学位論文要旨



No 215177
著者(漢字) 西田,徹
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,トオル
標題(和) 地域空間における環境行動的研究
標題(洋)
報告番号 215177
報告番号 乙15177
学位授与日 2001.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15177号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

本論文は全6章からなる。以下,各章について要旨を述べる。

「第1章 研究の背景と目的」

 住民主体のまちづくりという言葉があるが,本当に住民はまちの主体になっているのであろうか。実際は,行政主導のモノづくりや組織づくりに終始している様に思われる。また,ハードがいくら立派になっても,環境が持続するシステムが伴っていなければ,結局のところ生活の質は向上せず,豊かさは実感できないのではないだろうか。本研究はこの様な問題意識のもとに環境行動研究(Environment-Behavior Study)的視点から地域空間の価値や意味が個人のどの様な働きかけによって生まれ,持続しているのかを探ることを目的としている。特に,この環境に対する個人の積極的な働きかけを「カスタマイズ」,持続させるシステムを「メンテナンス」と呼び,それらの活動が居住環境の整備・更新に果たす役割と可能性を探ることを目的としている。環境行動的研究の特徴として次の5点があげられる。(1)都市をトータルな環境として捉え,人間と環境とは不可分であり,一体であると捉えること。(2)個人と環境との関係を分析の単位にし,個人から見た環境の使いこなしを記述すること。(3)生活の組み立て方と同時に,生活を維持することや拡張のきっかけについて分析すること。(4)地域空間にひろがる可能性をもつコミュニティについて扱うこと。(5)属性の違いによる環境行動の特徴を見ること。

 以上のことから本研究は,個人の環境行動的視点から本来のまちづくりのあり方を捉え直そうと試みたものであるといえる。

「第2章 調査概要」

 本研究では,環境移行の視点と,まちに対して積極的にカスタマイズしメンテナンスすることで生活基盤を築くものとして「独身社会人」,育児者として地域との関係を新しくカスタマイズしメンテナンスしている「子育て中の母親」,新しく環境をカスタマイズするものとして「大学生」,既に構築した環境をメンテナンスしているものとして「高齢者」,新しいコミュニティの形態をつくりだす「犬の散歩者」の5タイプを属性として着目し調査対象者とした。また,日常生活行動圏がほぼ収まる地域空間を検討した結果,新潟県新潟市を調査対象地に設定することとした。まちづくりの視点においては,調査そのものからも居住者に対して何らかのフィードバックをしていく必要があると思われる。居住者の様々な外出行動と地域空間との関係性を居住者自身の記述によってマップ上にリアルに描き出していくことは,環境行動を建築計画学的に見ていく上でも,また,居住者自身が自分の行動を客観的に振り返り,自分と居住環境との関係を再認識する上でも非常に重要なことと言える。属性によって調査方法は異なるが,基本的な調査方法として,過去の活動を振り返って白地図上に行動内容を記述していく「環境行動マッピング調査」,1ヶ月間の外出行動を毎日白地図と予定表に記入していく「行動記録マッピング調査」を行った。更に,カードによるアンケートを行うことにより,個人がストックしている個々のアクセスポイントにおける環境との関係を分析することが可能となる(カードは調査後,被験者自身の記録となるように返却した)。

「第3章 個人の環境行動の記述」

 外出行動に関してフィルターを一切かけずに環境行動の記述を行えば,個人の生活絵地図が抽出できる。個人がストックしている場所は大体分かるが,これだけでは個人がどの様に環境との関係を組み立てているか,個人にとっての場所の意味や場所との関係が詳しく見えてこない。そこで,独身社会人においてリフレッシュ活動に着目し,それらの活動がどの様な場所で行われているかをコメントと一緒に記述した。これによって個人の外出行動は生き生きと描き出すことができ,ストックとなっている場所が複数の活動欲求を満たしていることが分かった。また,一ヶ月間の行動記録調査から予定外の行動とストックとの関係を確認することができた。この様な環境行動マップは個人によって当然異なる。リフレッシュ活動が共通している場合は,利用場所が似てくるが,それぞれに見いだしている価値観は異なっていることもわかった。また,好きな場所や特色のある場所について,個人の記述を全て重ねることで,地域空間に対する認識や評価はある程度共通するものであることが分かったと同時に,環境の持つ価値を言語化することができた。育児者においては,出産前後の利用場所に着目し,子どもを連れてまちを歩くことで,まちとの関係がどの様に変化するかを環境行動マップに描いた。ここでは育児者の行動がいかに環境に影響されやすいものであるかを見ることができた。

「第4章 環境のカスタマイズ」

 個人は個々のアクセスポイントにおいて,環境を構成している要素に対して積極的に働きかけることで,自己にとって居心地のいい環境をアクセスポイントにつくりあげていく。この働きかけを「カスタマイズ」とよび,カスタマイズすることで出来上がった様々な要素との関係を「スタンス」とよぶこととする。本研究では,カスタマイズの方法やスタンスを記述する為に「CSフォーマット」を開発した。このフォーマットの特徴は,物的環境やサービス,他者,主人などの環境要素と自分との関係を線で結び,4つの事象に分けて描くことであり,これによって,カスタマイズの方法やスタンスを視覚化できるところにある。独身社会人についての考察により,個人が各アクセスポイントにおいて,スタンスはその利用者自身が決定していること,スタンスをよりよくしていくためには,主にコミュニケーションによってカスタマイズを行っていることがわかった。具体的なコミュニケーションの内容についてまではわからないが,利用者の主人と価値観を共有していることが一つの条件になると思われる。カスタマイズの方法は人により異なるし,カスタマイズをしないで得られる快適なスタンスもあれば,カスタマイズを拒否される場合もあるが,いずれにせよ,カスタマイズは環境を自分の好みに組み立てる方法であり,カスタマイズのしやすさは一つの環境評価の指標となる。育児者においても,CSフォーマットを利用して分析できることが確認され,育児者のカスタマイズの特徴は,育児者と子どもとのスタンスが変化することであることが分かった。つまり,子どもが親の元をはなれ自由に動き回ることにより,他の育児者の子どもと仲良くなり,それがきっかけとなりコミュニケーションが生まれることが多いということである。この様なコミュニケーションはデパートのおもちゃ売り場のような匿名性の高い場所でおこることが多く,特定の集団が既に出来ているような場所では起こりにくいこともわかった。

「第5章 環境のメンテナンス」

 自己や他者の多種多様なスタンスを内包しながら常に変化していく環境において,自己のスタンスを維持していくためには,更新された環境要素との関係も新たにして行く必要がある。つまり,自己のスタンスを最適化する「メンテナンス」という活動が必要となる。メンテナンスには直接働きかけるものもあれば,間接的に働きかけるものなど様々方法があると思われる。メンテナンス自体は環境との新しい関係を生み出すような活動ではないが,メンテナンスをきっかけとして生活が拡張することはある。また,メンテナンスしている個人のストックは新潟市における居住環境のストックとなっていると考えられ,これらの個人のストックを,たとえば音楽に関するもので重ね合わせれば,新潟市における音楽のポテンシャルを示す図が描ける。音楽活動を支えているのは,公共の施設だけでなく,まちの中にある,音楽好きの集まる喫茶店や飲み屋など民間の施設であることが指摘できる。まちづくりにおいてもこの様な場所を把握していることは重要であると言えよう。また,アクセスポイントにおける他者との関係を円滑にするためやアクセスポイントをメンテナンスする必要性から個人でルールやマナーを決めている場合がある。ルールには個人的なものも多いが,不特定多数の個人が共有しているものが,習慣やマナーになると思われ,この様なものが自然に生まれて来なければ,質の高い居住環境の維持・更新は難しいと言えよう。

「第6章 まとめ」

 我々は,環境をカスタマイズし,スタンスをとることには労力を払い,努力をするが,ひとたび構築した環境との関係に対しては注意が行きにくくなったり,維持管理を人任せに考えがちである。しかし,環境に価値を与えているのは我々居住者の活動自体であるし,環境の中に生み出された価値を常にメンテナンスし更新していくことこそが,よりよい環境と居住者の関係を生み出すと共に環境に多種多様な価値を内包させ,個人の環境への自由な定位を約束しているものといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、個人の環境行動研究的視点から、地域空間の価値や意味が個人のどの様な働きかけによって生まれ持続しているのかを探ることを目的としている。いわゆるまちづくりの現状は、住民主体とは名ばかりの行政主導のモノづくりや組織づくりに終始し、環境が持続するシステムが伴っていないという問題意識のもとに、まちづくりの本来のあり方を捉え直そうと試みたものである。

 本論文は全6章からなる。

 第1章では研究の背景と目的について述べている。本論文は、環境に対する個人の積極的な働きかけを「カスタマイズ」、持続させるシステムを「メンテナンス」と呼び、それらが居住環境の整備・更新に果たす役割と可能性を探るもので、次の5点を特徴としている。(1)都市をトータルな環境として捉え、人間と環境とは不可分一体と捉えること。(2)個人と環境との関係を分析の単位にし、個人から見た環境の使いこなしを記述すること。(3)生活の組み立て方と同時に、生活を維持することや拡張のきっかけについて分析すること。(4)地域空間にひろがる可能性をもつコミュニティについて扱うこと。(5)属性の違いによる環境行動の特徴を見ること。

