学位論文要旨



No 215213
著者(漢字) 加藤,公彦
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,キミヒコ
標題(和) トスポウイルスおよびジェミニウイルスによる数種新病害の病原の性状とその防除に関する研究
標題(洋)
報告番号 215213
報告番号 乙15213
学位授与日 2001.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15213号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 山下,修一
 東京大学 助教授 宇垣,正志
内容要旨 要旨を表示する

 農産物の貿易が盛んになるのに伴い、かつては地域的に局在化していたウイルス病が世界規模で多発するようになった。その代表的なものがトスポウイルスとBegomovirus属のジェミニウイルスで、両ウイルスは世界各国で各種の作物に著しい被害を発生させている。トスポウイルスはアザミウマ類により、またジェミニウイルスはタバココナジラミ類により主に伝搬されるため、世界規模で両ウイルスが多発するようになった大きな原因は、両ウイルスの重要な媒介虫が世界規模でその分布を拡大したことによると考えられている。

 このように、世界的にトスポウイルスやBegomovirus属のジェミニウイルスの多発が、また両ウイルスの媒介虫の分散が問題となっている中で、両ウイルスの重要な媒介虫であるミカンキイロアザミウマ、ミナミキイロアザミウマ及びシルバーリーフコナジラミが1980年から1992年にかけて相次いで静岡県に侵入した。静岡県では1980年代までは幸いなことに、トスポウイルスやBegomovirus属のジェミニウイルスによる病害発生が全く問題となっていなかった。ところが、1992年から1996年にかけて、静岡県の主要作物であるメロン、トマト、キク及びガーベラにこれら3種の媒介虫により伝搬される新しいウイルス病が相次いで発生した。

 新ウイルス病により農家が受けた被害は甚大で、防除対策の確立が急務となった。そこで、防除対策策定の基礎資料を得るため、これら4作物に発生した新ウイルス病の病原ウイルスを同定した。さらに、メロンの新ウイルス病の根絶防除対策及びトマトの新ウイルス病の拡散要因についても検討した。

1.メロン黄化えそウイルス(Melon yellow spot virus;新種)によるメロン黄化えそ病(新称)

 メロンが本ウイルスに罹病すると、葉は黄化するとともにえそ斑点が発生し、果実はモザイク症状を呈した。これらの病徴は株へのウイルスの感染時期が早いほど激しくなり、また、果実の病徴は交配の約20日後までの感染で認められた。本ウイルスに対する抵抗性をメロン12品種で調査したが、抵抗性を示す品種はなかった。メロン発病株から単病斑分離したウイルス分離株により、メロンでの原病徴が再現された。本ウイルスは22科68種の植物のうち、6科14種の植物に全身感染するのみで、宿主範囲は広くはなかった。本ウイルスの粗汁液中での安定性は、耐希釈性が2×10-4〜10-4、耐保存性が20℃で12〜14時間、また耐熱性が45〜50℃(10分間)であった。本ウイルスはミナミキイロアザミウマにより永続伝搬されるが、土壌伝染と種子伝染はしなかった。感染細胞には、平均粒子径が135nmの2重被膜を持つ球状粒子が細胞質に散在して観察され、この球状粒子が本ウイルスのウイルス粒子であると考えられた。感染細胞には球状粒子の他に、ヌクレオキャプシドの凝集体と思われるウイロプラズムと2重平行膜が観察された。ウイルスゲノムは3分節(S、M、L)の1本鎖RNAで構成され、各分節の大きさはそれぞれ3.2kb、4.8kb及び8.9kbであった。S RNAとM RNAはアンビセンスで2つのオープンリーディングフレーム(ORF)がそれぞれのRNA上に、また、L RNAには1つの大きなORFがウイルス相補鎖に存在した。本ウイルスのS RNAの3'末端側のORFはヌクレオキャプシドプロテイン(NP)をコードすることを証明した。ウイルスゲノムの各分節の両末端配列は互いに相補的で、かつ、M RNAとS RNAの遺伝子間領域はA-Uリッチであった。S RNAとL RNAには、トスポウイルスが共通して持つ3'末端の8塩基の保存配列(5'-AUUGCUCU-3')が存在したが、M RNAには、それとは1塩基異なる配列(5'-AUUGCUCG-3')が認められた。本ウイルスと既報のトスポウイルスとのNPのアミノ酸配列の相同性は60%以下であった。以上の結果より、ウイルス粒子の形態に違いが認められるが、本ウイルスはTospovirus属に属する新種のウイルスであると同定された。そこで、本病の病名をメロン黄化えそ病、また、病原ウイルス名をMelon yellow spot virusと命名した。本ウイルスゲノムがコードすると考えられる5種類のタンパク質のアミノ酸配列を既報のトスポウイルスのものと比較した結果、本ウイルスはSerogroup IVに属するトスポウイルスと最も近縁であり、かつ、Serogroup IVのWatermelon silver mottle virusとは遠い血清学的な類縁関係が認められた。

 次いで、メロン黄化えそ病の被害実態を把握し、防除対策を検討した。本病は1992年1月より発生し始め、翌年の3月には発生が終息した。本病は夏期に発生が拡大し、最終的には36戸の農家に約1億5000万円の損害をもたらした。温室内のクロールピクリンガスくん蒸、温室内加温によるミナミキイロアザミウマの蛹の防除、ミナミキイロアザミウマの薬剤による体系防除及び野外宿主の除去を主体とした本病の冬期根絶防除対策を策定し、本病の発生が問題となっている現地農家で防除対策の有効性を実証した。この防除対策を適正に実施することにより、温室内のミナミキイロアザミウマの発生はほとんど皆無で、本病の発生も認められなかった。このことから、本病の冬期根絶防除対策は本病の防除に有効であると判断された。

2.トマト黄化えそウイルス(Tomato spotted wilt virus)によるキクえそ病(新称)とガーベラえそ輪紋病(新称)

 キクの新ウイルス病の特徴的な病徴は、葉に発生するえそと茎に発生するえそ条斑であった。また、ガーベラの病徴は葉に発生する退緑輪紋、えそ輪紋及び退緑斑点であった。キク及びガーベラ発病株からそれぞれ単病斑分離したウイルス分離株により、それぞれの植物の原病徴が再現された。両ウイルス株は広い宿主範囲を持っており、ともにミカンキイロアザミウマにより伝搬され、感染植物には、小胞体中に集塊する平均粒子径が87〜88nmの球状粒子が観察された。両ウイルス株はTomato spotted wilt virus (TSWV)に対する抗血清とウエスタンブロットで反応した。また、両ウイルス株とTSWVとのNPのアミノ酸配列の相同性は両株ともに97.7%であった。これらの調査結果から、両ウイルス株はともにTSWVと同定された。TSWVは分離株によりキクに対する病原性が異なり、また、キクは品種によりTSWV感受性が大きく異なっていた。TSWVによるキク及びガーベラの病害発生の確認は本邦では初めてであるので、TSWVによるキク及びガーベラの病害をキクえそ病及びガーベラえそ輪紋病とそれぞれ命名した。

3.トマト黄化葉巻ウイルス(Tomato yellow leaf curl virus-lsrael/)によるトマト黄化葉巻病(新称)

 本ウイルスによるトマトの病徴は、葉縁からの黄化、葉巻及び株の萎縮であった。本ウイルスはシルバーリーフコナジラミにより伝搬され、トマトにジェミニウイルス特有の病徴を発生させたが、汁液伝染性は認められなかった。ジェミニウイルスを特異的に検出するように設計されたプライマーを使用したPCRによって、感染植物からは特異的なバンドが検出された。本ウイルスの宿主範囲はかなり狭く、10科32種の植物のうち、2科5種の植物のみに感染した。トマトを除き野外植物からは、PCRにより本ウイルスが検出されなかった。感染植物には平均粒子径が17×27nmの双球形ウイルス粒子が観察された。本ウイルスは環状1本鎖DNAをゲノムとして持ち、Tomato yellow leaf curl virus-Israel (TYLCV-Is)のM系統と各領域の塩基配列及びアミノ酸配列の相同性が93%以上と高かった。これらの調査結果から、本ウイルスはTYLCV-Isと同定された。TYLCV-Isの発生報告は本邦で初めてであるので、本病の病名をトマト黄化葉巻病と命名した。

 次いで、トマト黄化葉巻病の拡散要因を調査した。本病が発生している3市で採取した本ウイルスの全塩基配列を比較した結果、相同性が99.93〜99.96%であることが判明した。本病は富士市に1995年9月より発生し始め、翌年8月には清水市に、さらに11月には沼津市に発生した。3発生地域間で苗の移動はなかった。以上の調査結果から、本病の発生拡大は保毒したシルバーリーフコナジラミの移動によりひき起こされたと推察された。

