学位論文要旨



No 215184
著者(漢字) 井上,慶一
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ケイイチ
標題(和) 大豆の高品質乾燥調製に関する研究
標題(洋)
報告番号 215184
報告番号 乙15184
学位授与日 2001.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15184号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬尾,康久
 岩手大学農学部 教授 西山,喜雄
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 助教授 大下,誠一
 東京大学 助教授 芋生,憲司
内容要旨 要旨を表示する

 国産大豆が見直され,豆腐,煮豆業界や消費者の健康食品志向などによる国産大豆需要の高まりもあって大豆の作付け,生産量が毎年増加してきている。それとともに大豆生産のための省力化技術としてコンバインの利用率も年々増加してきている。ところが乾燥調製の技術と省力化はそれに比較して立ち遅れており,乾燥機の利用率も低く,コンバイン収穫した大豆の調製過程での品質劣化や乾燥調製での労力などの問題が生じており,コンバインで大量収穫される高水分大豆を高品質で効率的に乾燥調製する技術開発が強く求められている。

 コンバイン収穫された高水分大豆の乾燥調製では,通風条件の悪い場合は,蒸れを生じる危険がある。通常20℃以上湿度80%を越えるとカビの発生がふえると言われており,乾燥中の大豆の通風空気温・湿度をこの危険領域にならないように調整する必要がある。また,急速な乾燥は劣皮やしわ等を発生させる危険があるため,適正な乾燥速度の調整を必要としている。こうした乾燥条件の適確な制御のためには,大豆乾燥に関係する物性量と乾燥過程についての詳しい解析が必要とされるが,大豆の乾燥に関しては,米麦の研究に比較して遅れており,大豆の水分に応じてどのように乾燥すればよいのかあまりよく知られていなかった。特に水分との関係での真密度の変化や空隙率,粒径の変化に対しては個々の事例は報告されてはいても,3軸寸法,真密度,見かけ密度,空隙率等密接に関係する物性諸量間の関係や品種間差などについては詳しくは知られていなかった。また,通風乾燥を行う上での圧力損失特性についても,大豆の粒径,空隙率,風速などから計算式によって求める一般的な実験式の例も少なかった。また,高品質な乾燥調製のためには堆積層内の水分や穀温,空気温・湿度などの状態量の推定を行い,乾燥経過の予測によって的確な通風空気量や通風空気の温・湿度制御などが必要であるが,制御のために乾燥経過をモデルを用いて予測しようとすると設定すべき物性定数のパラメータの数が多く,しかもほとんどの物性量が水分によって変化するため,実際の対象の材料の物性値を定めることが難しいのが実状であった。

 本研究では,循環装置を備えた平型乾燥機,ドライストア,循環式乾燥機などの省力的な乾燥機での通風圧力損失や大豆の基本的乾燥物性量,乾燥過程の解析,循環式乾燥機を利用する際の乾燥調製での蒸れや裂皮の発生メカニズムと防止条件,機械的損傷の低減技術などを明らかにし,コンバイン収穫大豆の高品質な乾燥調製技術を開発することを目的とした。そのため,大豆の乾燥に関係する物性について,食用に供される5品種の大豆の同一材料について測定実験を行い,水分と3軸寸法,真密度,見かけ密度,空隙率などの関係や水分や空隙率,形状の違いによる圧力損失特性を,抵抗係数や摩擦係数とレイノルズ数の無次元数の関係から明らかにし,汎用的に成立する圧力損失の実験式を策定した。以上の基本的物性量の関係に基づき,少ない基本的パラメータによる非定常条件下での循環を含む乾燥乾燥シミュレーションモデルを作成し,堆積層内の局所穀温,水分,および通風空気の温・湿度変化を計算し,精密乾燥装置や実規模の堆積通風乾燥装置や循環式乾燥機での適合性について検証した。さらに,大豆の通風乾燥における裂皮や蒸れを回避し,最大の乾燥速度で効率的に乾燥するための通風空気条件を裂皮の発生機構の理論的解析を踏まえて明らかにし,さらに大豆乾燥に省力的な循環式乾燥機を利用する場合の機械的な損傷低減のための乾燥機の改良項目について検討し,搬送速度の低減効果や緩衝材としてのもみ殻混合効果についても明らかにし,品質の低下を防ぎながら効率的,省力的に大豆を乾燥する乾燥調製技術の方法を具体的に呈示にした。

 はじめに,基礎的な物性である大豆の比容積,見かけ体積,充てん率(あるいは空隙率)など大豆固有の基本的な物性量について理論的に考察し,それらの物性量を基本的な物性量(乾物真密度,充てん係数)と水分の関数として表した。さらに比容積に関しては水の体積増加率による直線近似式,および低水分領域での水分膨張係数の減少を考慮した双曲線近似式を新たに提案し,更に充てん率の近似式としてランダム疎充てんモデルを考え,大豆の水分膨張にともなう長軸方向への伸長を考慮した充てん係数を定義し,大豆の3軸寸法の測定から充てん率の推定を行った。以上の考察に基づき,5種類の品種の大豆(タチナガハ,タマホマレ,フクユタカ,スズユタカ,エンレイ)について,それぞれ初期水分が25〜30%d.b.(20〜23%w.b.)の同一材料について,真体積,見かけ体積,充てん率,3軸寸法などの物性量と水分との関係を水分の経過ごとに同時に測定し,その品種間差などについても明らかにし,多くの大豆に適応できる比容積と見かけ体積,充てん率の実用的な近似式を得た。

 次に堆積通風乾燥における圧力損失を計算によって求めるため,材料の抗力係数と摩擦係数をレイノルズ数の関数として表し,通常の堆積通風乾燥で用いられる40<Re<200の範囲において大豆において一般的に成立する実験式を得た。これによって,通風圧力損失特性を材料の種類と空隙率,体積比表面積の材料固有の物性と通風速度を用いて精度よく近似できる実験式を得た。調査した材料の通風圧力損失特性から抗力係数CDと堆積層におけるレイノルズ数Reの無次元数の間の関係を調べた結果,一般的にCD=aRe-bの指数関係で表された。係数のa,bは材料の種類と形状,水分によって若干異なったが40<Re<200においては水分や形状,大きさの違いによらずほぼCD=17.4Re-0.68の近似式で表された。更に球の場合のNavier-Stokesの式に基づくCDの式から40<Re<200の範囲において図2のように大豆に適合するCD=24Re+5.5/√Reの近似式を得た。また,これを用いて気相中の水分移動を計算する際の摩擦係数をCf=25(1−ε)CD/18のように求めた。以上の結果,通風圧力損失特性を抗力係数を用いて材料の体積比表面積,堆積層の空隙率,風速の関数として表し,実際の測定結果と比較した結果,かなり高い精度で圧力損失特性を近似することができた。

 次に大豆の乾燥シミュレーションモデルの構築については,従来の乾燥理論では,米麦を含め,通常の通風量では材料中の拡散速度が気相中の移動速度よりも小さいため,材料表面での境界条件を外気と平衡する材料の平衡水分で近似し,球モデルによって拡散方程式を解くか,非定常な場合には数値計算によって乾燥速度が計算されていたが,この方法では通風速度による薄層での乾燥速度の違いを表すことができず,貯留乾燥などの通風量の少ない乾燥施設での乾燥速度を正確に計算することはできなかった。気相中の移動速度を考慮し,子実内と気相の水分移動の境界条件による数値計算の方法を応用する必要があるが,非定常条件下で個々の薄層での材料内の拡散方程式を解いて厚層での乾燥経過を計算する方法は現実的ではないことから,材料内の移動係数を定常での拡散方程式から得られる移動速度から近似し,気相中の移動速度と合わせ,全体での移動速度を計算する方法を検討した。真体積,見かけ体積,空隙率と水分,品種間差などの乾燥に関係する材料の形状に関する物性量と通風圧力損失について明らかにし,非定常な条件下での気相,固相中の水分と熱収支の乾燥方程式に基づき,気相中の移動係数については通風速度に基づき,レイノルズ数やシュミット数,プラントル数,圧力損失特性から得られた摩擦係数などの無次元数から気相中の熱,物質移動係数を推定し,材料中の拡散による移動係数と合わせて,総括熱,物質移動係数を求め,厚層での局所材料水分と材料温度,通風空気温湿度から局所移動量を計算する方法で厚層局所水分と材料温度の変化を計算する方法を呈示した。このような気相中の移動速度を考慮して材料内の移動速度と併せて穀類の移動速度を論じた報告は国内においては本論文が初めてである。更に各物性量とその間の関係を調べ,大豆の真密度や体積比表面積,空隙率,平衡水分,材料比熱や移動係数などの基本的な物性量を水分や温度の関数として表すことにより,条件の変化に対応し,厚層乾燥での水分や材料温度,通風空気の温・湿度変化を材料の乾物体積比表面積,乾物真密度,空隙率係数などの最少限のパラメータで推定できるモデルを作成することができた。モデルで設定すべき最小限のパラメータは乾物での体積比表面積,空隙率,空塔風速,堆積高さ,初期水分,初期穀温のみである。室内,および屋外での異なる乾燥試験装置により大豆の乾燥試験を行い,同一の物性定数を用いてシミュレーションを行った結果,両者とも実測値に近似し,適合性が高いことを検証した。さらにバケットコンベア等の循環装置を働かした場合の堆積層内の局所水分変化についてもシミュレーションを行い,水分均一に必要な循環回数や効果的な循環方法について明らかにした。

 裂皮は,豆腐の製造時の浸漬の際に内部の可溶性糖類が溶出するので問題となる。裂皮防止には,高水分時に通風の温度を30℃以下に,また湿度を高く設定しなければならないことが知られているがそれらの詳しい範囲と発生機構の解明が未だなされていなかった。種皮に生ずる歪みを,材料力学的見地から理論的に検討し,歪みεの発生限界を,異なる初期水分と温・湿度条件下で発生した裂皮粒割合の調査結果を用いて近似的に求めた。これより,単粒層での裂皮粒発生割合が10%と15.9%(ε=μ−σ)となるような種皮の限界歪みεcを水分の関数として近似し,大豆水分Mvと大豆の平衡水分Meの関係から裂皮を生じない通風の温・湿度の範囲を大豆の平衡相対湿度の条件として図4のように明らかにし,さらに堆積通風乾燥において,裂皮粒や高水分時の蒸れを発生させない温・湿度範囲を湿り空気線図上で検討し,適切な乾燥方法を呈示した。

