学位論文要旨



No 215162
著者(漢字) 柳田,雅明
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギダ,マサアキ
標題(和) イギリスにおける「資格制度」の研究 : 「枠組みの標準化」と「評価の標準化」の観点からの検討
標題(洋)
報告番号 215162
報告番号 乙15162
学位授与日 2001.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第15162号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 浦野,東洋一
 東京大学 教授 苅谷,剛彦
 東京大学 教授 廣松,毅
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、とかく弊害ばかりが指摘されがちな「資格」が学習者本位に活用できるよう、そのための論理一貫した知見獲得を目指したものである。そこで、操作的な定義に基づく分析概念として「枠組みの標準化」と「評価の標準化」とを導入して、イギリスにおける「資格制度」を今回対象に、主としてイングランド・ウェールズとスコットランドとの比較を通じて検討した。概念の定義は、次の通りである。「評価」は「把握した情報をある基準に基づいて判断した結果」、「資格」は学歴や職業資格等を全て含み込んだ「ある一定の能力を有するとして、組織が個人に対して認証する持続的評価」、「枠組みの標準化」は「国もしくは地域における『資格制度』を共通の枠組みとなるよう設定した上で、その枠組みに整合するように『資格』を新たに設定もしくは整理・統合・再編すること」、そして「評価の標準化」は「『枠組みの標準化』を前提にしつつも、各『資格』において共通の評価判定基準を明示して設定し、その手続きに従い『評価』を実施すること。ただし、多種多様な学習成果に対応して『評価』の評価判定基準を設定していることを当然の前提とする」。

 第1章は、序論であった。研究における問題意識を提示し、「資格」とその前提となる「評価」ならびに「標準化」「枠組みの標準化」「評価の標準化」を操作的に定義した。またイギリスにおける「評価」の原理とする「認知的・理論的能力」と「操作的遂行能力」についても定義した。そして仮説の提示とその検証方法および本論文の構成を示した。

 第2章は、先行研究の検討であった。

 第3章は、「資格」に関するイギリスでの歴史的展開を、「標準化」に焦点を当てつつ概観した。

 第4章では、「標準化」された職業資格に関してNVQ(National Vocational Qualifications)を中心に検討した。NVQとSVQ(スコットランド)が「法的拘束力なき官製標準」という「評価の標準化」がされていると確認できた。また、制度を導入する際の官僚的硬直性も問題点となり、その政策的対応の開始も明らかになった。

 第5章では、普通教育学力・職業能力統合資格に関する検討を、GNVQ(General National Vocational Qualifications)を軸に行った。GNVQもまた、「法的拘束力なき官製標準」という「評価の標準化」であることをまず示した。GNVQを巡る問題としては、職種・業種を超えた基礎学力を「単位」化するコア・スキル(キー・スキル)にかかわる問題、およびアラン・スミザーズによる水準維持に関する批判を、政策動向と現場実践とを突き合わせながら検討した。GNVQとの同時取得が可能であるものの年齢制限があるDVE(Diploma of Vocational Education)は、厳密な評価判定という点で弱さがあることが分かった。導入年齢14歳のパート・ワンGNVQは、前期中等教育段階に専門性を持つ職業教育を行う問題点があるものの、生徒たちの就職難という現実を目の当たりして、教育現場では必要とされている事例も存在していた。一方、スコットランドでは、モジュラー化したGNVQ互換資格であるGSVQが導入されるものの、さらにそれが普通学力認定資格である「スコットランド教育修了証」と統合されて、「スコットランド全国資格」へと発展的に解消をしていく状況を示した。

 第6章では、まず「全国資格枠組み」の確立とそれへのマイケル・F・D・ヤングによる批判を示し、教育訓練にかかわる他の政策・施策・制度との関連を検討した。次いで、主として社会的に不利な立場にある成人のために設定された大学等高等教育機関入学準備課程である、イングランド・ウェールズにおけるアクセス・コースとその修了資格である「アクセス資格」および「スコットランド・より広いアクセスのためのプログラム」を比較検討した。以上の検討のもと、「全国資格枠組み」に関わる問題点として、(1)「評価」の原理にかかわる問題、(2)「資格」における「評価の標準化」の不均等さ、および(3)労働市場と資格制度「標準化」との関係をそれぞれ検討し、さらに全体考察をした。

