学位論文要旨



No 215217
著者(漢字) 柏木,麻里子
著者(英字)
著者(カナ) カシワギ,マリコ
標題(和) Protein Kinase Cによるケラチノサイト細胞周期制御機構
標題(洋)
報告番号 215217
報告番号 乙15217
学位授与日 2001.12.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15217号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 講師 鄭,子文
内容要旨 要旨を表示する

[緒言] プロテインキナーゼC (PKC)は3群に分類された10種類の分子種から成るセリン・スレオニンキナーゼである。それぞれの分子種の発現は細胞特異性があり、機能分担していることが推測されるが、各々の局面で観察される現象をどの分子種がシグナル伝達しているかは、多くの場合未だに不明である。しかし、近年PKCと相互作用するタンパクが数多くクローニングされ、それぞれの分子種の役割を示唆する知見が得られつつある。

 細胞周期は、周期進行を促進するcyclin/cdk複合体、抑制するp16ファミリー、p21ファミリーにより制御されることが明らかとなっており、現在はこれら因子を直接・間接的に制御する因子の同定が進められている。PKCは、δ分子種が血管平滑筋細胞の、α分子種が小腸上皮細胞のG1期停止に、βII分子種がHL-60細胞の、θ分子種が血管内皮細胞のG2/M期移行の促進に関与しているという発表がなされている。しかし細胞周期制御機構へのPKCの直接的な関与を示す知見はない。

 当研究室で単離したPKCのη分子種は、上皮細胞の終末分化に関与することが強く示唆されており、η分子種の過剰発現により表皮角化細胞の増殖が停止し、最終分化マーカーであるトランスグルタミナーゼ1の発現および活性が上昇することが明らかとなっている。また、この時、細胞周期のG1期停止が認められ、本研究ではη分子種によるG1期停止の制御機構について検討することとした。

第一章η分子種による細胞周期制御機構

[方法および結果] 細胞周期のG1期停止には、G1中期で働くcyclin D/cdk4,6およびG1後期で働くcyclin E/cdk2の活性低下が重要であり、cyclin dependent kinase inhibitor (CKI)の結合により活性阻害が起こることがわかっている。

 同調培養させたマウスケラチノサイト細胞株;BALB/MK2において、η分子種の発現がG1中期から後期にかけて上昇することより、cdk2活性に影響を与えている可能性が考えられたため、cyclin E/cdk2複合体に注目し実験を行った。細胞はヒト正常角化細胞(Normal Human Keratinocyte ; NHK)を用い、遺伝子導入は基本的にアデノウイルスベクター(Ax)を用いた。

η分子種とcyclin E/cdk2/p21複合体の相互作用 NHK細胞に過剰発現させた野生型および酵素活性欠如型のη分子種が、cyclin E/cdk2/p21複合体と結合することが免疫沈降・ウエスタン法により明らかとなった。また、BALB/MK2細胞において、内在性のη分子種がcdk2複合体と結合することが確認された。さらには、η分子種とcyclin E、cdk2は、細胞質および核膜周辺で共局在することが確認された(図1)。

アダプター因子; 昆虫細胞に発現させたη分子種は、NHK細胞から精製した内在性のcyclin E/cdk2/p21複合体には結合するが、昆虫細胞に発現させ精製したcyclin E/cdk2/p21複合体には結合しないことより、η分子種とcyclin E/cdk2/p21複合体の結合にはアダプター因子が必要であることがわかった。

結合領域; η分子種のdeletion mutantを用いた解析により、η分子種はNHK細胞内で、C末端側の触媒領域を介してcdk2複合体と相互作用していることが明らかとなった。

 細胞周期のG1期において、cyclin E/cdk2複合体は、Retinoblastoma (Rb)タンパクをリン酸化し、その機能を阻害する。η分子種の結合がcdk2活性に及ぼす影響を検討した。

in vitro kinase assay; NHK細胞にη分子種を導入し、cdk2活性を測定した。cdk2複合体は免疫沈降により精製し、外来基質としてRbのC末端タンパクまたはHistone H1を用いた。野生型η分子種の発現にともない、cdk2活性が顕著に低下することがわかった。野生型η分子種によるcdk2活性の低下は、η分子種とcdk2複合体をin vitroで混合した場合にも確認された。また、酵素活性欠如型のη分子種は、cdk2活性を低下させないことがわかった。

