学位論文要旨



No 215170
著者(漢字) 浅野,知一郎
著者(英字)
著者(カナ) アサノ,トモイチロウ
標題(和) p85/p110タイブphosphatidylinositol 3-kinaseの構造と機能
標題(洋) Structure and function of p85/p110 type phosphatidylinositol 3-kinase
報告番号 215170
報告番号 乙15170
学位授与日 2001.10.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15170号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 講師 白鳥,康史
 東京大学 講師 長瀬,隆英
 東京大学 講師 中尾,彰秀
内容要旨 要旨を表示する

 インスリンは、筋肉、脂肪や肝臓に作用し、グルコースの吸収を促進させることで、血糖降下作用を発揮する。タイプIIの糖尿病では、このインスリンの作用の減弱すなわちインスリン抵抗性が発症や悪化の主たる要因となっている。そのため、インスリンがどのようにして肝臓や筋肉に作用するのか、そしてインスリン抵抗性の分子機構とはどのようなものであるかについて盛んな研究がなされてきている。インスリンは標的細胞の細胞膜上に存在するインスリン受容体に結合し、細胞内にシグナルを伝達させる。インスリン受容体はチロシンキナーゼ活性を有しており、細胞内の幾つかの基質をチロシンリン酸化させる。これらの基質には4種類のアイソフォームからなるIRS蛋白、Gab-1やshcなどが含まれる。特にIRS-1およびIRS-2はインスリン受容体からのシグナル伝達に主要な役割を担っていると考えられている。リン酸化されたIRS蛋白がいかにして下流にシグナルを伝達していくかは重要な課題であり、我々はリン酸化したIRS-1蛋白をプローブに用いるexpression cDNA libraryのスクリーニング方法を開発した。

 このスクリーニング方法は大変パワフルであり、PI 3−キナーゼの調節サブユニットを含む多くのIRS-1結合蛋白がクローニングされた。PI 3−キナーゼの調節サブユニットとしては、以前より85kDaの2つのアイソフォームが報告されていたが、この方法で新たに3つのアイソフォームが発見された(図)。一つは全く新しい遺伝子によってコードされる55kDaの蛋白で、p55γと名付けられた。さらに、p85αの遺伝子からalternative splicingによって、N端の構造が異なる55kDaと50kDaのアイソフォームが生じることも明らかになった。いずれも、2つのSH2ドメインとその間に活性サブユニットとの結合部位を有することは共通だが、N端側の構造は大きく異なっていた。すなわち、85kDaのアイソフォームはN端側にSH3ドメインとbcr homologyドメインを有し、55kDaと50kDaのアイソフォームは、それぞれ34アミノ酸と6アミノ酸からなる特異的な配列をN端に有している。85kDaのアイソフォームのN端部分に存在するSH3ドメインにはdynaminが結合し、vesicleのendocytosisに関与する。一方、私達によってクローニングされた55kDaの2つのアイソフォームは、34アミノ酸からなる短い部位が存在し、この部分はtubulinと結合することが明らかとなった。また、tecなどのチロシンキナーゼは、このN端内のチロシン酸基をリン酸化し、活性化を導く。50kDaのアイソフォームはN端に、わずか6アミノ酸を有するのみなので、これには何も結合しないであろう。

 そこで、調節サブユニットが異なることで、PI 3−キナーゼの活性調節にどのような違いが生じるかを検討したところ、p50αが最も高いインスリン反応性を、p85βが最も低い反応性を有することが明らかとなった。すなわち、これらのアイソフォームは、N端部分の構造の違いによってキナーゼ活性化の程度と細胞内分布のどちらにも違いが生じることが判明した。

 一方、活性サブユニットは調節サブユニットの2つのSH2ドメインの間に結合しており、p110αとp110βの2つのアイソフォームが存在する。3T3-L1細胞では、脂肪細胞への分化に伴ってp110βの発現量が増加する。そこで、両者のキナーゼ活性を比較したところp110βはp110αより明らかに低い活性しか有さないが、p110βは高いインスリン反応性を持ち、p110αの活性はインスリン刺激によってわずかにしか上昇しないことが明らかになった。すなわちp110αは高いベーサルの活性を持つタイプのサブユニットであり、一方、p110βはベーサルの活性は低いがインスリンに対する反応性の高いサブユニットであることが示された。