 第7章では、「標準化」を支えまた「標準化」に支えられる3つの手法・技術について検討した。すなわち、(1)「学習経験および既習得技能・能力等の単位認定(APL)」、(2)NRA(全国共通到達度記録書)とその電子化した書式であるプログレス・ファイルへの進展、ならびに(3)情報技術、特にコンピュータ・データベースの開発・活用についてを検討した。その結果、次のように考察できた。以上3つの手法・技術は「枠組みの標準化」ができていれば、現場でのキャリア・ガイダンスや学習行動計画作成において広く効果的に活用することができる。しかし「評価の標準化」が進まないとその効果が限定される。

 第8章では、論文全体を総括し、今後の課題と展望を示した。

 序論において設定した仮説に対しては、次のように回答することができる。

(1)「枠組みの標準化」は、教育訓練政策上ほとんど抵抗を受けずにできる。

 まさにそのとおりである。ただし「枠組みの標準化」は、必ずしも「資格」や「評価」の基準の一本化を意味しない。イングランド・ウェールズでは、大学学位と中等教育修了資格の「黄金のスタンダード」とされるGCE-Aレベル、NVQおよびGNVQがそれぞれ代表の「資格」となる3分岐型資格制度が成立している。一方、スコットランドでは、普通教育学力・職業能力統合資格と普通教育学力認定資格とが共通化された「スコットランド全国資格」という統一の「資格」が導入された「枠組みの標準化」となっている。

(2)「評価の標準化」は、「評価」の原理に関する相違が教育訓練政策上の争点になると、「枠組みの標準化」ほど容易でない。

 まず、「資格」の設定に際して「評価」の原理の扱いが、イングランド・ウェールズとスコットランドとでかなり違いがあることがわかった。たしかに現業資格であるNVQとSVQは、お互いに共通の「遂行能力」に対応して「評価の標準化」がなされており、互換上疑問の余地が入らない。ところが、イングランド・ウェールズでは、「認知的・理論的能力」ばかりがGCE-Aレベルにおける「評価」の原理となることは変わっていない。そこで、新たに別個の「資格」として導入されたのが、「操作的遂行能力」および実務能力の直接的基礎となる「認知的・理論的能力」の双方が「評価」の原理であるGNVQである。その一方で、すでに社会において実績のある「資格」である大学等の学位は、「評価の標準化」が決して進んでいない。一方、スコットランドでは、「評価の標準化」が、「スコットランド全国資格」の導入が象徴するように、当たり前のように進む。

(3)「枠組みの標準化」をするだけで「評価の標準化」をしないと、学習到達度の厳正な確認ができないことに起因する弊害が生じる。

 中等教育水準の「資格」においては、基本的に以上の仮説の通りと考えられる。しかし、「評価の標準化」が、個々の「資格」の内側に留まっている場合単位互換等が厳正にはできない。また労働市場への国際的流入の障壁となることも危惧される。「アクセス資格」は、不利な条件にある成人の大学等高等教育機関入学への現実的対応法を示唆するものの、到達度の厳密な評価判定基準ができていない点を問題として指摘できる。学位およびNVQとならない高等教育水準の職業資格は、従来の学位の水準段階設定を堅持(「枠組みの標準化」)しつつ、その質の管理は市場原理による自由競争と同僚評価によって「評価」をすることで図られている。つまり「官製標準」による「評価の標準化」が現実としてされていない。一方、高等教育水準のNVQ(およびキー・スキル)で進む「評価の標準化」は、硬直化や特権維持といった弊害を将来生じさせうる危険性がある。

(4)「枠組みの標準化」であれ、「評価の標準化」であれ、それができている場合、そうしないときよりも教育訓練の実践現場においてキャリア・ガイダンスや学習行動計画の作成が効率化できる。そして「評価の標準化」が進めば、よりその効果があがる。

 5段階水準の「全国資格枠組み」に対応する「枠組みの標準化」は、学習相談、特にキャリア・ガイダンスを実施する際に到達度の目安が明確な尺度として示されるという利点が大きい。また「枠組みの標準化」は、NRAやプログレス・ファイルのような履歴書型書式を有効に機能させるための準拠枠として不可欠である。一方、「評価の標準化」の効果については、今回反証となるような事例は見られなかったものの、十分に検証できなかった。

(5)「枠組みの標準化」と「評価の標準化」の効用を現実に機能させるためには、それを支える情報技術、特にコンピュータ・データベースを整備する必要がある。

 この仮説が正しいと一般的に述べることができる時期にようやくなってきた。そして、現在ある問題点をできる限り現実的に解決しようとする事業が、情報技術活用による学習情報提供・相談の中央政府主導全国事業であるラーンダイレクトである。

