学位論文要旨



No 215188
著者(漢字) 亀卦川,幸浩
著者(英字)
著者(カナ) キケガワ,ユキヒロ
標題(和) 熱環境と空調エネルギー需要の相互作用を考慮した都市高温化対策の評価
標題(洋)
報告番号 215188
報告番号 乙15188
学位授与日 2001.11.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15188号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 講師 荒巻,俊也
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、大都市域への偏在化が進む民生エネルギー需要の地球環境的視点からの削減必要性に基づき、都市高温化対策を民生エネルギー利用の凡地球的効率化オプションと位置付ける観点から出発したものであった。このように民生エネルギー需要が集中する大都市域では、ヒートアイランド化により増大する冷房消費エネルギーが廃熱として更に都市を高温化させる悪循環も危惧されている。本研究では、このような熱環境と空調エネルギー需要の相互作用過程を都市スケールで表現可能な数値モデルを構築し、各種高温化対策を都市空調システム総体の省エネ方策として位置付ける新たな観点からの都市高温化対策技術の評価を目指した。本学位論文は以上を目的とした研究の成果を取りまとめたものである。ここでの対策評価研究は、その将来的な適用対象としてアジア巨大都市群を視野に入れるものであるが、評価手法の開発と検証のフェーズを含む本論文においては、検証データ等各種資料入手の容易性に配慮し、夏季東京23区を研究対象としている。

 以上の研究目標へ向け、まず始めに、夏季屋外熱環境と冷房エネルギー需要の相互作用過程の街区スケール表現を可能とする数値モデルを構築した。同数値モデルは、メソスケール広域気象モデル(MM)、街区キャノピー気象モデル(CM)、ビルエネルギー・廃熱解析モデル(BEM)、より構成されるマルチスケールモデルであった。MMとCMは既往研究におけるモデルであり、BEMはCMが予測した街区気象に対する建築側の空調エネルギー消費・廃熱応答を表現すべく新たに開発したモデルであった。このBEMによる建築廃熱を街区大気熱収支へフィードバックすべくCMに改良を施し、CMとBEMを結合した。さらにMM計算結果よりCMBEM結合モデル大気の初期・上端境界条件と移流冷却・加熱率を生成する単方向接続のスキームによりMMとCMBEM間を接続した。以上のマルチスケールモデルを本論文ではMM-CMBEM単方向接続モデルと称した。同モデルは、MMによる所与の広域大気条件のもと、各種高温化対策想定下の街区キャノピーにおける大気−建物系熱収支をCMBEMによりシミュレート可能な、街区スケールでの夏季高温化対策評価モデルと位置付けられた。

 以上のMM-CMBEM単方向接続モデルを、東京23区域において対照的街区構造を有する大手町、練馬の両街区に対し適用し、各種実測データとの比較を通じ夏季条件下にてその検証を行った。その結果、モデルは、(1)両街区気象条件(地上気温・風速)と建築物内熱環境(室温・冷房熱負荷量)の夏季時間変化を概ね再現可能である事、(2)モデルにより予測された冷房電力需要の両街区での気温感応度は、東京電力の夏季需要データより推計された23区都心域と郊外域、両エリアでの広域実態感応度とほぼ整合する事、が確認された。これにより、モデルは、夏季の業務・住宅街区の双方に対し適用可能である事が示された。次に、冷房廃熱源の街区内配置が、外気温と冷房エネルギー需要に与える影響が解析された。大手町では外気への全廃熱源を無くす事で、夏季地上気温は1℃強降下し、冷房熱源機器エネルギー消費は約6%削減される事が予測された。これに対し、練馬における廃熱削減効果は、外気温について-0.57℃、冷房エネルギー消費にして2.57%の削減に止まった。これは、モデル上において、練馬街区キャノピー大気の支配的加熱源が人工廃熱ではなく建物表面からの顕熱輸送である事に依った。

 続いて、都市全域スケールでの高温化対策評価に向け、23区域の夏季対策配置について検討を行った。MM-CMBEM単方向接続モデル上の街区気温予測式に基づき、大気熱収支構造の街区形状依存性に関し考察した結果、天空率が有効な対策検討指標となる事が示唆された。この事を検証すべく、23区より対象街区を抽出し、冷房排熱削減、街区被覆面の高アルベド化と緑化の対策想定下、MM-CMBEM単方向接続モデルにより数値実験を行った。その結果、23区の90%以上を占める天空率0.8以下の街区中、事務所街区では冷房廃熱削減、住宅街区では側壁面緑化、が有効な夏季気温緩和策であり、天空率の小さな街区ほど大きな気温緩和効果が得られる事が予測された。また、これらの気温緩和策は、街区冷房省エネルギー性の観点からも有効な対策である事が示された。一方、天空率>0.8の街区中には、地表緑化が最良となる街区の存在が予測された。これらの結果は、天空率の高温化対策検討指標としての有効性を支持した。なお、街区高アルベド化策は窓面透過光を増大させ、地表面への対策導入時には必ずしも省エネに寄与しない可能性が示された。以上の検討結果に基づき、夏季23区の最適対策配置マップを作成した。

