学位論文要旨



No 215220
著者(漢字) 神森,眞
著者(英字)
著者(カナ) カンモリ,マコト
標題(和) 甲状腺の良・悪性腫瘍におけるテロメラーゼ活性、hTERT(human telomerase reverse transcriptase)mRNA発現とテロメア長
標題(洋)
報告番号 215220
報告番号 乙15220
学位授与日 2001.12.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15220号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]テロメラーゼは染色体末端に存在するテロメアの伸長に関与する逆転写酵素の一種である。テロメアは6塩基が繰り返し配列しており、機能的には染色体の分解、再構成、融合、消失などから染色体を保護、およびその対合に関与すると考えられている。体細胞においては、テロメアは増殖のたびにその長さを短縮することが知られ、生存するための限界の長さにまで短縮すると分裂限界に至り細胞死を迎えると推測される。このように、体細胞では分裂のたびにテロメアは短縮するが、無限ともいうべき細胞分裂を必要とする生殖細胞や血液幹細胞では、主にテロメラーゼによりテロメアの伸展、維持が図られている。このテロメラーゼは内在するRNAを鋳型としてテロメアを合成する一種の逆転写酵素であり、テロメアと相補的なRNA部分(hTR : the human RNA component of telomerase)とテロメラーゼ触媒サブユニット(テロメラーゼ逆転写酵素:human telomerase reverse transcriptase, hTERT),TEP1(テロメラーゼ関連蛋白:telomerase associated protein 1)からなっている。テロメラーゼ活性が癌細胞で高頻度に発現していることが報告され新しい腫瘍マーカーとして期待されるようになった。そこで、本研究では甲状腺癌と甲状腺濾胞性腺腫の鑑別に先のパラメーターが有用であるかを検討した。つまり、本研究の目的は、甲状腺腫瘍および正常甲状腺組織について、テロメラーゼ活性、局在診断のためのISH法によるhTERTmRNA発現とテロメア長の変化について検討し、甲状腺腫瘍におけるテロメアとテロメラーゼの意義について解明することである。

[対象と方法]〈研究1〉27例の甲状腺腫瘍患者の手術材料(内訳は、甲状腺癌12例(乳頭癌8例、濾胞癌3例、髄様癌1例)、甲状腺良性腫瘍15例(濾胞腺腫9例、腺腫様甲状腺腫5例、慢性甲状腺炎1例)、同一症例からの正常甲状腺組織21個を用いて、TRAP法によるテロメラーゼ活性とサザンブロット法によるテロメア長測定を行い、臨床病理学的因子およびサイログロブリン値との関連について検討した。〈研究2〉手術された甲状腺濾胞腫瘍患者21例(内訳は、濾胞癌6例、濾胞腺腫15例)を対象として、TRAP法によるテロメラーゼ活性測定とin situ hybridization(ISH)法を用いたhTERTmRNA発現を行い、臨床病理学的因子およびサイログロブリン値を含め検討した。

