学位論文要旨



No 215171
著者(漢字) 神谷,和孝
著者(英字)
著者(カナ) カミヤ,カズタカ
標題(和) 移植片保存による拒絶反応抑制効果とその機序の解明 : マウス異系角膜移植モデルによる検討
標題(洋)
報告番号 215171
報告番号 乙15171
学位授与日 2001.10.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15171号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 川島,秀俊
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 森,庸厚
 東京大学 講師 竹内,巧
内容要旨 要旨を表示する

 角膜移植は、臓器移植の中で最も広く行われており、最も成功率の高い手術方法の一つである。しかしながら、移植片混濁の原因としては、拒絶反応によるものが最多であり、角膜移植後の拒絶反応を抑制することは、最も重要な課題の一つであると考えられる。従来角膜移植で使用する移植片は、保存期間が短く、新鮮なほど良好な移植成績が得られると考えられてきたが、他の臓器移植と比較して、角膜移植では長い期間組織を保存することが可能である。また、近年強角膜片保存法の導入および保存液の改良によって、ドナー移植片の代謝環境が良好となり、さらに長期に及ぶ保存期間の延長が可能になってきている。本研究では、移植片を保存することにより、その抗原性が減少し、移植後の免疫反応を回避できるのではないかという仮説に基づき、マウス異系全層角膜移植モデルを使用し、移植片保存による拒絶反応抑制効果とその機序について検討した。

 レシピエントとしてBALB/c、ドナーとしてC3H/He,B10.D2マウスを用いて、直径2mmのドナー角膜片を強角膜保存液(Optisol-GS〓)内に4℃にて(3,7,)14日間保存した後に、レシピエントに11-0ナイロン糸8-12針端々縫合した後、手術顕微鏡下で経過観察した。また、保存せず直ちに移植したものを対照とした。

1.移植片保存による生着延長効果

(1) MHC、Minor H不適合系での検討

MHC、Minor H不適合系による異系移植後、無保存群は、術後4週以内に90%(n=20)が拒絶されたが、14日保存後の同系移植群は、全例(n=19)生着していた。術後16週の時点での移植片生着率は、3日保存群で38%(n=17)、7日保存群で56%(n=18)、14日保存群で70%(n=20)であった。無保存群に比較して、7日保存群、14日保存群は統計学上有意に生着が延長した(p<0.01,Log-rank test)。

(2) Minor H不適合系での検討

MHC適合、Minor H不適合系による角膜移植術後16週の時点での移植片生着率は、無保存群で40%(n=15)、14日保存群で75%(n=16)であり、無保存群に比較して、14日保存群は統計学上有意に生着が延長した(p<0.05,Log-rank test)。

2.組織学所見

術後3週のヘマトキシリン−エオジン染色の所見では、無保存アログラフトは移植片接合部を中心として細胞浸潤、浮腫が顕著であった。一方、保存アログラフトは細胞浸潤がごく軽度であり、移植片の浮腫を認めなかった。

3.細胞障害性T細胞(CTL)活性

術後3週の時点での無保存群マウス(n=6)の脾細胞のCTL活性は、正常マウス(n=6)のそれに比較して有意な高値を示した(p<0.05,Mann-Whitney U-test)。それに対し、保存群マウス(n=5)のCTL活性は、無保存マウスのそれに比較して有意に抑制され、ほぼ正常マウスのレベルまで抑制されていた(p<0.01,Mann-Whitney U-test)。

4.遅延型過敏(DTH)反応

術後3週の時点での無保存群(n=6)および10×106のドナーC3H/He脾細胞を皮下注射した陽性対照群(n=6)マウスのDTHは耳介注射のみ施行した陰性対照群のそれに比較し、有意に高値を示した(p<0.05,Mann-Whitney U-test)。それに対し、保存群(n=5)マウスのDTHは、ほぼ陰性対照群(n=6)のレベルまで抑制されていた(p>0.05,Mann-Whitney U-test)。

5.ドナー脾細胞による感作後のDTH反応

さらに移植片保存によるDTHの抑制機序を明らかにする目的で、ドナー脾細胞による感作後のDTHを検討したところ、耳介注射のみ施行した陰性対照群(n=6)マウスのDTHは、15×106のドナーC3H/He脾細胞を皮下注射した陽性対照群(n=6)のそれに比較し、有意に低値を示した(p<0.05,Mann-Whitney U-test)。それに対し、保存群(n=5)、無保存群(n=7)マウスのDTHは、陽性対照群に比較し、有意な抑制を示さなかった(p>0.05,Mann-Whitney U-test)。