 以上のMM-CMBEM単方向接続モデルにより予測可能と考えられた各種対策導入に伴う街区規模熱環境の変化について、その広域都市気象へのフィードバック過程を表現可能とすべく、モデルの改良を行った。運動量と熱の大気接地境界層内鉛直フラックスに関するCMBEM計算結果を、フラックス下端境界条件としてMM大気層へフィードバックする接続手法等により、MMとCMBEM間の接続を双方向へと改めた。このMM-CMBEM双方向接続モデルを2000年9月夏日晴天条件下の関東地方に適用し、23区全域にて都市キャノピーの存在を陽に考慮した実況再現計算を行った。その結果、AMeDAS気象データとの比較を通じ、モデルは関東全域の地上温位と地上風系の日変化を概ね再現可能である事が示された。次に、MM-CMBEM双方向接続モデルの街区気象モデルとしての妥当性を検証すべく、CMBEM街区気温予測結果と23区内実測街区気温との比較を行った。23区AMeDAS気温との比較は、街区構造についてAMeDAS観測点近傍の局所的範囲の条件設定を採用した場合に、モデルによる地上気温の再現性が向上する事を示した。このAMeDAS気温と比べ都市キャノピーのより強い影響下にある街区気温を東京駅周辺業務街区にて実測し、モデル計算結果と比較した。その結果、同街区気温とAMeDAS気温の差として実測データ上に見られた街区キャノピーの地上気温に及ぼす影響は、モデル上においても定性的には再現されている事が示された。以上により、一部定性的ではあるものの、広域、街区、両スケールの気象再現性の観点よりMM-CMBEM双方向接続モデルの妥当性が明らかとされた。

 最後に、このMM-CMBEM双方向接続モデルを本研究にて提案した高温化対策配置想定下の8月晴天条件の23区に適用し、広域の気温緩和と23区全体での冷房省エネルギー効果について予測を行った。その結果、23区全域への高温化対策の導入は、MM水平格子上の約10km四方の平均気温でみて、23区域において昼間に最大1℃弱となる地上気温緩和効果をもたらし、その発現範囲は、23区とその周辺10km程度までの領域と予測された。この気温緩和に伴い、23区内の事務所街区では日積算ベースで平均3.1%の冷房電力消費と0.8%の冷房用都市ガス消費の削減が見込まれ、住宅街区における冷房電力消費削減率は17.5%に達すると予測された。この対策導入に伴う冷房エネルギー消費の削減は、8月の23区民生部門総エネルギー需要に対し、1.18%の省エネ効果をもたらすものと推計された。同省エネに伴う23区全体での民生部門CO2排出削減率は1.27%であり、8月において920ton-CO2/dayのCO2削減効果が予測された。高温化対策がもたらす都市エネルギー需要総体への影響に関する以上の予測は、気象条件と建築側熱収支の相互作用物理過程を都市スケールにて考慮したという点で、最初の研究例として位置付けられるものであった。

 以上、本研究において都市全域スケールの高温化対策評価数値モデルとして開発を行ったMM-CMBEM双方向接続モデルは、都市高温化対策のより現実的かつ実効的評価へ向け、以下の新規性を有するものであった。

 (1)気象条件と建築空調エネルギー需要の廃熱を介した相互作用物理過程を都市スケールで考慮可能である事。

 (2)これにより高温化対策によりもたらされる気温緩和効果に加えて、その空調エネルギー需要への波及効果が予測可能であり、高温化対策を都市省エネ方策としての観点からも同時に評価可能である事。

 (3)気象モデル上で都市キャノピーを陽に考慮している為、街区構造に応じた気温形成要因の相違に配慮した街区スケールでの対策配置検討が可能である事。

 しかしながら、以上の新規性を有するMM-CMBEM双方向接続モデルは、一方において、その適用妥当性が夏季のみにおいて確認されたモデルであった。高温化対策がもたらす都市エネルギー需要総体への影響を明らかとする為には、対策による冬季暖房熱需要への影響も加味した通年スケールでの対策評価が必要と考えられた。これにより、本研究の発展性を、より実効的な都市高温化対策評価手法の提案という観点から展望した場合、冬季適用と通年スケールでの長期積分に向けたMM-CMBEM双方向接続モデルの改良が今後の最重要研究課題と位置付けられた。