[結果]〈研究1〉テロメラーゼ活性は、乳頭癌7/8例(87.5%)、濾胞癌3/3例(100%)、髄様癌1/1例(100%)、濾胞腺腫3/9例(30%)、慢性甲状腺炎1/1例(100%)、正常甲状腺組織1/21例(4.8%)で陽性を示した。腺腫様甲状腺腫5例全例でテロメラーゼ活性は陰性であった。H-E染色標本による検索で、濾胞腺腫の4例にリンパ球浸潤を認め、うち3例でテロメラーゼ陽性であり、その1例に広範なリンパ球浸潤を認めた。正常甲状腺では20/21例でリンパ球浸潤を認めず、テロメラーゼ活性も陰性であった。テロメラーゼ活性と性別、年齢、病期、サイログロブリン値の間には相関関係は存在しなかった。テロメア長は、甲状腺癌12例(100%)と甲状腺濾胞腺腫9例(100%)全例で正常甲状腺組織より短縮していた。すなわち、甲状腺癌の平均テロメア長は9.14±3.15kbpで、これに対応する正常甲状腺組織12.86±2.76kbpより有意に短縮していた(p=0.0055)。また、甲状腺濾胞腺腫の平均テロメア長は10.38±3.42kbpで、これに対応する正常甲状腺組織13.57±3.80kbpより有意に、短縮していた(p<0.006)。そして、それらのテロメア長差(正常組織テロメア長−腫瘍テロメア長)は、癌症例3.73±2.15kbp(1.66-8.53kbp)、濾胞腺腫症例3.17±2.09kbp(0.59-5.87kbp)であった。テロメア長と性別、年齢、進行度、サイログロブリン値の間には相関関係は存在しなかった。テロメラーゼ活性陽性で平均テロメア長差が2kbp以上短縮していた症例は、癌11/12例(91.7%)、腺腫1/9例(11.1%)であった。〈研究2〉テロメラーゼ活性は、測定された甲状腺濾胞癌5例全例(100%)(1例未検)、濾胞腺腫5/15例(30%)で活性を示した。テロメラーゼ活性と性別、年齢、病期、サイログロブリン値の間には有意な相関関係は存在しなかった。甲状腺濾胞癌では、主に核を中心にhTERTmRNA発現が認められた。濾胞癌では、6/6例全例でhTERTmRNA発現を認めた。hTERTmRNA発現は、腫瘍細胞数の30%以上をISH法上の陽性とした。濾胞腺腫では、14/15例で腫瘍細胞のhTERTmRNA発現は陰性を示した。テロメラーゼ活性陽性であった濾胞腺腫は、4/5例でリンパ濾胞にhTERTmRNAの発現を示した。hTERTmRNA発現と性別、年齢、病期、サイログロブリン値の間には有意な相関関係は存在しなかった。

[考察]〈研究1〉今回の研究では、テロメラーゼ活性は、乳頭癌7/8例(87.5%)、濾胞癌3/3例(100%)、濾胞腺腫3/9例(33.3%)、髄様癌1/1例(100%)で陽性を示した。これらの結果は、癌においてテロメラーゼ活性例が多く、良性腫瘍でテロメラーゼ活性例が少ないという他の報告と合致している。1例の慢性甲状腺炎とリンパ球浸潤が広範にみられた1例およびリンパ球浸潤が軽度に存在した2例の濾胞腺腫でテロメラーゼ活性が陽性を示した。非腫瘍性甲状腺疾患の中で、高度にリンパ球浸潤を伴った甲状腺炎はテロメラーゼ活性と関係があると報告されていることから、腫瘍へのリンパ球混入は、腫瘍そのもののテロメラーゼ活性偽陽性の原因と成りうると考えられた。この研究はin vivoでの甲状腺組織のテロメア長測定の最初の報告例である。テロメア長は、ほとんどの癌腫で正常組織に比較して短縮していると報告されているが、今回の研究では、テロメラーゼ活性陽性例においても、甲状腺癌ではテロメア長は正常組織に比較して短縮していた。癌におけるテロメア長とテロメラーゼ活性の関係の検討は、卵巣癌、胃癌、腎細胞癌で行われており、本研究と同様にこれらの癌でテロメラーゼ活性陽性で平均テロメア長の短縮が生じていたと報告されている。このことは、甲状腺癌でもテロメア長の短縮が生じ、テロメア長短縮を補う形でテロメラーゼ活性が発現してくる可能性を示唆している。また、今回の研究でテロメラーゼ活性と平均テロメア長の短縮差2kbp以上を組み合わせると甲状腺癌と甲状腺濾胞腺腫を有意に鑑別できる可能性が示唆されたが、Nakamuraらも大腸において、テロメア長差2kbp以上のもので癌と正常組織を有意に分類できると述べている。今回の研究結果では、甲状腺癌の増殖の過程でテロメラーゼ活性とテロメア長の短縮が生じていることが示唆された。テロメラーゼ活性発現と平均テロメア長短縮差の程度とを組み合わせて診断すると、甲状腺癌と甲状腺濾胞腺腫を鑑別するのに有用であると考えられた。そして、テロメラーゼ活性およびテロメア長の測定は、病理組織診断の補助診断および甲状腺濾胞腺腫の手術適応判定に利用できると考えられた。〈研究2〉この研究は、甲状腺濾胞腫瘍に対するISH法を用いたhTERTmRNA発現を検討した最初の報告である。甲状腺濾胞癌細胞は、核を中心にhTERTmRNA anti-sense probeにて強発現を示したが、sense probeでは発現を示さなかった。また、リンパ濾胞内のリンパ球にhTERTmRNA anti-sense probeは、同様の発現を示したが、1例を除いた濾胞腺腫および正常甲状腺組織では陰性であった。このことは、甲状腺濾胞腫瘍におけるISH法を用いたhTERTmRNA発現は、甲状腺でのhTERTmRNAの局在、濾胞癌と濾胞腺腫の鑑別に有用であることを示唆している。Hiyamaらによれば、血液中のリンパ球および組織中のリンパ組織のテロメラーゼは、極めて弱い活性を示すのみだと述べている。Liuらによれば、いろいろな組織のリンパ球はテロメラーゼ活性とhTERTの発現を示すが、hTERT発現の程度とテロメラーゼ活性の強さには相関関係は存在しないと述べている。しかし、本研究の結果、腺腫組織そのものや正常組織ではTRAP法でテロメラーゼ活性陰性であるが、リンパ球浸潤の高度な場合にテロメラーゼ陽性となり、報告されている以上に組織内のリンパ組織は強いテロメラーゼ活性をもつことそしてhTERTmRNAを発現していることが証明できた。これらの結果は、テロメラーゼ活性のみの検討ではリンパ球混入によるテロメラーゼ活性偽陽性を除外できないので、発現組織の分別のできるISH法を用いたhTERTmRNA発現の検討が重要であることを示している。そして、甲状腺濾胞腫瘍におけるISH法を用いたhTERTmRNA発現の判定は、リンパ球でのhTERTmRNA発現の除外ができ、濾胞性腫瘍組織のみに限ればほとんど濾胞癌でしかhTERTmRNA発現は生じないことから、濾胞癌と濾胞腺腫の鑑別に有用であることを示している。

