学位論文要旨



No 215181
著者(漢字) 戸谷,美夏
著者(英字)
著者(カナ) トヤ,ミカ
標題(和) 分裂酵母の細胞形態に関わるpob1遺伝子・myo1遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 215181
報告番号 乙15181
学位授与日 2001.10.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15181号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

[序] 細胞の形態はその機能と強く相関し、すべての真核生物において分化の過程で整合的に制御され、また、増殖期の細胞においても細胞周期依存的に制御されている。従って、細胞形態制御の分子機構の解明は、生物学における最も基本的な問題のひとつであると考えられる。アクチン細胞骨格が細胞の増殖と細胞形態の制御に重要な役割を果たし、その制御には低分子量GTPaseが関わる情報伝達系が機能していることはよく知られているが、細胞周期の進行や分化の過程に対応し、細胞形態の変化をコーディネートしている分子機構については、未だ多くのことが明らかにされていない。

 分裂酵母(Shizosaccharomyces pombe)は単細胞の真核生物であり、細胞の最外層は細胞壁に覆われてその形態が規定されている。細胞形態は円筒形で、細胞周期を通じてその直径は一定に保たれ、細胞周期に依存した細胞端での成長極性の変化を示す。増殖期の細胞は、細胞周期の進行にともなって伸長の形式を単極成長から両極成長へと変化させ、細胞長が一定に達すると伸長を停止して細胞の中央に隔壁を形成する。分裂酵母は通常1倍体の体細胞分裂で増殖する。1倍体細胞にはh+型とh-型の2種類の接合型が存在し、培地中の栄養源の枯渇によって有性生殖過程が誘導されると、異なる接合型の細胞間で接合をおこない2倍体を形成する。接合時には接合型の異なる細胞に向かって接合管を伸長させることによって、細胞形態は円筒形からシュムー型に変化する。接合の結果生じた2倍体細胞は通常ただちに減数分裂および胞子形成を行う。分裂酵母細胞では、以上のような増殖や分化にともなう細胞形態の変化に応じて、アクチンや微小管細胞骨格がダイナミックに変化する様子が観察されている。このような性質から、分裂酵母は細胞形態を研究するための優れたモデル系であると考えられている。

 分裂酵母において最もよく見られる細胞形態異常の表現型は、細胞極性に欠損を示した結果と考えられる、丸みをおびた、あるいは球形の細胞形態である。丸く短い細胞形態の表現型を示す変異株の1つにras1が存在する。分裂酵母ras1は、動物がん遺伝子rasの相同遺伝子であり、ras1欠損株は、丸く短い細胞形態であることに加えて接合不能の表現型も示す。Ras1pの下流にはCdc42pの関わる細胞形態の維持に関与する情報伝達系と、胞子形成に関与するMAPキナーゼの情報伝達系(Byr2/Ste8p[MAPKKK]、Byr1/Ste1p[MAPKK]、Spk1p[MAPK])が存在する。接合にはその双方の情報伝達系の働きが必要であると考えられる。

 本研究では、細胞形態を研究するための優れたモデル系であることに加えて、分子遺伝学的技法を用いた解析が可能であり、細胞機能を分子レベルで理解するためのモデル系としても有用な分裂酵母を用いて、細胞形態維持に関わる分子機構の理解の深化を目指した。第一章では、出芽酵母や高等生物でも細胞極性の制御に関わると考えられているCDC42が関与する情報伝達系に着目し、分裂酵母のRas1p-Cdc42p情報伝達系に関与する新たな因子の同定を胞子形成を指標に試みた。第二章では、第一章で解析をおこなったpob1遺伝子の下流で働く因子を得るためのスクリーニングの過程で単離された、分裂酵母I型ミオシンをコードするmyo1遺伝子の解析をおこなった。

[結果と考察]

