学位論文要旨



No 215206
著者(漢字) 山田,正裕
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,マサヒロ
標題(和) ニオブ酸リチウム結晶への分極反転ドメインの作製と分極反転ドメインを利用した光学デバイスの研究
標題(洋)
報告番号 215206
報告番号 乙15206
学位授与日 2001.12.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15206号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 志村,努
内容要旨 要旨を表示する

 近年、インターネットの普及が爆発的に進み、それに伴い、社会・経済が大きく変化する情報通信革命(IT革命)と言われている社会現象が進行している。IT革命において光技術の果たしている役割は、例えば、半導体レーザ・光ファイバー・光変調器や身近な例としてCD・DVDなどの光ディスクなどを見てもわかるように極めて大きいものがある。光技術を今後とも大きく発展させていくためには、それを支える関連光学材料や光学部品の研究開発を強力に推進することが極めて重要である。中でも、非線形光学効果を利用した非線形光学デバイスは、今後とも光技術の発展を支えて行くものとして大いに期待されている。

 非線形光学デバイスにおいては、利用する光学材料からそのデバイスの目的に合致した非線形光学効果をいかに有効に引き出すかがポイントとなるが、疑似位相整合(QPM : Quasi-Phase-Matching)という技術を利用すれば、非線形光学結晶中の非線形光学定数の符号を最適に設計することで様々な非線形光学デバイスを実現することができる。材料となる非線形光学結晶としてはいくつかあるが、中でもニオブ酸リチウムは大きな非線形光学定数を有し極めて優れた材料である。このため、ニオブ酸リチウムを利用した疑似位相整合デバイスの研究が大変活発に行われている。

 ニオブ酸リチウム結晶中の非線形光学定数の符号を操作するには、結晶中に分極反転ドメインを形成する方法が知られているが、優れたデバイスを実現するためには、優れた形状の分極反転ドメインを形成することが非常に重要である。このため、本研究以前から、ドメイン形成法をめぐる競争が繰り広げられていた。

 そうした状況の中、本研究では、外部電場を利用したニオブ酸リチウム結晶中への分極反転ドメイン形成の検討を進めた。そして、図1に示すような極めて優れた形状の分極反転ドメインを形成する方法を編み出すことに成功した。

 この方法により、それまで大変活発に展開されていた分極反転ドメイン形成法に関する競争に終止符が打たれた。そして、この技術はその後のドメインエンジニアリングの分野を開拓することに大きく貢献した。それまでの方法で形成された分極反転ドメインは、結晶の表面付近にしか形成されず、また微細なドメインを形成することができなかったために光導波路デバイスなど結晶の表面付近しか利用しないデバイス応用に限定されていた。また、微細なドメインが形成できなかったため、デバイスの持つ非線形光学効果を最大限に活用することができないでいた。

 本研究では、外部電場による分極反転ドメインの作製方法として、電子線照射による方法と直接電場印加による方法の検討を行った。

 電子線照射による分極反転ドメインの作製方法は、ニオブ酸リチウム結晶の-z面に加速した電子線を照射する方法で、電子線を照射した領域に分極反転ドメインが形成される。この方法によって、初めて結晶表面に垂直なドメイン壁を有し結晶基板の厚さと同程度まで深い極めて理想的な分極反転ドメインを形成することに成功した。ただ、この方法には、生産性と再現性に問題があり、我々は、直接外部電場印加による方法の可能性が見いだされた時点でそちらの検討に移った。しかし、この方法はその後も本研究以外でも改良が加えられ特殊なタイプのニオブ酸リチウムへ結晶への分極反転ドメインの形成に利用され、今日に至っている。

 直接外部電場印加による方法は、結晶基板の対向する両表面に形成された電極間に電圧を印加するという極めて簡便な方法である。しかも、1秒以下という極めて短時間で所望の形状の分極反転ドメインを結晶基板中に形成することができる。このように簡便な方法でありながら、電子線を照射して形成されたドメイン形状と同様に極めて理想的な形状を実現することに成功した。このような簡便な方法が本研究の以前に実現しなかったのには理由がある。ニオブ酸リチウム結晶は、frozen ferro-electric crystalと言われていたこともあり、直接外部電場印加による分極反転は不可能であると思われていたのである。事実、通常電圧を印加すると分極反転する前に結晶が絶縁破壊を起こしてしまう。本研究では、結晶基板を薄くすることにより結晶の絶縁破壊を回避するという方法で、分極反転検討の糸口を見つけることができた。そして、検討の結果、微細な層状の周期分極反転構造を形成することに成功した。

 また、本研究では、確立した技術を利用して分極反転ドメインを非線形光学デバイスや電気光学デバイスに応用し、今日で言う「ドメインエンジニアリング」分野を開拓またはその草分けを行うことで、この分野の発展に貢献することができた。

 分極反転ドメインの非線形光学デバイスへの応用としては、光第二高調波発生素子(SHG : Second Harmonic Generator)の開発を行った。デバイスは周期分極反転構造を有するニオブ酸リチウム結晶中に光導波路で形成された導波路型擬似位相整合SHGであった。開発されたデバイスは、従来よりも1桁以上の高性能を実現することができ、このパフォーマンスにより、本研究により確立された方法により作製された周期分極反転構造の優れたポテンシャルを具体的に示すことができ、これによりその後のドメイン作製方法の方向を決定付けることになった。今日では、本研究による直接外部電場印加によるドメイン作製技術が主流となり、各方面において、この技術を利用して上記の第二高調波発生素子だけではなく実に様々の非線形光学デバイスの研究・開発が活発に行われるようになり、大きな成果も得られている。

 分極反転ドメインの電気光学デバイスへの応用としては、これまでにない新しい概念のデバイス、即ち、ニオブ酸リチウム結晶中に光偏向器や焦点距離可変レンズなどの光能動機能が作り込まれたデバイスの提案を行い、実際に幾つかのデバイスの開発を行った。光偏向器・焦点距離可変レンズ・電場で誘起するブラッグ反射器がそれであり、基本動作を確認し、また、これらを1チップのニオブ酸リチウム結晶基板中に集積したデバイスの開発も行った。中でも、電場で誘起するブラッグ反射素子では光変調器の開発を行い、青紫光を直流から1 GHz以上の広帯域な周波数領域にわたって強度変調可能な光変調器の開発に成功した。このデバイスは周期分極反転ドメイン構造で構成された電場で誘起されるブラッグ反射器に変調電場を印加することによって光を強度変調できる従来にはない新しい原理で動作するデバイスである。従来では、青紫光をこのような広帯域な周波数領域にわたって強度変調できる変調器はなかった。開発したデバイスは、ソニーの他社に先駆けた青紫半導体レーザに対応した高密度光ディスクの開発に貢献することができた。

 本研究の中で特に分極反転ドメインの作製方法に関する研究は、現在では各方面に大きな広がりを見せており、この技術を利用した様々な光学デバイスの研究開発が活発に進められており、今後の発展が大いに期待されている。

図1 ニオブ酸リチウム結晶中に形成された微細な周期分極反転構造。

写真は結晶の断面(y−面)の様子を示す。周期分極反転構造の周期は2.9μm。分極反転ドメインを可視化するために切断した結晶断面を鏡面研磨後にフッ酸を用いてエッチング処理している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「ニオブ酸リチウム結晶への分極反転ドメインの作製と分極反転ドメインを利用した光学デバイスの研究」と題し、ニオブ酸リチウム結晶基板中に、初めて基板表面に垂直なドメイン壁を有し基板の厚さ全体に亘る任意の形状の分極反転ドメインを形成することに成功し、更にその技術を応用することで、従来よりも一桁以上も高性能な擬似位相整合型非線形光学素子、また、新しい概念の電気光学素子の実現に成功したものであり、8つの章から構成されている。

 まず、第一章では、光エレクトロニクスの分野における本研究の位置付けと、本研究の背景として本研究で利用した光学結晶材料であるニオブ酸リチウムの概要及び非線形光学素子・電気光学素子の基礎について述べた上で、今後こうした素子の開発を強力に推進し発展させていく上での本研究の中心課題である分極反転ドメイン形成法開発の重要性が述べられており、本研究の目的が明らかにされている。

 次に第二章では、本研究の中心テーマであるニオブ酸リチウム結晶への分極反転ドメインの作製法の開発に関する記述があり、本研究により初めて結晶表面に垂直で結晶の厚さ全体に亘るようなまさに非線形光学素子や電気光学素子に適した分極反転ドメインの形成に成功したことが記されている。従来の方法では、分極反転ドメインは、ニオブ酸リチウム結晶の表面近傍にしか形成できなかった。本研究により開発された方法は、電子線照射による方法と直接外部電圧印加であり、それらについて詳細に述べられている。また、分極反転のメカニズムに関しても記述があり、特に、直接外部電圧印加法において+z面に形成された電極形状に忠実なドメインが形成される理由と電圧パルストレイン印加が均一な周期分極反転構造の形成に有効であった理由についての考察がされている。

 第三章には、本研究による分極反転ドメイン形成技術の非線形光学素子への応用に関する記述があり、初めて近赤外の半導体レーザ光を基本波としてときの1次の擬似位相整合条件を満足する光第二高調波発生素子(SHG素子)の実現し、680%/W-cm2という従来の素子に比べ1桁以上も大きな変換効率を有するSHG素子の開発に成功したことが記されている。そして、当時としては驚異的な素子のパフォーマンスを示すことによって本研究によるドメイン形成法が世の中に広く認知されることになったことも記されている。

 第四章では、ドメイン形成技術を応用し、電気信号によりアクティブに動作する分極反転ドメインで構成された新しい概念の電気光学素子を提案し、実際に光偏向器・焦点距離可変レンズの機能の原理実験とそれらの機能を1チップに集積した「プログラマブル光分配素子」の開発について記されている。本研究で提案された分極反転ドメインで構成される電気光学素子は、ドメインの形状を選ぶことで、様々な能動機能が結晶内に実現できること、また、分極反転ドメインは結晶基板中に極めて精度よく作製できるため、1チップ内に様々な光学機能が精度よく配置された光集積素子が簡便に実現されることが述べられている。

 第五章では、第四章で提案した分極反転ドメインで構成された電気光学素子を、青色光用広帯域光変調器に応用し、新しい原理で動作する光変調器を開発することによって、パワーが65mW・波長が405nmの青色レーザ光を直流から1GHzまで強度変調可能な素子の実現に成功し、開発した素子は次世代高密度光ディスクの開発に利用されこれに貢献したことが記されている。

 第六章では、第五章に記述された光変調器を1チップに6つ精度良く集積することによって、1入力6出力のバルクタイプ光スイッチが実現されたことを記している。この素子は、マルチプラッタ化された光ディスクドライブにおいて、一個のレーザ光源から光ビームを各光ディスクに分配するための素子として開発されたこと、また、この素子の実現によって分極反転ドメインで構成された電気光学素子は、その各光学的な機能セルを精度良く配置できるという特長を示されたことが記されている。

 第七章では、本研究のその後の発展について記されている。本論文による分極反転ドメイン形成技術は、その後、各方面において、差周波・和周波光の発生素子やパラメトリック発振素子、また、パルス圧縮技術などの非線形光学素子や超高速光偏向素子や変調素子などの電気光学素子などに広く応用され、医療・化学・通信など様々な分野にその応用が試みられるようになったことが記されており、本研究による分極反転ドメイン形成技術の確立が、ドメインエンジニアリング分野が大きく発展するきっかけとなったことが述べられている。

 第八章では、本論文のまとめが述べられている。

 以上をまとめると、本論文では、ニオブ酸リチウム結晶基板中に、基板の厚さ全体に亘り結晶基板表面に対し垂直なドメイン壁を有する任意の形状の分極反転ドメインを形成する技術が示されている。この技術を利用し、従来よりも一桁以上も高性能な擬似位相整合型非線形光学素子やこれまでにない新しい概念の電気光学素子の実現することにより、本論文による分極反転ドメイン形成技術が極めて有用であることを示した点で、光エレクトロニクスおよび物理工学への寄与は大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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