学位論文要旨



No 215204
著者(漢字) 小林,薫
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,カオル
標題(和) 既設RC柱の一面耐震補強工法の開発
標題(洋)
報告番号 215204
報告番号 乙15204
学位授与日 2001.12.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15204号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 安,雪暉
 東京大学 講師 松本,高志
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、主として鉄道高架橋の構造形式として多く採用されているRCラーメン高架橋の柱部材を対象とした新しい耐震補強工法の開発に関する研究をまとめたものである。

 1995年1月17日に発生した阪神大震災では、多くの鉄道構造物に被害が発生した。運輸省(現国土交通省)は、阪神大震災後、直ちに「鉄道施設耐震構造検討委員会(委員長:松本嘉司東京理科大学教授)」を設置した。鉄道施設耐震構造検討委員会では、「既存の鉄道構造物に係る耐震補強の緊急措置」を取りまとめ、提言を行った。この緊急措置は、運輸省(現国土交通省)から各鉄道事業者に通達され、各鉄道事業者はこの通達を受けて既設構造物の耐震補強を行うことになった。

 今回の緊急耐震補強では、構造物の被害による人命、住民の生活活動、地域経済および復旧の難易等から優先度の高いものから行うものとし、新幹線および輸送量の多い線区を対象とすることが定められている。具体的な対象線区の選定では、地震による影響の大きさを考慮し、新幹線及びピーク1時間片道列車本数10本以上の在来線で輸送量の多い線区とし、仙台地区、南関東地区、東海地区、名古屋地区、京阪神地区が優先的な地域に選定された。上記以外の地域についても断層の規模等に配慮して地域を選定することになった。緊急耐震補強の実施期間については、新幹線については概ね3年とし、その他の鉄道については概ね5年とされた。

 また、緊急耐震補強の対象構造物は、(1)ラーメン高架橋およびラーメン橋台(RC柱)、(2)開削トンネル(RC中柱)、(3)橋梁、高架橋(落橋防止工)が選定された。この中で、ラーメン高架橋およびラーメン橋台の柱については、せん断力に対する安全度が曲げモーメントに対する安全度より小さいものについて、柱のせん断耐力、じん性を強化し、大規模地震に耐えうるように補強することが示された。

 各鉄道事業者では、運輸省(現国土交通省)からの通達を受けてから、鋭意耐震補強工事を進めている。高架下を利用していない箇所については、JR、私鉄を含めて、平成11年度末までに約42000本の柱の耐震補強工事が完了している。

 RCラーメン高架橋の耐震補強工事では、施工性や経済性、基礎構造物への影響等を考慮して鋼板巻き補強工法が多く採用されている。しかしながら、都市部のRCラーメン高架橋などでは、高架下を店舗や事務所、倉庫等で利用している場合が多い。このような箇所での鋼板巻き補強工法の適用は、高架下の店舗や事務所、倉庫等の建物・内装等を一部撤去し、工事終了後復旧しなければならないことから、工事費の増加や工期の長期化を招くことになる。さらに、工事期間中は、店舗等の営業ができなくなるため、テナント等の了解を得るための労力と工事着手までの多大な時間を必要としていた。このような理由から、各鉄道事業者では高架下が店舗等で利用している箇所の耐震補強工事がほとんど進まないという現状にあった。

 高架下利用されているRCラーメン高架橋では、柱表面の4面の内、1面ないし2面が露出し、この面に支障物がない場合が多い。RCラーメン高架橋の耐震補強工事が、このような露出している柱面だけから施工できれば、高架下の建物を支障せずに、店舗や事務所等の場合は休業することなく工事が可能となるはずである。

 そこで、著者は、高架下を店舗や事務所等が利用している箇所でも高架下の建物に一切支障せずに、露出している柱面だけから耐震補強工事を行う新しい耐震補強工法を開発し、実用化するための研究を行った。

 本文で対象とした新しい耐震補強工法(図−1)は、柱の一面だけから施工できることが特徴である。具体的な方法としては、露出している柱面からコアボーリングによる削孔を行う。コアボーリングによる削孔長は、コアボーリングを行う面と対面する軸方向鉄筋位置までとしている。削孔した孔に鉄筋を挿入し、グラウト注入あるいはモルタルカプセルを用いて既設RC柱と一体化する。次に、コアボーリングを行った柱面に鋼板を取付ける。鋼板と柱面との空隙部部にエポキシ樹脂を注入して工事は終了する。本耐震補強工法は、RC柱に作用するせん断力の方向によって、後挿入鉄筋と柱面に取付けた鋼板がそれぞれRC柱の補強として機能する。

 本耐震補強工法の実用化に向けた研究を行う場合は、本耐震補強工法に必要となる要求性能を明確にする必要がある。緊急耐震補強では、「大地震に対して構造物が崩壊しない」ことを要求性能としている。この要求性能を満足する具体的な値として、補強後の部材じん性率を10程度以上確保できることとした。これは、既設構造物の降伏震度、阪神淡路大震災のRCラーメン高架橋の被害解析結果、阪神淡路大震災以降の新設構造物の耐震設計などとの整合性を考慮して定めたものである。

 この新しい耐震補強工法の補強効果を確認するために、本工法で補強したRC柱の模型試験体を用いて静的正負交番載荷実験を行った。静的正負交番載荷実験は、後挿入鉄筋がRC柱の補強となる場合と柱一面に取付ける鋼板がRC柱の補強になる場合で、それぞれ方向別に試験体を製作して行った。その結果、後挿入鉄筋がRC柱の補強となる場合では、通常の鉄道RCラーメン高架橋のスケルトンで、柱の平均軸方向圧縮応力度が1.0N/mm2程度のとき、曲げ・せん断耐力比(以下「耐力比(Vy/Vmu)」という)を2.0程度とすることで、じん性率μが10程度となることを示した。柱一面に取付ける鋼板がRC柱の補強となる場合は、通常の鉄道ラーメン高架橋のスケルトンで、柱の平均軸方向圧縮応力度が1.0N/mm2程度のとき、部材の耐力比(Vy/Vmu)を1.4程度とすることで1/2Py(Py:降伏荷重)までのエネルギー等価じん性率μeが10程度となることを示した。なお、1/2Pyまでのエネルギー等価じん性率μeとして交番載荷実験結果を評価したのは、鋼板がRC柱の補強となる場合の荷重変位特性が最大荷重以降の交番繰返し荷重を受けても急激に荷重低下のない安定した特性であることを考慮したことによる。

 本耐震補強工法の実際の施工では、後挿入鉄筋に関する施工と柱面に取付ける鋼板に関する施工に分類することができる。後挿入鉄筋に関する施工では、後挿入鉄筋と既設RC柱を確実に一体化することが必要である。柱面に取付ける鋼板に関する施工では、鋼板と既設RC柱が確実に接着されていることが必要である。このような施工性からの要求性能に対して、施工実験から確認を行うことにした。実際の施工を模擬した施工実験では、後挿入鉄筋と既設RC柱との一体化を行う方法として、(1)グラウト注入工法(中空異形高強度鋼棒を使用する場合とグラウトをあらかじめ削孔内に入れて鉄筋を挿入する方法)、(2)モルタルカプセルを用いる方法、から検討を行い両者ともに確実な施工となること確認した。鋼板のRC柱面への接着に関する施工実験は、静的正負交番載荷実験に用いるために製作を行ったRC柱の模型試験体で行い、鋼板下端部からエポキシ樹脂を圧入することで確実な施工となることを確認した。

 本耐震補強工法を実構造物に適用し工法の普及を図るためには、補強設計および施工方法の細目に関する事項を明確にする必要がある。そのような目的のもとに、本耐震補強工法に関する「設計施工の手引(案)」の作成を行った。本手引きでは、設計の簡便性を考慮し、適用範囲を示した上で柱上下の2D区間(D:柱の断面高さ)の必要耐力比(Vy/Vmu)を後挿入鉄筋がRC柱の補強となる場合で2.0以上、柱一面に取付ける鋼板がRC柱の補強となる場合で1.4以上とすることを定めた。所定の補強量をRC柱に付与することで、「大規模地震に対して崩壊にない」とした要求性能を満足する簡易設計法を示した。

 本耐震補強工法の実際の構造物への適用は、JR東日本において、平成13年3月現在で49本施工完了した。JR東日本の平成13年度以降の耐震補強工事では、今後5年間の計画で約880本程度施工を行う予定で、この内約40%程度が本耐震補強工法の採用が予定されている。

 また、本研究の成果は、既存構造物の耐震補強に関する国土交通省から各鉄道事業者への通達文である「既存鉄道構造物の耐震補強に関する指針・同解説(平成13年6月18日)」に本耐震補強工法の適用が明記され、今後さらに多くの鉄道事業者で適用されていくものと思われる。

 以上のように、鉄道構造物の耐震安全性の向上に、本研究が少なからず寄与できたものと思われる。

図−1 研究対象とした新しい耐震補強工法の概要

審査要旨 要旨を表示する

 既設鉄筋コンクリート構造物の耐震補強は,生命と財産の保護,安全で快適な経済社会空間の保持の観点から,緊急を要する都市および国土の基盤整備術課題の一つである。阪神淡路大震災以後,海洋型巨大地震のみならず,直下型地震に対して社会基盤施設の安全性を確保することは,国際経済社会の中核的存在である我が国の責務でもあり,今日,広く合意が形成されている。過去数年,重要交通基盤の耐震補強が精力的に進められ,実績が積み上がってきた。しかし,技術的に耐震補強を実施することに多くの困難を伴うケースについては,耐震補強に至っていない部分も相当に残されているのである。特に,耐震補強工事を実施する際に,空間的制約が強い場合がこれに相当する。本研究は,鉄筋コンクリート立体骨組み構造を対象とし,従来の補強工法を適用するが困難な施工環境に対して有効な一面耐震補強工法を開発,実用化したものである。

 第1章は序論であり,既に商用空間等で使用されている領域を侵すことなく耐震補強を実施しなければならない社会的な制約条件と,既往の耐震補強工法を適用する際の得失について整理を行っている。さらに交通基盤施設に求められる耐震性能の要求レベルを明らかにして,補強設計の目標水準となる耐震性能を定義している。

 第2章では,柱の一面から鉄筋を後挿入して補強したRC柱の変形性能の回復に関して,実験ならびに解析的側面から検討を行っている。後挿入された鉄筋が部材のせん断破壊を防止するとともに,新設構造の設計で要求される靱性まで,軸力保持能力を確保できることを示している。この補強システムは,曲げに抵抗する主鉄筋の変形を拘束しないため,極めて大きな変形領域で主鉄筋が課題することなく,さらに後補強鋼材の効果を,詳細な歪み計測から定量化しており,補強対象の諸元に応じて必要十分な鋼材量とその配置を事前設計することを可能にしている。

 第3章では,柱一面だけに取り付けた鋼板で補強したRC柱の変形性能に関して,詳細な実験的検討を行っている。鋼板は第2章で検討した後挿入鉄筋によって固定され,主としてせん断補強として部材の靱性を向上させることを明らかにした。また,靱性率とエネルギー吸収能を鋼材補強量,コンクリートとの付着,鋼材分割の影響,ねじりの影響,作用軸力などを考慮の上,定量化することに成功している。さらに,補強効果の機構についても踏み込んで検討を行っている。鋼板に発生する歪みの詳細な計測から,鋼材が負担する2次元応力とせん断力を算出し,せん断補強の不足している本体部材を外部から有効に補強できていることを,非線形数値解析の結果を合わせて裏付けた。これらの成果をもとに,補強された部材の地震時動的応答特性を簡便に算定する方法を既往の耐震設計法に準拠して提案した。これによって、新設構造物と補強構造物を矛盾なく合理的に設計する体系の基礎を与えることができた。

 第4章は,本研究で提案された補強工法の施工方法について検討を行ったものであり,後挿入鋼材のためのコンクリート躯体の穿孔方法,グラウトによる定着,ならびにそれらの品質と施工信頼性について検討を行っている。実構造物と設計図面とは配筋詳細が異なっている場合があり,当初予定していた補強設計を現地での施工過程で変更して設計し直す必要がある。本研究成果は,これらの実務の現実にも柔軟に対応できることを示している。

 第5章では,本研究で提案された新工法を実構造物の耐震補強に適用した事例と効果,経済性等について報告している。いずれも従来工法では補強が困難,あるいは不可能な既設構造物に対して,本研究が実際に威力を発揮し,かつ耐震補強を実現できたことを,鉄道高架橋を例として明確に示している。

 第6章は結論であり,本研究で得られた知見と技術を整理し,あわせて今後の技術展開の方向に関する考察をおこなっている。

 本研究は,従来工法では不可能であった,施工空間が極めて限定される厳しい環境下の既設鉄筋コンクリート構造物の耐震補強技術を提供するとともに,補強対象の諸元に応じて合理的に必要十分な鋼材の量と配置を与える補強設計法を確立したものである。これは,新設構造物の耐震設計とも連続性を担保したものであり,鉄筋コンクリート構造工学の発展にも大きな寄与を果たすものである。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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