 第2章では調査対象と方法について述べている。まちに対して積極的にカスタマイズしメンテナンスすることで生活基盤を築く「独身社会人」、育児者として地域との関係を新しくカスタマイズしメンテナンスしている「子育て中の母親」、新しく環境をカスタマイズする「大学生」、既に構築した環境をメンテナンスしている「高齢者」、新しいコミュニティの形態をつくりだす「犬の散歩者」の5属性を調査対象者とし、日常生活行動圏がほぼ収まる地域空間として新潟市を調査対象地に設定している。

 過去の活動を白地図上に記述していく「環境行動マッピング調査」、1ヶ月間の外出行動を毎日白地図と予定表に記入していく「行動記録マッピング調査」を基本的な調査方法とし、更にアンケートにより個人のアクセスポイントにおける環境との関係を分析した。

 第3章では個人の環境行動の記述について述べている。外出行動の記述により個人がストックしている場所が分かる。個人にとっての場所の意味や関係を見るために、独身社会人のリフレッシュ活動に着目し記述すると、個人の外出行動を生き生きと描け、ストックの場所が複数の活動欲求を満たしていることが分かる。また一ヶ月間の行動記録調査から予定外の行動とストックとの関係が確認できた。環境行動マップは個人によって異なり、それぞれに見いだしている価値観は異なることも明らかにした。また、好きな場所や特色のある場所について個人の記述を全て重ねると、地域空間に対する認識や評価はある程度共通することが分かり、環境の持つ価値を言語化できた。育児者では、出産前後のまちとの関係の変化、環境からの影響を見ることができた。

 第4章では環境のカスタマイズについて、CSフォーマットによる分析を試みている。個人はアクセスポイントにおいて環境構成要素に対して積極的に働きかけ、居心地のいい環境をつくりあげていく。この働きかけを「カスタマイズ」とよび、カスタマイズで出来上がった様々な要素との関係を「スタンス」とよぶ。物的環境やサービス、他者、主人などの環境要素と自分との関係を線で結び、4つの事象に分けて描き、カスタマイズの方法やスタンスを視覚化する「CSフォーマット」を開発した。独身社会人では、各アクセスポイントにおいて、スタンスは利用者自身が決定し、スタンスをよりよくしていくために主にコミュニケーションによってカスタマイズを行っていることがわかった。カスタマイズは環境を自分の好みに組み立てる方法で、そのしやすさは一つの環境評価指標となる。育児者のカスタマイズの特徴は、子どもとのスタンスが変化することで、子どもが親元をはなれ、他の育児者の子どもと仲良くなり、それがきっかけでコミュニケーションが生まれることが多く、この様なコミュニケーションは匿名性の高い場所でおこることが多いことがわかった。

 第5章では環境のメンテナンスについて述べている。自己や他者の多種多様なスタンスを内包しながら常に変化していく環境において、自己のスタンスを維持していくためには、更新された環境要素との関係も新たにし、自己のスタンスを最適化する「メンテナンス」が必要となる。メンテナンスをきっかけとして生活が拡張することもある。メンテナンスしている個人のストックは新潟市における居住環境のストックとなっている。それらは公共の施設だけでなく、店や民間の施設もあり、まちづくりにおいても重要な役割をはたしている。また、他者との関係を円滑にするためやメンテナンスの必要性から個人でルールやマナーを決めている場合がある。不特定多数の個人が共有しているルールは習慣やマナーとなり、質の高い居住環境の維持・更新に役立っているとした。

 第6章ではまとめとして、環境に価値を与えているのは我々居住者の活動自体であり、環境の中に生み出された価値を常にメンテナンスし更新していくことこそが、よりよい環境と居住者の関係を生み出すと共に環境に多種多様な価値を内包させ、個人の環境への自由な定位を約束できるものといえるとしている。

 以上のように本論文では、地域空間の価値や意味が個人のどの様な働きかけによって生まれ、持続しているのか、その生き生きした実態を探ることに成功した。またそのために試みた調査分析の方法の可能性を明らかにした。このような環境行動的研究は、住民一人一人がまちの主体になり、人々と都市環境との豊かな関係が持続されるような、本来のまちづくりを進め、豊かさを実感できる生活の質の向上につなげるためのものと位置づけられ、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク