学位論文要旨



No 215219
著者(漢字) 篠崎,大
著者(英字)
著者(カナ) シノザキ,マサル
標題(和) 潰瘍性大腸炎における癌・dysplasiaのリスクに関する臨床的・病理学的検討
標題(洋)
報告番号 215219
報告番号 乙15219
学位授与日 2001.12.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15219号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 講師 河原,正樹
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 川邊,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

 潰瘍性大腸炎はわが国でも近年患者数が増加している疾患である。その治療法としては薬物療法などが中心になるが、これらの治療で十分な効果が上げられない場合、手術の適応となる。このように、潰瘍性大腸炎の治療法はほぼ確立され、潰瘍性大腸炎患者がその疾病自体により死亡することは近年ほとんどなくなった。

 潰瘍性大腸炎に大腸癌が合併しやすいことはよく知られており、死因を分析すると背景人口と比べ大腸癌による死亡率が4.4倍と高くなっているため、その早期発見・治療は患者のマネージメント上重要な位置を占める。特に、症状が出現してから発見された症例では高度進行癌になっていることが多く予後不良である。その対策として無症状の症例に大腸癌の早期発見のため定期的な全大腸内視鏡を行う、サーベイランス内視鏡が実施されている。サーベイランス内視鏡により発見された病変は、一般的に前癌病変であるdysplasiaや早期癌が多く予後良好である。しかし、長期経過した広範囲の患者に画一的に同じ頻度でサーベイランス内視鏡検査が施行されてきたため、癌やdysplasiaの発見率が低く効率的でないとの指摘がある。その効率を向上させるためにはリスクの高い患者にはより高頻度に検査し、リスクの低い患者には検査の頻度を下げることが有用である。しかし、今まで潰瘍性大腸炎の臨床経過と合併する癌・dysplasia発生との直接的な関連について十分な検討がなされていなかった。潰瘍性大腸炎の癌・dysplasiaを合併するハイリスク症例を選別できるか明らかにすることを本研究の目的とした。

I.長期経過した潰瘍性大腸炎におけるdysplasia発現と臨床的因子との関連

【背景と目的】

 腸炎によって癌・dysplasiaの発生率が上昇する事を考えると、腸炎の活動性の高い患者に癌のリスクが高い可能性が考えられる。さらに潰瘍性大腸炎の治療には、通常サラゾピリンやステロイドなどの免疫抑制作用を持つ薬剤が使用される。これらの薬剤も癌・dysplasiaの発生に関与している可能性がある。これら臨床的因子と癌・dysplasia発生との関連を明らかにする。

【対象と方法】

 1985年から1997年まで当科において潰瘍性大腸炎を母地としたと考えられる8例の大腸癌と8例のdysplasiaが認められた(腫瘍群)。同時期に当科を受診し、7年以上経過した全大腸炎型の非手術症例のうちサーベイランス内視鏡を2年以内に行って癌・dysplasiaの認められなかった61例があり、これを対照群とした。臨床記録を詳細にreviewし、腫瘍群と対照群から以下の情報を抽出した:大腸癌の家族歴、打ち切り時年齢、発症年齢、罹病期間、難治性、重症発作、下痢期間、下血期間、1年間に3ヶ月以上炎症症状の認められた年数、入院回数、総入院期間、sulfapyridine投与期間、全身的ステロイド投与期間。腫瘍群・対照群とこれらの因子と癌・dysplasia発現との相関を単因子解析と多変量解析で検討した。

【結果】

(1)単因子分析では炎症の活動性を示す次の4因子で有意差が認められた:3ヶ月以上の炎症のあった年数(p=0.0004)、難治性(p=0.021)、下血期間(p=0.022)、下痢期間(p=0.0051)。

(2)多変量解析では次の2因子が有意であった:下痢期間(p<0.001)と発症年齢(p=0.003)。それぞれのhazard ratioは1.015/月、1.081/年であった。

(3)下痢の期間が50カ月を越える症例で腫瘍群であったのは90%、難治例では71%であった。下血期間が75カ月を越えると50%の症例で癌・dysplasiaが認められ、年3ヶ月以上の炎症期間が5年以上の症例では48%であった。これら4因子のうち1つ以上が陽性の症例では50%に腫瘍が認められ、腫瘍群16例中13例(81%)がこれに該当していた。

II.潰瘍性大腸炎におけるdysplasiaと非腫瘍粘膜の増殖因子抗原の発現

【背景と目的】

 炎症性腸疾患では細胞回転が増加し、DNA合成細胞の比率が上昇するため、増殖帯が腺管下部から上部へと拡大が認められる。これに対し大腸の腫瘍性上皮では基本的に全ての細胞が増殖するため、腺管の上部・下部に関わらず増殖細胞が分布している。一方、Ki-67抗原は一般的に広く用いられているG0期を除く全ての増殖期の細胞に発現している増殖細胞のマーカーである。PCNAは36キロダルトンの核蛋白で、DNA polymerase-δの補酵素であり、G1の後期からS期に発現する。潰瘍性大腸炎の腫瘍性粘膜と非腫瘍性粘膜との間の増殖細胞分布の相違を利用し、Ki-67とPCNAの免疫染色を行い増殖細胞の分布を検討することにより、潰瘍性大腸炎の大腸粘膜における腫瘍と非腫瘍との鑑別に有用な簡便な指標を設定し、非腫瘍性粘膜における増殖細胞抗原陽性細胞の分布が癌・dysplasia発生のリスクと関連するかどうか明らかにする。

【対象と方法】

 増殖因子抗体としてKi-67抗体またはPCNA抗体を免疫組織化学染色し、各腺管を上部・下部に二分しそれぞれの区域および腺管全体で増殖因子抗原の標識率を求め、LI-U (labeling index at upper half of crypt)、LI-L (labeling index at lower half of crypt)、LI-W (labeling index of whole crypt)として表した。異型度は厚生省研究班の基準(表1)を用いて分類した。

A.腫瘍と非腫瘍を判別する上でより有用な抗原を選択するための検討

(Ki-67とProliferating cell nuclear antigen (PCNA)との比較)

潰瘍性大腸炎患者に対する内視鏡検査で得られた同じ生検標本についてKi-67抗原とPCNAを免疫染色し比較した。標本数は非腫瘍症例のUC-Iが37検査177腺管、UC-III,IVがあわせて21検査78腺管であった。

B.Ki-67を用いた腺管単位における腫瘍と非腫瘍との鑑別基準設定のための検討

潰瘍性大腸炎患者のサーベイランス内視鏡により得られた生検標本。非腫瘍症例のUC-Iが31例に対し49回の検査が行われ合計339腺管を計測対象とした。UC-IIIとUC-IVはそれぞれ14例に対する21検査における71腺管、11例に対する13検査における46腺管で計測可能であった。背景粘膜は18例での34検査における217腺管を対象とした。

C.非腫瘍症例のUC-IにおけるKi-67を用いた癌・dysplasiaの予測に関する検討

非腫瘍症例でUC-Iが得られた31例の経過を追い、経過観察期間で癌・dysplasia (UC-III, IV)が認められたものは4例、認められなかったものは27例であった。次の2項目が後の癌・dysplasiaのリスクになるかどうか検討した。

a.LI-Uが0.3を超える腺管の有無

b.腺管上部におけるKi-67標識率(LI-U)の平均値

【結果】

(1)同一標本における潰瘍性大腸炎での腫瘍と非腫瘍の鑑別において、LI-U, LI-L, LI-Wいずれの指標をとってもKi-67染色はPCNA染色より両群の差の標準誤差に対する両群の差(t値)が大きかった。

(2)潰瘍性大腸炎におけるKi-67染色においてLI-U, LI-L, LI-Wを比較するとLI-Uで腫瘍と非腫瘍との差が最も大きくなり、LI-Uの基準値としては0.3が最も優れていた。非腫瘍症例におけるUC-Iでは98.8%でLI-Uが0.3以下を示したのに対し、腫瘍では82%でLI-Uが0.3を越え、両者の鑑別に有効であることが示唆された。

(3)癌・dysplasiaを同時に持つ非腫瘍粘膜(背景粘膜)ではこれらを合併しない非腫瘍粘膜より増殖細胞の比率が高く(LI-Uで0.139vs. 0.056)、LI-Uが0.3を越える腺管が増加していた(15.7%vs. 1.2%)。

(4)ヘマトキシリンエオジン染色上異型が認められなくとも、1腺管でもLI-Uが0.3以上を示した症例の50%と、平均LI-Uが0.05以上であった症例の22%では、後に大腸癌かdysplasiaを合併した。

(5)症状によるリスク非該当者でも「平均LI-Uが0.05以上」を満たす症例があり、この基準値を使用することにより症状によるリスクの見逃しを防ぐ可能性があった。

【考察】

 潰瘍性大腸炎の病態と腫瘍の発現との間の相関では、慢性活動性病態が大腸腫瘍の発生するハイリスクであることを示している。例えば、下痢が50カ月認められる症例は全く認められない症例より2.11倍(=1.01550)倍のリスクがあると計算される。このような、臨床症状の多変量解析を利用したリスクの解析は今回が初めてと思われる。また、今回の検討結果はすぐに臨床的な患者取り扱い検討に応用できる。即ち、結果I(3)に挙げられている因子の一つ以上が陽性の場合、より積極的にサーベイランスを行うことが勧められるが、もし、どの因子にも当てはまらなければ、サーベイランスの間隔を延ばすことも可能かもしれない。一方で、臨床的因子によるリスク陰性者は癌・dysplasia合併例の約20%見られた。

 増殖細胞のマーカーであるKi-67染色において腺管上部における標識率が0.3を越える腺管の比率を両者で比較すると、非腫瘍組織(UC-I)では陽性腺管がごく少数(1.2%)であるのに対し、UC-III, IVではそれぞれ76.0%, 92.1%と陽性腺管が大多数を占めた。したがって、病変の多くでLI-Uが0.3を越える腺管で構成されている時は腫瘍性であるといえる。しかもLI-Uが0.3を越える非腫瘍症例のUC-Iの経過観察例を見ると、4例のうち2例が短期間に癌・dysplasiaを合併していた。これは、増殖細胞の比率の高い腺管と異型上皮の存在とが強く関連していることを示唆している。

 今回の検討において、より多くのリスク陽性者を選別する意味では1腺管でも0.3以上である腺管の有無より、平均LI-Uが0.05を越えるかどうかの基準値のほうが優れていた。この点は、LI-Uが0.3を越える腺管の分布がfocalであるために、そしてそれを内視鏡的に発見することが困難であるため、局所的な増殖細胞分布の異常よりも全体的な異常をより捉えやすいことを示唆している。しかし、平均LI-Uが0.05を越えた症例が18/31=58%もいたことを考えると、この基準がサーベイランスの効率化にどれほど有用かは症例数を更に増加させて検討する必要がある。

【結論】

1.下痢期間の長い症例など臨床的な炎症症状の持続する症例に癌・dysplasiaのリスクが高かった。

2.ヘマトキシリンエオジン染色上で非腫瘍と考えられても、腺管上部における増殖細胞(Ki-67陽性細胞)の比率が高い場合には後の癌・dysplasia発生率が高かった。

3.症状によるリスク選別法とKi-67染色によるリスク選別法を組み合わせると更に有用な癌・dysplasiaの好発生状態の指標となる可能性があった。

表1.異型度分類

審査要旨 要旨を表示する

本研究は大腸癌の好発癌状態の1つである潰瘍性大腸炎において、その新たなリスクを明らかにすることを目的として、臨床的および病理学的なパラメータを用いて検討したもので以下の結果を得ている。

1.従来からリスクが高いとされている全大腸炎型の長期経過例(7年以上)において病歴を詳細に検討すると、

(1)単因子分析では炎症の活動性を示す次の4因子、すなわち3ヶ月以上の炎症のあった年数(p=0.0004)、難治性(p=0.021)、下血期間(p=0.022)、下痢期間(p=0.0051)で有意差が認められた。

(2)多変量解析では下痢期間(p<0.001)と発症年齢(p=0.003)の2因子が有意であった。また、それぞれのhazard ratioは1.015/月、1.081/年であった。

(3)下痢の期間が50カ月を越える症例で腫瘍群であったのは90%、難治例では71%であった。下血期間が75カ月を越えると50%の症例で癌・dysplasiaが認められ、年3ヶ月以上の炎症期間が5年以上の症例では48%であった。これら4因子のうち1つ以上が陽性の症例では50%に腫瘍が認められ、腫瘍群16例中13例(81%)がこれに該当していた。

2.潰瘍性大腸炎サーベイランスにより得られた生検標本を用い、増殖因子抗原の免疫組織化学を行ったところ、

(1)同一標本における潰瘍性大腸炎での腫瘍と非腫瘍の鑑別において、LI-U, LI-L, LI-Wいずれの指標をとってもKi-67染色はPCNA染色より両群の差の標準誤差に対する両群の相対的な差が大きかった。

(2)潰瘍性大腸炎におけるKi-67染色においてLI-U, LI-L, LI-Wを比較するとLI-Uで腫瘍と非腫瘍との差が最も大きくなり、LI-Uの基準値としては0.3が最も優れていた。非腫瘍症例におけるUC-Iでは98.8%でLI-Uが0.3以下を示したのに対し、腫瘍では82%でLI-Uが0.3を越え、両者の鑑別に有効であることが示唆された。

(3)癌・dysplasiaを同時に持つ非腫瘍粘膜(背景粘膜)ではこれらを合併しない非腫瘍粘膜より増殖細胞の比率が高く(LI-Uで0.139vs.0.056)、LI-Uが0.3を越える腺管が増加していた(15.7%vs.1.2%)。

(4)ヘマトキシリンエオジン染色上異型が認められなくとも、1腺管でもLI-Uが0.3以上を示した症例の50%と、平均LI-Uが0.05以上であった症例の22%では、後に大腸癌かdysplasiaを合併した。

(5)症状によるリスク非該当者でも「平均LI-Uが0.05以上」を満たす症例があり、この基準値を使用することにより症状によるリスクの見逃しを防ぐ可能性があった。

以上、本研究により長期経過した潰瘍性大腸炎患者において、長期にわたり炎症症状が継続した患者に特に危険因子が高いことが明らかとなった。また、そのサーベイランスで得られた生検標本を免疫染色することにより、通常の組織標本では明らかな以上を示さなくとも、増殖細胞マーカー陽性の細胞が多い腺管が認められた場合には、後の腫瘍合併頻度の上昇が認められた。この検討で得られた以上の知見は潰瘍性大腸炎患者において新たなリスクファクターを見出すものであり、ひいてはそのサーベイランスにおける効率化を通し臨床的な貢献が可能であるため、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42868