学位論文要旨



No 215180
著者(漢字) 岩佐,幸治
著者(英字)
著者(カナ) イワサ,コウジ
標題(和) マイクロメカニックスの観点からの断層の摩擦すべり過程の研究 : 透過波動による断層の接触状態をモニターする室内実験とコンピュータ・シミュレーションによる検証
標題(洋) A study on frictional sliding processes of faults from a micromechanical point of view : A laboratory experiment to monitor the contact state of a fault by transmission waves and a verification by computer simulation
報告番号 215180
報告番号 乙15180
学位授与日 2001.10.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15180号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉田,真吾
 東京大学 名誉教授 大中,康譽
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 菊地,正幸
 横浜市立大学 教授 吉岡,直人
内容要旨 要旨を表示する

 摩擦すべり現象をより深く解明するには,すべり面には顕著な凹凸があり,お互いの面はアスペリティで接触していることを考慮しなければならない.Holm(1946)の真実接触面積の概念の登場により,粗い面どうしが重なり合ってできる真実接触部分は,見かけの接触面積に比べて極めて小さいことが明らかにされた.そのような小さな接触点における力学の総和が,マクロな現象としての摩擦などを支配していることが明らかにされてきた.本研究は,接触面および摩擦すべり現象をアスペリティ接触というミクロな観点から捉え,断層運動の挙動を予測することを目的とする.

 これまでの実験的・理論的研究により,動的な破壊の前にはゆっくりとした前兆的なすべりが存在することが明らかにされてきた.そのような前兆的にすべっている領域(および段階)と固着している領域(および段階)とでは,何らかの物理的なコントラストが存在すると考えられる.インデンテーションの実験ではインデンターの接触面積が静的接触時間の対数に比例して増加することが明らかにされている.すなわちアスペリティ接触というミクロな観点に基づくと,固着している領域では個々のアスペリティ接触は静的接触時間によってその接触面積が増加し,スティッフネスも増大すると考えられる.一方,前兆的なすべりが開始した領域では,接触の置きかわりが始まり,静的接触時間がリセットされ,固着した領域よりスティッフネスが小さくなることが期待される.

 断層のスティッフネスを見積もる方法の一つに断層面に弾性波を透過させる実験がある.透過波動は断層のスティッフネスに敏感であることが明らかにされている.本研究では,透過波動の静的接触時間に対する変化と,せん断応力に対する変化を調べる実験を行った.

 図1に試料および装置の概略図を示す.試料の材質は真鍮である.局所的なせん断応力の変化を観測するために断層面に沿って歪ゲージを11枚貼った.また試料内部3箇所に透過波動の発信・受信を行うセラミック振動子を設置した.実験は3通り行った:(1)法線応力を約3時間一定に保ち,その間の透過波動の変化を観察する実験(NSHT).(2)法線応力を一定に保ちつつ,stick-slipが起こるまでせん断応力を徐々に加えて行く実験(SSIT).(3)せん断応力を断層のせん断強度の半分程度まで上昇させ,徐々に減少させる実験(SSUDT).この実験は,SSITの補助的実験である.

 NSHTでは透過波動の振幅は静的接触時間の対数に比例して増加し,その増加率は1万秒の接触時間で数%であった(図2).これは静摩擦力やインデンターの接触面積が静的接触時間の対数に比例して増加した過去の研究と調和的である.

 SSITでは,透過波動の変化について特徴的な2つの結果が得られた(図3).一つはせん断応力の増加とともに透過波動の振幅が著しく上昇したことである.大きい方で2倍,小さい方でも3割の上昇があり,数百秒の静的接触時間に対してこの変化は大きい.これはcreepによる効果ではなく,Tabor(1957)の言う"junction growth"による真実接触面積の増加で説明できる.Junction growthが生じるには,法線応力がかかった状態で塑性変形が起こっている必要がある.コンピュータ・シミュレーションによると,多くの接触点がこの条件を満たすことがわかった.もう一つは,局所的な前兆すべりの開始とともに透過波動の振幅の上昇率が減少したことである.これは,静的接触時間のリセットの効果が現われたものと考えられる.

 透過波動の周波数依存性を調べたところ,高周波成分の波は,せん断応力の変化に敏感であることがわかった.これは透過率の理論解析で説明できる.また,低周波数成分の波は,局所的なせん断応力の変化に対応した変化をし,前兆的なすべりに敏感であることがわかった.この原因については現在考察中である.

 Phaseの変化も,前兆的なすべりの開始とともに変化が鈍った.透過波動の振幅もphase-shiftの変化についても,Pyrak-Nolte et al.(1990)による透過率の理論を通して統一的に解釈できる.

 透過波動は,前兆的なすべり,断層の接触状態の変化を知る良いindicatorである.