審査要旨 要旨を表示する

 トスポウイルスはアザミウマ類により、また、ジェミニウイルスはタバココナジラミ類により主に伝搬されるが、近年、両ウイルスの重要な媒介虫であるミカンキイロアザミウマ、ミナミキイロアザミウマ及びシルバーリーフコナジラミが静岡県に侵入し、1992年から1996年にかけて、県の主要作物であるメロン、トマト、キク及びガーベラにこれら3種の媒介虫により伝搬される新しいウイルス病が相次いで発生した。そこで、これら4作物に発生した新ウイルス病の病原ウイルスを同定するとともに、メロンの新ウイルス病の根絶防除対策について検討した。

1.メロン黄化えそウイルス(Melon yellow spot virus;新種)によるメロン黄化えそ病(新称)

 メロンが本ウイルスに罹病すると、葉は黄化するとともにえそ斑点が発生し、果実はモザイク症状を呈した。本ウイルスは6科14種の植物に全身感染し、ミナミキイロアザミウマにより永続伝搬されるが、土壌伝染と種子伝染はしなかった。感染細胞には、径約135nmの2重被膜を持つ球状ウイルス粒子が観察された。ウイルスゲノムは各3.2kb、4.8kb、8.9kbから成る3分節(S、M、L)の1本鎖RNAで構成され、S RNAとM RNAはアンビセンスでそれぞれ2つのオープンリーディングフレーム(ORF)が、また、L RNAには1つの大きなORFがウイルス相補鎖に存在した。本ウイルスのS RNAの3'末端側ORFにコードされているヌクレオキャプシドプロテイン(NP)と既報のトスポウイルスとのNPのアミノ酸配列との相同性は60%以下であった。以上の結果より、本ウイルスはTospovirus属に属する新種のウイルスであると同定された。そこで、本病の病名をメロン黄化えそ病、また、病原ウイルス名をMelon yellow spot virusと命名した。

 次いで、メロン黄化えそ病の防除対策として、温室内のクロールピクリンガスくん蒸、温室内加温によるミナミキイロアザミウマの蛹の防除、ミナミキイロアザミウマの薬剤による体系防除及び野外宿主の除去を主体とした本病の冬期根絶防除対策を策定し、その有効性を実証したところ、温室内のミナミキイロアザミウマの発生はほとんど皆無となり、本病の発生もまったく認められなかった。

2.トマト黄化えそウイルス(Tomato spotted wilt virus)によるキクえそ病(新称)とガーベラえそ輪紋病(新称)

 キクの新ウイルス病の特徴的な病徴は、葉に発生するえそと茎に発生するえそ条斑であった。また、ガーベラの病徴は葉に発生する退緑輪紋、えそ輪紋及び退緑斑点であった。両ウイルス株は、ともにミカンキイロアザミウマにより伝搬され、感染植物には、径約88nmの球状ウイルス粒子が観察された。両ウイルス株はTomato spotted wilt virus (TSWV)に対する抗血清と反応し、また、両ウイルス株とTSWVとのNPのアミノ酸配列の相同性は両株ともに97.7%であった。以上から、両ウイルス株はともにTSWVと同定され、TSWVによるキク及びガーベラの病害発生の確認は本邦では初めてであるので、TSWVによるキク及びガーベラの病害をキクえそ病及びガーベラえそ輪紋病とそれぞれ命名した。

3.トマト黄化葉巻ウイルス(Tomato yellow leaf curl virus-Israel)によるトマト黄化葉巻病(新称)

 本ウイルスによるトマトの病徴は、葉縁からの黄化、葉巻及び株の萎縮であり、2科5種の植物にのみ感染した。本ウイルスはシルバーリーフコナジラミにより伝搬され、トマトに特有の病徴を発生させた。ジェミニウイルス特異的プライマーを使用したPCRによって、感染植物から特異的なバンドが検出され、また、感染植物には17×27nmの双球形ウイルス粒子が観察された。本ウイルスは環状1本鎖DNAをゲノムとして持ち、Tomato yellow leaf curl virus-Israel (TYLCV-Is)のM系統と各領域の塩基配列及びアミノ酸配列の相同性が93%以上と高かった。以上から、本ウイルスはTYLCV-Isと同定され、その発生報告は本邦で初めてであるので、本病の病名をトマト黄化葉巻病と命名した。

 以上を要するに、静岡県に発生したウイルスによる数種新病害の病原を同定して、新種ウイルスであるメロン黄化えそウイルス(Melon yellow spot virus)など3種の病原ウイルスを見いだすとともに、それらの性状を解析し、さらにメロン黄化えそ病についてはその完全防除技術を確立した。本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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