学位論文要旨



No 215172
著者(漢字) 陳,迎章
著者(英字)
著者(カナ) チン,ゲイシヨウ
標題(和) ヒト1番染色体短腕1p35−36領域のBACの整列化地図作成と神経芽腫の癌抑制遺伝子の探索
標題(洋) The construction of BAC-based STS-content map extending 35Mb region in human chromosome 1p35-36 and the search for tumor suppressor genes in neuroblastoma
報告番号 215172
報告番号 乙15172
学位授与日 2001.10.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15172号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 助教授 辻浩,一郎
内容要旨 要旨を表示する

Iはじめに

 近年、RB、p53、WT1、NF1、p16INK4aおよびp19ARF遺伝子等の癌抑制遺伝子が次々と単離され、種々の腫瘍の発生や進展に関与していることが明らかとなった。これらの遺伝子産物は細胞周期の制御に関与することから、細胞における癌抑制遺伝子の不活化が癌発生の原因と考えられている。そのメカニズムとしては、染色体の両方のアリルのホモ接合体欠失や、片方のアリルのヘテロ接合体欠失(LOH)と他のアリルの遺伝子変異、あるいはメチル化などがある。

 神経芽腫は小児の悪性腫瘍の中では白血病、脳腫瘍についで頻度が高く、腹部の固形腫瘍では最も頻度が高い。MYCN遺伝子の増幅は神経芽腫の進展例の約半数にみられることから、予後不良の指標とされている。また、神経芽腫では1番染色体短腕(lp)のlp36領域のLOHが高頻度にみられることから、この領域に原因遺伝子が存在することが示唆されている。

 他方、lp35-36領域には神経芽腫以外でも、大腸癌、胃癌、乳癌、肝癌、膵癌、悪性黒色腫など多数の癌でLOHがみられ、複数の腫瘍の発生や進展に重要な役割を果たす癌抑制遺伝子が存在すると推測されている。1番染色体に存在する神経芽腫の候補癌抑制遺伝子を同定する目的で、lp35-36の約35Mbの領域の高精度物理地図作成を行なった。すなわち、染色体マーカーのsequence tagged site(STS)を正確にマップするために2段階-polymerase chain reaction(PCR)スクリーニング法与開発し、大腸菌人工染色体(bacterial artificial chromosome, BAC)の整列化をおこない、最長20Mb、計11個のコンテイグを作製した。この結果、染色体40kb毎に発現遺伝子、およびSTSを配置した。更に、この高精度物理地図を用いて、神経芽腫の細胞株におけるホモ接合体欠失領域を探索し、ショットガン法でシークエンスを決定し、その領域に存在する候補癌抑制遺伝子を同定した。

II材料と方法

(材料)

(1)BAC:ヒト全ゲノムRPCI-11 BAC library

 (http://www.chori.org/bacpac/home.htm)

 末端シークエンス(TIGR社)

 (http://www.tigr.org/tdb)

 ランダムフィンガープリント(FPCデータベース:WU)

 (http://genome.wustl.edu/gsc/cgi-bin/humanFPC_single.pl)

 ドラフトシークエンス(NCBI)

 (http://www.ncbi.nlm.nih.gov)

(2)染色体マーカー:PCRプライマー(STS)の設計と合成

 radiation hybrid map(lp35-36)(NCBI)

 (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genemap99/).

 lp36コスミドの末端シークエンス

(2)神経芽腫細胞株25株

(方法)

1.BACの整列化による高密度STS含有地図の作成

1) 基本概念:2種類以上のPCRシグナルをもつBACをスクリーニングし、Maximum matching alignment法でBACを整列化する。この結果、同時にradiation hybrid map上の染色体マーカー(STS)を正しい位置に配列できる。

2) 限定したBAC(147000株、7倍量)を使用した2段階スクリーニング法を用いる。1段階目はキットでMTPプレートを選択し、STSの整列化とコンティグの枠組みをつくり、2段階目では溝プレートによるBACクローンを単離し確認する。