 以上の研究の結果,大豆を乾燥調製する際の水分と基本的物性量の関係や抗力係数,摩擦係数と通風圧力損失,気相中移動速度係数などの関係が明らかになり,少ないパラメータを用いて大豆乾燥シミュレーションモデルによる循環を含む大豆の乾燥過程の解析が可能となった。さらに乾燥過程での裂皮発生のメカニズムとそれを防止するための通風空気条件を明らかにし,自動乾燥のための通風空気温・湿度制御方法を明らかにした。また,循環式乾燥機を利用して大豆を乾かす際の機械的損傷の低減技術についても明らかするなど高品質大豆乾燥調製技術の基礎を築いた。

図1大豆(タチナガハ)の比容積と含水比との関係,および双曲線近似式と他の近似式の比較

図2大豆の抗力係数とレイノルズ数の関係

図3堆積層の水分変化(太線は層平均水分変化の計算値と実測値)

図4単粒層乾燥で裂皮粒発生割合を10%と15.9%としたときの子実粒水分と通風平衡相対湿度との関係(○;測定に用いたタチナガハΔ;他の材料のタチナガハ〓;エンレイ)

審査要旨 要旨を表示する

 国産大豆需要の高まりの中,大豆の生産量が毎年増加し,省力化技術としてコンバインによる大豆収穫が増加してきている。ところが,コンバイン収穫した高水分大豆に対応した乾燥調製技術は遅れており,収穫大豆の乾燥調製過程での品質劣化や作業労力を多く要するなどの問題が生じている。コンバイン収穫による大豆の品質を落とさずに効率的に乾燥調製できる技術が強く求められている。

 高水分大豆の乾燥調製では,通風条件の悪い場合は,蒸れを生じる危険性がある。20℃以上で湿度80%を越えると微生物やカビの発生が増えるため,通風空気の温湿度をこの危険領域にならないように調整する必要がある。一方,急速な乾燥は裂皮やしわ等を発生させる危険性があるため,適正な乾燥速度に制御する必要がある。こうした品質保持の効果的な人工乾燥技術を開発するためには,大豆乾燥に関連する物性量と乾燥過程の詳しい解析が不可欠であるが,大豆乾燥に関する研究は米麦に比較して遅れているのが現状である。

 本研究では,大豆の基本的乾燥物性や循環装置を備えた平型乾燥機やドライストアなどの乾燥機における通風圧力損失特性を明らかにした。そして堆積通風乾燥シミュレーションモデルを作成し通風乾燥での乾燥過程や裂皮の発生メカニズムとそれを防止する効果的な通風空気の調整方法などを明らかにした。これらの研究により,コンバイン収穫大豆を高品質に乾燥調製するための基本技術を開発した。

 大豆の乾燥制御のためのシミュレーションモデル作成のために,大豆の比容積,見かけ体積,空隙率など乾燥に影響する大豆固有の物性量について理論的考察を行い,これらを基本的な物性量(乾物比容積,充てん係数)と水分の関数として表わした。さらに調査した5品種(タチナガハ,タマホマレ,フクユタカ,スズユタカ,エンレイ)の大豆に適合する近似式を得た。

 堆積通風乾燥における圧力損失を計算によって求めるため,材料の抗力係数と摩擦係数をレイノルズ数の関数として表し,通常の堆積通風乾燥で用いられる40<R<200の範囲において大豆,小麦において一般的に成立する実験式を求めた。これにより大豆,小麦の通風圧力損失特性を,得られた抗力係数,または摩擦係数の実験式を用いて材料の比表面積と堆積層の空隙率,風速の関数として表し,実際の測定結果と比較した結果,高い精度で圧力損失特性を近似することができた。

 非定常な条件下での気相中の水分移動を考慮した大豆の通風乾燥シミュレーションモデルを作成し,大豆の真密度,体積比表面積,空隙率,平衡水分,材料比熱や移動係数などの基本的な物性定数を用いて,異なる材料や乾燥試験装置において大豆堆積厚層の水分や材料温度,通風空気の温・湿度変化を精度よく推定した。

 大豆の乾燥過程で生じやすい種皮の裂皮について,外気の温・湿度と種皮における歪みとの関係を論究し,温・湿度の異なる条件下で単粒層の乾燥実験を行い,得られた裂皮粒発生割合から,裂皮発生時の歪みを近似的に推定した。これより,堆積した厚層乾燥での裂皮粒の発生が少なく,さらに蒸れを生じない通風の温・湿度条件を明らかにした。

 以上、本論文は大豆の乾燥調製において問題となる裂皮、しわ及びカビの発生を防止し高品質な大豆の乾燥を実現するために、乾燥条件の理論構築とその妥当性を実験において確認し新たな知見と実用に向けた基本技術を開発したものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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