 現在、すでに我々を含めたグループからの報告によって、PI 3−キナーゼの活性化はグルコースの取り込み、グリコーゲンの合成や糖新生の抑制などのインスリン作用に極めて重要な役割を果たしていることが知られるようになった。糖尿病のモデル動物の多くでインスリンによるPI 3−キナーゼの活性化の障害が報告されており、インスリン抵抗性の分子機構としてキーとなるシグナル伝達蛋白であり、今後さらなる研究が必要な分野である。

Fig.1 Structure and Function of PI 3-kinase regulatory subunit

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、インスリンによる糖代謝の促進に重要な役割を演じているとされているPI 3−キナーゼの構造と機能について検討したものである。PI 3−キナーゼは、調節サブユニットと活性サブユニットの2量体として存在するが、それぞれのサブユニットについて複数のアイソフォームが存在する。これらのアイソフォームの特徴を検討したもので、以下はその概要である。

1.リン酸化したIRS-1蛋白をプローブに用いるexpression cDNA libraryのスクリーニング方法によってPI 3−キナーゼ調節サブユニットをコードするcDNAが分離され、その塩基配列が決定された。その結果、PI 3−キナーゼ調節サブユニットをコードする遺伝子は3種類存在することが明らかになった。p85αをコードする遺伝子からは、alternative splicingによってはN端構造の異なる55kDa、50kDaの調節サブユニット(それぞれ、p50α、p55αと名付けられた)も発現していることが示された。一方、他2つの遺伝子からはp85βとp55γが生じることが照明された。すなわち、PI 3−キナーゼ調節サブユニットとしては5種類のアイソフォームが存在し、85kDa、55kDa、50kDaの3つのサイズに分類されることが明確に示された。これらの調節サブユニットは、2つのSH2ドメインとその間に活性サブユニットとの結合部位を有するという点では共通であるが、N端構造が異なっており、役割の違いが示唆された。

2.調節サブユニットのN端構造の違いがどのような役割の違いを生じさせているかについては、今だ検討の余地が多く残されているが、85kDaのN端にはSH3ドメインが存在しdynaminが活性化されるのに対して、55kDaのN端に存在する特異的な34アミノ酸からなる部分にはtubulinが結合することが示された。これは調節サブユニットのアイソフォームによって細胞内局在が異なる可能性を示唆する知見である。

3.インスリン刺激によってPI 3−キナーゼは活性化されるが、調節サブユニットのアイソフォームによって活性化の程度が異なることが示された。すなわち、p50αが最も高いインスリン反応性を、p85βが最も低い反応性を有することが明らかとなった。

4.一方、活性サブユニットは調節サブユニットの2つのSH2ドメインの間に結合しており、p110αとp110βの2つのアイソフォームが存在する。3T3-L1細胞では、脂肪細胞への分化に伴ってp110βの発現量が増加する。そこで、両者のキナーゼ活性を比較したところp110βはp110αより明らかに低い活性しか有さないが、p110βは高いインスリン反応性を持ち、p110αの活性はインスリン刺激によってわずかにしか上昇しないことが明らかになった。すなわちp110αは高いベーサルの活性を持つタイプのサブユニットであり、一方、p110βはベーサルの活性は低いがインスリンに対する反応性の高いサブユニットであることが示された。

 以上、本論文は、新規調節サブユニットのクローニングを含め、PI 3−キナーゼの構造と機能、特にインスリン反応性に関するサブユニットの特性の違いを報告したものである。インスリンを含めた多くの成長因子や癌遺伝子産物がPI 3−キナーゼを活性化させることが知られているが、本研究はこれらの幅広い細胞生物学の研究分野の発展に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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