学位論文要旨



No 215231
著者(漢字) 櫻田,陽一
著者(英字)
著者(カナ) サクラダ,ヨウイチ
標題(和) 孤立交差点の最適サイクル長に関する研究
標題(洋)
報告番号 215231
報告番号 乙15231
学位授与日 2002.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15231号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 家田,仁
 日本大学 教授 越,正毅
 千葉工業大学 教授 赤羽,弘和
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的

 信号交差点の制御パラメータのひとつにサイクル長がある。サイクル長については従来より信号交差点での遅れと交差点交通容量との関連において多くの研究事例が存在し、遅れを最小にする最適サイクル長や、交通需要に対して非飽和交通条件を保証する必要サイクル長等の定量的な値について種々の提案がなされている。本研究では孤立信号交差点のサイクル長の最適化を研究目的とするが、その基本的な背景を述べると次のとおりである。

(1)交差点交通流挙動とサイクル長

 遅れを最小にする最適サイクル長、非飽和交通条件を保証する必要サイクル長等、これらのサイクル長は、概ね交差点飽和度の関数形として与えられており、かつ交差点飽和度の増加関数の形がとられている。従って、交差点飽和度の増大は最適サイクル長と必要サイクル長を長く方向へと作用する形となっている。

 一方、現実の交差点交通状況を観察すると、サイクル長の増大に伴って、右左折交通の交通容量が低減することや直進交通の飽和流率の低減による直進交通容量の低減などが見られる。これらの実現象面での問題点は、既存の研究の枠内では必ずしも十分に説明しきれていない等の課題が残されている。

 これらの課題の克服のためには、最適サイクル長や必要サイクル長の関数形の中に、直進右左折交通挙動、交差点幾何構造に係る指標を明示的に取り込む必要がある。特に、孤立交差点における右左折交通挙動のモデル化や、長い青の後半部分における直進車飽和流率の低下等の現象については、従来の研究の中で必ずしも十分な研究がなされているとは言い難い部分もあり、改めて詳細な検討を行う余地があるものと考えられる。

(2)広域信号制御と孤立交差点でのサイクル長最適化

 都市内市街地の街路網などにおいては、複数の信号交差点を線的あるいは面的に制御するなどの、広域信号制御手法の研究及び実用化がなされている。これらの広域信号交差点制御では、制御対象エリアは複数のサブエリアに分割され、サブエリア毎に最適な共通サイクル長を設定される。この共通サイクル長に関する理論面での研究や実用面での具対値の設定についての検討が行われている。線的・面的信号制御の最適化を考える場合には、オフセットとあわせてサイクル長の最適化を図る必要があるが、この時の共通サイクル長の設定にはエリア内で最も交差点飽和度が高い、いわゆる重要交差点と称される交差点の交通状況を勘案したものとなっている。従って、広域的な信号制御の最適化を考える上でも、重要交差点と称する孤立交差点の交通状況に関する指標をパラメータとしたサイクル長の関数形が必要である。

 上記(1)、(2)のように、大きく2つの観点からなる背景を踏まえて、本研究では孤立交差点における信号サイクル長の最適化をその目的とするものである。

2.本研究の成果

 本研究の成果を次のように整理する。

(1)孤立信号交差点の直進右左折挙動のモデル化を行ったこと

・ 右折車のギャップアクセプタンス挙動について、青山一丁目交差点における右折車等の交通観測調査を実施し、この観測結果を用いて右折車のギャプアクセプタンス関数を定式化した。

・ 左折車の交通挙動について、歩行者の交通挙動を考慮してモデル化を行った。また、青山一丁目交差点における左折車及び歩行者等、交通観測調査を実施し、この観測結果を活用して左折車のギャップアクセプタンス関数を定式化した。

・ 直進車については、右左折混用車線における右左折待ち右左折車が直進交通流を閉塞する現象について考慮し、交通量、右左折車混入率、流入路車線数、交差点規模等をパラメータとするモデル化を行った。

・ 上記のモデル化検討を踏まえて、本研究では孤立交差点の交通流を模擬するコンピュータシミュレーションモデルを開発した、当該シミュレーションモデルは、東京都内及び神奈川県内の6交差点での交通量観測調査結果を用いて、現状再現性を検証し、良好な再現性を確認している。

