学位論文要旨



No 215176
著者(漢字) 澁谷,啓
著者(英字)
著者(カナ) シブヤ,サトル
標題(和) 軟弱粘土の挙動における擬似弾性剛性
標題(洋) Quasi-elastic stiffness in the behaviour of soft clay
報告番号 215176
報告番号 乙15176
学位授与日 2001.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15176号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 講師 桑野,玲子
内容要旨 要旨を表示する

 我が国を含めたアジア地域における地盤工学の最重要課題の一つは,「軟弱粘土地盤の力学諸特性の評価に基づいた変形挙動の予測」である.従来から,軟弱粘土のせん断における変形係数のひずみ及び応力レベル依存性は広く知られていた.一方,歴史的に観て軟弱粘土地盤に関しては圧密現象が主たる工学的関心事であったため,土工事に伴うせん断変形は,「中・大ひずみ(1%〜10%)レベルにおける"静的"変形問題」との共通認識が実務技術者の間に無批判のうちに浸透していた.このような背景から,地盤の静的変形挙動の解釈及び予測において,地盤振動問題の実務において多用されている小ひずみ(1%以下)レベルでの"動的"変形特性,とりわけ0.001%以下での「擬似弾性剛性」が活用されることは稀であった.近年,都市機能の拡張に伴い,「軟弱粘土地盤の小ひずみでの"静的"変形」が重要課題の一つとなってきた。一方,室内再構成試料の力学挙動を体系的に記述した既往の構成モデルは、自然堆積粘土特有の長期二次圧縮、粒子間のセメンテーション、等の年代効果を適切に評価できないことが分ってきた。要するに,「室内再構成粘土の中・大ひずみ変形挙動の観測→モデル化→変形解析」の従来の枠組みよる実地盤挙動の予測手法には本質的な限界があることが次第に認識されてきた。

 本論文では,「軟弱粘土」と「擬似弾性剛性」を一貫したキーワードとして,「軟弱粘土の擬似弾性剛性の測定と結果の工学的適用」をメインテーマとしている.世界数ヶ国の沖積粘土地盤から採取した高品質な試料を用いた室内土質試験と原位置試験を実施し,「自然堆積粘土と室内再構成粘土」,「室内試験(要素)と原位置試験(マス)」及び「擬似弾性係数(微小ひずみ挙動)と非排水せん断強度(大ひずみ挙動)」との関連についてそれぞれ考察しいくつかの新しい知見を提示している.

 第2章では,軟弱粘土の擬似弾性剛性の測定法,一般理論及び挙動の実際を紹介している.第3章では,各種の室内及び現場試験(ベンダー要素試験,三軸試験,サイスミックコーン試験,孔内水平載荷試験)のそれぞれにおいて,室内供試体及び原地盤の擬似弾性係数を高精度に測定するための試験装置の開発を試みるとともに,試験装置・方法に関する現状の問題点を特定しその対策を提案している.

 第4章では,間隙比〜有効応力〜擬似弾性係数を用いて定義された「三次元状態限界曲面」の概念を新たに導入することにより,年代効果のない室内再構成粘土の擬似弾性剛性の挙動を体系的に記述している.

 第5章では,まず一連の室内試験結果から,「クリープひずみの発生を伴い一時的に硬くなること,即ち三次元状態限界曲面外への逸脱現象」が「メタ安定化」であり、土の構造化(structuration)の本質であると主張している。つぎに,年代効果のない室内再構成試料の力学的性質は、年代効果を受けた自然堆積粘土の力学的性質を評価する上での基本となるとの考えから、「同一の擬似弾性せん断係数Gにおける自然粘土とその再構成試料と間隙比の差」に着目したメタ安定度指数MI(G)eを新たに提案している.その上で、MI(G)eを用いると年代効果による構造の高位化および有効応力の増加による構造の低位化をシステマティックに表現できることを実証している.さらに,新たに導入したメタ安定化定数Cβを用いて、年代効果による土の構造の高位化現象の予測を試みている。加えて,異なる種類の粘土地盤の「構造化」の程度を比較する尺度として,原地盤のありのままの状態を深さ方向に連続的に測定した物性値(=原地盤のせん断弾性波速度測定によるせん断弾性剛性率(Gf)と原地盤の本質的な工学的性質の違いを相対化する液性指数ILを組み合わせたメタ安定度指数MI(G)ILを提案している。

 本論文の後半部分において,擬似弾性剛性の工学的適用について議論している.第6章では,自然堆積粘土地盤におけるメタ安定度指数と非排水せん断強度増加率の関係に着目し,原地盤の非排水せん断強度の新たな推定法として,MILK(Metastability Index coupled with Laboratory K0 test)法を提案している.さらに,我が国の有明粘土地盤とタイのバンコック粘土地盤において実施した事例研究により,MILK法の工学的適用性を吟味している.第7章では,弾塑性FEMを用いた軟弱粘土地盤の変形解析に関する事例研究の成果を報告している.バンコックにおける盛土基礎地盤の変形及び掘削に伴う連続地中壁背後の地盤変形に関する事後及び事前解析をそれぞれ実施し,地盤調査から得られた各種の"弾性変形係数"の実用的な選定方法を提案している.

 第8章では,本論文で得られた結論をまとめている.

