No | 215174 | |
著者(漢字) | 竹腰,英樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケゴシ,ヒデキ | |
標題(和) | 小耳症・外耳道閉鎖症における側頭骨内顔面神経走行の高分解能CTによる定量的研究 : 片側小耳症、両側小耳症、Treacher Collins症候群の比較 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215174 | |
報告番号 | 乙15174 | |
学位授与日 | 2001.10.17 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15174号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 目的 出生10〜20万人に1人の確率で生じる両側小耳症、4〜7万人に1人の確率で生じる小耳症と顔面奇形を伴うTreacher Collins症候群は約8〜9割が外耳道閉鎖症を合併する。そのため両耳に中程度から高度の伝音難聴を伴うこと多く、乳幼児期から骨導補聴器を装用し言語訓練を受けないと言語発達遅滞が生じる。しかし骨導補聴器は気導補聴器と比較して(1)調整が難しい、(2)運動などではずれやすい、(3)目立つ、(4)ことばの聴き取りがやや劣るなどの欠点がある。小耳症・外耳道閉鎖症は内耳奇形を伴うことは稀であるため、外耳道形成、鼓室形成により聴力が劇的に改善する可能性がある。頭蓋骨がある程度発達した年齢で外耳道形成、鼓室形成を施行し可能な限り聴力改善を図り、患児を骨導補聴器から解放してあげることが耳鼻咽喉科医の使命である。しかし外耳道閉鎖症に対する外耳道形成術は最も高度な技術を要する手術の1つである。側頭骨の削開にあたり、下顎関節包、内耳、顔面神経、S状静脈洞、中頭蓋底部の損傷を起こしやすいからである。特に顔面神経は損傷すると顔面麻痺が必発するため、最も避けなければいけない合併症である。そのため、側頭骨高分解能CTにて顔面神経の走行を把握することは外耳道形成術施行する上で必要条件である。小耳症・外耳道閉鎖症の側頭骨内顔面神経走行を定量的に測定し、疾患による差、小耳症程度による差、側頭骨発達による差を把握するのが目的である。 方法 (1)対象:東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科を受診した小耳症患者のうち、15歳以下、外耳道形成術を受けていない、先天性顔面神経麻痺を伴っていない40症例の側頭骨高分解能CT画像を研究対象とした。40症例を片側小耳症群、両側小耳症群、Teacher Collins症候群の3群に分けた。片側小耳症群は12症例12耳、平均年齢9歳1ヶ月。両側小耳症群は18症例34耳、平均年齢8歳0ヶ月。Treacher Collins症候群は10症例20耳、平均年齢6歳8ヶ月。小耳症の程度は各群間で差はなかった。耳介正常症例と小耳症例を比較するため、15歳以下、真珠腫性中耳炎12症例、慢性化膿性中耳炎5症例、中耳奇形を伴わない伝音難聴3症例、中耳・内耳奇形を伴わない感音難聴1症例、頭蓋骨骨折を伴わない頭部外傷1症例のそれぞれ健側耳22耳をコントロール群とした(平均年齢8歳8ヶ月)。片側小耳症11症例の非小耳症耳側(11耳)も計測の対象とした(平均年齢9歳2ヶ月)。(2)計測部位(図1):(1)内耳道から顔面神経が分岐する部位(Bill's bar)を基準点とした。(2)基準点が確認できるCT画像を基準面とした。(3)基準面上で内耳道の内径中心点と基準点を結んだ線を基準線とした。(4)膝神経節の中心点(G点)と基準点との最短距離(G-D)、G点と基準点を結んだ線と基準線とのなす角度(G-A)、顔面神経第1膝部のなす角度(GFA-1)を測定した。(5)CT画像上で最外側、最後方に認められる顔面神経管の中心点(F点)とG点との最短距離(F-D)、G点とF点を結んだ直線(G-F線)と基準線とのなす角度(F-A)、G-F線とF点で135'の角度で交差する直線が側頭骨最外側部と交差する点(L点)とするとF点とL点の最短距離(FL-D)を計測した。(3)計測方法:撮影した側頭骨高分解能CT画像をスキャナにて取り込み、コンピュータ画面上で解析した。基準面から1mmごと8mm尾側までのCT画像で計測した。基準面で計測した基準点、基準線、G点を各CT画像にプロットし、前述の部位を計測した。計測は各部位で2回施行し、その平均値を測定値とした。F-A、F-D、FL-Dにおいては基準面から3スキャン毎に各測定値の平均を計算し、頭側から尾側にかけて各平均値をAVER 1、AVER 2、AVER 3とした。