(2)孤立信号交差点流入路の直進右左折交通容量の実験式を作成したこと

・ (1)の検討結果を用いて、直進右左折交通流の交通挙動を、交通容量の実験式に反映させた。

・ 右左折車の後続交通流に及ぼす影響について、流入路車線と交差点規模(右左折待ち右左折車の貯留可能台数)別に構築した。

・ 交差点幾何構造、交通条件によって、交差点交通容量がサイクルの延長に伴って低減していく場合があることを確認し、容量制約を与えるサイクル上限値の存在を確認した。

(3)孤立信号交差点流入路の遅れの実験式を作成したこと

・ 孤立信号交差点の直進右左折交通流の交通挙動を、遅れの実験式に反映させた。

・ 遅れの実験式について、流入路車線と交差点規模(右左折待ち右左折車の貯留可能台数)別に構築した。

・ 交差点幾何構造、交通条件によって、遅れがサイクルの延長に伴って幾何級数的に増加していく場合があることを確認し、遅れが理論上無限大となるサイクル上限値の存在を確認した。

(4)現実の信号交差点における最適サイクル長の存在を確認したこと

・ 東京都内及び神奈川県内の3つの信号交差点をとりあげ、交差点平均遅れを最小とするサイクル長、及び交差点交通容量を最大にするサイクル長を試算し、現状の実運用のもとで与えられているサイクル長(120秒〜130秒)の概ね半分(50秒〜60秒)の数値を最適値とする結果が得られた。

3.残された研究課題

 残された研究課題は、次のとおりである。

(1) 本研究では、青山一丁目交差点における交通流観測結果に基づいて、各交通挙動モデルのパラメータを推定している。今後は、他のよりバリエーションに富んだ交通状況、交差点幾何構造を有する交差点について実測データの蓄積を図り、モデルパラメータの信頼性のさらなる向上に向けた検討が求められる。

(2) 本研究は、孤立信号交差点における最適サイクル長の検討を行ったが、今後は検討対象派にをさらに拡充し、路線系統化信号交差点における最適サイクル長及び、面的信号制御における最適サイクル長について研究を継続させていく必要がある。

(3) 本研究は、定周期式信号交差点の最適サイクル長の研究であるが、今後は動的な交通状況を研究対象としたサイクル長の最適制御についても研究を継続させていく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、孤立信号交差点における最適サイクル長に関する研究を行ったものである.サイクル長は,信号制御において極めて重要な制御変数で,古くは1950年代から研究が行われてきた.従来の理論では,サイクル長を長くするほど単位時間当たりの損失時間の割合が小さくなるので,交差点容量の増加につながるとされてきた.ところが,サイクル長を長くすると,右折専用車線から右折車がスピルオーバーして直進車の進行を阻害したり,左折車が歩行者のギャップを見つけて左折する機会を低下させるなど,飽和交通流率の低下をもたらすことが明らかになってきた.このような飽和交通流率の低下を考慮した場合には,従来理論のようにサイクル長を長くすることが,必ずしも交差点容量を増大させる結果にはならない.本研究はこの点に焦点を当て,サイクル長と遅れ時間および交差点容量との関係を定量的に解析した大変有意義な研究である.

 本論文では,サイクル長の影響を交通容量への影響と遅れ時間への影響に分けて解析している.解析に当たっては,道路車線数(片側1車線,2車線,3車線以上),交差点の規模(右折の貯留量),さらにインターグリーンの長さを考慮しながら,容量,遅れ時間がサイクル長を含む制御パラメータによって,どのように変化するのかを表す実験式を論理的に導いている.すなわち,右左折車が対向直進車および歩行者と錯綜して飽和交通流率を低下させている現象を,制御パラメータと関連付けながら一般性をもって記述することに成功している.

 この実験式は,本研究で開発したシミュレーションモデルを用いて検証されている.シミュレーションモデル作成に当たっては,直進,右左折挙動について,実フィールドで観測調査を行い,そこから得られた車両挙動の知見に基づいてモデルを構築している.また,モデルにおける発生交通量,方向別飽和交通流率などに関する基本機能のVerification(検証)を十分に行っていることは,大変評価できる.

 このシミュレーションモデルを用いて,提案した実験式をいくつかの交差点に適用し,現状のサイクル長が極めて長すぎるために,遅れ時間を増大させていることを定量的に実証している.従来から,わが国のサイクル長は欧米諸国に比べて長く,その弊害が問題視されては来たが,このことを定量的に実証した例は内外になく,学術的に高く評価できるだけでなく,実務にとって極めて有用な知見を与えている.

 以上のように本論文では,孤立交差点のサイクル長に関して,その交通容量と遅れ時間への影響を定量的に分析し,論理性のある実験式を提案しているだけでなく,それをシミュレーションモデルを用いて実証しており,学術的にも実務的にも十分な成果をあげている.

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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