第一章 pob1遺伝子の単離と機能解析

 分裂酵母ゲノムライブラリーからras1破壊byr2/ste8活性化株(JX268)の接合不能を多コピーで抑圧するプラスミドの単離を試みたところ、JX268株の接合不能を抑圧して胞子形成を誘導する遺伝子は得られなかったが、細胞を倍数化させることによって胞子形成を導く遺伝子(pWT4-3)が単離された。pWT4-3の導入により膨潤した球形の細胞形態が観察されたため、細胞形態維持に関わる因子が得られた可能性を考えて、pWT4-3の塩基配列を決定した。その結果、予測される遺伝子産物は、SH3ドメイン、SAMドメイン、PHドメインをもつ872アミノ酸からなるタンパク質であった。このタンパク質は、出芽酵母で出芽時の細胞極性維持に関与するBoi1pおよびBoi2pと高い相同性を示したことから、得られた遺伝子をpob1(S.pombe BOI)と名付けた。

 pob1遺伝子破壊の結果は致死となり、pob1は生育に必須な遺伝子であった。このため、PCRで変異を導入したpob1を染色体に組み込むことにより温度感受性株(pob1-664 株:JX584)を単離し、pob1の機能解析に用いた。JX584に、出芽酵母BOI2遺伝子を多コピーで導入したところ、その温度感受性が相補されたことから、Pob1pは機能的にもBOIタンパク質と相同であることが示唆された。JX584の制限温度下での生育を調べた結果、制限温度にシフトアップ後2時間で分裂を停止し、大部分の細胞が1核で隔壁をもたない状態であることが観察された。FACS解析の結果からこれらの細胞はG2期で増殖を停止していることがわかったが、G2期停止の典型的な表現型である細胞の伸長はみとめられず、細胞伸長の停止がpobl変異の1つの表現型である可能性が示唆された。制限温度で伸長を停止した細胞においてもタンパク合成はいくらか継続して起こり、その結果、細胞は徐々に膨潤して、37℃で21時間培養したJX584細胞はレモン型の特徴的な形態を示した(図1)。分裂酵母ではM期に入るためには一定のサイズとなることが必要である。JX584では制限温度下でただちに細胞の伸長が停止するのでM期に進入できないという可能性が考えられたため、検討をおこなった。JX584をヒドロキシウレア(HU)存在下で細胞長を十分に伸長させてから制限温度にシフトアップし、HUを除去すると、核分裂が進行し隔壁が形成されたが、隔壁形成後の細胞の分離に欠損が表れた。この結果から、Pob1pは、核分裂や細胞質分裂には必要ではないが、細胞の伸長と細胞質分裂後の細胞の分離に必要であることが明らかになった。電子顕微鏡を用いた観察により、JX584が制限温度下で形成した分離でえきない細胞隔壁は、一次壁、二次壁ともに肥厚した異常な細胞壁であることがわかった。JX584では、制限温度下で分泌小胞の蓄積も認められた。

 GFP-pob1p発現株を作製しPob1pの細胞内局在を経時的に観察した結果、Pob1pは、細胞周期の進行にともなって伸長端から隔壁形成部位へと局在を変化させるF−アクチンとよく似た局在を示した(図2)。しかし、HAタグを結合したPob1pをpob1破壊株に発現させPob1pとF−アクチンとの共染色をおこなった結果、両者の局在は細部で異なり、F−アクチンは間期には成長端付近にパッチ状に、細胞質分裂時には細胞の中央に収縮するリングとして存在するのに対して、Pob1pは、細胞伸長端や隔壁形成部位に、面をつくって局在するように観察された。

 これらの結果から、Pob1pは、新生された細胞膜に局在しF−アクチンパッチとともに分泌の後期過程に関わることによって、細胞壁の構築に関与していることが示唆された。

第二章 I型ミオシンをコードするmyo1遺伝子の機能解析

 pob1遺伝子の下流で働く因子を得るためのスクリーニングの過程で単離された、分裂酵母I型ミオシンをコードするmyo1遺伝子の解析をおこなった。myo1は、N末端部分を欠損した形で、pob1温度感受性株(pob1-664)の高温感受性を多コピーで抑圧するクローンの1つとして単離された。myo1全長ではpob1-664株の温度感受性を抑圧しなかったことから、myo1が直接pob1の下流で働く因子である可能性は低いと考えられた。しかし、分裂酵母のI型ミオシンについての報告はこれまでになく、また、出芽酵母での研究結果から、I型ミオシンはアクチン細胞骨格に働きかける因子であることが推測されていることから、分裂酵母におけるI型ミオシンの機能を明らかにすることは細胞形態維持のしくみの理解に役立つと考え、解析をおこなった。

 Myo1pは、出芽酵母MYO5やコウジカビMYOAなどのアメーバタイプのtype Iミオシンと高い相同性を示し、頭部と尾部の境にIQモチーフ、尾部にSH3ドメインをもっていた。遺伝子破壊の結果、myo1遺伝子は増殖に必須ではなかったが、破壊株では細胞端へのF−アクチンパッチ分配やF−アクチンリングの形成、細胞形態などに異常の見られる細胞が観察された。また、myo1遺伝子破壊株の増殖は、低温・高温、および高塩濃度(0.75M KCI)感受性となり、制限温度下では、娘細胞の不分離や細胞壁物質の異常な蓄積を示す細胞が観察された。myo1破壊株の低温・高温・KCI感受性の表現型は、Myo1pの頭部の大部分を欠くクローンで抑圧されたことから、これらに関わるMyo1pの機能には、Myo1pの尾部が重要であることがわかった。myo1遺伝子破壊株を胞子形成条件下におくと、減数分裂は進行するが胞子形成不能の表現型を示した。myo1破壊株の接合・胞子形成過程におけるF−アクチンの局在を観察した結果、接合過程においては野生型と同様に、接合部位にF−アクチンの局在が認められた。しかし、その後のホーステール期においては、野生型株ではF−アクチンが細胞質全体に散在するのに対して、myo1破壊株では接合部位にF−アクチンが残存したままで、その後の減数第一・第二分裂時に細胞質全体に散在し、野生型細胞でこの時期に観られる核付近への局在は認められなかった。これらの表現型は、Myo1pの機能が欠損することによってF−アクチンの再構成の過程に遅れを生じ、F−アクチンの細胞周期に応じた局在変化が、細胞周期の進行に関与するその他の細胞内の変化に追いついていけない結果であると推測される。Myo1p-GFP発現株を作製して細胞内局在を観察したところ、増殖時、接合・胞子形成時ともにMyo1pはF−アクチンパッチと共局在した。以上の結果は、Myo1pがin vitroでF−アクチンの重合を促進する活性を示すという、本研究と同時期になされた研究結果(Lee et al. J Cell Biol 151, 789-800, 2000)と合致するものであり、細胞内で分裂酵母のI型ミオシンがF−アクチンの再構成に機能していることを強く支持した。

図1pob1-664(JX584)細胞の制限温度下での細胞形態の変化

図2 GFP-Pob1p発現株を用いたPob1p細胞内局在の経時的変化

審査要旨 要旨を表示する

 学位申請者戸谷美夏は、分裂酵母の細胞形態に関わる二種の新規遺伝子を解析し、得られた結果を二章に分けた学位申請論文一篇にまとめている。細胞の形態はその機能と強く相関し、分化の過程で整合的に制御され、増殖期においては細胞周期依存的に制御されている。本研究は、細胞形態を研究するための優れたモデル系である分裂酵母を用いて、細胞形態維持に関わる分子機構の理解の深化を目指したものである。