審査要旨 要旨を表示する

 軟弱地盤を広く持つ我が国を含めた多くの国において、軟弱粘土地盤の変形強度特性の適切な評価と軟弱粘土地盤の変形と構造物の変位の予測は重要な工学的課題である。軟弱粘土地盤に関する従来の最も重要な変形問題は圧密問題であった。しかし近年は、地震時の地盤変形と都市部の近接工事に関連した地盤掘削や構造物建設に伴う主にせん断変形による地盤変形も重要な問題となってきた。前者においては、繰返し載荷を受ける軟弱粘土の弾性変形係数と変形特性のひずみ及び応力レベル依存性等の非線形性の重要性は広く認識されてきた。しかし、後者の静的問題において扱われる軟弱粘土の変形特性は、従来は線形弾性体の枠組みで行われ、動的問題での変形特性の関連や弾性変形と変形特性の非線形性を直接考慮することは行われていなかった。実務において従来の方法の予測能力の限界は明らかになってきたが、新しい方法論の研究が不十分であった。一方、従来の粘性土の変形強度特性の研究は室内で練返して作成した試料を用いた室内せん断試験に基づくものが多かった。しかし、原位置での自然堆積粘土は長期の二次圧密現象や粒子間のセメンテーション等の年代効果を受けている。従って、何らかの原位置試験を行った上で不攪乱試料を用いた室内試験を行い、これらの結果に基づいて年代効果を考慮して正確に原位置地盤の変形強度特性を評価できる方法の確立が必要とされてきた。

 本研究は、以上の背景に基づいて「軟弱粘土の擬似弾性剛性の測定と結果の工学的適用」を目標として、世界数力国の沖積粘土地盤における原位置試験と高品質な不攪乱試料を用いた室内土質試験を実施して行われた。自然堆積粘土と室内再構成粘土,室内試験と原位置試験、擬似弾性係数と非排水せん断強度との関連について新しい知見を得ている。

 第1章は序論であり、以上のような研究の背景が纏められ、論文構成が説明されている。

 第2章は、軟弱粘土では完全な意味での弾性変形特性は測定できず、0.001%程度以下のひずみレベルの変形係数と擬似的な弾性変形特性と定義できることを述べて、第3章で詳細に述べる疑似弾性特性の測定法の一般理論及び各種の具体的方法を紹介している。

 第3章では,供試体を用いた各種の室内試験(ベンダーエレメントを用いた圧密試験,三軸試験等)及び現場試験(サイスミックコーン試験,孔内水平載荷試験)において,擬似弾性係数を高精度に測定するための従来の試験装置と方法論の問題点を明らかにし、本研究において開発した新しい方法を説明している。

 第4章では,間隙比〜有効応力〜擬似弾性係数を用いて定義した「三次元状態限界曲面」の概念を新たに導入することにより,年代効果のない室内再構成粘土の擬似弾性剛性の挙動を体系的に記述できることを、具体的データに基づいて示している。

 第5章では,まず一連の室内試験の結果に基づいて,軟弱粘性土はクリープひずみの発生を伴い疑似弾性変形特性と小ひずみレベルでの変形特性が増加するが、このことにより「上記の三次元状態限界曲面の外へ状態が逸脱する現象」が生じることを示している。また、これは「ひずみの増加と伴に失われ一種の安定化(即ちmeta-stabilization)」であり,土の構造化(structuration)と呼ばれている現象であると主張している。つぎに,年代効果のない室内再構成試料の力学的性質は,年代効果を受けた自然堆積粘土の力学的性質を評価する上での基本となると考えて,「同一の擬似弾性せん断係数Gを持つ自然粘土とその再構成試料との間隙比の差」をメタ安定度指数MI(G)eと定義した。その上で,MI(G)eを用いると、年代効果による土の構造化および有効応力の増加に伴うひずみの増加による構造の損傷を系統的に表現できることを実証している。さらに、メタ安定化定数を用いて,年代効果による土の構造の定量的予測を試みている。加えて,異なる種類の粘土地盤の「構造化」の程度を比較する尺度として,原地盤で深さ方向に連続的に測定した物性値(=原地盤のせん断弾性波速度測定によるせん断弾性剛性率Gf)と原地盤の本質的な工学的性質の違いを一般的に表現できる液性指数ILを組み合わせたメタ安定度指数MI(G)ILを提案している。

 第6、7章では,擬似弾性剛性の工学的適用について議論している。

 第6章では,自然堆積粘土地盤におけるメタ安定度指数と非排水せん断強度には相関があることを示し,原地盤の非排水せん断強度の新たな推定法(MILK : Metastability Index coupled with Laboratory Ko test法)を提案して,世界3力国の粘土地盤で実施した事例研究によりMILK法の工学的適用性を実証している。

 第7章では,上記の基礎的な研究成果に基づいて行った弾塑性FEMを用いた軟弱粘土地盤の変形解析に関する事例研究の成果を報告している。即ち、バンコックにおける盛土基礎地盤の変形及び掘削に伴う連続地中壁背後の地盤変形に関する事後及び事前解析をそれぞれ実施し,地盤調査から得られた各種の"弾性変形係数"の実用的な選定方法を提案している。

 第8章では,本論文で得られた結論をまとめている.

 以上要するに、系統的な室内と現場試験に基づいて理論的検討を行い、自然堆積粘土と室内再構成粘土,室内試験と原位置試験、擬似弾性係数と非排水せん断強度との関連について新しい知見を得て、原位置軟弱粘性土の非排水せん断変形特性と強度特性を合理的に予測できる新しい方法論を提案しており、今後の本研究分野の発展及び実務設計の改善に寄与する新しい知見を与えている。これらは、土質工学に分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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