学位論文要旨



No 215166
著者(漢字) 岩岡,正博
著者(英字)
著者(カナ) イワオカ,マサヒロ
標題(和) 急傾斜地対応型林業用ベースマシンの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 215166
報告番号 乙15166
学位授与日 2001.10.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15166号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 助教授 仁多見,俊夫
 独立行政法人森林総合研究所 企画調整部研究評価科長 豊川,勝生
内容要旨 要旨を表示する

 林業作業の生産性の向上、労働負荷の低減、若年労働力の確保などを目的として、大型機械の導入が1990年代から進められている。しかしながら、日本の森林の多くは急傾斜不整地にあり機械による林内走行は困難であることから、ハーベスタ、フェラーバンチャなどの林内走行を前提とした機械の普及は北海道などの比較的緩傾斜な地域に限られ、その他の地域ではプロセッサなどの土場で使用される機械が導入されているに過ぎない。すなわち、林業作業の中でも労働負荷が高く危険も大きい伐倒作業や、下刈などの育林作業は、チェーンソーや下刈機といった手持ち機械に頼っているのが現状であり、大型機械の導入は進んでいない。したがって、これらの作業の機械化のためには、急傾斜不整地を移動可能なベースマシンの開発が必要不可欠である。

 急傾斜不整地に対応可能なベースマシンを開発する試みとしては、装輪式車両を用いた段軸式車両、装軌式車両の連結車両、また脚式機械などが研究されているが、いずれも構造が複雑になり高度な電子制御を必要とするため、実用機とはなっていない。また、日本の林業事業体のほとんどは零細であり、高価な機械を導入することは困難である。

 そこで本研究では、既存の機械に何等かの機構を付加することによって急傾斜地に対応可能とすることで、林業作業に導入が容易な比較的安価な機械を開発するという基本理念に基づいて、装輪式車両に水平軸回りの旋回機構を付加した上下屈曲式車両と、安定脚に旋回機構、直動機構を付加して連続歩行移動を可能とした半脚式機械を提示し、これらの新しく付加した機構の有効性を理論的、実験的に明らかにすることを目的とする。

 まず、車輪式車両の斜面上における走行性能を向上させるための機構として提示した上下屈曲式車両に関しては、数学モデルを用いた理論解析によって上下屈曲の効果を考察するとともに、実機を用いた接地圧分布と牽引力の測定試験を行って走行性能の向上効果を考察した。この結果、上下屈曲機構によって重心移動して前後軸の接地圧分布を均等化することが可能であり、斜面上における安定性や登坂性能を向上させられることを明らかにした。また、この効果を有効に活用するためには、上下屈曲軸で分けられる前後車体の質量比を均等にすることが必要であり、屈曲軸はできるだけ高くする方が望ましい。この時斜面上における走行性能は、機体を上方に屈曲させた場合(V字形)に向上する。

 次に半脚式機械については、まず既存の半脚式機械を林業用ベースマシンとして用いる場合の問題点と改良すべき点を明らかにすることを目的として、半脚式機械をベースマシンとするハーベスタの作業調査を行い、時間分析を行った。この結果、生産性を向上させるためには、装着可能なハーベスタヘッドをより大型なものに変更すること、歩行速度を向上させること、作業ブームを歩行脚として使用するための準備時間を削減することが必要であることを明らかにした。しかしながら、装着可能なハーベスタヘッドを大型化するためには油圧系統の強化が必要であり、これは機体の大型化や重量増につながることから、植栽木間を移動しなければならない下刈などの育林作業に用いることや、急傾斜地における地盤の支持力などから考えて望ましくない。そこで、半脚式機械に装着可能な小型ハーベスタヘッドの作業性能を大型のハーベスタヘッドと比較して調査し、それらの能力差について考察した。この結果、間伐作業を前提とするならば、小型ハーベスタヘッドの作業能力は大型ハーベスタヘッドに劣るものでは無いことを明らかにした。したがって、半脚式機械を林業用ベースマシンとして適用するために、現状よりも大型化する必要は無いと結論した。

 半脚式機械の歩行速度の向上と、作業用ブームを歩行脚として使用するための準備時間の削減を目的として、歩行脚機構の可動範囲と最大駆動可能距離について考察した。この結果、直動機構と旋回機構を組み合わせたテレスコピックナックルブームタイプの脚が、可動範囲の面からも最大駆動距離の面からも有利であることを明らかにし、この脚機構の最適な脚長比を示した。半脚式機械の安定脚にこの機構を付加し、歩行脚とすることによって、作業用ブームを歩行脚として使用するための準備時間も削減できる。次に、これらの機構を導入した試作機の基本設計を行い、その数学モデルを構築して、関節の駆動トルクと消費エネルギーの面から、歩行方法などについて考察した。また同時に、歩行脚の脚長比を変更した場合について比較検討した。この結果、歩行方向としては、平坦地や緩傾斜地の上り、また全ての場合の下り歩行では前進が有利であり、やや急傾斜地から急傾斜地における上り歩行では後進が有利であることを明らかにした。また、脚の旋回継ぎ手を協調動作させることによって、急傾斜地における駆動トルクと消費エネルギーを大きく減少できることを明らかにした。脚の旋回継ぎ手を協調動作させて連続歩行を行うことは、手動操作では困難であることから、コンピュータ制御を導入して操作補助を行う必要があると判断された。