6.ドナーMHC class Iの発現の変化

保存前後の角膜組織におけるMHC class Iの発現の変化をウエスタンブロティングにより検討した。無保存角膜片では、ドナー由来MHC class Iの明確なバンドが検出されたのに対し、保存角膜片では、ドナー由来MHC class Iの発現が著明に減弱していた。

7.移植片内皮細胞

保存前後の角膜片の内皮細胞形態を走査型電子顕微鏡により観察した。無保存角膜片の内皮細胞の境界は明瞭であり、細胞環境は良好である。一方、保存移植片のそれは一部細胞境界が不明瞭な部分が認められるが、角膜内皮細胞数はほとんど変化を認めず、良好な環境を保っていると考えられた。

 本研究により以下のことが明らかになった。移植片を7日および14日間強角膜保存液中に保存した後に角膜移植を施行した症例は、移植片生着が有意に延長し、14日保存した症例が最も生着率が高かった。また、移植片保存により、角膜移植後の主要な細胞性免疫のエフェクター機構であるCTL活性、DTH反応ともに抑制され、組織学的な検討からも、拒絶反応の抑制に有効であることが明らかとなった。今回の拒絶反応抑制の機序として、ドナー抗原(MHC class IおよびMinor H)の抗原性低下による、認識相における抗原感作の回避(failure of allo-sensitization)が考えられた。また、保存後の移植片の内皮細胞形態への影響は少なかったことから、臨床上においても移植片保存が拒絶反応の回避に有効である可能性が示唆された。今後角膜移植において、移植片のviabilityを重視し、新鮮な移植片を使用するのではなく、保存による抗原性低下に伴う免疫反応回避効果も考慮した上で最適な手術施行時期を決定することが重要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は角膜移植片を保存することで抗原性が低下し、移植後の免疫反応が回避できるのではないかとの仮説に基づき、移植組織保存が免疫反応に及ぼす影響を明らかにすることを目的として、マウス異系角膜移植モデルを使用し、移植片保存による拒絶反応抑制効果とその機序の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.MHC、Minor H不適合系による異系移植後16週の時点での移植片生着率は、無保存群で10%、3日保存群で38%、7日保存群で56%、14日保存群で70%であった。無保存群に比較して、7日保存群、14日保存群は有意に生着が延長することが示された。また、MHC適合、Minor H不適合系による移植片生着率は、無保存群で40%、14日保存群で75%であり、同様に、14日保存群は有意に生着が延長することが示された。

2.移植片の14日間保存により、角膜移植後の主要な細胞性免疫のエフェクター機構と考えられる細胞障害性T細胞(CTL)活性、遅延型過敏(DTH)反応ともに有意に抑制され、組織学的な検討からも、拒絶反応の抑制に有効であることが示された。

3.ドナー脾細胞による感作後のDTHを検討したところ、保存群、無保存群マウスのDTHは、陽性対照群に比較し、有意な抑制を示さなかった。またウエスタンブロティングによる保存前後の角膜組織におけるMHC class Iの発現の検討では、保存角膜片では、ドナー由来MHC class Iの発現が著明に減弱していた。よって拒絶反応抑制の機序として、ドナー抗原(MHC class IおよびMinor H)の抗原性低下による、認識相における抗原感作の回避(failure of allo-sensitization)が考えられた。

4.保存前後の角膜片の内皮細胞形態を走査型電子顕微鏡により検討したところ、保存後の移植片の内皮細胞は比較的良好な環境を保っていた。よって、臨床上においても移植片保存が拒絶反応の回避に有効である可能性が示唆された。

以上、本論文はマウス角膜移植モデルにおいて移植片保存により拒絶反応抑制効果が認められ、その機序がドナー抗原の抗原性低下による、認識相における抗原感作の回避であることを明らかにした。本研究はこれまで不明であった、移植片保存に伴う免疫学的な優位性を最初に指摘したものであり、臨床上の角膜移植への応用も十分に期待できると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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