学位論文要旨



No 215222
著者(漢字) 堀田,光生
著者(英字)
著者(カナ) ホリタ,ミツオ
標題(和) ナス科植物青枯病菌の遺伝的多様性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215222
報告番号 乙15222
学位授与日 2002.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15222号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 助教授 山下,修一
 明治大学農学部 教授 米山,勝美
 静岡大学農学部 助教授 瀧川,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 病原細菌Ralstonia solanacearum(Smith 1896)Yabuuchi, Kosako, Yano, Hotta and Nishiuchi 1996に起因する青枯病は熱帯,亜熱帯,温帯地域に広く発生し,トマト,ナス,ピーマン,タバコ,ジャガイモ,バナナなどの経済的に重要な作物の安定生産にとって最も大きい阻害要因の1つとなっている。本病は土壌伝染性であり,また有効薬剤も無いため難防除病害の1つとして知られている。

 青枯病菌は多犯性である一方で,宿主範囲や生理・生化学的性質の違いにより多くの系統(レース,biovar等)が存在している。このような状況から,本菌に対する迅速かつ簡便な検出・判別技術の開発が強く要望されている。

 本研究では,我が国のみならず,外国産の各種植物青枯病菌を供試して,その細菌学的性質,生理・生化学的性質および病原性の解析に基づき,本邦産青枯病菌の多様性を明らかにすることを試みた。特に,rep-PCRや16S rDNAシークエンス等のDNA解析手法を用いて外国産株との比較を行うことにより,その遺伝的類縁関係を特徴づけることを検討した。さらに,DNA解析手法を用いて本菌の植物への感染過程における土壌中および植物体内での動態を解析した。結果の概要は以下のとおりである。

1.日本で分離される青枯病菌の細菌学的性質と病原性

 (1)日本産青枯病菌の細菌学的性質および生理型

 日本国内で5科10種の植物より分離された青枯病菌75菌株を収集し,外国産代表菌株8株と比較を行った。供試菌株の細菌学的性質は,文献上の記載とも多くの項目で一致し,いずれもRalstonia solanacearumであることが確認された。

 日本産菌株の生理型(biovar)を調べた結果,Hayward(1964)の類別体系に基づくbiovar 2に13菌株,biovar 3に25菌株,biovar 4に37菌株がそれぞれ類別され,biovar 3および4が大半を占めた。さらに,biovar 2の13菌株はいずれもbiovar N2に細分類されることを示すとともに,L-酒石酸の利用能等の細菌学的性質における違いから,既報の外国産biovar N2株とは異なる新規系統であることを明らかにした。

 20項目の主要な細菌学的,生理的性質をもとに単純一致係数と群平均法によるクラスター分析を行った結果,供試株は78%の類似度で6つのクラスターに類別された。biovar 3および4はそれぞれ1つのクラスターを形成したのに対し,biovar 2(N2)では3つのクラスターに分かれることが明らかになった。また,各クラスターおよびbiovar間で分離宿主との関連性が認められ,特にナス科作物以外の植物から分離された株はいずれもbiovar 3と4に属した。

 (2)日本産青枯病菌の病原性

 日本産71菌株について,5種のナス科作物に対する病原性を調べた結果,これらは各植物に対する病原性の違いにより4つのグループに類別された。グループ1〜3はいずれもトマト,ナス,ピーマン,ジャガイモに病原性を示すことからレース1に,グループ4はジャガイモにのみ強い病原性を示すことからレース3にそれぞれ相当することが明らかとなった。レース1は日本各地で多種の植物から分離されるのに対し,レース3は特定のジャガイモ栽培地域からのみ分離された。また,レース1菌株にはbiovar N2,3,4の生理型が存在するのに対して,レース3菌株ではbiovar N2の1生理型だけが存在することが明らかとなった。

2.DNA解析を用いた各種青枯病菌株の比較

 (1)日本産菌株および外国産菌株の比較

 REP, ERIC, BOXの3種のプライマーセットを用いたrep-PCR解析に基づくDNAパターンについて,Dice(1945)の方法で類似度係数を算出後,群平均法によりクラスター分析を行い,日本産および外国産菌株間の遺伝的類縁関係を調べた。供試した78菌株は2つのクラスターに大別でき,クラスターAには日本産biovar N2,3,4(レース1),アジア他産biovar 3,4,5(レース1,4,5)およびアフリカ産biovar 1(レース1)の株が属し,クラスターBには日本産biovar N2(レース3)およびアメリカ他産biovar 1,2,N2(レース1,2,3)が属した。

 日本産8菌株の16S rDNAのほぼ全領域の塩基配列を調べた結果,これらは2つのグループに分かれ,グループ1にはbiovar N2,3,4(レース1)の株が,グループ2にはbiovar N2(レース3)の株がそれぞれ含まれた。グループ1はbiovarの種別に関わらず全て同じ配列を有していたのに対し,グループ2ではグループ1と7箇所で塩基置換が認められた。同遺伝子の塩基配列を既報の外国産株と比較した結果,日本産グループ1はアジア他産biovar 3,4,5の株と相同であった。一方,日本産グループ2は,アメリカ他産biovar 2,N2株およびアフリカ産biovar 1株とは異なり,インドネシア産biovar 2,N2株と相同であったことから,同国産株に由来する可能性が示唆された。