 結果の第一章で学位申請者は、細胞極性の制御に関わると考えられているCdc42p情報伝達系の新たな因子の同定を試みた結果、過剰発現により細胞を球形化し、倍数化させることによって胞子形成を導くpob1遺伝子を単離した。Pob1pは、出芽酵母で出芽時の細胞極性維持に関与するBOIと高い相同性を示すタンパク質であった。pob1遺伝子破壊の結果、pob1は生育に必須な遺伝子であった。学位申請者はさらに温度感受性株(pob1-664株)を単離してpob1の機能解析を進めた。pob1-664株が出芽酵母BOI2で相補されたことから、Pob1pは機能的にもBOIタンパク質と相同であることが示唆された。pob1-664株を制限温度に移すと、分裂を停止し、大部分の細胞が1核で隔壁をもたない状態になった。FACS解析から、これらの細胞はG2期で増殖を停止していたが、G2期停止の典型的な表現型である細胞の伸長は認められず、細胞伸長の停止がpob1変異の1つの表現型として示唆された。pob1-664株では制限温度下でただちに細胞の伸長が停止してM期に進入できないという可能性が考えられたため、pob1-664株をヒドロキシウレア(HU)存在下で細胞長を十分に伸長させてから制限温度にシフトアップした。この場合、HUを除去すると、制限温度でも核分裂が進行し隔壁が形成されたが、隔壁形成後の細胞の分離できないという新たな欠損が表れた。これらの結果から、Pob1pは、核分裂や細胞質分裂自体には必要ではないが、細胞の伸長と細胞質分裂後の細胞の分離に必要であると結論した。電子顕微鏡観察では、pob1-664株が制限温度下で形成した細胞隔壁は、一次壁、二次壁ともに肥厚した異常なものであった。Pob1pは、細胞周期の進行に伴って伸長端から隔壁形成部位へと局在を変化させ、F-アクチンとよく似た局在を示した。しかし、それらの局在は細部で異なり、F-アクチンは間期には成長端付近にパッチ状に、細胞質分裂時に細胞の中央に収縮するリングとして存在するのに対し、Pob1pは、細胞伸長端や隔壁形成部位に面状に観察された。これらの結果から、Pob1pは、新生された細胞膜に局在し、F-アクチンパッチとともに分泌の後期過程に関わることによって、細胞壁の構築に関与していることが示唆された。

 結果の第二章には、分裂酵母のI型ミオシンをコードするmyo1を単離し解析を行なった結果が述べられている。I型ミオシンは、酵母から哺乳類まで広く保存され、細胞の運動性、細胞形態の変化、エンドサイトーシスなど、細胞の示す重要な現象に関わるタンパク質である。分裂酵母Myo1pは、アメーバタイプのtype Iミオシンと高い相同性を示し、頭部と尾部の境にIQモチーフ、尾部にSH3ドメインをもっていた。遺伝子破壊の結果、myo1遺伝子は増殖に必須ではなかったが、破壊株では細胞端へのF-アクチンパッチ分配やF-アクチンリングの形成、細胞形態などに異常の見られる細胞が観察された。myo1遺伝子破壊株の増殖は、低温・高温、および高塩濃度感受性となり、制限温度下では、娘細胞の不分離や細胞壁物質の異常な蓄積を示す細胞が観察された。Myo1pの機能にはMyo1pの頭部ではなく尾部が重要であった。myo1遺伝子破壊株を胞子形成条件下におくと、減数分裂は進行するが胞子形成不能の表現型を示した。myo1破壊株の接合・胞子形成過程におけるF-アクチンの局在観察の結果から、Myo1pの機能が欠損するとF-アクチンの再構成の過程に遅れを生じ、F-アクチンの細胞周期に応じた局在変化が、細胞周期進行に伴うその他の細胞内の変化に追いつけないことが推測された。Myo1pの細胞内局在を観察したところ、増殖時、接合・胞子形成時ともにMyo1pはF-アクチンパッチと共局在した。以上の結果は、Myo1pがF-アクチンの重合を促進して細胞内でF-アクチンの再構成に機能していることを強く支持した。

 以上、学位申請者戸谷美夏は、細胞形態の維持に関わる2種の重要な遺伝子をその分子機能が推定できるレベルにまで解析し、この分野に新しい知見をもたらした。この成果は、博士(理学)の称号を受けるにふさわしい業績であると審査員全員が判定した。なお本論文は第一章が飯野雄一、山本正幸と、第二章が茂木文夫、中野賢太郎、馬渕一誠、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、戸谷美夏に博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク