No | 215201 | |
著者(漢字) | 泉水,奏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | センスイ,ノブル | |
標題(和) | 受精時におけるホヤ卵の活性化機構に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the mechanism of egg activation at fertiligation in the ascidians, Ascidia sydneiensis dirisa and Ciona savignyi | |
報告番号 | 215201 | |
報告番号 | 乙15201 | |
学位授与日 | 2001.12.10 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第15201号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 受精の際、卵は精子の刺激により活性化され、急速に様々な形態的、生理的変化を起こし個体発生を開始する。この卵活性化機構については海産無脊椎動物から脊椎動物、ほ乳類にいたまで多くの動物種で研究が進められており、多くの細胞で普遍的に知られているシグナル伝達系と同様、IP3, Ca2+などのセカンドメッセンジャーが関与していることが明らかになりつつある。しかし、脊椎動物の起源との関係で系統学的に興味深い尾索類のホヤでの卵活性化機構は、その意義の重要性に反して研究が十分になされていない。本研究では、ユウレイボヤCiona savignyi及びスジキレボヤAscidias sydneiensis divisaの受精時における卵活性化機構について研究を行った。 第1部 ホヤ卵減数分裂開始因子の同定 多くの動物種では受精可能な卵は減数分裂の様々な段階で分裂を停止している。従って、受精における卵の活性化の一つの重要な意義は停止していた減数分裂を再開させることである。未受精卵の減数分裂停止については第2減数分裂の中期(MII)で分裂を停止している両生類および哺乳類において研究が進められており、分子的実体をはじめとする分子機構の解明が進んでいる。これらの種では未受精卵の細胞質中に分裂停止因子Cytostatic Factor(CSF)が存在しており精子の刺激により、CSFの消失の結果、中期促進因子(Metaphase Promoting Factor)の活性が低下し減数分裂の再開が起こることが知られている。一方、MII以外の段階で減数分裂を停止している未受精卵を持つ動物種については、その停止−再開機構はほとんど明らかになっていない。第一部では、第1減数分裂中期(MI)で停止しているホヤ(ユウレイボヤ、スジキボヤ)においてその停止−再開機構について調べた。まず、未受精卵にCSFが存在するか、或いは受精後に未知の分裂開始に関する因子が新生されるか否かを明らかにするため、ポリビニルアルコールを用いた細胞融合法を開発し、第1減数分裂中期で停止している未受精卵と減数分裂が進行途中の受精卵あるいは体細胞分裂をしている割球とを融合させた。その結果、融合卵では、受精卵側の減数分裂および割球側の体細胞分裂の進行は抑えられなかった。一方、未受精卵側では減数分裂が再開し極体が放出された。また、未受精卵同士の融合卵では、減数分裂の再開により極体が放出されることはなかった。これらの結果から、ホヤ卵では第2減数分裂中期で分裂を停止している両生類、哺乳類の未受精卵に見られるようなCSFは存在しないであろう事、そして、受精後に分裂開始因子が新生される事、そしてこの因子は割球にも存在することが明らかとなった。 第2部 受精時の減数分裂開始及び卵形変化に果たすCa2+の役割 受精の際CSFを消失させ、減数分裂を再開させるとしてCa2+が考えられている。そこで、受精時の卵の細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)の変動をクラゲ由来の発光物質エクオリンを注入したユウレイボヤ卵からのCa2+依存的発光を測定することにより調べた。さらにCa2+緩衝液の注入により、卵内の[Ca2+]iを直接変化させ、卵活性化への影響について調べた。まず、受精時の[Ca2+]i変化では、媒精直後、大きな[Ca2+]iの一過性の上昇(Phase I)が卵形の変化とそれに伴う卵細胞質の再配置の時期に出現し、引き続き小さな数回の[Ca2+]iの上下動(振動)(Phase II)が見られた。さらに第一極体放出後10回程度の[Ca2+]iの上下動(振動)(Phase III)が起こり、その後第二極体が放出され、減数分裂が完了した。一方、未受精卵にCa2+濃度の低い緩衝液を注入し、受精時における[Ca2+]iの上昇を抑えると、卵形変化、減数分裂の進行による極体形成が抑制された。逆に高濃度のCa2を含むCa2+緩衝液を注入し未受精卵の[Ca2+]iを段階的に上昇させると、[Ca2+]i=0.9μMでは減数分裂は再開せず卵形変化と卵細胞質の再配置のみが、[Ca2+]i=2.0μMでは引き続きおこる第一極体放出とMIIまでの過程、そして[Ca2+]i=10.1μMでは第二極体の放出し前核形成までの過程が、それぞれ[Ca2+]i濃度に応じて段階的に引き起こされた。このことから、受精時に起こる卵形変化、減数分裂の各進行過程にはそれぞれ異なった濃度の[Ca2+]iが必要である事が明らかとなった。また、特定の[Ca2+]i濃度では通常MIIで減数分裂が停止しないホヤ卵においても、第一極体放出後MIIで減数分裂が停止し、さらなるCa2+の追加でその停止が解除された。このことからCa2+により調節されうる潜在的なMII停止機構が存在すると考えられる。 第3部 卵活性化おけるCa2+変動の役割とその発生機構 受精時に起こる[Ca2+]iの変動をさらに詳しく解析するために、エクオリンに比べ感度の高いCa2+感受性蛍光色素fura-2及び、Calcium Greenを用いて[Ca2+]iの変動を測定した(図1)。その結果、第2部で得られた結果を確認することができ、更に[Ca2+]iの変動をより詳細にとらえうることできた。 次に[Ca2+]iの変動の役割及びその発生機構を膜胞系チャンネルに対する抗体、作動薬、拮抗薬を用い調べ、まずIP3受容体を介するIP3誘導性Ca2+放出の[Ca2+]iの変動おける関与を検討したところ、未受精卵へのIP3の注入はPhase I-II様の[Ca2+]i変動と卵形変化、第一極体放出を起こし、MIIで分裂を停止する事が明らかとなった。この分裂を停止した卵にさらにIP3を注入すると[Ca2+]iの再上昇と第二極体の放出が起こり減数分裂は終了した。これらの結果からPhase I-IIは卵形変化と減数分裂のMIからMIIへの移行過程を促進し、第1極体形成後に現れるPhase IIIは潜在的MII停止を解除し、減数分裂を完了させる働きをしていると考えられる。一方、IP3受容体の作動薬adenophostinは未受精卵に持続的な[Ca2+]iの振動を引き起こし、受容体の拮抗薬であるヘパリン及びタイプ1IP3受容体に対する抗体は受精時Phase I-IIの[Ca2+]iの振動は抑えないがPhase IIIの[Ca2+]iの振動を抑制した。さらに、IP3以外の細胞内Ca2+放出機構であるリアノジン受容体を介するCa2+誘導性Ca2+放出機構の関与も検討したところ、リアノジン受容体拮抗薬であるルテニウムレッド、作動薬であるc-ADP riboseは、共に未受精卵及び受精卵の[Ca2+]iの動態にはほとんど影響を与えず、受精後の卵形態変化、卵割などの発生過程にも影響を及ぼさなかった。以上の結果から受精時の[Ca2+]iの変動はIP3誘導性Ca2+放出(IP3 Induced Calcium Release : IICR)によるものであり、Ca2+誘導性Ca2+放出機構(Calcium Induced Calcium Release : CICR)の関与は薄いこと、さらにPhase I-IIの[Ca2+]iの振動と、Phase IIIの[Ca2+]iの振動は、異なる機構により引き起こされると結論された。 第4部 受精時の卵活性化におけるGタンパク質の役割 GTP結合蛋白質(Gタンパク質)には様々な種類があり、IP3の産生酵素であるPLC(PLC-β)の調節を初めとする、様々な、シグナル伝達系において重要な役割を果たしていることが知られている。そこでGタンパク質の受精における役割を詳細に調べる目的で、拮抗薬GDP-β-s及び作動薬であるGTP-γ-sを用いて研究を行った。まず、GDP-β-sは受精時のPhase I-IIの[Ca2+]i変動に影響を及ぼさないことから、受精時のIICRによる[Ca2+]i変動はGタンパク質非依存的PLCの関与のもとで起こると考えられる。一方、GDP-β-sは卵表層のアクチン繊維の分布を乱し、卵形変化を抑制し、GTP-γ-sは卵胞表層のアクチン繊維の増強と異常な卵変形を引き起こす事が観察された。このことからCa2+下流でアクチン系が関与している卵形変化に、Gタンパク質が関与していることが考えられる。更、GDP-β-sはPhase III [Ca2+]i変動の開始を遅らせ、その期間を長引かせるなど、大幅な[Ca2+]i変動パターンの乱れを生じさせ、減数分裂の進行も抑制した。一方、GTP-γ-sは異常なパターンの[Ca2+]i変動を引き起こすが、減数分裂の進行を引き起こさない。従って、減数分裂の進行には何らかのパターンの[Ca2+]i変動が必要であり、その過程にGタンパク質が関与していると考えられる。 以上、本研究ではホヤ卵受精時の特徴的な細胞内カルシウムの動態が鮮明となり、そのカルシウムの動態の卵活性化時の卵形態変化、減数分裂再開と進行における役割、そしてIP3及びG−タンパク質による調節の概略が明らかにされた。 図1.fra-2を用いた、受精時の卵[Ca2+]i濃度の変動測定;縦軸は[Ca2+]i(相対値)横軸は媒精後の時間を示す。 第一極体(1st PB)放出、第二極体(2nd PB)の放出時期は矢印で示されている。 | |
審査要旨 | 本論文は4部からなり、第1部ではホヤ卵減数分裂開始及び停止に関わる因子について研究を行っている。多くの動物種では、受精可能な卵は減数分裂の様々な段階で分裂を停止しており、受精によって減数分裂を再開する。第2減数分裂の中期で分裂を停止している両生類、哺乳類で研究が進められており、分裂停止因子、減数分裂再開因子が知られでいるが中期以外で減数分裂を停止している動物種については停止−再開機構は明らでない。第一部では、第1減数分裂中期(MI)で停止しているホヤ(ユウレイボヤ、スジキボヤ)で、ポリビニルアルコールを用いた細胞融合法を開発し、減数分裂を停止している未受精卵と、減数分裂進行中の受精卵または割球とを融合させたところ、受精卵側の減数分裂および割球側の体細胞分裂の進行は抑えられなかった。一方、未受精卵側では減数分裂が再開した。これらのことから、ホヤ卵では分裂停止因子は存在しないであろう事、また他の動物種と同様に、受精後に分裂開始因子が新生されると結論されている。この減数分裂再開因子の候補としてCa2+が考えらた。第2部では受精時の卵内Ca2+濃度([Ca2+]i)の変動を調べ、媒精直後、大きな[Ca2+]iの一過性の上昇(Phase I)が卵形の変化と卵細胞質の再配置の時期に出現し、引き続き、小さな数回の[Ca2+]iの上下動(Phase II)が見られ、第一極体放出後、10回程度の[Ca2+]iのPhase IIIが起こりその後、第二極体が放出され減数分裂が完了する事を見いだしている。一方、卵にCa2+キレート試薬を注入すると、受精時における[Ca2+]iの上昇、卵形変化、極体形成が抑えられ、逆に、Ca2を注入し未受精卵の[Ca2+]iを上昇させると、[Ca2+]i濃度に応じて卵変形極体形成が段階的に引き起こされた。このことから、受精時に起こる卵形変化、減数分裂の各進行過程はそれぞれ異なった濃度の[Ca2+]iが必要であると結論している。第3部ではこの受精時における卵活性化に関与するCa2+変動の役割とその発生機構を膜胞系チャンネルの抗体、作動薬、拮抗薬を用い調べている。未受精卵へのIP3の注入はPhase I-II様の[Ca2+]i変動、卵形変化、第一、第二極体の放出を起こし減数分裂が終了した。一方、IP3受容体の作動薬は未受精卵に[Ca2+]iの振動を引き起こし、受容体の拮抗薬、及1IP3受容体の抗体は受精時Phase I-IIは抑えないが、Phase IIIは抑制している。さらに、IP3以外の細胞内Ca2+放出機構の関与については、リアノジン受容体拮抗薬、作動薬は未受精卵及び受精卵の[Ca2+]iの動態、受精後の卵形態変化、卵割にも影響がない。以上から受精時の[Ca2+]iの変動はIP3誘導性Ca2+放出によるものであり、Ca2+誘導性Ca2+放出機構の関与は薄いこと、さらにPhase I-IIの[Ca2+]iの振動と、Phase IIIのは、異なる機構により引き起こされると結論されている。第4部では受精時の卵活性化におけるGTP結合蛋白質(Gタンパク質)の役割について調べている。Gタンパク質の拮抗薬GDP-β-sは受精時のPhase I-IIに影響を及ぼさないことから、受精時のIP3誘導性Ca2+放出よる[Ca2+]i変動はGタンパク質非依存的PLC(IP3産生酵素)の関与のもとで起こる。一方、GDP-β-sは卵胞表層のアクチン繊維の分布を乱し、卵形変化を抑制し、GTP-γ-sは卵胞表層のアクチン繊維の増強と異常な卵変形を引き起こすことからCa2+下流でアクチン系が関与している卵形変化にGタンパク質が関与していると考えている。更にGDP-β-sはPhase IIIの大幅なパターンの乱れを生じさせ、減数分裂の進行も抑制する。一方、GTP-γ-sは異常なパターンの[Ca2+]i変動を引き起こすが、減数分裂の進行を引き起こさない事が明らかとなった。従って、減数分裂の進行には何らかのパターンの[Ca2+]i変動が必要でありそれにGタンパクが関与していると考えられた。 以上、第1-4部ではホヤ卵における受精とそれに伴う減数分裂の開始における詳細な分子機構の研究がおこなわれ、第一減数分裂中期で停止している特徴的なホヤでは、減数分裂停止因子の関与は少ない事を明らかにしている。さらに、卵受精時の卵活性化における減数分裂再開と進行、完了及び卵形態変化には、IP3による膜胞系からのCa2+の放出による[Ca2+]iの変動起点とした、G-タンパク質、細胞骨格系が重要な役割を果たしている細胞内情報伝達機構が関与している事が明らかにされている。 なお、本論文第1章は石川 優、森澤正昭、第2章は森澤正昭、第3章は吉田 学、井上貴文、御子柴克彦、森澤 正昭、第4章は吉田 学、森澤 正昭との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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