(4)検討項目:(1)基準点を原点とし、基準線をX軸(基準点より外側を正)、基準線と基準点で直交する線をY軸(基準点より前方を正)としたX-Y座標を作成した。各測定値より、AVER 1〜3における顔面神経のX値、Y値を計算した。G点のX値、Y値をGX、GYとした。F点のX値、Y値をFX、FYとした。(2)基準面と基準点で直交する線をZ軸(基準面より頭側を正)とし、前述のX軸、Y軸からなる空間座標を定義した。この空間座標上にてG点と顔面神経のAVER 1点を通る直線(G-F1線)、顔面神経のAVER 2点とAVER 3点を通る直線(F2-F3線)と定義した。G-F1線に平行な方向ベクトル(GF1)、F2-F3線に平行な方向ベクトル(F3F2)のなす角度は顔面神経第2膝部のなす角度と考えられGFA-2とした。(3)年齢分布、小耳症程度、測定値、GX、GY、FX、FY、GFA-2を示し疾患群間で比較した。(4)片側小耳症群、両側小耳症群を合わせ以下の分類にて群別し、年齢分布、測定値、GX、GY、FX、FY、GFA-2を示し群間で比較した。A)側頭骨奇形の程度を示すJahrsdoerfer分類(J.I群、J.II群)、B)小耳症程度を示すMarx分類(M.I群、M.II群、M.III群)、C)耳管鼓室陥凹の分化度を示すTR分類(TR.I群、TR.II群、TR.III群)。(5)各測定値における各群の平均値より、顔面神経を再構築した。(5)統計的検討:統計的処理に際してはTukey-Kramerの多重比較を使用し、有意確率が0.01以下の場合に有意差として認めた。 結果 (1)Treacher Collins症候群症例は正常症例と比較して、a)内耳道と迷路部顔面神経のなす角度では平均20度鈍角、b)顔面神経第1膝部のなす角度では平均20度鈍角、c)鼓室部顔面神経の長さが短い、d)F-Aが鋭角であることから、顔面神経は前庭窓より下方にて平均で約2mm外側、約3mm前方走行することが判明した。(2)頭蓋骨外側面から顔面神経までの距離は、Treacher Collins症候群症例では正常症例と比較し約10mm短いことが判明した。(3)片側小耳症、両側小耳症症例の顔面神経は正常症例と比較し、鼓室部顔面神経の長さが短いため前庭窓から蝸牛窓の位置にかけて約3mm前方に存在する傾向が認められた。(4)片側小耳症、両側小耳症症例の顔面神経は正常症例と比較し明らかに外側を走行しているとはいえなかった(図2)。(5)片側小耳症、両側小耳症症例は、側頭骨奇形を評価するJahrsdoerfer分類5点以下と6点以上では顔面神経の走行に明らかな違いは認められなかった。(6)片側小耳症、両側小耳症症例は、耳介奇形を評価するMarx分類Grade Iと比較してGrade II、Grade IIIは顔面神経が約2〜3mm前方を走行することが判明した。(7)片側小耳症、両側小耳症症例は、耳管鼓室陥凹の分化度を評価するTR分類にて顔面神経走行に明らかなTR群間の違いは認められなかったが、TR.Iと比較してTR.II、TR.IIIは約1mm外側を走行する傾向が認められた。(8)顔面神経第2膝部は、疾患群間で有意差を認めなかったが、小耳症症例は正常症例と比較して約20度鈍角である傾向があった。 図2 考察 耳介は第1、第2鰓弓より形成されるが、側頭骨はそれ以外に第1鰓溝、第1鰓嚢、耳胞からも形成されます。Jahrsdoerfer分類は側頭骨発生を総合的評価しているため、評価点よる分類では顔面神経走行に差が出なかったものと考えられた。顔面神経の走行において、第1、第2鰓弓由来のReichert's軟骨からアブミ骨が形成され、顔面神経鼓室部と乳突部が出現し、徐々に第2膝部が鋭角化されてくる。第1、第2鰓弓由来の耳介が奇形を示せば、同時に顔面神経第2膝部の形成が障害される率も高くなるものと考えられる。つまり、小耳症症例の顔面神経が耳介正常症例に比較して前方を走行するのは顔面神経第2膝部の形成不全によるものと考えられた。外耳道形成には、上前方削開法と乳突部削開法の2通りある。本研究にて、Treacher Collins症候群症例は膝神経節が正常症例に比較し外側を走行し、それに伴い顔面神経鼓室部も外側に走行することが判明した。しかも中頭蓋底低位や上鼓室を認めない症例が多く認められるので、Treacher Collins症候群は顔面神経を損傷する可能性が非常に高くなるため上前方削開法は難しいと考えられた。耳以外に顎顔面奇形を伴わない小耳症症例では、上鼓室や乳突洞を認めない症例は顔面神経が外側を走行する傾向にあるので上前方削開法では顔面神経を損傷する可能性が高くなる。