リン酸化Rbの検出; NHK細胞にη分子種を導入し、Rbタンパクのリン酸化状態をウエスタン法にて検討した。野生型η分子種の発現にともない、高リン酸化型のRbタンパクが顕著に減少し、低リン酸化型のRbタンパクが増加することがわかった。また、酵素活性欠如型のη分子種の発現によっては、高リン酸化型Rbタンパクの減少は認められなかった。

 cdk2はcyclin Eと結合し、160番目のThr (T160)がリン酸化されることで活性化する。不活化にはCKIの結合、14番目のThr (T14)及び15番目のTyr (Y15)のリン酸化、cyclin Eの解離、などが必要である。η分子種の結合によるcdk2活性の低下時には、上述のメカニズムのうちcyclin Eの解離、CKIの発現及び結合の上昇は認められない。また、酵素活性欠如型η分子種はcdk2活性を阻害しないことから、活性低下にはcdk2のリン酸化状態が関係してくる可能性が考えられた。

リン酸化cdk2の検出; NHK細胞にη分子種を導入し、正リン酸で細胞を標識後、免疫沈降によりcdk2複合体を精製し、オートラジオグラフィーにてリン酸化cdk2を検出した。野生型η分子種の発現により、リン酸化cdk2が減少すること、酵素活性欠如型η分子種の発現では変化しないことが確認された。リン酸化cdk2の減少は160番目のThr (T160)の脱リン酸化によるものであることが、リン酸化T160-cdk2認識抗体を用いたウエスタンにより明らかとなった。しかし、T160をリン酸化するCAK kinaseの発現、酵素活性には変化は認められなかった。

[考察] 本研究により、ケラチノサイト終末分化の際のG1 arrestはPKCのη分子種がcyclin E/cdk2複合体に結合し、cdk2活性を阻害、Rb蛋白のリン酸化を抑えるためであることを見いだした。また、η分子種とcyclin E/cdk2/p21複合体との結合にはケラチノサイト特異的なアダプター因子の介在を必要とすることがわかった。cdk2活性の抑制には、η分子種の酵素活性が重要であり、PKCη-cyclin E/cdk2/p21複合体内に基質が存在する可能性が考えられた。

NHK細胞にAx-lacZ、Ax-PKCηを感染させ、36時間後のη分子種(a-1, b-1)とcdk2(a-3,c), cyclin E(b-3, d)の局在を間接蛍光染色にて観察した。融合画像をa-2, b-2に示した。η分子種のシグナル(赤色;ローダミン)は細胞質および核膜周辺で(a-1, b-1)、cdk2、cyclin Eのシグナル(緑色;FITC)は核および細胞質(a-3, b-3)で確認された。細胞質および核膜周辺でのη分子種とcdk2、cyclin Eとの共局在が観察された(a-2, b-2)。Ax-lacZ感染細胞でのcdk2およびcyclin Eのシグナルは、Ax-PKCη感染細胞と同様の核および細胞質で確認された(c,d)。

第二章η分子種の基質の検索

[方法および結果]

PKCηの基質の検索; NHK細胞にη分子種を導入し、PKCη-cyclin E/cdk2/p21複合体を精製し、PKCのin vitro kinase assayを行った。野生型η分子種を導入した細胞で、PKCの活性化剤依存的な20kDと21kDのリン酸化バンドが確認された。このうち21kDのリン酸化バンドがp21であることが再免疫沈降により確認された。

 p21はN末端側にcyclin/cdkと結合する部位を持ちカルボキシル末端側にPCNAと結合する部位及び核移行シグナルを持つ。また、C末端にPKCのリン酸化コンセンサス配列が存在する。

p21のリン酸化部位の決定; p21のPKCによるリン酸化サイトを決定するため、外来基質としてp21の各種ペプチドを用いin vitro kinase assayをおこなった。η分子種によるリン酸化サイトは、146番目のSer (S146)であることがわかった。 p21は、δ分子種によってもS146とS153がリン酸化されること、α分子種によってはリン酸化されないことがわかった(図2)。

