学位論文要旨



No 215190
著者(漢字) 佐藤,哲朗
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,テツロウ
標題(和) 集積回路応用を目指した高温超伝導ジョセフソン接合の研究
標題(洋)
報告番号 215190
報告番号 乙15190
学位授与日 2001.11.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15190号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨 要旨を表示する

 ジョセフソン接合を用いることにより、超高感度の磁束計、精度の高い電圧標準、半導体素子をしのぐ超高速・低消費電力のスイッチング素子などを実現することができる。このうち超高速スイッチング素子としてNb/Al2O3/Nb接合が開発され、これまでに1万個以上のジョセフソン接合を含む集積回路を構成した実績がある。超伝導集積回路における回路方式では、はじめはラッチングモードが用られていたが、この方式では数GHzのクロック周波数が限界であることが次第に明らかとなった。このような制約のない方式として、単一磁束量子(Single Flux Quantum : SFQ)を用いたSFQモードに基づく回路が提案され、現在はこちらの研究が主流となっている。

 1986年から数年間にわたって、銅を含む酸化物でそれまでにない高い超伝導臨界温度(Tc)を示す超伝導体が次々と発見された。従来のNbなどの低温超伝導体を用いた場合と比較すると、これらの高いTcを持つ超伝導体を用いることにより、その使用に際して冷剤や低温維持のための設備が大幅に簡素化できる。そのうえ、大きな超伝導ギャップ電圧など高温超伝導体の優れた特性を用いることができるので、より高速の素子・回路の実現も可能となる。

 しかし現在、銅酸化物系高温超伝導体を用いたジョセフソン接合は均一性・再現性などの信頼性に乏しく、応用をめざした活発な研究開発はごく限られた分野にとどまっている。

 本研究では銅酸化物系高温超伝導体を用いた集積回路を実現するための主要構成要素であるジョセフソン接合について、集積回路に適した高温超伝導接合を選び出し、その特性を初歩的な集積回路を構成するのに十分な水準まで高めることを目的とした。その際、接合特性の中でも現在特に問題となっている接合特性の均一性を高めることを主要課題とした。簡単なモデルを用いた考察から、集積回路への応用を考えた場合に目指すべき最低限の均一性の目標として、100個の接合で1σ(Ic)=10%のレベルを設定した。

 集積回路に適した接合としては積層型とエッジ型を選択し、Bi-Sr-Ca-Cu-O系c軸配向積層型接合およびY-Ba-Cu-O系エッジ型接合の作製プロセス、微細構造評価、接合特性の解析をおこなった。バリア形成方法は高温超伝導の分野で唯一確立している成長法をまず採用した。この方法では得られる特性の均一性が不十分であったことから、別のバリア形成法である界面改質プロセスの確立にも取り組んだ。

 まずジョセフソン接合として最も自然な形状を持つ積層型接合(Bi2Sr2CaCu2Ox/Bi2Sr2CuOy/Bi2Sr2CaCu2Ox)に取り組んだ。この接合ではきわめて薄い厚さを持つ均一なバリア層の成長技術が必要である。しかし、それに対して現在の酸化物薄膜成長技術は十分なものとは言えなかった。成長させたバリア層は原子レベルで急峻な界面を有する高品質な積層構造となっていることが確認されたが、ユニットセルの数倍の段差が存在し、十分な厚さの均一性を備えていなかった。

 このような微細構造を持つ積層型接合の中には、理想的なジョセフソン特性を示すものもあった。しかし、作製した接合全体に占めるその収率は低かった。良好なジョセフソン特性を示す接合においても、その特性を解析した結果からは、局所的に形成されたバリア層の薄い部分にジョセフソン接合が形成されていると結論せざるを得なかった。これはAFMによるバリア層の観察結果からも裏づけられた。

 このように低温超伝導の分野では主流であった積層型接合は、再現性の低さや作製プロセスの困難さなどの理由で、高温超伝導の分野では有望ではないことがわかった。

 これに対して、エッジ型接合(YBa2Cu3Ox/PrBa2Cu3Ox/YBa2Cu3Ox)は研究当初から積層型接合に比べて特性の再現性がよく、その高い可能性を予想させた。エッジ接合では、高温超伝導体の示す短いコヒーレンス長のため、清浄な接合界面を形成するためのエッジ作製プロセスが重要な作製プロセスとなる。このエッジ作製プロセスの改良により、エッジ型接合は積層型より優れた特性と信頼性を示すことが確認された。また、積層構造など集積回路を構成する上で解決しておかなければならないプロセス上の技術課題も、エッジ型のほうが少ないという利点もあった。

 高温超伝導エッジ型ジョセフソン接合の作製プロセスにおいて、接合界面を清浄に保つin situ法の開発など主にエッジ作製プロセスを改良することにより、接合特性の均一性を向上させることに成功した。成長型PrBa2Cu3Oxバリアを用いたエッジ接合で、Icの均一性は12接合につき1σ=10%に達した。

 また接合特性およびその均一性は、上層グランドプレーンの積層などの高温プロセスを経ても顕著な劣化を示さないことが確認され、これで集積回路作製のための基礎技術が整った。これらのプロセスをもとに、5個のエッジ型接合と上層グランドプレーンを組み合わせた高温超伝導サンプラー回路を作製し、基本動作の確認に成功した。

 本研究を基礎とした高温超伝導サンプラー回路の動作実証は、世界でもごく初期の集積回路動作成功例であり、エッジ型が集積回路用接合の主流と位置づけられるようになったひとつのきっかけであった。その意味で、本研究は高温超伝導集積回路用としてのエッジ型接合の優位性を実証したものと位置づけられる。また、本研究で開発した層間絶縁層をマスクに用いるin situ法はエッジ型ジョセフソン接合の標準的な作製方法のひとつとして認められ、他研究機関でも採用されている。

 なお、YBa2Cu3Ox/PrBa2Cu3Ox/YBa2Cu3Ox接合の特性を解析することにより、従来は近接効果に基づく弱結合型接合と考えられていた本接合は、バリア中の局在準位が関係したトンネル接合として理解すべきであることも明らかにした。

 次に、本研究では従来の成長法とは異なる界面改質法でバリアを形成することが可能であり、そのバリア作製方法により、さらに優れた特性の均一性を示す接合を作製できることを示した。本作製方法では、バリアは意図的な堆積・成長プロセスではなく、イオン衝撃とその後の熱処理により下部YBa2Cu3Ox超伝導電極表面に形成される。作製された界面改質型接合は優れたI-V特性とその均一性を示した。これらの接合のIcはこれまでになく高い均一性を示し、100接合につき4.2Kで1σ=8%にまで達した。また1000接合でも1σ=10%のレベルに達しており、研究当初の目標を達成した。また、TEM観察およびEDX分析の結果から、バリア層形成の過程はイオン照射によるアモルファス化と熱処理による結晶化であることを明らかにし、バリア層を構成する物質をBaベースのペロヴスカイト構造をもつ化合物Ba(Y1-xCux)Oy(x<0.5)と推定した。界面改質型接合におけるさらに詳細なバリアの構造・組成、Laなどの不純物の効果も含めたその形成機構の詳細を解明し、さらにプロセス条件を最適化していくのはこれからの課題である。

 本研究以前にも界面改質型接合の研究例は存在したが、それらのほとんどがジョセフソン効果の確認にとどまっていた。接合特性の均一性にまで踏み込んだ最初の例がMoecklyらのInterface-engineered Junctionであったが、成長法に対する優位性は明らかにされなかった。またその作製プロセスに不明な点が多かったため、客観的に見て真に確立した作製プロセスとは言いがたかった。加えて、Moecklyらの主張するバリア形成機構、すなわちイオン衝撃による結晶構造破壊と真空アニールによるYBa2Cu3Ox組成を持つ非超伝導相の形成、には強い疑問がある。

