学位論文要旨



No 215192
著者(漢字) 盛,徹也
著者(英字)
著者(カナ) モリ,テツヤ
標題(和) シアノバクテリアにおける概日リズムと細胞分裂サイクル
標題(洋) Circadian Rhythms and Cell Division Cycles in Cyanobacteria
報告番号 215192
報告番号 乙15192
学位授与日 2001.11.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15192号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 助教授 広野,雅文
 名古屋大学 教授 近藤,孝男
内容要旨 要旨を表示する

 概日性リズムと細胞分裂はともに生物に普遍的に見られる周期振動現象である。概日性リズムは、単細胞原生動物から高等動植物まで調べられた限りほとんど全ての真核生物に存在する。これまでの研究から概日性リズムが細胞分裂によるものでないことは明らかであるが、概日性リズムの位相進行が細胞分裂中も持続するかどうかは議論の対象となってきた。これまでのところ細胞分裂周期が概日周期より短い培養条件において概日リズムは記録されていない。真核生物では、時計遺伝子の発現や細胞核膜を介した時計タンパク質の輸送が計時機構の重要なプロセスと考えられており、細胞分裂は概日時計に影響をおよぼすと考えられている。近年、原核生物である光合成細菌のシアノバクテリアにおいても広範な生理・生化学現象に概日性リズムが存在することが明らかになってきた。また分子遺伝学的手法を用いた研究によりシアノバクテリア概日時計の分子メカニズムの解明が急速に進みつつある。そこで本研究では、シアノバクテリア(Synechococcus elongatus PCC 7942)における細胞分裂周期と概日時計の関係性および概日時計の分子メカニズムについて検討を行った。

 まず本論文の第1章では、概日時計の特徴やこれまでの研究の推移などについて概括的に論じた。

 第2章では、細胞分裂周期が概日周期より短い培養条件において細胞分裂のタイミングが概日時計によって制御されるかどうかを検討した。シアノバクテリアの培養液は、平均世代時間が約10時間になるように新鮮培地によって連続的に希釈された。この連続希釈培養における細胞分裂(細胞数密度)、DNA含量、細胞サイズ、および遺伝子発現のレベル(光合成遺伝子のプロモータ活性をルシフェラーゼレポーターでモニター)を経時的に測定した。培養液を24時間明暗周期(12時間明期、12時間暗期)の照明条件下に置いたとき細胞分裂は明期中にのみおこり、暗期には完全に停止した。この細胞分裂のパターンは培養を連続照明下に移した後も持続し、細胞分裂頻度が低くなるあるいは分裂が停止する位相が約24時間の周期で観察された。これまでに光合成遺伝子の発現リズム(生物発光でモニター)の周期が野生株よりも短いあるいは長い突然変異株が多数単離されている。そこで短周期株および長周期株における細胞分裂リズムの周期を調べたところ、細胞分裂リズムの周期はそれぞれ短縮および伸長していた。これらの結果は、細胞分裂のタイミングが概日時計の調節下にあることを示唆する。また平均世代時間が約10時間の連続希釈培養において光合成遺伝子のプロモータ活性(生物発光)の変化にも概日性リズムが観察された。このことは、遺伝子発現および細胞分裂のタイミングを調節する概日時計の位相進行が細胞分裂による細胞の形態的・代謝的変化に影響を受けずに安定して継続することを示唆している。

 第3章では、前章で示した細胞分裂のリズムがkaiC遺伝子を必須とする概日時計の調節下にあるかどうか、ftsZ遺伝子の発現調節による細胞分裂のタイミング制御の可能性、細胞分裂が完全に停止した条件下においても概日時計の位相進行が持続するかどうかについて検討した。まず、細胞分裂のリズムがkaiC遺伝子を必須とする概日時計の調節下にあるかどうかを調べるためにkaiC遺伝子欠損株を作成し、細胞分裂頻度の変化を調べた。kaiC遺伝子欠損株を野生株と同じ条件で培養すると、24時間明暗照明下では野生株とほぼ同様の分裂パターンを示した。しかしながら培養を連続照明下に移すと細胞分裂頻度のリズムは完全に消失した。このことはシアノバクテリアにおける細胞分裂のタイミングがkaiC遺伝子を必須とする概日時計の調節下にあることを示唆している。次に、概日時計による細胞分裂周期の制御メカニズムを明らかにするために細胞分裂遺伝子であるftsZ遺伝子をクローニングしその発現パターンを調べた。S.elongatusのftsZ遺伝子は、393アミノ酸残基からなるポリペプチドをコードしており、翻訳産物のアミノ酸配列は他のバクテリアおよび高等植物の葉緑体に存在するFtsZタンパク質に対して高い相同性を示した。シアノバクテリアftsZ遺伝子は、明暗周期の下では細胞分裂のおこる明期に発現し、細胞分裂が停止する暗期に発現は見られなかった。同遺伝子の恒常下における発現パターンを調べるために同遺伝子のプロモータ領域をバクテリアルシフェラーゼ遺伝子に融合したレポーターコンストラクトを作成し、野生株シアノバクテリアに導入した。レポーター株は連続照明下で生物発光のリズムを示し、その周期は他のプロモータ融合レポーター株の発光リズムおよび細胞分裂リズムの周期と同様約24時間であった。生物発光のリズムは主観的夜のはじめ(CT12前後)に最大位相、主観的朝のはじめ(CT0前後)に最小位相を示した。連続照明下において細胞分裂は主観的夜のはじめにその頻度が低下することから、概日時計による細胞分裂のタイミングの調節はftsZ遺伝子の周期的発現制御を介して行われるものではないことが示唆される。大腸菌等においてFtsZタンパク質は細胞分裂における隔壁形成に重要な役割を担うタンパク質であり、その過剰発現は細胞分裂を阻害することが知られている。そこで細胞分裂を阻害した条件下における概日性リズムの有無を調べるために、ftsZ遺伝子を過剰発現させたルシフェラーゼレポーター株における生物発光量の変化をモニターした。FtsZの過剰発現により細胞分裂は完全に阻害され細胞はフィラメント状になったが、生物発光によりモニターされたpsbAI、kaiBCおよびftsZ遺伝子のプロモータ活性はリズムを示した。このことは、概日性リズムの位相進行が細胞分裂には依存しないことを示唆する。

 第4章では、概日時計の計時機構における時計遺伝子の周期的発現の重要性について検討を行った。シアノバクテリアkai遺伝子クラスタにあるkaiA、kaiBおよびkaiC遺伝子は概日時計の発現に必須の時計タンパク質であるKaiA、KaiBおよびKaiCタンパク質をコードしている。これまでの研究から時計遺伝子の周期的発現とその遺伝子産物である時計タンパク質による時計遺伝子の発現に対する阻害的制御(負のネガティブフィードバック)が概日時計の計時機構に重要であると考えれている。しかしながらシアノバクテリアにおいては、時計タンパク質の細胞内レベルの変動は明らかになっていない。そこで、KaiA、KaiBおよびKaiCタンパク質それぞれに特異的な抗体を作成し、ウェスタンブロッティング法により時計タンパク質の蓄積量の変化を調べた。その結果、恒常下においてKaiBおよびKaiCタンパク質の蓄積量が強固な概日性リズムを示した。次に細胞内におけるKaiCタンパク質のレベル変動が計時機構に重要であるかどうかを検討するため、薬剤誘導可能なプロモータを使ってKaiCタンパク質を様々な時刻に異ったレベルで発現させ概日性リズムの位相に及ぼす影響を調べた。生物発光でモニターした概日性リズムの位相は、発現を誘導した時刻および発現のレベルに依存して変化した。またKaiCタンパク質の発現誘導による位相シフトは同タンパク質の合成をタンパク質合成阻害剤で阻害することによりほぼ完全に抑制された。シアノバクテリアでは光合成によるエネルギー供給が絶たれた連続暗黒下およびタンパク合成阻害剤によって著しくタンパク合成を阻害した条件下においても概日時計が正常に継続することが確認された。そしてそれらの条件下においてもKaiCタンパク質の蓄積量にリズムがに観察された。これらのデータは、KaiCタンパク質の周期的な発現がシアノバクテリアにおける時計メカニズムの重要な要素であることを強く示唆するものである。

 以上、本研究では、シアノバクテリアの(1)細胞分裂のタイミングが概日時計の制御下にあること、(2)概日時計の位相進行は細胞分裂周期が概日周期より短い培養条件下および分裂が完全に停止した条件下においても安定して継続し細胞分裂周期には依存しないこと、さらに(3)分子レベルでは時計タンパク質KaiCの周期的発現変動が計時メカニズムにとって本質的であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 単細胞生物を含む多くの生物の活動は,内在的に24時間の周期性(概日性リズム)を示す.この周期性は連続した明条件,暗黒条件下でも持続し,周囲の温度によって影響されない.一方,生体内の各細胞は,固有の細胞分裂周期を持つ.本研究は,これら,生体における2つの重要な周期性,概日性リズムと,細胞分裂リズムの関連を検討したものである.

 藻類や原生動物、高等動物の組織細胞などにおいては、世代時間が概日周期よりも長い場合には,細胞分裂のタイミングが概日時計の調節下にあることが明らかにされている。しかし、概日周期よりも短い周期で分裂を繰り返す細胞においては,細胞分裂周期が概日性リズムによって影響されるか否かはまだ明らかにされていない。最近、世代時間の短い光合成細菌のシアノバクテリアにおいても広範な生理・生化学現象に概日性リズムの存在が確認された。そこで,本研究では、シアノバクテリアにおける細胞分裂周期と概日時計の関係を調べるとともに,概日時計の発生機構に関して,重要な働きを演じていると考えられるKaiタンパク質群の動態を解析した。

 本論文は,全体で4章からなる。第1章は、本論文の序章として、概日時計の特徴やこれまでの研究の経過などを要約し,研究の現状と課題を総括的に論じている。

 第2章では、概日時計によって細胞分裂周期が調節されるか否かを、細胞分裂周期が概日周期より短い培養条件において検討した。平均世代時間が約10時間になるように維持された培養条件下において、細胞を明暗条件が12時間ごとに繰り返す状態から,恒常的な明条件に移して,その分裂周期を測定した.その結果,個々の細胞がランダムなタイミングで分裂を繰り返す細胞集団において、平均的分裂頻度が24時間ごとに低下する現象が観察された。そのような周期性は8日間以上にわたり持続した。また概日時計の支配下にある光合成遺伝子のプロモータ活性にも同じ24時間周期のリズムが観察された。これらの周期性の解析から,シアノバクテリアの細胞分裂は24時間の概日リズムのうちの明期の終わりから暗期の初めに相当する時間において、その進行が阻止されるという概日性があることが結論された.また,細胞分裂の周期は様々な要因によって可変であるが,概日時計の周期は一定であることから,概日時計の進行は細胞分裂とは独立していることが強く示唆された。

 第3章では、細胞分裂を人為的に停止させた細胞群において概日性リズムが進行するかどうかを検討した.まず、原核生物の細胞分裂に関与した遺伝子の一つftsZをクローニングし、これを大腸菌由来のプロモーターに結合してFtsZタンパク質を過剰発現たところ、細胞が分裂せずに繊維状に成長することが判明した。そのような細胞において,細胞分裂を完全に停止させた後でも,本来のftsZのプロモーターの活性と、その他の本来概日性リズムを示す遺伝子の発現のリズムは強固に持続することが確認された。したがって,この実験からも,概日性リズムの発生は細胞分裂リズムとは独立であることが結論された.

 第4章では、細胞分裂とは独立に存在する概日リズムの発生機構に関して,現在唱えられているモデルの検証を行った.シアノバクテリアの概日リズム発生に関して,その突然変異株の解析から,3種の遺伝子kaiABCの関与が示されている.概日リズムは,それらの遺伝子産物(時計タンパク質)がそれら自身の発現をフィードバック制御することによって発生するという説が有力である.しかし,時計タンパク質の発現量とリズムの関係を解析した研究はなされていない.本研究では,時計タンパク質に対する特異的な抗体を作製し,それぞれの発現を定量した.その結果,KaiBとKaiCタンパク質の細胞内蓄積量に概日性リズムが観察された。さらにKaiCタンパク質の一時的な発現誘導が概日性リズムの位相シフトを誘発し、しかも,発現誘導の時刻と発現量によってその位相シフトの大きさが変化することが明らかになった。このことはKaiCタンパク質の周期的発現が計時メカニズムの重要な要素であることを強く示唆している.また、タンパク質合成を大きく阻害した条件下でも、KaiCタンパク質の発現は一定の周期性を保つ傾向があることが見いだされた。このように時計タンパク質の合成の周期性が細胞全体のタンパク質合成やエネルギー代謝のレベルに依存せずに強い持続性を持つことは、概日リズムが細胞分裂周期とは独立であることと深く関係していると考えられる。

 以上のように,本研究は、シアノバクテリアの細胞分裂のタイミングが概日時計によって一定の制御をうけることを示すとともに、逆に概日リズムは細胞分裂周期に影響されずに進行することを明らかにした.また、概日リズムの発生機構において,時計タンパク質であるKaiCの細胞内における周期変動が本質的に重要である可能性を示唆した。これらの新知見は、概日リズムと細胞分裂周期という生体における2大周期性の相関と,概日リズム発生機構の理解に大きく寄与するものである。なお、本研究は米国ヴァンダービルト大学のCarl H. Johnson博士らとの共同研究であるが、論文提出者が中心となって研究を進めており、その寄与が充分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク