学位論文要旨



No 215165
著者(漢字) 太田,嘉則
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ヨシノリ
標題(和) PCB分解性極限環境微生物の探索とその遺伝学的解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 215165
報告番号 乙15165
学位授与日 2001.10.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15165号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

序章

 芳香族化合物分解菌は自然界に広く分布し、進化の過程で様々な基質特異性を獲得してきた。それらの中にはPCBなどの人為起源の難分解性物質を分解する微生物も存在する。構造的に類似した化合物の代謝に共通点が見い出され、分解遺伝子群が共通の祖先から進化してきたことが示唆されている。

 異なる菌株間で相同性の高い分解遺伝子群が検出され、さらに遺伝子群の一部が欠失しているものや、構成順番が異なるものが発見された。進化の過程で、遺伝子群が形成及び再編成され、微生物は新機能を獲得してきたことが示唆されている。

 特殊環境下で生存可能な微生物は、その環境に適応するために独自の進化を辿ってきた結果、これまでとは異なる代謝分解系を有することが予想される。さらに、特殊環境のみならず通常の環境でも生育可能な微生物には、自然環境の急激な変化に迅速に対応し、様々な条件下で生育を可能にするための独特の進化のメカニズムをもっている可能性がある。

 そこで極限環境に生育可能なPCB分解微生物のもつ分解遺伝子群を研究することにより、分解遺伝子の進化の過程に対する環境の影響について新たな知見や、新規な進化のメカニズムを見出せることが期待される。また、微生物をもちいたバイオレメディエーションの確立にも寄与すると思われる。

 以上の様な背景の下に、本研究において、微生物進化及びその応用のモデル系として、極限環境に適応したPCB分解菌の探索及びその分解遺伝子群の解析を行った。

第1章 有機溶媒耐性PCB分解菌の探索及びその解析

 有機溶媒耐性PCB分解菌のスクリーニングを行なった。その結果、Pseudomonas putidaCE2010株、Alcaligenes xylosoxydans ssp. denitrificansYO129が単離された。またアルカリ耐性Alcaligenes denitrificans A41株が有機溶媒存在下でビフェニルを資化することが判明した。

 CE2010株、A41株及びYO129株の有機溶媒耐性能は、ビフェニルを単一炭素源とした最少培地ではサイクロヘキサン、ヘキサン、サイクロオクタンであった。また他の6種の既存の芳香族分解菌(P.putida F1株,P.pseudoalcaligenes KF707株,Pseudomonas sp.LB400株,A.eutrophus H850株,Rhodococcus. globerulus P6株,R.erythropolis TA421株)の有機溶媒耐性能を上記3株と比較したところ、CE2010株が最も高い耐性能を示し、A41株がこれに続いた。CE2010株は、トリクロロビフェニルをほぼ完全に分解し、テトラクロロビフェニルに対しても分解能を示した。

第2章 アルカリ耐性PCB分解菌の探索及びその解析

 好アルカリ性PCB分解菌のスクリーニングを行った。その結果、Alcaligenes denitrificans A41株、Rhodococcus spp. HA99株、Rhodococcus spp. K37株、Dietzia spp. TA1株が単離された。これらの菌株はpH7-9で生育した。A41株は4株の内、もっとも生育が早く、2,3-DHBD活性が高かった。K37株,HA99株はアルカリ耐性で、ビフェニル/PCBを分解することの出来る新しい種であることがわかった。TA1株は、ビフェニルやPCBは分解せず、benzoateを分解することがわかった。PCBやビフェニルを分解する微生物がTA1株にbenzoateを供給することが示唆された。これらの結果から、芳香族分解における微生物間の相互作用が、自然界に存在することが予想される。

 スクリーニングの結果、グラム陰性よりもグラム陽性の菌株が多く単離された。アルカリ耐性で芳香族化合物分解菌のなかでは、Rhodococcusやその近縁属がグラム陰性細菌より多く存在することが示唆された。A41株は、トリクロロビフェニルをほぼ完全に分解し、テトラクロロビフェニルに対しても分解能を示した。

第3章 有機溶媒耐性PCB分解菌Pseudomonas putida CE2010株のPCB分解経路遺伝子の遺伝学的解析−1

 CE2010株から、メタ開裂遺伝子をクローニングし、塩基配列を決定した。その結果、CE2010株はトルエン資化菌P.putida F1株のもつトルエン分解経路のtodE及びクメン分解経路のcmtC遺伝子と100%のホモロジーを示す2つの遺伝子を有することがわかった。

 P.putida CE2010株から2-hydroxy-6-oxo-6-phenylhexa-2,4-dienoic acidに対する加水分解活性をもつ酵素を単離精製し、そのN末端アミノ酸配列を決定したところ、F1株のCmtEのN末端アミノ酸配列と100%のホモロジーを示した。CE2010株のcmtE遺伝子にTcr遺伝子を挿入し破壊株を作成したところ、ビフェニル資化性が失われ、ビフェニル資化においてCmtEが関与することが明らかになった。rrnB terminator遺伝子をtod及びcmt operonに挿入したところ、両破壊株ともビフェニルに対する資化性が失われた。cmt operon破壊株にcmtE遺伝子を形質転換すると、ビフェニル資化性が回復した。これらの結果からCE2010株ではビフェニル資化にはtod operon及びcmtEが必要であり、tod及びcmt operonから成るモザイク分解経路を用いていることが分かった。

第4章 有機溶媒耐性PCB分解菌Pseudomonas putida CE2010株のPCB分解経路遺伝子の遺伝学的解析−2

 CE2010株のcmt及びtod operonの全塩基配列を決定した結果、cmt operonのpromoter領域に1塩基の置換が発見された。この領域は転写因子CymRの結合領域であり、CymRはリプレッサー蛋白質であることが示唆されている。Gel shift assayの結果、CymRはF1株由来のcmt promoter領域に対しては高い親和性を示したが、CE2010株由来のcmt promoter領域には低い親和性しか示さなかった。この結果より、CE2010株ではこの領域における塩基の置換によってCymRの抑制を受けにくくなり、ビフェニル資化においてcmt operonが発現することが予想された。

 CE2010株にF1株由来のcmt promoter領域を置換すると、ビフェニルの資化性が失われた。これらの結果から、CE2010株におけるcmt promoter領域の塩基置換がビフェニル資化を可能にしている原因のひとつであることが分かった。

第5章 アルカリ耐性PCB分解菌Alcaligenes denitrificnas A41株のPCB分解経路遺伝子群の遺伝学的解析

 A41株のPCB分解経路をコードする遺伝子群をクローニングして塩基配列を決定した。解析の結果、11つの有意な大きさのopen reading frameが見いだされ、予想されるアミノ酸配列について解析した。orf1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15はそれぞれ、bphE,G,F,orf4,bphA1,bphA2,bphA3,bphB,bphC,bphD,orf11,bphA4,bphR,orf14,orf15をコードしていることがわかった。bphE,G,F遺伝子がbphA1遺伝子の上流に存在し、またbphA4がbphDの下流に存在することが特徴であった。これらの遺伝子配列から予想されるアミノ酸配列は、Pseudomonas sp. KKS102株のbph operonにコードされるビフェニル分解経路蛋白質に86%以上の相同性を示した。宿主菌株の種が異なるにも関わらず、両株のbph operonの遺伝子構造も同じであった。遺伝子の再編が生じた後に両株に遺伝子が伝達されたのか、または片方の菌株からもう一方の菌株へ遺伝子の移動が起こったことが予想される。

第6章 総括

 以上の結果より、微生物は潜在的に新規化合物に適応する能力を有しており、適切な選択圧のもとで新規分解能力を獲得する過程が示唆された。bph operonをもたない有機溶媒耐性PCB分解菌P. putida CE2010株は、cmt operon内の遺伝子のわずかな置換により、ビフェニルを分解可能になったことが分かった。これは従来提唱された外部からの遺伝子群の伝播、挿入による新機能の獲得とは異なり、既存のtod及びcmtの2つのoperonから成るモザイク分解経路を形成することによって基質特異性を拡大する進化の過程を示すものである。さらに新しいオペロンの形成過程の途中段階であるともいえる。アルカリ耐性PCB分解菌A.denitrificans A41株の全てのビフェニル分解経路、分解遺伝子を明らかにすることができた。bph遺伝子は有意な11のORFがクラスターを形成し、遺伝子構成は特異な構造であることが示された。この遺伝子構造は、種が異なりアルカリ耐性ではないPseudomonas sp. KKS102株のbph遺伝子群と同じであることから、特殊環境に適応する微生物にも遺伝子が伝播していることがわかった。