 日本産および外国産菌株を用い,16S rDNAの領域についてPCR-RFLP解析を行った。その結果,供試菌株は,アジア他産(日本産グループ1を含む)株,日本産グループ2およびインドネシア産株,アメリカ他産株の3つのRFLP typeに分かれ,相互に識別可能であった。16S rDNA塩基配列の解析結果から,これらの違いは制限酵素AluI認識部位に相当する塩基(167,649番目)の置換に起因することが明らかとなった。

 (2)日本産菌株の各種系統の比較

 日本産青枯病菌株間の遺伝的類縁関係を明らかにするため,rep-PCR解析および挿入配列をプローブに用いたDNAフィンガープリント解析を行った。供試した74菌株はrep-PCRで35,DNAフィンガープリントで43のDNA typeに分かれ,両解析に基づくクラスター分析では,レース1とレース3の2つのクラスターに大別された。レース1は80%の類似度で6〜7つのサブクラスターに分かれ,各サブクラスターにはbiovar,病原性および宿主植物等の異なる菌株が含まれた。特にbiovar 3の菌株は5つのサブクラスターに分かれ,遺伝的に不均一であることが明らかとなった。従って,これらの解析により,レース1菌株内のより詳細な類縁関係を明らかにすることができた。

 上記のDNA解析に基づく知見の生態的活用を目的として,青枯病菌汚染圃場より分離した菌株の特性の推定を試みた。rep-PCR解析の結果から,分離菌株はレース1,biovar 3に属し,トマト,ナスおよびタバコに病原性を有する系統であると推測したが,これは生理型の調査および接種試験の結果からも確認され,同解析の有効性が実証された。

3.宿主植物内および根圏土壌中における青枯病菌の動態

 これまでの結果に基づき,本菌の土壌中での生存から宿主植物への感染過程における動態をrep-PCR法を用いて解析した。

 (1)トマト根圏土壌中における青枯病菌の動態

 同一青枯病汚染圃場に定植した感受性および抵抗性トマト品種の根圏土壌中での青枯病菌の動態解析を行った。定植2カ月後,感受性品種「おどりこ」は全株が枯死し,根圏土壌中の菌密度は約8×105 cfu/gまで上昇した。一方,抵抗性品種「LS-89」では発病が認められず,根圏土壌中の菌密度も約5×103 cfu/g以下に抑制された。両品種の根圏土壌から分離した280菌株は合計5つのDNA typeに類別され,「LS-89」根圏では定植前分離株と異なるDNA typeを示す株が常に分離された。

 (2)トマト植物内における青枯病菌の動態

 上記の圃場に抵抗性の異なるトマト品種を定植し,同植物内における青枯病菌の動態を解析した。感受性品種「おどりこ」では,定植3週目に茎基部から高密度(約106 cfu/g)で菌が検出され,その後,発病,枯死した。一方,「LS-89」等の抵抗性品種では定植3週目以降に茎基部から低密度(約104 cfu/g以下)で菌が検出され,いずれも病徴を示さなかった。各植物内分離株についてrep-PCR解析した結果,特定のDNA typeを示す株がいずれの品種でも大半を占め,それらはいずれも同程度の病原性を示した。

 (3)ナス植物内および根圏土壌中における青枯病菌の動態

 汚染圃場に定植したナス植物内および根圏土壌中の青枯病菌の動態解析を行った。定植9週目に,感受性ナス「千両二号」自根では100%,抵抗性台木「カレヘン」に接ぎ木したものでは約80%が発病し,各罹病植物内および根圏土壌中の菌密度は約104〜109 cfu/gであった。一方,無病徴「カレヘン」台木接ぎ木ナスでは,細根からのみ低密度(約103 cfu/g以下)で菌が分離された。各ナス植物からの分離菌株についてrep-PCR解析した結果,抵抗性台木「カレヘン」に接ぎ木したものと感受性品種「千両二号」自根のものでDNA typeが異なっていた。また,接ぎ木ナスでも,罹病または無病徴植物からの分離菌株間で異なっていた。DNA typeの異なる菌株について各ナス品種に接種した結果,それぞれ菌株間で病原性に違いが認められた。また,これら分離株を単独または混合して「千両二号」および「カレヘン」に接種して解析した結果,単独接種の場合には,接種菌と同一のDNA typeが植物内分離株から検出されるのに対し,混合接種した場合には,「千両二号」では同品種由来の菌のDNA typeが,「カレヘン」では同台木由来の菌のDNA typeが,それぞれ優先的に検出された。

 以上の結果から,トマト青枯病菌およびナス青枯病菌では,土壌ならびに根圏土壌中からは複数のDNA typeを示す多様な菌株が分離されるにもかかわらず,宿主植物内からは特定のDNA typeを有する菌株が優先的に分離されることが明らかとなった。また,トマトでは品種間で分離菌株のDNA typeに差が認められないのに対して,ナスでは品種間で分離菌株に差が認められることが判明した。

 以上を要するに,本研究では青枯病菌R. solanacearumの細菌学的性質,生理的性質,病原性に基づく表現形質ならびにDNA解析による遺伝的多様性について検討した結果,次のことが明らかになった。すなわち,本邦産菌は病原性から2つのレース(レース1,レース3)に,また細菌学的性質から3つの生理型(biovar N2,3,4)に,それぞれ類別されること,および,その大多数を占めるレース1には病原性の発現において多様性に富む系統が存在することを明らかにした。また,16S rDNAシークエンスおよびrep-PCRなどの分子生物学的手法による解析から,本邦産菌は病原性およびbiovarの異なる菌株を含むレース1がアジア系統の1つとして特徴付けられるのに対して,レース3はインドネシア系統と密接な類縁関係があることを明らかにした。さらに,DNA解析法を用いた本菌の動態解析により,土壌中および宿主植物内から分離される菌株間では両者に遺伝的な違いがみられることを見い出し,植物間あるいは抵抗性の異なる品種間における本菌の感染機作に新たな知見を加えた。

審査要旨 要旨を表示する

 病原細菌Ralstonia solanacearumに起因する青枯病は熱帯,亜熱帯,温帯地域に広く発生し、トマト、ナス、ジャガイモなどの経済的に重要な作物の安定生産にとって最も大きい阻害要因の1つとなっている。青枯病菌は多犯性である一方で、宿主範囲や生理・生化学的性質の違いにより多くの系統(レース,biovar等)が存在している。本研究では、我が国ならびに外国産の各種植物青枯病菌を供試して、その細菌学的性質、生理・生化学的性質、遺伝的性質および病原性の解析に基づき、本邦産青枯病菌の多様性と遺伝的類縁関係を明らかにすることを試みた。

1.日本で分離される青枯病菌の細菌学的性質と病原性

 日本国内で分離された青枯病菌75菌株を収集し、それらの生理型(biovar)を調べた結果、biovar N 2に13菌株、biovar 3に25菌株、biovar 4に37菌株がそれぞれ類別されることを明らかにした。また、20項目の主要な細菌学的・生理的性質をもとにクラスター分析を行った結果、供試株は6つのクラスターに類別された。biovar 3および4はそれぞれ1つのクラスターを形成したのに対し、biovar N2では3つのクラスターに分かれることが示された。一方、5種のナス科作物に対する病原性を調べた結果、各植物に対する病原性の違いにより4つのグループに類別された。グループ1〜3はいずれもトマト、ナス、ピーマン、ジャガイモに病原性を示すことからレース1に、グループ4はジャガイモにのみ強い病原性を示すことからレース3にそれぞれ相当することが明らかとなった。

2.DNA解析を用いた各種青枯病菌株の比較

 REP、ERIC、BOXの3種のプライマーセットを用いたrep-PCR解析に基づくDNAパターンについてクラスター分析を行い、日本産および外国産菌株間の遺伝的類縁関係を調べた。供試した78菌株は2つのクラスターに大別でき、クラスターAには日本産biovar N2、3、4(レース1)、アジア他産biovar 3、4、5(レース1、4、5)およびアフリカ産biovar 1(レース1)の株が属し、クラスターBには日本産biovar N2(レース3)およびアメリカ他産biovar 1、2、N2(レース1、2、3)が属した。さらに、rep-PCR解析および挿入配列をプローブに用いたDNAフィンガープリント解析を行ったところ、rep-PCRで35、DNAフィンガープリントで43のDNA typeに分かれ、両解析に基づくクラスター分析では、レース1とレース3の2つのクラスターに大別された。レース1はさらに6〜7つのサブクラスターに分かれ、各サブクラスターにはbiovar、病原性および宿主植物等の異なる菌株が含まれた。特にbiovar 3の菌株は5つのサブクラスターに分かれ、遺伝的に不均一であることが明らかとなった。

3.宿主植物内および根圏土壌中における青枯病菌の動態

 以上の結果に基づき、本菌の土壌中での生存から宿主植物への感染過程における動態をrep-PCR法を用いて解析したところ、トマト青枯病菌およびナス青枯病菌では、土壌ならびに根圏土壌中からは複数のDNA typeを示す多様な菌株が分離されるにもかかわらず、宿主植物内からは特定のDNA typeを有する菌株が優先的に分離されることが明らかとなった。

 以上を要するに、本研究では青枯病菌の細菌学的性質、生理的性質、病原性に基づく表現形質ならびにDNA解析による遺伝的多様性について検討した結果、本邦産菌は病原性から2つのレース(レース1、レース3)に、また、細菌学的性質から3つの生理型(biovar N2,3,4)にそれぞれ類別されること、および、その大多数を占めるレース1には病原性の発現において多様性に富む系統が存在することを明らかにした。また、rep-PCRなどによる解析から、本邦産菌は病原性およびbiovarの異なる菌株を含むレース1がアジア系統の1つとして特徴ずけられるのに対して、レース3はインドネシア系統と密接な類縁関係があることが示された。さらに、DNA解析法を用いた本菌の動態解析により、土壌中および宿主植物内から分離される菌株間では両者に遺伝的な違いがみられることを見い出した。本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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