学位論文要旨



No 215216
著者(漢字) 矢内,隆章
著者(英字)
著者(カナ) ヤナイ,タカアキ
標題(和) 酵母の生産するグリコシダーゼとワイン醸造への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215216
報告番号 乙15216
学位授与日 2001.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15216号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 中島,春紫
内容要旨 要旨を表示する

 Saccharomyces酵母と比較してnon-Saccharomyces酵母は多様な酵素を生産または分泌しており、これらの酵素がブドウ果汁中の前駆体に作用して、ワインアロマの生成に関与している可能性が指摘されている。しかし、果汁やワイン中でのnon-Saccharomyces酵母由来の酵素の作用についての報告は少なく、アロマ生成への影響については不明である。そこで、著者は研究例の少ないnon-Saccharomyces酵母よりアロマの生成に関与するグリコシダーゼの探索をメルシャン株式会社中央研究所の保存株より行った。その結果、Pichia capsulata X91よりα-L-arabinofuranosidaseを、Pichia angusta X349からα-L-rhamnosidaseを、Candida utilis IFO 0639でβ-D-xylosidaseを、そしてDebaryomyces hansenii Y-44からβ-glucosidaseを見い出すことに成功した。各酵素を精製し、その物理的あるいは生化学的性質の検討をした(Table 1)。α-L-Arabinofuranosidase (α-AF),α-L-rhamnosidase (α-Rha),β-D-xylosidase (β-Xyl)及びβ-glucosidase (β-Glu)は高濃度のグルコースやエタノール存在下においても非常に優れた活性を有していた。

 α-AFはα−L−アラビノフラノシド構造に高い特異性を示し、アラビナンやアラビノガラクタンからアラビノースのみを遊離した。アラビノ−オリゴサッカライドの分解では、主要生産物は基質より一つアラビノース単位が短いオリゴサッカライドであり、本酵素はエキソ型の加水分解活性を有していた。

 α-Rhaはα−L−ラムノピラノシド構造に高い特異性を示し、天然フラボノイドのナリンジン、ルチン、ヘスペリジンおよびクエルシトリンのラムノシルグリコシドにも作用し、L−ラムノースのみを遊離した。その反応速度はルチンやヘスペリジンよりもナリンジンが早く、L−ラムノースとD−グルコース残基の結合様式で違いが見られ、その結合はα-1,6−結合よりもα-1,2−結合に特異性が高く、同じルチノースを有するルチンとヘスペリジンでは、アグリコンであるケルセチンとヘスペレチンの構造に対する特異性の違いを反映したものと推測された。

 β-Xylはβ−D−キシロピラノシド構造に高い特異性を示した。キシロ−オリゴサッカライドの分解では、主要生産物は基質より一つキシロース単位が短いオリゴサッカライドであり、本酵素はエキソ型の加水分解活性を有していた。さらに、基質よりもキシロース単位が一つ長いオリゴサッカライドも検出されており、重合化の反応も認められた。

 β-Gluはp-NPβ-D-glucopyranosideとグルコースがβ-1,3結合したlaminaribioseに対する特異性が非常に高く、β-1,2結合のsophoroseとβ-1,4結合のcellobioseにわずかに作用した。このことより、本β-Gluは基質のグリコシド結合のβ−アノマー配置に対する特異性が非常に高く、非還元末端のβ-D-glucoseの構造を厳密に認識しているものと思われた。次に、特性に優れたD. hansenii Y-44のβ-glucosidase遺伝子のクローニングを行い、その配列を初めて明らかにした。本酵素の遺伝子は、837アミノ酸残基からなる分子量92,289のタンパク質をコードしており、精製したβ-glucosidaseの分子量と一致した。本酵素はアミノ酸の一次配列や触媒基による分類から糖質加水分解酵素のfamily 3に分類され、その構造はα-helixとβ-strandモジュールが一次配列上で交互に8回現れる(α/β)8-barrel構造に、7個のβ-strandから成るβ鎖リッチドメインが付加したダブルドメイン構造をしているものと推測された。

 ここで得られた各酵素は、高糖濃度のブドウ果汁や高エタノール存在下のワイン中でもグリコシド配糖体に作用してアロマ活性物質であるモノテルペンを遊離化し、果汁やワインの品質を向上させることが明らかとなった(Table 2)。このことにより、non-Saccharomyces酵母由来の高活性の酵素がブドウ前駆体化合物に作用して、アロマの生成に関与していることが明らかとなった。

 さらに、グルコース及びエタノール耐性を有するβ-glucosidase産生能を有するD. hansenii Y-44とアルコール発酵能を有する日本醸造協会ブドウ酒酵母4号のS. cerevisiae W-3との異種間細胞融合により、グルコース及びエタノール耐性を有するβ-glucosidase活性とアルコール発酵能の形質を併せもつワイン醸造用酵母の育種にも成功した。マスカット果汁を融合株で発酵させると、テルペン香が増強され、官能的にもリナロールのきれいな香りを特徴とするテルペン香のリッチな優れたワインが得られた。さらに、発酵が難しいとされるレモン果汁からの発酵も本融合株では可能であり、得られたワインにはリナロールとシトロネロールといった有用なテルペン香が増強されていた。このことは、モノテルペン依存型の果汁からのワイン醸造において、本融合株の適用性の広さを示すものと考えられた。

 以上のことより、ワインの醸造においてα-L-arabinofuranosidaseやβ-glucosidase活性の高い酵母を選択したり、non-Saccharomyces酵母由来の高活性のこれらの酵素を利用することで、モノテルペン依存型品種を原料としたワインに関して、アロマのより優れたワインを醸造することが可能であることが示され、ワインの酒質の多様化や品質の向上を計る際の一つの方向性を明確に示していた。

Table 1. Properties of Glycosidases from various Microorganisms.

Table 2. Analysis of Muscat Wines with Several Glycosidases

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ワインのアロマ生成に関与するグリコシダーゼの探索、その酵素の特性解析、さらにこれらの酵素を利用した新たなワイン醸造への応用に関するものであり、3章からなる。

 第1章では、これまで研究例の少ないnon-Saccharomyces酵母よりアロマの生成に関与するグリコシダーゼの探索を行い、Pichia capsulata X91よりα-L-arabinofuranosidase (α-AF)を、Pichia angusta X349からα-L-rhamnosidase (α-Rha)を、Candida utilis IFO 0639からβ-D-xylosidase (β-Xyl)を、そしてDebaryomyces hansenii Y-44からβ-glucosidase (β-Glu)を見い出すことに成功している。さらに、各酵素を精製し、その生化学的性質の検討を行っている。α-AFはα−L−アラビノフラノシド構造に高い特異性を示し、アラビナンやアラビノガラクタンからアラビノースのみを遊離した。アラビノ−オリゴサッカライドの分解では、主要生産物は基質より一つアラビノース単位が短いオリゴサッカライドであり、本酵素はエキソ型の加水分解活性を有していた。α-Rhaはα−L−ラムノピラノシド構造に高い特異性を示し、天然フラボノイドのナリンジン、ルチン、ヘスペリジンおよびクエルシトリンのラムノシルグリコシドにも作用し、L−ラムノースのみを遊離した。β-Xylはβ−D−キシロピラノシド構造に高い特異性を示し、キシロ−オリゴサッカライドの分解では、主要生産物は基質より一つキシロース単位が短いオリゴサッカライドであり、本酵素はエキソ型の加水分解活性を有していた。β-Gluはp-NPβ-D-glucopyranosideとグルコースがβ-1,3結合したlaminaribioseに対する特異性が非常に高く、β-1,2結合のsophoroseとβ-1,4結合のcellobioseにわずかに作用した。このことより、本β-Gluは基質のグリコシド結合のβ−アノマー配置に対する特異性が非常に高く、非還元末端のβ-D-glucoseの構造を厳密に認識しているものと推測した。

 次に、D. hansenii Y-44のβ-glucosidase遺伝子のクローニングを行い、その配列を初めて明らかにした。本遺伝子は、837アミノ酸残基からなる分子量92,289のタンパク質をコードしており、精製したβ-glucosidaseの分子量と一致した。本酵素はアミノ酸の一次配列や触媒基による分類から糖質加水分解酵素のfamily 3に分類され、その構造はα-helixとβ-strandモジュールが一次配列上で交互に8回現れる(α/β)8-barrel構造に、7個のβ-strandから成るβ鎖リッチドメインが付加したダブルドメイン構造をしているものと推測された。

 ここで得られた各酵素は、高糖濃度のブドウ果汁や高エタノール存在下のワイン中でもグリコシド配糖体に作用してアロマ活性物質であるモノテルペンを遊離化し、果汁やワインの品質を向上させることを明らかにした。

 第2章では、グルコース及びエタノール耐性の活性を有するβ-glucosidase産生株D. hansenii Y-44とアルコール発酵能を有するブドウ酒酵母S. cerevisiae W-3との異種間細胞融合により、グルコース及びエタノール耐性を有するβ-glucosidase活性とアルコール発酵能の形質を併せもつワイン醸造用酵母の育種について述べている。

 第3章では、各種グリコシダーゼを用いたワイン醸造試験を行い、香気成分等に及ぼす影響について詳細な解析を行っている。また、細胞融合によって育種した株によるマスカット果汁の発酵試験により、リナロールの香りを特徴とするテルペン香のリッチな優れたワインが得られることを示した。

 以上、本論文はワインの醸造においてnon-Saccharomyces酵母から高濃度のグルコースおよびエタノール存在下で高い活性を有する各種のグリコシダーゼを産生する株を選択しこれらの酵素を利用すること、およびグルコシダーゼ生産株との細胞融合により育種したワイン酵母を利用することにより、モノテルペン依存型ブドウ品種を原料としたワインに関して、アロマのより優れたワインを醸造することが可能であることを示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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