 本研究により解明されたビフェニル分解能力の獲得方法、bph遺伝子及びその構造は、分解系遺伝子の進化の軌跡、オペロンの遺伝子構造の形成過程を考える上で、大きな手掛かりになると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 広い多様性をもつ微生物には、1〜10原子の塩素を含むポリ塩化ビフェニル(PCB)のような人為起源の難分解性芳香属化合物を分解するものがあり、その分解遺伝子群は共通の祖先から進化したことが示唆されている。一方、特殊な環境で生存可能な微生物は、その環境に適応するために独自の進化過程をたどったことが期待される。そこで、特殊環境に生育可能な微生物の中でPCB分解能をもつものを調べれば、これまでと異なる特徴を持つ分解遺伝子群や進化的環境適応に関する新知見が得られる可能性がある。本論文は、このような観点から、アルカリ性及び有機溶媒に耐性でPCB分解能をもつ微生物を探索し、その分解系遺伝子に関する検討結果をまとめたもので、6章から成っている。

 第1章では、有機溶媒耐性のPCB分解菌の探索及び解析について述べられている。20%容の有機溶媒を含み1%ビフェニルを単一炭素源とする培地で生育できる微生物として、Pseudomonas putida CE2010株などを分離した。CE2010株は、シクロヘキサン、ヘキサン、シクロオクタンに耐性で、これまで得られた芳香属分解菌中でもっとも高い有機溶媒耐性能をもっていた。CE2010株はトリクロロ体PCBをほぼ完全に分解し、テトラクロロ体にも分解能を示した。

 第2章では、アルカリ耐性PCB分解菌の探索及びその解析について述べられている。pH10以上で生育するPCB分解菌は得られなかったが、pH9までではAlcaligenes denitrificans A41株、Rhodococcus属HA99株およびK37株などが得られた。これらはトリクロロ体をほぼ完全に分解し、テトラクロロ体にも分解能を示した。

 第3章では、有機溶媒耐性のCE2010株のビフェニル分解経路遺伝子の取得とその解析について述べられている。CE2010株から、メタ開裂酵素遺伝子をクローニングし塩基配列を決定したところ、得られた遺伝子はトルエン資化菌P.putida F1株のtodE及びcmtCと100%一致していた。これらの遺伝子を含むトルエン分解経路とクメン分解経路の遺伝子群について詳細に調べたところ、この領域においてCE2010株とF1株は同一であるという結果を得た。F1株はビフェニルを単一炭素源として生育できず、それはF1株のtod遺伝子群産物がビフェニルを2-hydroxy-6-oxo-6-phenylhexa-2,4,-dienoic acid(HPDA)まで変換しても、次のtodE遺伝子産物がこれを基質としないためであることが知られているので、CE2010株では何らかの酵素がHPDAを分解していると考えられる。CE2010株からHPDA分解酵素を精製し、N末端アミノ酸配列を決定したところ、F1株のcmtE遺伝子産物と完全に一致していた。CE2010株のcmtE遺伝子をtet遺伝子で破壊するとビフェニル資化能は失われた。またtod及びcmt operonの破壊はいずれもビフェニル資化能を失わせるが、cmt operon破壊株にcmtE遺伝子のみを形質転換すればビフェニルの資化能は回復した。即ち、CE2010株はtod operonとcmtEの協働でビフェニルを資化している。

 第4章では、第3章で明らかにしたCE2010株のPCB分解に必要なcmtEがなぜこの株で発現しているかについて述べられている。CE2010株のcmt及びtod operonの全塩基配列を決定した結果、cmt promoter領域で1塩基がF1株と異なることを発見した。この領域は転写抑制因子CymRの結合領域で、塩基置換はそのヘアピン構造を不安定化すると推定された。精製CymRタンパク質によるgel shift assayでも親和性の低下が示された。また、cmt operonのpromoter領域をF1株由来に置換すると、CE2010株のビフェニル資化能は失われた。即ち、1塩基置換は脱抑制によりHPDA分解酵素を生産させ、ビフェニル資化を可能にしている。

 第5章では、第2章で取得したアルカリ耐性のAlcaligenes denitrificans A41株のPCB分解経路遺伝子群のクローニングと塩基配列解析について述べられている。予想される15のopen reading frameは、各遺伝子ユニットの配置は異なるが、既知のbph遺伝子群とそれぞれ相同性が認められた。

 第6章は、全体の総括とこれからの研究の展望が述べられている。

 以上、本論文は極限環境に耐性な微生物の中からPCB分解能の優れたものを探索取得し、その特性と遺伝子構造・発現制御について新たな知見を明らかにしたものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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