3) コンティグの伸長、確認するためにBAC末端シークエンスによる染色体歩行を行う。

4) BACコンティグの順番はfluorescence in situ hybridization(FISH)法で確認する。

2.染色体マーカー(STS)によるホモ欠失領域の検索とBACドラフトシークエンスによる癌抑制遺伝子の同定

1) 高密度STS含有地図を用いてで神経芽腫細胞株25株の欠失領域を検索する。

2) Southern blottingでホモ接合体欠失領域を確認する。

3) ホモ欠失領域のBACのshotgun法によるシークエンス解析とデーターベースによる検索を行い、その領域に存在する遺伝子を同定する。

III結果と考案

 BAC整列化はヒトゲノム解析計画の最大の障害となっていた。このため、私は、従来の制限酵素を用いる方法をやめて、限定した数のBACにradiation hybridパネル上に配置してあるSTSマーカーが存在するかどうかをスクリーニングで検索し、確定した約1300個のSTSマーカーを目印にBACを整列化する方法を用いた。この結果、lp35-36領域の35Mbの高密度STS含有地図が作成できた。この35Mbの領域内は11個のBACコンティグを含み、このうち最も長いコンティグは約20Mbである。本領域は、多数の癌でのLOHが報告されており、複数の癌の発生と進展に関与する癌抑制遺伝子が存在することが示唆されている。このため、今回作成した35MbのBACコンティグはこれらの癌抑制遺伝子を単離、同定するうえで有用と考えられる。

 神経芽腫では従来のLOH解析より、lp上に少なくとも2箇所の共通欠失領域が存在すると推定されており、特にlp36上のD1S214とD1S244の間が、進展例における共通欠失領域と推定されている。このため神経芽腫の候補癌抑制遺伝子を同定する目的で、BACコンティグを用いて神経芽腫細胞株25株におけるlp36領域のホモ欠失の検索を行った。はじめに共通欠失領域(D1S214とD1S244)をカバーする約20Mbの領域内の150個のSTSマーカーを用いて、PCR法でスクリーニングを行った。その結果、神経芽腫細胞株1株(NB-1)で、連続した27個のSTSマーカーがホモ欠失していることが判明した。次に、このホモ欠失をサザンブロット解析でも確認した。作成した高密度STS含有地図より推定したところ、この欠失は約480kbであった。このホモ欠失領域に神経芽腫の候補癌抑制遺伝子の存在が示唆されたので、更にショットガン法によるシークエンスとデーターベースを用いてこの領域のゲノムシークエンスを決定した。その結果、この約480kbの領域には7つの既知遺伝子と9個のESTマーカー、更に2個のマイクロサテライトマーカーが存在するこが判明した。これら既知の7個の遺伝子はユビキチン経路の遺伝子(E4B)、キネシンfamily遺伝子(KIF1B)、アポトーシス関連遺伝子(DFF45)、ペルオキシゾーム膜蛋白質遺伝子(PEX14)、解糖系の酵素遺伝子(PGD)およびT細胞特異的分子(SCYA5)である。KIF1B蛋白は特に神経細胞の軸索に多量に分布し、シナプス間の物質の運搬に重要な役割を果たしている。このためこの遺伝子は神経細胞の分化や増殖にも重要な役割を果たしている可能性がある。またDFF45遺伝子はcaspaseカスケードの下流で機能し、アポトーシス実行に重要な役割を果たしている。更に、最近、ユビキチン経路の遺伝子がMYCC蛋白の分解に関与していることが明らかとなった。このため、これらの遺伝子が神経芽腫の発生や進展に関与しているか否かを詳細に解析していく必要がある。

IVまとめ

 Radiation hybridパネルを用いて、lp35-36領域の約35MbのBACの整列化地図を作成した。lp35-36領域には神経芽腫をはじめ成人のいくつかの癌に関与する癌抑制遺伝子が存在するこが示唆されているので、この領域の広範囲なBACの整列化地図を作成することは、これらの癌抑制遺伝子の単離、同定に有用と考えられた。作成した高密度STS含有地図を用いて、神経芽腫の細胞株を用いて、ホモ欠失のスクリーニングを行ったところ、一つの細胞株で約480kbのホモ欠失を検出した。この領域をショットガン法とデーターベースを用いて解析したところ、少なくとも7個の遺伝子が存在することが判明した。これらの遺伝子が神経芽腫の発生や進展に関与しているか否か、更に詳細な解析が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は1番染色体に存在する神経芽腫の候補癌抑制遺伝子を同定する目的で、lp35-36の約35Mbの領域の高精度物理地図作成を行なった。この高精度物理地図を用いて、神経芽腫の細胞株におけるホモ接合体欠失領域を探索し、その領域に存在する候補癌抑制遺伝子を同定し、下記の結果を得ている。

