学位論文要旨



No 215223
著者(漢字) 久保田,貴志
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,タカシ
標題(和) 年間多回育による家蚕の繭糸生産性の向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 215223
報告番号 乙15223
学位授与日 2002.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15223号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,正彦
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 助教授 中嶋,康博
 東京大学 助教授 石川,幸男
 東京大学 助教授 嶋田,透
内容要旨 要旨を表示する

 農家における蚕の年間飼育回数を大幅に増やす超多回育は、施設の高度利用と労働力の効率的な配分によって飼育規模を拡大し、ひいては繭生産性の向上を図るものである。超多回育を行う方法としては、1つは1〜4齢期を人工飼料で共同飼育し、5齢期のみを農家で桑葉育する方法があり、もう1つは、3眠蚕の最終齢期のみを農家で飼育するものがある。

 農家での超多回育を可能にするための基盤技術は現段階において開発されているが、これらの技術については応用的な見地からの検討が必要である。まず、超多回育における安定した桑葉の供給方法としては、密植桑の利用が考えられる。密植桑園については、桑葉の収量的な面は詳細な検討が行われているが、桑葉の質的な面の検討は比較的少なく、超多回育に対応した桑葉質の年間の変動については全く知見がない。さらに、広食性蚕品種と低コスト人工飼料を用いた育蚕技術においては、1〜4齢期の人工飼料育および5齢期の桑葉育についてそれぞれ飼育現場における標準技術を確立しなければならない。抗幼若ホルモン活性物質を用いた早熟3眠蚕の利用に関しては、繭の計量形質、収繭量の低下に対して何らかの対策が必要に思われる。さらに重要なことは、これらの基盤技術を組み合わせた超多回育技術を確立することである。

 本研究は、密植桑の飼料価値の評価・検討を行うとともに、広食性蚕の1〜4齢人工飼料育・5齢桑葉育による超多回育技術の組立ならびに生理活性物質による誘導3眠蚕を用いた超多回育技術の組立を行い、密植桑を利用した超多回育による繭生産向上技術を確立することを目的として行ったものである。

1.密植桑の飼料価値の評価

 密植桑の飼料価値を明らかにするため、新鮮桑葉を用いた飼育試験を行った。蚕の発育・成長に及ぼす影響は密植桑と普通桑の相違よりも着葉部位の相違によるほうが大きく、飼料効率は密植桑と普通桑との間で大きな差異は認められなかった。次に、人工飼料による密植桑の飼料価値の評価について桑葉乾燥粉末50%添加飼料を用いて検討した。いずれの蚕期の場合でも、密植桑の乾燥粉末添加飼料のほうが普通桑を添加した飼料より稚蚕の発育・成長が良好であった。また、食下量に対する蚕体重の増加量あるいは繭層重の割合は、密植桑と普通桑のそれぞれの乾燥粉末を添加した飼料の間でほとんど差異がないか、密植桑のほうが僅かに優っていた。

 以上、蚕の飼料効率や発育・成長の良否を基準に桑葉の飼料価値を評価した場合、新鮮桑葉および桑葉乾燥粉末を添加した人工飼料によるいずれの評価方法においても、密植桑の飼料価値が普通桑に比べて遜色ないことが明らかとなった。また、桑園の単位面積当たりの繭層生産性についても、密植桑園は普通桑園に比べて土地面積当たりの桑葉生産性が高いばかりでなく、繭糸生産性も高いことが明らかとなった。

 次に、年間を通じた密植桑の飼料価値の変動幅を把握するため、5月から10月までの間に12回の蚕飼育を設定し、それぞれの蚕期に合わせて収穫された桑葉について、その桑葉成分の変動、桑葉成分と飼料効率との関係について検討した。その結果、密植桑の乾物率、全窒素含量、硝酸態窒素含量および粗灰分含量はそれぞれ23〜27%、2.98〜4.28%、0.13〜0.38%および8.4〜15.2%の範囲で季節的に変動したが、実用的に問題がないと判断された。

2.1〜4齢人工飼料育・5齢桑葉育による超多回育技術

 低コスト人工飼料と広食性蚕品種を用いた1〜4齢人工飼料育・5齢桑葉育による超多回育技術を確立するため、まず、1〜4齢人工飼料育技術、特に4齢期の飼育条件、ならびに桑葉による5齢期の飼育特性について検討した。その結果、4齢期の飼育温度に関しては、蚕の発育速度、成長量、飼料効率において総合的に判断すると、26℃程度が妥当であると判断された。4齢期の給餌量は、食下量の1.3倍の約40kg/20,000頭が適量と考えられ、また、給餌回数を2回とすると、1回目(餉食時)と2回目(餉食後43時間後)の給餌配分は5:5あるいは4:6の比率で良好な飼育成績が得られた。4齢期の飼育密度は、施設、機具などの効率的利用を考えると、0.1m2当たり280頭程度までを上限とすることが可能であった。また、広食性蚕品種は普通蚕品種に比べて絶食に対する抵抗性が若干低いことが示され、蚕座からの這い出し防止には昆虫忌避剤を使用した防虫テープが有効であった。以上の結果に基づいて、1〜4齢人工飼料育の飼育標準表を作成した。

 5齢期の飼育に関して、5齢起蚕時の絶食、低温あるいは高温との接触、飼育温度が、飼育経過、食下量、繭の計量形質などの飼育成績に与える影響について明らかにした。また、蔟中の温度、湿度などの環境と繭質との関係についても調査した結果、蔟中環境が高温および低温になると、虫質および繭質に影響がみられ、さらに多湿条件が重なると化蛹歩合、解じょ率および生糸量歩合が低下すること等、従来の研究結果の追認を行うとともに、広食性蚕においてこれらの影響が大きいことを明らかにした。

 広食性蚕の5齢期間1頭当たりの食下量は15〜18gの範囲にあり、最近の普通蚕品種より若干少ない傾向にあった。また、5齢期の日別食下量や飼育経過は飼育温度の影響を受けた。以上の結果に基づいて、年間12回飼育に対応した四つのタイプの5齢桑葉育の飼育標準表を作成した。

 次に、2ヶ所の稚蚕共同飼育所での1〜4齢人工飼料育と農家での5齢桑葉育を想定し、5〜10月までの期間に12日間隔で12回の蚕飼育の実証試験を行い、超多回育における施設・機具などの利用および作業状況などに関して検討を加えた。その結果、1〜4齢人工飼料育は12回ともほぼ安定した飼育成績が得られた。5齢桑葉育では高温となる蚕期で化蛹歩合の低下がみられた。また、繭糸長が短く、繭糸繊度が太く、解じょ率が低い傾向にあり、広食性蚕品種の改良の必要性が指摘された。2ヶ所の共同飼育所でそれぞれ24日間隔で掃立を行うことにより、各種作業を十分な余裕をもって行うことができることが判った。一方、農家では5齢飼育と蔟中管理のためにそれぞれ専用蚕舎を設けることにより、12日間隔の飼育が可能であった。

 以上の実証試験の結果から、稚蚕共同飼育所での1〜4齢人工飼料育の作業日程には特段の問題はないが、農家の5齢飼育では各種作業の省力化、機械化を図ることによって作業にゆとりを持たせ、養蚕従事者の負担を軽減させることが必要であることを指摘した。

3.生理活性物質で誘導された3眠蚕を利用した超多回育技術

 抗幼若ホルモン活性物質(AJH)の投与による誘導3眠蚕を利用した超多回育技術を確立するため、まず、誘導3眠蚕の繭質および飼料効率の向上技術に関する検討を行った。その結果、3齢期にAJHを投与して誘導された3眠蚕の最終齢期である4齢期にAJHを再投与することにより、その繭層歩合および飼料効率の向上がみられた。この効果は、AJHを桑葉に塗布して与えたよりも人工飼料に添加して与えたほうが大であった。誘導3眠蚕の繭糸は、AJHの再投与により繊度偏差がより小さくなり、繭糸長が若干長くなった。以上の結果から、4齢期にAJHを再投与することにより、誘導3眠蚕の繭糸の量的な面ばかりでなく、質的な面での向上を図れることが判った。

 次に、実用規模の飼育試験を行い、誘導3眠蚕の1〜3齢人工飼料育・4齢桑葉育の飼育標準表を作成するとともに、誘導3眠蚕を利用した超多回育の飼育体系および作業日程について検討した。その結果、3眠化率は約92〜98%であり、3齢経過は対照より約3日長く、最終齢は7〜9日であった。全齢経過日数は対照より1.4〜4.2日短く、飼育時期で短縮の程度は異なった。また、繭の量的形質は小規模の飼育試験で得られた結果と同様の傾向であった。しかし、AJHの再投与効果は小規模試験に比べて小さかった。これらの結果を踏まえて、広食性蚕と同様に、四つのタイプの飼育標準表を作成した。

 また、誘導3眠蚕の1〜3齢人工飼料育期間は広食性蚕の1〜4齢人工飼料育期間と一致しており、広食性蚕の飼育体系、作業日程と同様に、年間12回の超多回育が可能であるものと考えられた。

 最後に、本研究で得られた技術から超多回育養蚕経営をモデル化し、その経営的評価を試みた。すなわち、密植桑を用いた従来の年間4回飼育を行う型(Aタイプ)、Aタイプと同様の施設規模で5齢期のみ年間12回飼育を行う型(Bタイプ)および誘導3眠蚕の最終齢期のみ年間12回飼育を行う型(Cタイプ)を試算した結果、繭1kg当たりのBタイプの生産費はAタイプと比べて低下したが、Cタイプでは繭の小型化により同生産費は低下しなかった。さらに、粗収益はAタイプで320万円であったものが、超多回育によりBタイプで998万円、Cタイプで1,143万円となった。所得はAタイプで114万円、Bタイプで302万円、Cタイプで444万円となり、所得率はそれぞれ、35.4%、30.2%および38.7%となった。今後、所得率向上には人工飼料育期間の共同飼育費の低減の必要性が考えられた。このことから、超多回育の導入により生産性だけでなく、収益性も向上する結果となった。この養蚕の部分の収入が桑収穫可能な時期の半年であげることから冬期間の季節兼業を設計すれば、養蚕農家経営の比較優位性は十分にあると考えられた。

 以上要するに本研究は、養蚕業の比較優位確立の観点から、農家の実態を考慮した日労働生産性、太陽エネルギー利用効率からみた土地生産性を向上させるシステムとして年間超多回育を設計し、その有効性を実証したものである。

審査要旨 要旨を表示する

 かつては年一回の飼育を行っていた養蚕が、年間の飼育回数を増やすことによって生産性を高め産業としての優位性を高めるに至った背景には、目的の飼育時期に合わせて、蚕の発生を制御する技術と栄養価の高い桑葉飼料を得る技術の開発があった。本研究は、広食性蚕品種、生理活性物質による誘導3眠蚕、人工飼料、密植桑栽培等の先端的技術を組合せ、5月から10月までの間に12回の蚕飼育を行う超多回育養蚕を行う技術を確立し、その実証実験を行ったものである。論文は3章からなり、総合考察において、本研究で得られた技術から超多回育養蚕経営をモデル化し、その経営的評価を試みている。

 第1章では、草本に近い状態で栽培した密植栽培桑の飼料価値を評価した。飼料価値は新鮮な桑葉として飼育に用いられた場合の飼料価値と、人工飼料に50%桑葉乾燥粉末として添加された場合の飼料価値について調べられ、新鮮桑葉を用いた飼育試験では密植桑と普通桑との間で飼料効率にほとんど差異が認められないこと、人工飼料として用いた試験では、密植桑の乾燥粉末添加飼料のほうが普通桑を添加した飼料より稚蚕の発育・成長が良好で、食下量に対する蚕体重の増加量あるいは繭層重の割合もほとんど差異がないか僅かに優っていて、その傾向が年間を通じてみられることを明らかにした。

 第2章では.低コスト人工飼料と広食性蚕品種を用いた1〜4齢人工飼料育・5齢桑葉育による超多回育技術の確立について纏めた。4齢期の人工飼料育の飼育温度は26℃程度、給餌量は約40kg/20,000頭が適当で、餉食時と餉食後43時間後の2回の給餌配分は5:5あるいは4:6の比率が良好であること、飼育密度は0.1m2当たり280頭程度までが可能であることなどが示された。また、広食性蚕は普通蚕品種に比べて温・湿度条件の影響を受けやすく、5齢期間1頭当たりの食下量が15〜18gと若干少ないことを明らかにした。以上の結果に基づいて、1〜4齢人工飼料育の飼育標準表、及び年間12回飼育に対応した四つのタイプの5齢桑葉育の飼育標準表を作成した。次に、5〜10月までの期間に12日間隔で12回の蚕飼育の実証試験を行った結果、1〜4齢人工飼料育は12回ともほぼ安定した飼育成績が得られ、2ヶ所の共同飼育所で24日間隔で掃立を行うことにより、各種作業を十分な余裕をもって行うことができること、及び、農家では5齢飼育と蔟中管理のためにそれぞれ専用蚕舎を設けることにより、12日間隔の飼育が可能であることを明らかにした。

 第3章では、抗幼若ホルモン活性物質(AJH)の投与により誘導された3眠蚕を利用した超多回育技術について研究結果を纏めた。まず、誘導3眠蚕の繭質および飼料効率の向上に関する検討を行った結果、3齢期にAJHを投与して誘導された3眠蚕の最終齢期である4齢期にAJHを再投与することにより、繭層歩合および飼料効率の向上がみられ、その効果は、AJHを桑葉に塗布して与えたよりも人工飼料に添加して与えたほうが大であること、繭糸の繊度偏差がより小さく繭糸長が若干長くなり、AJHの再投与により繭糸の量的な面ばかりでなく、質的な面での向上を図れることなどを明らかにした。また、実用規模の飼育試験を行った結果、3眠化率は約92〜98%であり、3齢経過は対照より約3日長く最終齢は7〜9日で全齢経過日数は1.4〜4.2日短く、飼育時期で短縮の程度は異なること、繭の量的形質は小規模の飼育試験で得られた結果と同様の傾向であったが、AJHの再投与効果は小規模試験に比べて小さいことを明らかにした。これらの結果を踏まえて、誘導3眠蚕の1〜3齢人工飼料育・4齢桑葉育について四つのタイプの飼育標準表を作成した。

 総合考察においては、本研究で得られた技術から超多回育養蚕経営をモデル化し、その経営的評価を試みている。すなわち、密植桑を用いた従来の年間4回飼育を行う型(Aタイプ)、Aタイプと同様の施設規模で5齢期のみ年間12回飼育を行う型(Bタイプ)および誘導3眠蚕の最終齢期のみ年間12回飼育を行う型(Cタイプ)を試算した結果、繭1kg当たりの生産費は、Aタイプに比べBタイプは低下したが、Cタイプでは繭の小型化により低下しなかった。粗収入は、Aタイプで320万円、Bタイプで998万円、Cタイプで1,143万円となった。所得はAタイプで114万円、Bタイプで302万円、Cタイプで444万円となり、所得率はそれぞれ、35.4%、30.2%および38.7%であった。以上から、超多回育の導入により生産性だけでなく、収益性も向上することが明らかになり、養蚕農家経営の比較優位性は十分にあると考察した。

 以上要するに本論文は、養蚕業の比較優位確立の観点から、農家の実態を考慮した日労働生産性、太陽エネルギー利用効率からみた土地生産性を向上させるシステムとして年間12回の超多回育を設計し、その有効性を実証したものであり、学術上また応用上価値あるものと認められた。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)に相応しいものであると認めた。

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