 半脚式機械の操作へのコンピュータ制御の導入効果を明らかにすることを目的として、操作実験を行って操作上の問題点を明らかにし、模型実験を行ってコンピュータ制御システムについて考察した。この結果、脚先を任意地点に接地させる操作において最も困難なのは、操作者に遠近の判断が要求される動作であり、脚先を直線動作させることによって、この操作を容易にすることが可能であった。また直線動作の方向は、機体の前後軸に平行な方向よりも、脚を含む鉛直面内の水平、鉛直動作が望ましいことを明らかにした。次にこの結果に基づいて、脚を含む鉛直面内において脚先を水平、鉛直動作させるコンピュータ制御システムを構築した。この制御システムは、油圧オン/オフ弁をPWM制御するものであり、1脚につき1台のコンピュータと脚の各継ぎ手に装着した最小限のセンサから構成される。これを実機に適用して動作実験を行い、制御精度を測定した結果、試験機の油圧/油量が十分でないために制御パルス幅を十分短かくすることができず、動作軌跡は滑らかにはならなかったが、現状の試作機としては十分な制御精度と判断され、平坦地における歩行動作には適用可能な制御システムであると結論した。また、試作機の油圧システムを改良することによって、制御システムはそのままで制御精度を向上可能であると判断された。したがって、この制御システムを導入することによって、半脚式機械の操作を容易にすることが可能である。

 以上のように、本研究は実用機を開発するための基礎研究として行ったものであり、上下屈曲式車両、半脚式機械とも、林業用ベースマシンとして急傾斜地に対応させるために必要な条件を明らかにした。これらの機械は、ここで示した条件を満足するように改良し、小型化することによって、伐採、搬出作業に限らず、造林、育林作業にも適用可能である。すなわち、本研究結果は、現在機械化が遅れており、労働負荷の極めて高いこれらの作業の機械化に資するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、林業用ベースマシンを急峻な山岳林で行われる我が国の森林作業に適用可能にするための機構として、アーティキュレイト式トラクタに水平軸回りの旋回自由度を付加した上下屈曲式車両と、脚と車輪を持ち歩行移動を行う半脚式機械を提示し、急傾斜地対応型林業用ベースマシーンの機構の開発に具備すべき条件について、理論的、実験的に明らかにすることを目的にしたものである.

 第2章では、車輪式車両の斜面上における走行性能を向上させるための機構として上下屈曲式車両を提示し、数学モデルを用いて上下屈曲の効果を考察するとともに、実機を用いた接地圧分布と牽引力の測定を行って走行性能の向上効果を考察した。この結果、上下屈曲機構によって重心移動して前後軸の接地圧分布を均等化することが可能であり、斜面上における走行性能を向上させられることを明らかした。

 第3章では、既存の半脚式機械を林業用ベースマシンとして用いる場合の問題点と改良すべき点を明らかにすることを目的として、半脚式機械をベースマシンとするハーベスタの作業調査を行って、生産性を向上させるためには、装着可能なハーベスタヘッドをより大型なものに変更すること、歩行速度を向上させること、作業ブームを歩行脚として使用するための準備時間を削減することが必要であることが分かった。

 第4章において、半脚式機械に装着可能な小型ハーベスタヘッドの作業性能を大型のハーベスタヘッドと比較して調査し、それらの能力差について考察した。この結果、間伐作業を前提とするならば、小型ハーベスタヘッドの作業能力は大型ハーベスタヘッドに劣るものでは無いことを明らかにした.したがって、半脚式機械を林業用ベースマシンとして適用するために、現状よりも大型化する必要は無い.

 第5章では、第3章で明らかになった半脚式機械の問題点である、歩行速度の向上と、作業用ブームを歩行脚として使用するための準備時間の削減を目的として、歩行脚機構の可動範囲と最大駆動距離について考察した。この結果、直動機構と旋回機構を組み合わせたテレスコピックナックルブームタイプの脚が、可動範囲の面からも最大駆動距離の面からも有利であること,また、この脚機構の最適な脚長比を示すことができた。これらの機構を導入した試作機の基本設計を行った。

 第6章では、試作機の数学モデルを構築し、これを用いて関節の駆動トルクと消費エネルギーの面から、歩行方法などについて考察した。また同時に、歩行脚は前進が有利であり、やや急傾斜地から急傾斜地における上り歩行では後進が有利であることが明らかになった。また、脚の旋回継ぎ手を協調動作させることによって、急傾斜地における駆動トルクと消費エネルギーを大きく減少できることが分かった。

 第7章では、半脚式機械の操作にコンピュータ制御を導入した場合の効果を明らかにすることを目的として、操作実験を行って操作上の問題点を明らかにし、模型実験を行ってコンピュータ制御システムについて考察した。

 第8章では、脚を含む鉛直面内において脚先を水平、鉛直動作させるコンピュータ制御システムを構築した。この制御システムを導入することによって、半脚式機械の操作を容易にすることが可能である。

 以上、本研究は実用機を開発するための基礎研究として行ったものであり、上下屈曲式車両、半脚式機械とも、林業用ベースマシンとして急傾斜地に対応させるために必要な条件を明らかにすることができた。ここで示した条件を満足するように改良し、小型化することによって、造林、育林作業にも適用可能であり,現在機械化が遅れており、労働負荷の極めて高いこれらの作業の機械化に資するものであり,汎用性が高いもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって審査員一同は,博士(農学)の学位論文として十分な価値を有するものと判断した.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42867