樹脂製造とそれを支えた触媒開発の歴史,今後の高活性オレフィン重合触媒に期待される機能・性能について述べるとともに,本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では,従来知られているオレフィン重合触媒の配位子と中心金属の構造・性質に対して独特な考察を加え,高活性触媒実現のキーポイントは,中心金属との間の電子移動をフレキシブルに行なえ且つ適度な電子供与性を有する配位子設計にあるとする「配位子志向型触媒設計」を提唱している。

 第3章では,この触媒設計指針に従い,ピリジン−イミン/ニッケル触媒,ピロリジン−イミン/チタン触媒,フェノキシ−イミン/チタン触媒を合成し,触媒活性を検討している。その結果,これらの触媒は,助触媒にメチルアルモキサンを用いると,従来知られている類似触媒よりも高い活性を示すことを見出している。特に,フェノキシ−イミン/チタン触媒が,極めて高い活性を示すことを明らかにしている。

 第4章では,前章の結果を受け,フェノキシ−イミン/チタン触媒の中心金属をジルコニウム,ハフニウム,バナジウム,クロミウムに変換した場合の触媒活性を調べ,内でも,フェノキシ−イミン配位子を2つ持つジルコニウム錯体が,常圧・25℃という温和な条件でも極めて高活性を示すことを明らかにしている。この活性はメタロセン触媒の活性の20倍以上であり,この結果は触媒活性という観点から極めて意義あるものである。

 第5章では,助触媒の効果を調べている。その結果,助触媒の種類によってポリエチレン,更にはポリ(エチレン/プロピレン)の分子量を制御できることを見出している。特に,トリイソブチルアルミニウム/トリチル(パーフルオロフェニルボラート)を助触媒として用いると,極めて分子量の大きいポリエチレンが得られ,高機能性ポリエチレンの製造の観点から興味深い。

 第6章では,フェノキシ−イミン配位子を構成するサリチルアルデヒド類及びアミン類は極めて容易に合成できることに着目し,精密な配位子設計によるフェノキシ−イミン/ジルコニウム触媒の性能向上を行なっている。特に,中心金属に対する立体的及び電子的環境を変えるであろう,フェノキシ酸素のオルト位,パラ位,及びイミン部の置換基に焦点を当て,種々の重合性能に与える影響を調べている。その結果,1) フェノキシ酸素のオルト位の置換基は重合活性に大きな影響を与え,置換基が嵩高いほど重合活性が高いこと,2) フェノキシ酸素のパラ位及びイミン部の置換基は熱安定性に大きな影響を与え,両者に電子供与基を導入すると高温下の重合でも比較的高い活性を示すこと,3) フェノキシ酸素のオルト位の置換基及びイミン部の置換基の嵩高さを変えることにより,ポリエチレンの分子量を4桁の範囲で制御可能であること,4) イミン部の置換基は分子量分布に影響を与え,ここに電子供与基を導入すると分子量分布が広がること,などを明らかにしている。

 第7章では,このフェノキシ−イミン/ジルコニウム触媒の高活性の要因を調べるため,X線構造解析,DFT計算を行った結果を述べており,1) 錯体は,重合サイトになると考えられる2つの塩素原子がシスに配置した八面体構造であること,2) 錯体は,配位原子の空間配置を保持したまま活性種となり,アルキル鎖と配位したエチレンがシスに配置してオレフィンの重合を効率よく起こすのに好都合な構造をとること,3) 重合サイトのトランス位に位置するイミンの窒素が積極的に重合活性に寄与していること,などを明らかにしている。これらの結果から,「配位子志向型触媒設計」が,新規高活性オレフィン重合触媒の開発に有効であることを示している。

 第8章は本論文の総括であり,開発したオレフィン重合触媒の特徴を述べるとともに,将来展望を述べている。

 以上のように,原料が安価でその誘導体が豊富なサリチルアルデヒド及びアミンを基本骨格とするフェノキシ−イミンは極めて有用な配位子であり,それらのジルコニウム錯体は従来にない極めて高い触媒性能を示すことを見出している。また,その構造の精密設計,金属変換,助触媒変換によって触媒の活性・熱安定性,生成するポリオレフィンの分子量・分子量分布を制御できることも見出している。これらの成果は,高分子科学,錯体化学,高分子工業化学の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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