1.大腸菌人工染色体(bacterial artificial chromosome, BAC)の整列化はヒトゲノム解析計画の最大の障害となっていた。このため、私は、従来の制限酵素を用いる方法をやめて、限定した数のBACにradiation hybridパネル上に配置してあるSTSマーカーが存在するかどうかをスクリーニングで検索し、確定した約1300個のSTSマーカーを目印にBACを整列化する方法を用いた。この結果、lp35-36領域の35Mbの高密度STS含有地図が作成できた。この35Mbの領域内は11個のBACコンティグを含み、このうち最も長いコンティグは約20Mbであった。BACコンティグの順番はfluorescence in situ hybridization(FISH)法で確認した。本領域は、多数の癌でのヘテロ接合体欠失(LOH)が報告されており、複数の癌の発生と進展に関与する癌抑制遺伝子が存在することが示唆されている。このため、今回作成した35MbのBACコンティグは、これらの癌抑制遺伝子を単離、同定するうえで有用と考えられる。

2.神経芽腫では従来のLOH解析より、lp上に少なくとも2箇所の共通欠失領域が存在すると推定されており、特にlp36上のD1S214からD1S244のが、進展例における共通欠失領域と推定されている。このため神経芽腫の候補癌抑制遺伝子を同定する目的で、BACコンティグを用いて神経芽腫細胞株25株におけるlp36領域のホモ欠失の検索を行った。はじめに共通欠失領域(D1S214とD1S244)をカバーする約20Mbの領域内の150個のSTSマーカーを用いて、PCR法でスクリーニングを行った。その結果、神経芽腫細胞株1株(NB-1)で、連続した27個のSTSマーカーがホモ欠失していることが判明した。このホモ欠失はサザンブロット解析でも確認された。作成した高密度STS含有地図より推定したところ、この欠失は約480kbであった。

3.このホモ欠失領域に神経芽腫の候補癌抑制遺伝子の存在が示唆されたので、更にショットガン法によるシークエンスとデーターベースを用いてこの領域のゲノムシークエンスを決定した。その結果、この約480kbの領域には7個の既知遺伝子と9個のESTマーカー、更に2個のマイクロサテライトマーカーが存在することが判明した。これら既知の7個の遺伝子はユビキチン経路の遺伝子(E4B)、キネシンfamily遺伝子(KIF1B)、アポトーシス関連遺伝子(DFF45)、ペルオキシゾーム膜蛋白質遺伝子(PEX14)、解糖系の酵素遺伝子(PGD)およびT細胞特異的分子(SCYA5)である。KIF1B蛋白は特に神経細胞の軸索に多量に分布し、シナプス間の物質の運搬に重要な役割を果たしている。このためこの遺伝子は神経細胞の分化や増殖にも重要な役割を果たしている可能。またDFF45遺伝子はcaspaseカスケードの下流で機能し、アポトーシス実行に重要な役割を果たしている。更に、最近、ユビキチン経路の遺伝子がMYCC蛋白の分解に関与していることが明らかとなった。このため、これらの遺伝子が神経芽腫の発生や進展に関与しているか否かを詳細に解析していく必要がある。

 以上、本論文はradiation hybridパネルを用いて、lp35-36領域の約35MbのBACの整列化地図を作成し、作成した高密度STS含有地図を用いて、神経芽腫の細胞株で約480kbのホモ欠失を検出した。この領域をショットガン法とデーターベースを用いて解析したところ、少なくとも7個の遺伝子が存在することが判明した。本研究はこれまで不明であった神経芽腫の原因解明に重要な貢献をすろと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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