[結論]甲状腺濾胞癌と濾胞腺腫の鑑別には、TRAP法によるテロメラーゼ活性測定に比較してISH法を用いたhTERT mRNA発現の検討が極めて有用であることが証明された。また、将来の臨床応用として、穿刺吸引細胞診検体と術中迅速診検体に対するISH法を用いたhTERTmRNA発現の検討の考えられる。今後は、この2つの方法を用いた精度の高い診断方法の確立を視野に入れてこの研究を発展させていきたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は臨床病理学的に鑑別が困難な甲状腺濾胞癌と濾胞腺腫を診断するための補助診断法として新しい生物学的マーカーであるテロメラーゼ活性測定,テロメア長測定,ISH法によるhTERT mRNA発現を検討し下記の結果を得ている。

1.甲状腺癌,腺腫,正常甲状腺についてテロメラーゼ活性とテロメア長測定を行ったところ、テロメラーゼ活性陽性で平均テロメア長差(正常組織テロメア長−腫瘍テロメア長)が2kbp以上短縮している甲状腺癌は11/12例(91.7%)、甲状腺腺腫は1/9例(11.1%)であり、テロメラーゼ活性と平均テロメア長差の組み合わせにより、甲状腺癌と腺腫を鑑別できることが示された。

2.甲状腺濾胞癌と腺腫についてテロメラーゼ活性測定とISH法によるhTERT mRNA発現を行ったところ、テロメラーゼ活性は、測定された甲状腺濾胞癌5例全例(100%)(1例未検)、濾胞腺腫5/15例(30%)で活性を示した。濾胞癌では、6/6例全例でhTERT mRNA発現を認め、濾胞腺腫では、14/15例で腫瘍細胞のhTERT mRNA発現は陰性を示した。テロメラーゼ活性陽性であった濾胞腺腫は、4/5例でリンパ濾胞にhTERT mRNAの発現を示した。hTERT mRNA発現は、主に癌細胞の核に強発現していた。よって、テロメラーゼ活性測定のみでは、リンパ球混在による疑陽性が存在するが、ISH法によるhTERT mRNA発現の検討によりリンパ球のhTERT mRNA発現の除外ができ、濾胞性腫瘍組織のみに限ればほとんど濾胞癌でしかhTERT mRNA発現は生じないことから、濾胞癌と濾胞腺腫の鑑別に有用であることが示された。

以上、本論文は甲状腺濾胞癌と濾胞腺腫の補助鑑別診断法としてISH法によるhTERT mRNA発現の検討が有用であることを明らかにした。本研究はこれまで臨床病理学的に鑑別が困難であった甲状腺濾胞腫瘍の術前診断への臨床応用の可能性を導く新しい手法を確立したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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