上鼓室や乳突洞を認める症例は原則的に外耳道形成は上前方削開法で良いが、耳介奇形の高度な小耳症症例は顔面神経走行が正常症例より前下方を走行する率が高くなることを認識していなくてはいけない。乳突部削開法では、中頭蓋底低位がなければ後上方より削開すると顔面神経損傷が少ないと考えられた。小耳症・外耳道閉鎖症症例は側頭骨鼓室部が欠如していることが多い(図3)。この様な症例に、本来の外耳道の位置に外耳道を作成しても外耳道前壁、下壁が欠損しており、将来外耳道狭窄が生じる可能性が高い。ある程度の径を持った外耳道を作成するためには、本来の外耳道の位置よりやや上後方に作成することとなる。しかし、外耳道を後方に作成すると、削開部が顔面神経乳突部と近接する。小耳症症例の顔面神経はコントロール群と比較し前下方を走行するので削開部が顔面神経鼓室部、乳突部と重なる可能性が高い。これらを考えると、上前方削開法より乳突部削開法が安全であることがわかる。側頭骨鼓室部が欠如している小耳症症例は道上棘がないことが多く、削開する指標がないため困惑する。側頭骨乳突部前縁の延長線と側頭線で囲まれた三角を後上方から削開し、顔面神経鼓室部を確認しながら外耳道を作成するのが最も合併症が少ないものと考えられる。側頭骨乳突部削開法を選択し前下方へ削開を進める場合、顔面神経の走行を把握していないと、損傷を恐れ削開が充分に出来ず、外耳道が後方に作成されやすい。本研究にて小耳症症例の顔面神経走行を定量的に示し耳介奇形や側頭骨奇形との関連を示したことは、顔面神経走行の把握を容易にさせ、外耳道形成術において顔面神経損傷を予防する観点から臨床的意義が高いと考えられた。 図1 図3 本来の外耳道の位置(a)では側頭骨鼓室部がないため外耳道前壁下壁が欠損している。そのため、作成外耳道(b)は上後方に存在する。側頭骨乳突部前縁の延長線(c)と側頭線によって囲まれた三角(d)から矢印方向に削開するのが合併症を避けるための乳突削開法である1:側頭骨乳突部、2:下顎骨関節突起、3:側頭線C:コントロール群、UN:片側小耳症の非小耳症耳側群、U:片側小耳症群、B:両側小耳症群、T:Treacher Collins症候群 | |
審査要旨 | 本研究は小耳症・外耳道閉鎖症の側頭骨内顔面神経走行において、片側小耳症、両側小耳症、Treacher Collins症候群による疾患の差、小耳症程度による差、側頭骨発達による差を把握するため、側頭骨高分解能CTを用いて定量的に測定を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. Treacher Collins症候群症例は正常症例と比較して、a)内耳道と迷路部顔面神経のなす角度で平均20度鈍角、b)顔面神経第1膝部のなす角度で平均20度鈍角、c)鼓室部顔面神経の長さが短い、d)鼓室部顔面神経と基準線のなす角度が鋭角であることから、顔面神経は前庭窓より下方にて平均約2mm外側、約3mm前方走行することが示された。 2. 頭蓋骨外側面から顔面神経までの距離は、Treacher Collins症候群症例では正常症例と比較し約10mm短いことが示された。 3. 片側小耳症、両側小耳症の顔面神経は正常症例と比較し、鼓室部顔面神経の長さが短いため前庭窓から蝸牛窓の位置にかけて約3mm前方に存在する傾向が示された。 4. 片側小耳症、両側小耳症症例の顔面神経は正常症例と比較し外側を走行している傾向は認められなかった。 5. 片側小耳症、両側小耳症症例は、側頭骨奇形を評価するJahrsdoerfer分類5点以下と6点以上では顔面神経の走行に明らかな違いは認められなかった。 6. 片側小耳症、両側小耳症症例は、耳介奇形を評価するMarx分類Grade Iと比較してGrade II,Grade IIIは顔面神経が約2〜3mm前方を走行することが示された。 7. 片側小耳症、両側小耳症症例は、耳管鼓室陥凹の分化度を評価するTR分類にて顔面神経走行に明らかなTR群間の違いは認められなかったが、TR I群と比較してTR II群、TR III群は約1mm外側を走行する傾向が示された。 8. 顔面神経第2膝部は、疾患群間で有意差を認めなかったが、小耳症症例は正常症例と比較して約20度鈍角である傾向が示された。 以上、本研究にて小耳症症例の顔面神経走行を定量的に示し耳介奇形や側頭骨奇形との関連を示したことは、顔面神経走行の把握を容易にさせ、外耳道形成術において顔面神経損傷を予防する観点から臨床的に意義が高く、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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