審査要旨 要旨を表示する

 都市の熱環境は、人為的な地表面の改変、建築物の建設、人工排熱の排出によって人間活動の影響を受けており、都市部は気温が周辺に比較して上昇するヒートアイランドの形成はその典型的な現象である。このような都市熱環境はとりわけ夏季に問題をおこす。すなわち、単に快適性を損なうだけではなく、空調用のエネルギー消費の増大をもたらし、地球環境に対する都市の負荷を増大する結果となる。空調用のエネルギー消費の増大は人工排熱の増大を通じて更なる都市の温度上昇につながるという悪循環が生じる。しかし、このような悪循環については、定性的に指摘されることはあっても定量的には解析されていないのが現状である。

 これらの問題はヒートアイランド問題として、あるいは都市からの二酸化炭素排出問題として、現代の都市が抱える大きな環境問題になっている。

 本論文はこのような問題意識の元に行われたもので、「熱環境と空調エネルギー需要の相互作用を考慮した都市高温化対策の評価」と題し、7章からなる。

 第1章は序論であり、研究の背景を示すと共に都市の高温化に関する既往の研究をまとめている。

 第2章は「都市高温化対策評価数値モデルの開発」である。空調用のエネルギー消費と都市の高温化の相互関係を評価するために、スケールの異なる複数のモデルを接続するモデルシステムを構築した。このモデルはメソスケール広域気象モデル、比較的簡易な1次元街区キャノピー気象モデル及びビルエネルギー・排熱解析モデルから構成される。これらのモデルを組み合わせることにより、メソスケール広域気象モデルによって与えられた気象条件の下でのビルエネルギーの消費とその排熱によるキャノピー内の気温を予測することを可能にした。さらに、都市の高温化に対するさまざまな対策の効果をこのモデルによって評価できるのである。

 第3章は「数値モデルの検証」である。前章で示したモデルの検証を東京の中心部と住宅地の両地点において行った。その場合、街区規模での気象が再現できるかどうかを焦点にし、良好な現象の記述が可能であることが示された。

 第4章は「夏季23区を対象とした街区スケール高温化対策の評価」である。前2章で開発し検証したモデルを用い、建築物によって形づくられる形状と構成する建物用途が異なる街区に対してモデルを適用し、高温化対策の効果を評価した。その結果、事務所街では空調の排熱削減が、一方宅地では側壁の緑化がそれぞれ気温上昇の抑制に有効であることが定量的に示された。また天空率が高温化と相関が高い指標であることも示された。

 第5章は「都市スケールでの広域対策評価に向けた数値モデルの改良」である。前章までで用いられたモデルではメソスケールでの気象条件を所与のものとしていた。しかし、大規模に高温化対策を導入した場合、メソスケールの気象状態にも影響が生じると考えられる。そこで、前章までのモデルを改良し、各対策がメソスケール規模で与える効果を評価するようにした。このように作成したモデルは双方向の連結を行ったモデルになり、既往の研究に比べ新たな境地を開拓するものである。アメダスのデータや実測データとこれらのモデル結果を比較した。緑地を確保して観測されているアメダスのデータは、それぞれの地点でのメソスケール規模での気象状態を示すものと考えられ、実際の街区内の気象はそれにキャノピー層内での効果が加わったものである。モデルの計算結果はこれらのデータをよく説明するものであった。

 第6章は「夏季対策導入が都市スケールの広域気象とエネルギー需要に及ぼす影響の評価」である。ここでは、東京の地理情報データを用いて、東京23区全体で削減可能なエネルギー消費を評価している。

 第7章は「結論と今後の展望」である。

 人間活動に伴って排出される熱や、建物周辺の空間・キャノピーでの熱の挙動を表すモデルと広域のメソスケールモデルは、従来独立に用いられていた。そのため、人間スケールで行うさまざまな対策の効果を大規模に評価することができていなかった。これら異なる現象規模のモデルを結合する試みはなされていたが、計算時間の制約などから実際には広域に対してその計算を行うことができない状況にあった。それに対して本研究では、比較的簡易な鉛直1次元のキャノピーモデルを利用することによって、建物単位の規模からメソスケール規模までの現象を双方向で結合するモデルを開発し、実用に供した。この開発されたモデルは、都市に対して行われるさまざまな対策の効果を評価する上で非常に有効であり、本研究の成果が大いに評価される。

 また今回の研究は、理学、工学にまたがる研究成果をモデルとして組み上げていったという点でも評価される。

 以上、都市の高温化対策とその効果の評価に焦点を当てた本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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