 本研究はこれらの研究の後におこなわれたものであるが、界面改質型接合の優れた接合特性に加え、かつて報告されなかった100〜1000接合における高い均一性を初めて実証した。さらにバリアの組成や構造、その形成機構についても主要部分を解明した。これらの優れた接合特性、接合作製方法やバリアの組成・構造など本研究で明らかにした事柄の多くは、その後他研究機関でも再現性良く確認された。本研究の成果である界面改質型接合は現在、エッジ型接合を用いた高温超伝導集積回路の標準的な作製プロセスとなっており、多くの研究機関で研究が継続されている。この技術を用いて、近い将来有用な小・中規模の高温超伝導集積回路が実現することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「集積回路応用を目指した高温超伝導ジョセフソン接合の研究」と題し、さまざまな種類のジョセフソン接合の中から、銅酸化物系高温超伝導体を用いた集積回路の実現に適した接合を選択し、集積回路動作に必要とされる接合特性を検討し、その中でも高温超伝導接合の抱える問題点の一つである接合特性の均一性を、集積回路の要求水準にまで高めることを目指して行った研究をまとめたものであり、7章から構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の概要と構成について述べている。

 第2章は「高温超伝導ジョセフソン接合」と題し、ジョセフソン接合の立場から高温超伝導物質とその関連物質の構造や特性、ならびに集積回路作製プロセスに関して、接合・回路作製に関連の深い事項を簡単にまとめている。集積回路にふさわしいタイプとして積層型とエッジ型を選択し、さらにこれらを用いた実用的な超伝導単一磁束量子集積回路を動作させるために最低限必要な素子の均一性について考察し、目標として100接合でIcの標準偏差10%の均一性を設定している。

 第3章は「成長型バリアを用いた積層型ジョセフソン接合」と題し、ジョセフソン接合として自然な形状を持つと考えられる積層型接合に適したBiSrCaCuO系を用い、イオンビームスパッタ法によるBi系超伝導薄膜の成長、接合に用いる積層薄膜の微細構造評価の結果に続いて、Bi系高温超伝導体を用いた積層型ジョセフソン接合の作製およびその特性について記述している。Bi系積層型接合では、なかには典型的なジョセフソン接合の特性を示すものが得られたが、十分な再現性が得られず、接合特性の指標となるIcRn積も低かったという結果を得ている。

 第4章は「成長型バリアを用いたエッジ型ジョセフソン接合」と題し、大きな異方性に対応したエッジ型接合を研究した結果について述べている。高温超伝導体として優れた特性を持つYBaCuO系を選択している。短い超伝導コヒーレンス長を持ち、急峻なバリア−超伝導電極間界面を必要とする高温超伝導接合において、このタイプの接合が実用となりうるのかどうかを検討し、十分な収率で積層型より良い均一性・再現性を示すことを確認した。さらに現在の薄膜成長および回路作製の観点から、積層型よりもエッジ型のほうが高温超伝導集積回路に適しているとの判断を示している。成長型バリアを用いたエッジ型接合で、接合特性の均一性を高める作製プロセスの開発を検討した結果、第2章で目標に掲げたIcの標準偏差=10%の均一性を達成している。

 第5章は「界面改質型バリアを用いた高温超伝導ジョセフソン接合」と題し、より優れた均一性が期待される界面改質型のバリアを用いたジョセフソン接合について述べている。Y系超伝導体を用いたエッジ型接合の作製プロセスに続き、界面改質バリアの構造・組成、界面改質型接合特性およびその均一性について述べている。界面改質型接合は期待どおりにかつて報告例のない高い均一性を示すことを示している。100接合についてIcの標準偏差8%、1000個の接合についても10%のレベルの均一性を得ており、第2章で掲げた均一性の目標値を達成している。

 第6章は「今後の展望」と題し、集積回路の立場から高温超伝導接合に関して、将来展望を述べている。

 第7章は「まとめ」であり、本研究の成果を要約して述べている。

 以上のように、本論文は高温超伝導体のジョセフソン接合について研究した結果をまとめたもので、エッジ型接合の素子特性、特にその均一性を高める手法を開発することにより、超伝導集積回路の実現を可能にしたものであり、超伝導エレクトロニクスの分野へ貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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