 結局本論文は、従来指摘されてきた「資格」にかかわる弊害に対して、新たに導入した分析概念を用いて技術的な解決の糸口を提示したまでの段階である。残された課題については、ただちに取りかかるべきものと長期的な展望を要するものとに大別して、今後の取り組み方針を示した。また、それらの知見獲得のための手法として、筆者は複数国間での比較研究を提起した。最後に「資格」および今回の手法による分析・検討は、学習者のためにこそ存在する意味があり、決して自己目的化してはならないことを補足した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、とかく弊害ばかりが指摘されがちな「資格」が学習者本位に活用できるよう、そのための論理一貫した知見獲得を目指したものである。そこで、操作的な定義に基づく分析概念として「枠組みの標準化」と「評価の標準化」とを導入して、イギリスにおける資格制度を対象に、主としてイングランド・ウェールズとスコットランドとの比較を通じて検討考察した。概念の定義は以下の通りである。「資格」は、学歴や職業資格等を全て含み込んだ「ある一定の能力を有するとして、組織が個人に対して認証する持続的評価」、「枠組みの標準化」は、「国もしくは地域における「資格制度」を共通の枠組みとなるよう設定した上で、その枠組みに整合するように「資格」を新たに設定もしくは整理・統合・再編すること」、そして「評価の標準化」は、「『枠組みの標準化』を前提にしつつも、各「資格」において共通の評価判定基準を明示して設定し、その手続きに従い「評価」を実施すること」とする。

 本論文は、第1章から第8章までの全8章からなる。注は各章の末尾に付記されており、付録、参考文献の一覧は巻末に付けられている。

 第1章は、序論として、研究における問題意識の提示、分析概念の定義、仮説の提示とその検証方法および本論文の構成を示している。第2章は、先行研究の検討。第3章は、「資格」に関するイギリスでの歴史的展開を概観した。第4章では、「標準化」された職業資格に関して、NVQ(全国職業資格)を中心に検討した。第5章では、「標準化」された普通教育学力・職業能力統合資格に関する検討を、GNVQ(一般全国職業資格)を軸に行った。第6章では、まずイギリスにおける「全国資格枠組み」の確立とそれへの批判的見解を示しつつ、教育訓練における政策・制度との関わりを検討した。次いで、主として社会的に不利な立場にある成人のために設定された大学等入学準備課程である、イングランド・ウェールズにおけるアクセス・コースとその修了資格である「アクセス資格」および「スコットランド・より広いアクセスのためのプログラム」を比較検討した。以上の検討のもと、「全国資格枠組み」に関わる問題点として、(1)「評価」の原理にかかわる問題、(2)「資格」における「評価の標準化」の不均等さ、および(3)労働市場と資格制度「標準化」との関係をそれぞれ検討し、さらに全体考察をした。第7章では、「標準化」を支えまた「標準化」に支えられる3つの手法・技術について検討した。すなわち、(1)「学習経験および既習得技能・能力等の単位認定(APL)」、(2)NRA(全国共通到達度記録書)とその電子化した書式であるプログレス・ファイルへの進展、ならびに(3)情報技術、特にコンピュータ・データベースの開発・活用を検討した。第8章では、論文全体を総括し、今後の課題と展望を示した。

 以上が本論文の概要である。本論文の意義としては、以下の3点が挙げられるであろう。

 第1に、制度的に錯綜して従来全体像の把握が容易でないとされてきたイギリスにおける資格制度を、新たな分析概念を導入することにより、それを中等教育から高等教育までまた職業教育から教養教育までを横断して、明解に示すことに成功している。第2に、中等教育水準の「資格」が国内限定の「官製標準」に、高等教育水準の「資格」が国際的な自由競争になることが理にかなっていることを、「評価の標準化」という切り口から、「資格」所持者の生計基盤維持と制度硬直化とのバランスを考察することによって明確に示すことに成功している。第3に、キャリア・ガイダンス(進路指導)における「資格」関係入力情報の「標準化」に高い効用があること、ならびにその際の情報技術導入には効用と制約の両面があって現実的対応の方策がなされていることを明らかにした。ただし、本論文は、技術的問題解決に関しては、まだ糸口を提示したまでの段階である。たとえば、議論がほとんど定性的で定量的な検討が不足し、また政策や実践への直接的示唆という点で不十分さを残している。このように、なお考察を広げる余地があるものの、それらは本論文の価値を損なうものではなく、従来の研究を前進させかつ新たな研究分野を切り開く業績であるといってよい。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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