PCNA結合能;S146は、p21のPCNA結合部位内に位置している。S146のリン酸化によるPCNA結合能への影響を検討した。S146−脱リン酸化型のp21ペプチドにはPCNAは結合するが、S146−リン酸化型にはPCNAが結合しないことがわかった。

核移行能;S146およびS153は、p21の核移行シグナルに近接している。これらSのリン酸化が核移行へ及ぼす影響をp21の擬似リン酸化変異体を用いて検討した。p21の野生型およびS146をEに置換した変異型は、核局在が確認された。しかし、S153をEに置換した変異型p21の局在は、核及び細胞質で認められた。

[考察] PKCη-cyclin E/cdk2/p21複合体内のp21および20kDのタンパクがη分子種によりリン酸化されることが明らかとなった。η分子種によるp21のリン酸化サイトはS146であること、リン酸化によってp21のPCNA結合能が阻害されることが明らかとなった。

δ分子種によってもp21のS146とS153がリン酸化され、S153のリン酸化はp21の核移行を阻害する可能性が示唆された。

図1 η分子種とcdk2, cyclin Eの細胞内共局在

図2 PKCによるp21のリン酸化部位(+)のまとめ

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は上皮細胞の終末分化に伴う細胞周期停止の分子メカニズムを明らかにすることを目的とした。ケラチノサイトの終末分化および細胞周期のG1期停止を誘導するプロテインキナーゼCのη分子種を中心に解析をおこない、下記の結果を得た。

第一章

1.ヒト正常角化細胞(Normal Human Keratinocytes; NHK)に過剰発現させた野生型および酵素活性欠如型のη分子種が、cyclin E/cdk2/p21複合体と結合することが明らかとなった。BALB/MK2マウスケラチノサイト細胞において、内在性のη分子種がcdk2複合体と結合することが確認された。η分子種とcyclin E、cdk2は、細胞質および核膜周辺で共局在することが確認された。

2.野生型η分子種の発現にともない、NHK細胞においてcdk2活性が顕著に低下することがわかった。野生型η分子種によるcdk2活性の低下は、η分子種とcdk2複合体をin vitroで混合した場合にも確認された。酵素活性欠如型のη分子種は、cdk2活性を低下させないことがわかった。

3.野生型η分子種の発現にともない、高リン酸化型のRbタンパクが顕著に減少し、低リン酸化型のRbタンパクが増加することがわかった。酵素活性欠如型のη分子種の発現によっては、高リン酸化型Rbタンパクの減少は認められなかった。

4.野生型η分子種の発現により、リン酸化cdk2が減少すること、酵素活性欠如型η分子種の発現では、リン酸化cdk2量は変化しないことが確認された。リン酸化cdk2の減少は160番目のThr (T160)の脱リン酸化によるものであることが、明らかとなった。しかし、T160をリン酸化するCAK kinaseの発現、酵素活性には変化は認められなかった。

第二章

1.PKCη-cyclin E/cdk2/p21複合体内のp21と20kDのタンパクが、PKCの活性化剤依存的にリン酸化されることがわかった。

2.p21のη分子種によるリン酸化サイトは、146番目のSer (S146)であることがわかった。p21は、PKCのδ分子種によってもS146とS153がリン酸化されること、α分子種によってはリン酸化されないことがわかった

3.S146のリン酸化によってp21のPCNAとの結合能が阻害されることがわかった。

4.S153のリン酸化によってp21の核移行が阻害されることがわかった。

 以上、本論文はPKCのη分子種がcyclin E/cdk2/p21複合体に結合し、cdk2活性を阻害、Rb蛋白のリン酸化を抑えることでケラチノサイトの細胞周期のG1期停止を誘導していることを見いだした。cdk2活性の抑制には、η分子種の酵素活性が重要であり、PKCη-cyclin E/cdk2/p21複合体内に基質が存在する可能性が考えられた。基質の候補として、p21および20kDのタンパクが確認された。

 PKCがcyclin/cdk複合体に結合し、細胞周期を直接制御しているという知見はこれまで全く発表されていない。PKCによる細胞周期制御は、PKC及び細胞周期の両研究分野において非常に価値の高い研究成果であり、学位の授与に値すると考えられる。

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