学位論文要旨



No 215225
著者(漢字) エドワルド ファン ヒメノ
著者(英字) Eduardo Juan Gimeno
著者(カナ) エドワルド ファン ヒメノ
標題(和) 植物中毒による反芻動物の石灰沈着症に関する病理学的研究
標題(洋) Pathological studies on calcinosis in ruminants due to plant poisoning
報告番号 215225
報告番号 乙15225
学位授与日 2002.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15225号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 地方病性石灰沈着症Enzootic calcinosis(EC)は軟部組織への石灰沈着および体調の悪化を特徴とする放牧家畜の慢性植物中毒で、これまでに原因となる植物が多くの国で同定されている。南米でのECの発生地域はSolanum glaucophyllum(Sg)およびNierembergia veitchii(Nv)の自生地の分布と一致しており、ECはブエノスアイレス地方のサラド川周囲の水はけの悪い低地では非常に重篤な問題となっている。また、Sgはアルゼンチン、ブラジル、ボリビア、パラグアイおよびウルグアイにまたがるラプラタ川流域の広い範囲にも自生している。SgやNvには1,25-dihydroxyvitamin D3(1,25(OH)2D3)がグリコシド誘導体として大量に含まれているほか、ビタミンD3や25(OH)2D3なども含まれている。

 中毒動物で早期にみられる兆候としては硬直と削痩が挙げられ、血管系、肺およびその他の臓器に転移性石灰沈着がみられる。軟部組織では石灰化に先立ち、弾性線維の断片化、プロテオグリカンの細胞外への蓄積および間葉系組織の化生がみられるが、皮膚に関しては、被毛が退色し、粗剛になるという報告がまれにみられるのみで、詳細な病理学的検索報告はない。

 ビタミンDはカルシウムの代謝だけでなく、細胞の分化・増殖にも関わっている。本研究は、SgあるいはNvによる反芻動物の自然発生性あるいは実験誘発性石灰沈着症について、皮膚、大動脈および肺の病理学的検索を通じて、ビタミンD過剰症の細胞分化に与える影響およびECの発現機序を明らかにすることを目的に実施した。論文は以下の3章から成る。

第1章 牛におけるSolanum glaucophyllum中毒の皮膚構造および細胞の分化・増殖への影響

 Solanum glaucophyllum(Sg)の葉の乾燥粉末(25g/head/day x 2/week)を水とともに最長8週間強制経口投与した牛および無処置対照牛の皮膚を組織学的に検索した。また、細胞の分化・増殖についてはcytokeratin 10,11、involucrinおよびproliferating cell nuclear antigen(PCNA)を指標に、免疫組織学的に検索した。

 Sg中毒牛の皮膚では、主に中間分化段階にある細胞層の有意な減少による表皮の菲薄化および皮脂腺および汗腺の減数と萎縮がみられた。毛包周期はanagen期からtellogen期に移行していた。また、細胞分化の指標の発現強度と分布も対照牛とSg中毒牛で異なっていた。すなわち、involucrinは対照牛では表皮の基底直上層のみで発現していたのに対し、中毒牛では表皮の全層で発現がみられ、表皮での陽性細胞の比率も増加していた。同様の変化はcytokeratin 10および11でもみられた。Sg中毒は表皮細胞の増殖活性にも影響しており、対照牛では表皮基底層に加え、毛包、皮脂腺および汗腺などの上皮細胞がPCNA陽性であったのに対し、中毒牛では陽性細胞数が減少していた。

 これらの結果から、表皮の菲薄化(特に分化の中間段階にある細胞層)は、基底細胞の増殖抑制というよりも、むしろ基底層直上の表皮細胞の分化が亢進したためであることが示唆された。

第2章 Nierembergia veitchii中毒羊の肺と大動脈における細胞分化と骨基質蛋白合成

 Nierembergia veichii(Nv)中毒により石灰沈着症を自然発症した羊の肺と大動脈を電子顕微鏡および免疫組織化学的手法を用いて検索した。免疫組織学的検索は、コンドロイチン硫酸ならびに非コラーゲン骨基質蛋白であるosteocalcin、osteonectinおよびosteopontinを対象に行った。

 中毒羊の肺および大動脈でみられる電子顕微鏡レベルでの変化は、主に平滑筋細胞(SMCs)の修飾と間質での線維芽細胞の活性化であった。修飾SMCsでは、粗面小胞体が目立ち、ミトコンドリアと遊離リボソームの増加および筋線維の減少がみられた。また、細胞外基質とカルシウム沈積が増加し、細胞外基質の増加部位では細胞質にカルシウム結晶を有するマクロファージおよび多核巨細胞もみられた。さらに、毛細血管の基底膜の肥厚と重複が顕著であった。骨基質蛋白であるosteocalcin、osteonectinならびにosteopontinは活性化した線維芽細胞の細胞質、修飾SMCsおよび細胞外基質で認められたが、コンドロイチン硫酸は気管の硝子軟骨でみられるのみであった。

 これらの結果から、Nvに含まれる1,25(OH)2D3が間葉系細胞の分化および石灰沈着を起こしやすい非コラーゲン骨基質蛋白の合成を誘導していることが示唆された。

第3章 Solanum glaucophyllum中毒牛の大動脈における膠原線維および弾性線維の分布の変化

 実験的にSolanum glaucophyllum(Sg)(25g/head/day x 2/week)を最長8週間強制経口投与した牛と無処置対照牛の大動脈における膠原線維および弾性線維について定量的解析を行った。膠原線維および細網線維はPicrosiriusred法で染色した切片で検出し、偏光下で鏡検した。また、弾性線維の検出のために3枚の連続切片を用意し、次の一つの方法で染色した。すなわち、Verhoeff's iodine iron haematoxyline染色、前処置なしの切片にWeigert's resorcin-fuchsin染色、あるいはoxoneで酸化処理した切片にWeigert's resorcin-fuchsin染色を施した。Verhoeff法では完全に成熟した弾性線維が選択的に染め出されるが、elauninやoxytalan線維は染色されない。一方、Weigert's resorcin-fuchsin法はより感受性が高く、(elastin含量が少ない)elaunin線維も染め出せる。oxytalan線維は前処置として酸化を施したWeigert's resorcin-fuchsin法(oxona法)でも染め出されない。

 大動脈では、Picrosirius red法によって、細網線維の特徴である弱い複屈折性で緑色の細い線維と、対照的に膠原線維の特徴である強い複屈折性で黄色〜赤色の太い線維束の2種類の異なる線維性成分がみられた。膠原線維を反映する赤色成分は対照牛の大動脈では約20%あったが、Sg投与8週間後には約4%にまで減少した。一方、対照牛の大動脈で2.38%前後であった細網線維を反映する緑色成分は、Sg投与8週間後でも1.41%であった。

 これらの結果から、Ag中毒牛の大動脈では細網線維との比較における膠原線維の相対的な減少および弾性線維の減少がみられた。これらの変化は1,25(OH)2D3が高レベルに維持されていることに起因するものと思われるが、一方で、非コラーゲン骨基質やプロテオグリカンの増加による可能性も考えられる。

 上述した本研究の成果は、反芻動物の植物中毒性地方病性石灰沈着症の皮膚をはじめ軟部組織の病変の特徴を、構成細胞の動態と細胞外基質の動態の面から明らかにするとともに、病変の発現機序に表皮細胞や間葉系細胞の分化が重要な役割を担っていることを初めて示したものである。

審査要旨 要旨を表示する

 地方病性石灰沈着症Enzootic calcinosis(EC)は軟部組織への石灰沈着および体調の悪化を特徴とする放牧家畜の慢性植物中毒で、これまでに原因となる植物が多くの国で同定されている。南米でのECの発生地域はSolanum glaucophyllum(Sg)およびNierembergia veritchii(Nv)の自生地の分布と一致しており、非常に重篤な問題となっている。SgやNvには1,25-dihydroxyvitamin D3(1,25(OH)2D3)がグルコシド誘導体として大量に含まれているほか、ビタミンD3や25-(OH)2D3なども含まれている。ビタミンD誘導体はカルシウムの代謝だけでなく、細胞の分化・増殖にも関わっている。中毒動物では、血管系、肺およびその他の臓器に転移性石灰沈着がみられるが、皮膚に関しては、詳細な病理学的検索結果はない。

 本研究は、SgあるいはNvによる反芻動物の自然発生性あるいは実験誘発性石灰沈着症について、皮膚、大動脈および肺の病理学的検索を通じて、ビタミンD過剰症の細胞分化に与える影響およびECの発現機序を明らかにすることを目的に実施した。

第1章 牛におけるSg中毒の皮膚構造および細胞の分化・増殖への影響

 Sgの葉の乾燥粉末(25g/head/day×2/week)を水とともに最長8週間強制経口投与した牛および無処置対照牛の皮膚を組織学的に検索した。細胞の分化・増殖についてはcytokeratin 10, 11, involucrinおよびproliferating cell nuclear antigen(PCNA)を指標に、免疫組織学的に検索した。

 Sg中毒牛の皮膚では、主に中間分化段階にある細胞層の有意な減少による表皮の菲薄化および皮脂腺と汗腺の減数と萎縮がみられた。毛包周期はanagen期からtellogen期に移行していた。また、細胞分化の指標であるinvolucrinは対照牛では表皮の基底直上層のみで発現していたのに対し、中毒牛では表皮の全層で発現がみられ、表皮での陽性細胞の比率も増加していた。同様の変化はcytokeratin 10および11でもみられた。対照牛では表皮基底層に加え、毛包、皮脂腺および汗腺などの上皮細胞がPCNA陽性であったのに対し、中毒牛では陽性細胞数が減少していた。

 これらの結果から、表皮の菲薄化は、基底細胞の増殖抑制というよりも、むしろ基底層直上の表皮細胞の分化が亢進したためであることが示唆された。

第2章 Nv中毒牛の肺と大動脈における細胞分化と骨基質蛋白合成

 Nv中毒による石灰沈着症を自然発症した羊の肺と大動脈を電子顕微鏡および免疫組織化学的手法を用いて検索した。

 中毒羊の肺および大動脈でみられた電子顕微鏡レベルでの変化は、主として平滑筋細胞(SMCs)の修飾と間質での線維芽細胞の活性化であった。修飾SMCsでは、粗面小胞体が目立ち、ミトコンドリアと遊離リボソームの増加および筋線維の減少がみられた。また、細胞外基質とカルシウムの沈着が増加し、細胞外基質の増加部位では細胞質にカルシウム結晶を有するマクロファージおよび多核巨細胞もみられた。さらに、毛細血管基底膜の肥厚と重複が顕著であった。骨基質蛋白であるosteocalcin, osteonectinならびにosteopontinは活性化した線維芽細胞と修飾SMCsの細胞質および細胞外基質で認められた。

 これらの結果から、Nvに含まれる1,25-(OH)2D3が間葉系細胞の分化誘導および石灰沈着を起こしやすい非コラーゲン骨基質蛋白の合成を亢進している可能性が示唆された。第3章 Sg中毒牛の大動脈における膠原線維および弾性線維の分布の変化

 実験的にSg(25g/head/day×2/week)を最長8週間強制経口投与した牛と無処置対照牛の大動脈における膠原線維および弾性線維について定量的形態解析を行った。

 大動脈では、Picrosirius red法によって、細網線維の特徴である弱い緑色複屈折性の細い線維と、膠原線維の特徴である強い黄色〜赤色複屈折性の太い線維の2種類の異なる線維性成分がみられた。膠原線維を反映する赤色成分は対照牛の大動脈では約20%あったが、Sg投与8週間後には約4%にまで減少した。一方、対照牛の大動脈で2.38%前後であった細網線維を反映する緑色成分は、Sg投与8週間後でも1.41%であった。

 これらの結果から、Sg中毒牛の大動脈では、細網線維との比較における膠原線維の相対的な減少および弾性線維の減少がおこることが明らかになった。これらの変化は1,25-(OH)2D3が高レベルに維持されていることに起因するものと思われた。

 上述した本研究の成果は、反芻動物の植物中毒性地方病性石灰沈着症における皮膚および軟部組織病変の特徴を、構成細胞の動態と細胞外基質の動態の面から明らかにするとともに、これら病変の発現機序に表皮細胞や間葉系細胞の分化が重要な役割を担っていることを初めて示したものであり、南米における植物中毒性石灰沈着症の病態解明に供するところが大きい。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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