 これまでの地震予知研究は,断層およびその周辺から発せられる自然からの情報(地殻変動,電磁気学的変化,地震活動など)をキャッチしようという受動的なものであったように思われる.この実験は,波を強制的に透過させ,その情報によって変化を検出するというより能動的な方法としても重要な試みの一つである.

審査要旨 要旨を表示する

 これまでの地震予測研究は,大地震前の破壊核形成などに伴う地殻変動,電磁気変動,地震活動などを捉えようという受動的なものが主であった.本論文は,弾性波を断層面に照射し透過波から得られる情報によって主破壊前の前兆的なすべりや断層の接触状態の変化を検出しようという能動的な方法を提唱し,実験によりその有効性を確かめたものである.また,3次元表面形状の測定データを直接用いて,法線応力下の粗い面の挙動について調べるため,粗い面どうしの接触のコンピュータ・シミュレーションを行った.第1章イントロダクションに続く第2章では室内実験について,第3章ではコンピュータ・シミュレーションについて論じており,第4章では全体的な議論と結論を述べている.

 摩擦すべり現象をより深く解明するには,すべり面には顕著な凹凸があり,お互いの面はアスペリティで接触していることを考慮しなければならない.Holm(1946)の真実接触面積の概念の登場により,粗い面どうしが重なり合ってできる真実接触部分は,見かけの接触面積に比べて極めて小さいことが明らかになり,そのような小さな接触点における力学の総和が,マクロな現象としての摩擦などを支配していると考えられるようになった.本論文は,接触面および摩擦すべり現象をアスペリテイ接触というミクロな観点から捉え,断層運動の挙動を予測することを目的としている.また,これまでの実験的・理論的研究により,動的な破壊の前にはゆっくりとした前兆的なすべりが存在することが明らかにされてきた.そのような前兆的にすべっている領域(および段階)と固着している領域(および段階)とでは,何らかの物理的なコントラストが存在すると考えられ,観測により検出できる可能性がある.

 第2章では,断層面に弾性波を透過させる実験を行い,透過波動の静的接触時間やせん断応力に対する変化を調べた.3つの真鍮ブロック試料をサンドイッチ状にセットし,局所的なせん断応力の変化を観測するために断層面に沿って多数の歪ゲージを貼り,試料内部3箇所に透過波動の発信・受信を行うセラミック振動子を設置した.そして,法線応力のみを加える実験や,法線応力を一定に保ちつつ,stick-slipが起こるまでせん断応力を徐々に加えて行く実験などを行った.

 法線応力のみ加えた実験では,透過波動の振幅が静的接触時間の対数に比例して増加することを明らかにした.この"接触時間効果"による増加率は1万秒の接触時間で数%であった.

 stick-slipの実験では,せん断応力の増加とともに透過波動の振幅が著しく上昇(最大で2倍程度)することを見いだし,また局所的な前兆すべりに対応した変化を検出した.せん断応力の増加にともなう振幅の増加は,"接触時間効果"から期待される量に比べるとはるかに大きく,せん断応力により"junction growth"が生じて真実接触面積が増加する効果が卓越していることを示した.また,局所的な前兆すべりが開始すると,透過波動の振幅は増加し続けるもののその上昇率は減少することを見いだした.これは,真実接触面積は増加し続けるが,すべりにより接触点の置き換えがおこり,新たな接触点ではずっと接触し続けていた点に比べほとんど"接触時間効果"を受けてないためとすれば説明可能である.

 さらに,透過波動の周波数依存性を調べ,0.3MHz程度の低周波数成分の波の方がそれより高周波成分の波に比べ,前兆的なすべりに敏感であること明らかにするとともに,透過波の位相においても前兆的なすべりの開始に対応した変化を検出した.そして,このような透過波動の振幅や位相の変化をPyrak-Nolte et al.(1990)による透過率の理論により統一的に解釈することを試みた。

 第3章では断層の接触状態についての理解をさらに深めるため,コンピュータ・シミュレーションにより,粗い面の接触とはどういう形でなされているのか,接触している面の対面が水平移動すると接触状態はどのように変化するのか調べた.真鍮試料表面の三次元表面形状を測定し,そのデータを用いてコンピュータ上で仮想的に重ね合わせ,法線応力下でのアスペリティにおける局所的な応力や真実接触面積などを計算した.その結果,多くの接触点が,第2章で議論したjunction growthに必要な塑性変形を起こす条件を満たしていることを示した.また,面が水平移動する間の接触状態の変化を定量的に把握するとともに,経験的に知られている摩擦構成則の物理的意味について考察した.

 なお,本論文第2章の一部,および第3章の一部は吉岡直人氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験・解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク