学位論文要旨



No 215167
著者(漢字) 三島,雅之
著者(英字)
著者(カナ) ミシマ,マサユキ
標題(和) 組み換え抗原とネコヘルペスウイルスI型ベクターによる抗トキソプラズマ免疫の誘導に関する研究
標題(洋) Studies on induction of protective immunity against Toxoplasma gondii by a combination of recombinant antigen and feline herpesvirus type 1 vector
報告番号 215167
報告番号 乙15167
学位授与日 2001.10.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15167号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
内容要旨 要旨を表示する

 トキソプラズマゴンジ(Toxoplasma gondii)は、温血動物全般に感染する病原性原虫である。健常成人では本原虫に感染して目立った臨床症状を呈することは希であるが、一度感染した原虫は脳や筋肉内に終生潜伏感染し、様々な原因により再活性化する。ヒト免疫不全ウイルス感染症や、臓器移植、あるいは抗ガン剤による化学療法などの広がりに伴い、近年、トキソプラズマ日和見感染の危険は急速に増大しつつある。また、トキソプラズマは家畜の流産の原因となり、特に、羊、山羊、豚の畜産業に大きな損害を与えている。トキソプラズマの家畜への感染源は、終宿主であるネコが糞便中に排泄するオーシストである。オーシストで汚染された水や土を食べることが、家畜へのおそらく唯一の感染経路であると考えられている。ヒトはトキソプラズマに感染した家畜の肉を通じて経口感染する。したがって、トキソプラズマの伝搬において、ネコは最も重要な因子である。著者は、組み換えトキソプラズマ抗原と、接触感染により伝搬し得るネコヘルペスウイルス1型(FHV1)ベクターの組み合わせによって、ネコのみに自動的に感染して免疫を誘導し得るワクチンを作製することができれば、人間の管理下にない個体に対する抗トキソプラズマ免疫誘導が現実的になると考え、リコンビナントウイルスワクチンの作製を試みた。本研究の主要な目的は、FHV1のベクターとしての適性を明らかにすることにある。

 第一章では、トキソプラズマの病原性、増殖速度、抗原の遺伝子型について、RH、Beverley、PLK株を用いて比較した。マウスに対する病原性はRH、Beverley、PLKの順に強かったものの増殖速度はBeverley株が最も遅く、病原性と増殖速度の間に相関は認められなかった。また、遺伝的距離は、PLKの方がRHに近かった。このことから、病原性の強弱には、虫体自身の増殖能よりも、むしろ宿主の免疫反応による増殖抑制とのかね合いが強く影響しているものと思われた。また、抗原遺伝子の株間差は非常に小さかった。

 第二章では、トキソプラズマ表面抗原遺伝子を組み込んだFHV1ベクターが発現する組み換えタンパクの性質を明らかにするため、量的に最優勢であると同時に、多くの表面抗原と共通の構造をもつ主要表面抗原1(SAG1)遺伝子を発現する組み換えFHV1(FHV/SAG1)を作製して検討した。その結果、FHV1ベクターが発現した組み換えSAG1(rSAG1)は、ほ乳類免疫系が原虫抗原を認識する上で特に重要と考えられているグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)構造を再現しており、トキソプラズマ慢性感染マウス血清中抗体に認識された。したがって、FHV1ベクターが発現する組み換えトキソプラズマ表面抗原は、ワクチン抗原として適当であると考えられた。

 第三章では、抗トキソプラズマ免疫を誘導し得る抗原を探すため、大腸菌によるSAG1、SAG2、SAG3、SRS1、ROP2組み換えタンパクを作製し、マウスに免疫してトキソプラズマ感染後の免疫反応の修飾や感染防御への影響を観察した。その結果、SAG2、SRS1、ROP2免疫動物では各抗原に特異的な免疫反応の修飾、ならびに致死的感染に対する部分的な防御効果が認められ、脳内シスト形成の抑制も認められた。

 第四から六章では、SAG2、SRS1およびROP2を発現する組み換えFHV1(FHV/SAG2、FHV/SRS1およびFHV/ROP2)をそれぞれ作製し、ネコの免疫を試みた。FHV/SAG2、FHV/ROP2の接種により、トキソプラズマタキゾイト抗原を認識するIgGがネコ血清中に誘導された。ネコ免疫血清はin vitroでタキゾイトの細胞内侵入を抑制した。FHV/SAG2免疫後の糞便中には抗SAG2 IgAが認められ、トキソプラズマ経口感染後のオーシスト排泄期間が短縮した。しかしながら、総排出数には有意な低下が認められなかった。FHV/ROP2を接種したネコではトキソプラズマ感染後の血清IgGの誘導が加速され、脳内シスト形成の抑制が認められた。FHV/SRS1接種動物では何ら防御効果が認められなかった。

 今回誘導し得た抗トキソプラズマ免疫はワクチンとして極めて不十分なものであったが、組み換えウイルスを接種したネコにおいて、トキソプラズマ抗原を認識する血清中IgGならびに腸管IgA誘導など、免疫反応の誘導が認められたことから、FHV1の抗トキソプラズマワクチンベクターとしての適性は示唆された。今後の応用にあたっては、オーシストを形成する腸管ステージの虫体に発現する抗原を同定、分析することが必要であろう。

審査要旨 要旨を表示する

 トキソプラズマゴンジ(Toxoplasma gondii)は、温血動物全般に感染する病原性原虫である。一度感染した原虫は脳や筋肉内に終生潜伏感染し、様々な原因により再活性化する。ヒト免疫不全ウイルス感染症や、臓器移植、あるいは抗ガン剤による化学療法などの広がりに伴い、近年、トキソプラズマ日和見感染の危険は急速に増大しつつある。また、トキソプラズマは家畜の流産の原因となり、特に、羊、山羊、豚の畜産業に大きな損害を与えている。トキソプラズマの家畜への感染源は、終宿主であるネコが糞便中に排泄するオーシストである。ヒトはトキソプラズマに感染した家畜の肉を介して経口感染する。したがって、トキソプラズマの伝搬において、ネコは最も重要な因子である。申請者は、組み換えトキソプラズマ抗原と、接触感染により伝搬し得るネコヘルペスウイルスI型(FHV1)ベクターの組み合わせによって、ネコのみに自動的に感染して免疫を誘導し得るワクチンを作製することができれば、人間の管理下にない個体に対する抗トキソプラズマ免疫誘導が現実的になると考え、リコンビナントウイルスワクチンの作製を試みた。本研究の目的は、上述したネコのワクチンを開発するため、FHV1のベクターとしての適性を明らかにすることにある。

 はじめに、トキソプラズマの病原性、増殖速度、抗原の遺伝子型について、RH、Beverley、PLK株を用いて比較した。その結果、病原性の強弱には、虫体自身の増殖能よりも、むしろ宿主の免疫反応による増殖抑制とのかね合いが強く影響しているものと思われた。これらの株では抗原の遺伝子配列は極めて類似していたことから、RH株遺伝子を用いて多くの表面抗原と共通の構造をもつタキゾイトの主要表面抗原1(SAG1)を発現する組み換えFHV1を作製した。FHV1ベクターが発現した組み換えSAG1(rSAG1)は、ほ乳類免疫系が原虫抗原を認識する上で特に重要と考えられているグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)構造を再現していた。このrSAG1はトキソプラズマ慢性感染マウス血清中抗体に認識され、天然型のエピトープが保存されていることが明らかとなった。

 次に、抗トキソプラズマ免疫を誘導し得る抗原を探すため、大腸菌によるSAG1、SAG2、SAG3、SRS1、ROP2組み換えタンパクを作製し、マウスを免疫してトキソプラズマ感染後の免疫反応の修飾や感染防御への影響を観察した。その結果、SAG2、SRS1、ROP2免疫動物では各抗原に特異的な免疫反応の修飾、致死的感染に対する部分的な防御効果、および脳内シスト形成の抑制が認められた。

 そこで、SAG2、SRS1、ROP2を発現する組み換えFHV1(FHV/SAG2、FHV/SRS1、FHV/ROP2)を作製し、それぞれの組み換えウイルスをネコに接種した。FHV/SAG2はタキゾイト抗原を認識する血清IgGを誘導した。この免疫血清はin vitroでタキゾイトの細胞内侵入を抑制した。また、免疫後の糞便中には抗SAG2 IgAが認められた。FHV/ROP2を接種したネコでは抗トキソプラズマ血清IgGが上昇し、免疫血清はトキソプラズマタキゾイトのin vitro細胞内侵入を抑制した。免疫個体では、トキソプラズマ感染後の血清IgGの誘導が加速され、早い時期に高度のIgGが検出された。これらの動物にトキソプラズマを経口感染させたところ、オーシスト排泄期間の短縮、脳内シスト形成の抑制などが認められたものの、オーシストの総排泄数については変化が認められなかった。FHV/SRS1接種動物では、抗体の誘導、感染防御効果のいずれも認められなかった。

 ネコに対する抗トキソプラズマワクチンの最大の問題は、飼育されていない個体への接種に非現実的なコストがかかることにある。本研究は、感染性ウイルスベクターを用いることでこの問題の解決を図ろうとする新たな試みの第一歩である。この成果はトキソプラズマに対するリコンビナントウイルスワクチン開発の基礎知見として公衆衛生学上極めて重要であると考えられた.よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文に相応しいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク