学位論文要旨



No 215194
著者(漢字) 酒井,弘憲
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ヒロノリ
標題(和) メタアナリシスを利用した薬物治療法の安全性の評価 : 降圧薬のメタアナリシスによる安全性評価の検討
標題(洋)
報告番号 215194
報告番号 乙15194
学位授与日 2001.11.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15194号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 吉栖,正雄
内容要旨 要旨を表示する

 薬剤疫学の領域でも、これまで数多くのメタアナリシス研究がなされてきた。しかし、これまでのメタアナリシスの主たる目的は薬物療法の効果の側面を明らかにすることであり、安全性に関して検討されたものはほとんどなかった。今回、安全性評価の観点から、降圧薬の薬物療法を対象に、有害事象のインシデンス、プロファイルに関してメタアナリシスの手法を応用し、その適用可能性について検討した。その結果、カルシウム拮抗剤と利尿剤との比較において頻脈(Tachycardia)に関して、カルシウム拮抗剤(リスク差:6.59%、95%信頼区間:1.59%〜11.6%)に、痛風(Gout)に関して利尿剤(リスク差:-0.7%、95%信頼区間:-1.22%〜-0.18%)に有意に多くの発現を認めた。カルシウム拮抗剤とβブロッカーとの比較においては、顔面潮紅(Flushing)(リスク差:6.34%、95%信頼区間:2.21%〜10.48%)、動悸(Palpitation)(リスク差:1.10%、95%信頼区間:0.11%〜2.09%)、浮腫(Edema)(リスク差:4.56%、95%信頼区間:0.36%〜8.77%)に関してカルシウム拮抗剤に、疲労(Fatigue)(リスク差:-1.24%、95%信頼区間:2.41%〜-0.07%)に関してはβブロッカーに有意に多くの発現を認めた。さらにカルシウム拮抗剤とACE阻害剤との比較においては頭痛(Headache)(リスク差:5.62%、95%信頼区間:0.19%〜11.06%)、顔面潮紅(Flushing)(リスク差:17.07%、95%信頼区間:4.13%〜30.0%)、浮腫(Edema)(リスク差:12.08%、95%信頼区間:1.78%〜22.38%)に関してカルシウム拮抗剤に有意に多くの発現を認めた。また、カルシウム拮抗剤とACE阻害剤の比較においては空咳(Cough)は投与12週以下の比較的短期間でACE阻害剤(リスク差:-6.60%、95%信頼区間:-10.72%〜-2.48%)に有意に多くの発現を認めた。

 この知見は、実際の診療の場において、個々の患者に適切な治療法を検討する上で判断の一助となり得るものである。

 しかし、有害事象についてのメタアナリシスを実施するにあたり、幾つかの問題点がある。例えば、有害事象に関して、そのモニタリングの方法、論文中の有害事象報告の仕方に、研究間、特にわが国と欧米で違いが認められる。わが国の副作用報告に関する論文中の記載は極めて画一的であり、因果関係を考慮した副作用にのみ記載が偏り、いわゆる有害事象の記述がおろそかになっていると考えられるが、これは有害事象というものに対する各研究者の理解の程度、範囲の違いに起因するものであろう。一方、欧米の有害事象報告に関する論文中の記載は、まったく統一性がなく、あまつさえ、記載のないものも多数にのぼる。本研究では、言語の壁などの問題で従来欧米のメタアナリシス研究では対象となりにくかった日本国内の報告が多数解析対象となったことも特筆される。結果的に有効性が示されなかった試験結果は公表されにくい傾向(出版バイアス)にあるが、少なくとも安全性情報については広く公表すべきであり、それによって有害事象のメタアナリシス研究の精度を向上させることができ、薬剤治療評価の両輪の一方としての役割を果たし得る。

 既に存在する多くの臨床研究データを有意義に用い、新たな仮説を提示するという意味で臨床におけるメタアナリシスの意義は大きい。メタアナリシスは有効性証明の手段としてよりは、発現件数の少ない安全性情報評価の手段としてより用いられるべきであると考えられる。今回の検討で、メタアナリシスは、薬剤疫学的研究を実施する上で、安全性情報の解析に対する有益な手法となり得る可能性が示された。

図1.カルシウム拮抗剤(CCB)と利尿剤(DU)治療における各有害事象発現のリスク差(95%CI)

図2.カルシウム拮抗剤(CCB)とβブロッカー(beta)治療における各有害事象発現のリスク差(95%CI)

図3.カルシウム拮抗剤(CCB)とACE阻害剤(ACE)治療における各有害事象発現のリスク差(95%CI)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は薬剤疫学研究における安全性情報の分析評価について、この分野では国際的にみても適応が稀なメタアナリシスを導入することにより、その安全性情報解析に対する適用可能性を検討したものである。対象には、患者数においても医療経済の面においても重要な降圧薬による高血圧治療を選定し下記の結果を得た。

1.本態性高血圧について、カルシウム拮抗薬と利尿薬の比較に関して9試験を、カルシウム拮抗薬とβブロッカーの比較に関して19試験を、カルシウム拮抗薬とACE阻害薬の比較に関して4試験を同定した。併せて7,990名の患者が重篤な有害事象に関する解析対象となった。本研究では、言語の壁の問題などにより欧米のメタアナリシス研究で殆ど対象とされなかった日本の研究結果が、欧米の研究と同一の基準で選択され検討対象として多数含まれている点も特筆される。また、具体的なメタアナリシス手法の過程が詳細に示され、今後、本分野の研究を行う者にとって有用な資料となり得る。

2.カルシウム拮抗薬と利尿薬、カルシウム拮抗薬とβブロッカーでは異質性に関して統計的有意差は認められなかったが、カルシウム拮抗薬とACE阻害薬においては試験間に異質性が認められた。メタアナリシスの結果、カルシウム拮抗薬と利尿薬の重篤な有害事象のリスク差についてはカルシウム拮抗薬が利尿薬より0.14%少なく(95%信頼区間:-2.42%〜2.7%)、カルシウム拮抗薬とβブロッカーのリスク差についてはカルシウム拮抗薬がβブロッカーより0.29%多く(95%信頼区間:-1.27%〜1.84%)、カルシウム拮抗薬とACE阻害薬のリスク差についてはカルシウム拮抗薬がACE阻害薬よりも0.8%多かった(95%信頼区間:-4.86%〜3.24%)ものの統計的および臨床的な有意差ではなかった。

投与期間により、有害事象発生の頻度が異なるか否かを調べるため、12週を基準としてその前後で分けてそれぞれのデータを併合した。その結果、12週以下の比較的短期間の投与においてカルシウム拮抗薬のリスクは利尿薬より0.58%(95%信頼期間:-4.01%〜5.17%)低く、βブロッカーより0.31%(95%信頼区間:-1.4%〜2.09%)、ACE阻害薬より5.2%(95%信頼区間:-2.76%〜13.16%)高かった。一方、12週を超える比較的長期間の投与においてカルシウム拮抗薬のリスクは利尿薬より2.27%(95%信頼区間:-3.46%〜7.99%)高く、βブロッカーより0.94%(95%信頼区間:-1.73%〜3.6%)、ACE阻害薬より1.72%(95%信頼区間:-4.94%〜1.50%)低かった。しかしいずれも有意な差ではなかった。さらに、共変量についてロジスティック回帰分析により検討した結果、カルシウム拮抗薬とβブロッカー、利尿薬との比較においては併合したリスク差に対して共変量の影響は認められなかった。

3.報告された有害事象の各症状毎のメタアナリシスを実施した結果、頭痛、浮腫に関して、カルシウム拮抗薬と利尿薬で有意差が認められ、カルシウム拮抗薬のリスクが高かった。また、顔面紅潮に関して、カルシウム拮抗薬とβブロッカーで有意差が認められ、カルシウム拮抗薬のリスクが高かった。カルシウム拮抗薬とACE阻害薬の比較においては顔面紅潮、浮腫に関してカルシウム拮抗薬で有意に多く発現していた。いずれも従来の定性的な臨床的知見を定量的に裏付ける結果を得た。

4.これまでにも欧米において、高血圧薬物療法に関して多くのメタアナリシスがなされており、今回、調査対象とした文献のいくつかもそのなかに含まれている。しかし、これまでのメタアナリシスの主たる目的は薬物療法の効果を明らかにすることであり、安全性に関して検討されたものはほとんどなかった。そのような問題に対するアプローチの1つとして、今回、安全性の観点から、有害事象の発生、プロファイルに関してメタアナリシスの手法を応用した。その結果、上記のようにこれまでの知見と食い違う結論は生まれず、これらを定量的に裏付ける結果となった。従来から、有害事象の検出という観点から、単独の無作為化比較試験のみでは発現頻度の低い、あるいは特有の遅発性の有害事象などをうまく見いだせるかという問題点が指摘され、そのため各種の観察的研究がなされてきている。しかし、観察研究には、方法論、解析方法等で問題点が存在することが指摘されており、今回示したメタアナリシスはそのような問題点に対する一つの解決策となり得ると考えられる。

5.メタアナリシスは有効性証明の手段としてよりは、発現件数の少ない安全性情報評価の手段としてより多く用いられるべきであると考えられる。高齢化が進み、生活習慣病が増加しているが、このように長期間にわたって疾病と対峙しなければならない非致死性の慢性疾患の患者においては、生死にかかわる重篤な副作用よりはむしろ、日々のQOLにかかわる個々の有害事象のプロファイルを明らかにすることが身近な問題として、より重要であると考えられる。これまでこのような観点から有害事象に対してメタアナリシスが適用された事例はなく、今回の試みは、今後の慢性疾患の治療を考えるうえで有益なエビデンスを提供できる可能性を持つアプローチであると言える。

以上、本論文は薬剤疫学研究における安全性情報の研究に対して、メタアナリシスの適用可能性を示し、その有用性を明らかにした。本研究は、この点で薬剤疫学研究における安全性情報の解析アプローチに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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